ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~ 作:【ユーマ】
突然だが、カナタ達は窮地に立っていた。今までどんな敵であろうと自分達なら負ける気は無いと確信していた。けれど今、それは慢心だったと目の前に立ちはだかる存在によってイヤでも思い知らされた。
「あら~ん、いらっしゃい。可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん」
二メートルを超える巨体、動くたんびに脈動する筋肉。場所が場所なら「仕上がってるよぉ!」「肩にちっちゃいジープ乗せてんのかーい!」と言った合いの手が飛ぶだろう。けれど、たとえ然るべき場所であっても、それは無いだろう。なぜなら、それに加えて禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めており、見た目と全然あわないくねくねとした動き、そしてホントに大事なところだけを隠すブーメランパンツを履いている。
(オネエ……いや、そんな言葉じゃ誤魔化しがきかない……)
女の子3人は既に怯えきっており、それぞれの想い人の背に隠れている。
「どっからどう見ても完全にオカマじゃねぇか……」
「……人間?」
「二人とも、シーッ!」
思わずボソリと呟いたユエとハジメを香織が口に人差し指を当てて咎める。が、その時には既に遅く、二人の言葉は目の前の男性(?)の耳に届いており、彼(?)は目をカッと見開く。
「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような男女だゴラァァアア!!」
「いや、そこまで言ってねぇだろ!?」
「……ご、ごめんなさい」
と、さっきまでのテノールボイスと違い正に見た目通りの野太い重低音が響き、ユエは完全にハジメの背にしがみ付き、シアも腰が抜けたのかカナタの服を掴んだままその場にへたり込む。
「まったくもぉ~ん。初対面の乙女に失礼なこと言っちゃダメよん。それで、今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」
「え、えっとですね……今日は彼女の服を捜しに来たのですが……」
流石に布を巻いてるも同然な服装では色々問題があるので、まずはシアの服を新調しに来た訳だが、カナタがいまだ自分の服を掴んでいるシアの方を振り返ると彼女は怯えた表情で首を横に振っている。が、そんな事はお構い無しにオトメはハジメ達が見切れないスピードで回り込み、シアを担ぐとのっしのっしと店の奥に消えていく。
(後で、本気で慰めてあげたほうが良いな……)
恐らく、事が終われば間違いなく泣き付いてくるであろう彼女を、今回ばかりは普通に受け入れて慰めてあげようと思っていたカナタだった。
「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん。」
「ん……人は見た目によらない」
「ですね~」
が、そんな事は杞憂に終わり、あのオトメことクリスタベルさんは店員としての気遣い、そして服のチョイスは一流レベルだったらしく、戻ってくる頃にはシアは新たな服にご機嫌だった。シアの今の服装は露出度で言えば以前と余り変わっていない。今までの布を巻いてるだけに近かったそれがキチンとした服の形をしていると言うだけだ。曰く――
「他の服だと窮屈で動きが鈍るんですよ」
――との事らしい。ただ、それだけだと流石に露出が大きすぎると思ったのか、濃紺色をした羽織るタイプのフード付きローブを首元だけを留める形で着ている。殆ど身体全体を覆うマントに近いものなのでこれなら彼女の動きも阻害しないだろうと言う事らしい。
『積極的に肌を見せるより、たまにチラリと見える方が男はグッと来るものよぉ~ん』
因みにこのローブを勧めた際にクリスタベルからこの様なアドバイスがあった事を知ってるのはシアだけである。その後はテントや寝袋、調理器具と言った旅に必要な道具(性能に不満があるらしく、後ほどハジメによる魔改造が施される事になったが)や食糧や薬も買い揃えた一行は地図を見て、今日の宿を何処にするか相談しながら歩いていたのだが、そんな彼らを数十人の男が囲んでいた。
「ユエちゃんとシアちゃん、カオリちゃんで名前あってるよな?」
やがて、その内の一人が代表して歩み出てきた。
「え、ええ。そうです、けど……?」
香織が返事をすると、男は「そうか……」と呟き、一瞬の静寂の後に
「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」
「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」
「「「「「「カオリちゃん、俺の妻になって下さい!」」」」」
と、全員が見事に声を揃えてそんな事を言ってきた。
(う~む、予想を超えていきなりシアの方に行ったか……)
既に主人がいる奴隷の譲渡にはまずその主人と交渉する必要があるのだが、どうやら主人(役)であるカナタの説得をスムーズに進める為に、まずはシアから口説こうと考えたらしい。ちょっと逆な気もするが所謂『将を射んと欲すれは先ず馬を射よ』と言う魂胆だ。因みに突然の集団告白を受けた3人はと言うと……。
「あっ、この宿なんて良くないかな? お風呂も着いてるしキャサリンさんのオススメ度も高いみたいだし」
「商店街や飲食店街からも近いですし、いいかもですね」
「ん、有力候補」
と完全にスルー決め込む方向だった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく「「「断る(ります)」」」……ぐぅ……」
アウト・オブ・眼中な一言に代表を含め、男達の一部は膝から崩れ落ちる。が、中には俯くだけで崩れ落ちない男も居た。そして反応がこの2つに分かれたのは、前者はカナタが町に入る前に言っていた『比較的お行儀の良い連中』だと言う事であり、後者はそうでない者達だ。
「なら……なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」
と、やがて後者のグループに属する一人がユエに襲い掛かる。無論、実力行使におよんだ瞬間、カナタとハジメは迎撃態勢に入るが、それを当のユエが手で制した。
「凍柩」
そして静かにそう一言呟くと、男はたちまち首から下が氷漬けになり仰向けで地面に転がる事になる。男達は詠唱や魔法陣の出所についてひそひそと話し合っているが、ユエはそんな気にした様子も無く氷漬けになった男の元に近づく。
「……カオリ、シア」
「は、はいです!」
「何かな?」
「……良い女は座して助けられるのを待つだけじゃない」
その一言にシアは何の話か理解できなかったが、日々ユエから『良い女』についての指導を受け居ている香織はこれは指導の一環だとすぐに理解した。
「ただ助けられるのを待つのは良い女じゃない」
自分が身も心も捧げるのは愛する男だけ。それを侵そうとする者が居るからといって、悲劇のヒロイン、囚われのお姫様よろしくただ王子や勇者が助けに来るのをジッと待つだけなんてナンセンス。頻繁に攫われる某桃姫すら、最近では囚われの身ながらも自分を救出するべく頑張ってる配管工おじさんの助けになろうと現地協力者と色々行動してるし、時にはビンタとフライパンで敵を張り倒したりもしているのだ。
「今から教えるのはこうした奴等の殺し方……」
「こ、殺し方? ユエ、その人はナンパしてきただけで敵と言うわけじゃ――」
「……大丈夫、これは命を奪わない殺し方」
そう言うと、ユエは男の氷の一部を溶かす。
「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」
流石に氷漬けにされて文字通り頭が冷えたのか、男は謝罪しながらも自分の気持を訴えようとする。しかし――
「あ、あの、ユエちゃん? どうして、その、そんな……股間の部分だけ?」
やがて、氷が解けたのは自分の大切な部分だけな事に気付き、言葉を止める。命を奪わない殺し方、そして氷が解けて露出(服で隠れてはいるが)した男の象徴……。
((……っ!?))
そこでハジメとカナタは悟ってしまった。即ちユエが言ってるのは『相手の命ではなく、男としての存在を殺す方法』。そして次にユエがその手に風の礫を生み出した事で、それは確信に変わる。
「ま、待てっ! ユ――」
「……さぁ、死ぬがよい」
流石のハジメもユエを静止しようとするが、それよりも早く地獄の蓋は開かれた。
―――― アッーーー!!
―――― もうやめてぇー
―――― おかぁちゃーん!
執拗に、そして容赦なく撃ちこまれ続ける風の礫にその男の“男としての断末魔”が響き渡る。その極刑に他のナンパ集団も、外野にいた無関係な男性も自分の股間を押さえながら蹲り、カナタとハジメもその凄惨な光景から目を逸らした。
「オデノムズゴハボドボドダ……」
そして、そんな最後の言葉と共にかつて男だったそいつの意識がなくなると同時に惨劇は終わりを告げた。
「……
余談だが、この男としての生を失った彼は第二のクリスタベル改め、マリアベルとして生まれ変わり、クリスタベルの元で修行を積んで二号店の店長を任され、キャサリンの地図にもオススメの店として載るほどの有名店となっていくのは別の話。そしてこの日の夜、ハジメは香織からゴムスタン弾のカートリッジ(ナイチンゲールはオートマチックタイプ)作成を依頼された際に「もうギルドの時みたいな変な期待はやめよう」と心に誓ったそうな。
キャサリン特性ガイドブックに載ってたその宿の名は『マサカの宿』と呼ばれる所で、1Fには食堂も併設されている。一行が宿の中に入るとギルドの時同様の視線が飛んできたが、それを気にする様子も無く一行はカウンターへと向かう。
「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
「とりあえず一泊で。食事と風呂もセットでお願いします」
「お風呂の方は別料金となっておりまして、十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
「時間制か……どうするハジメ?」
「こちらは5人も居る訳だ、ゆっくり入りたいから2時間ぐらい確保しておくか」
ちなみにその言葉に受付の女の子は「2時間も!?」と思った。ハジメ的には日本男児である以上、風呂ではゆっくりしたい(オスカーの住居ではゆっくり出来なかった、理由は言わずとも)と言う所だった。が、受付の女の子並びに周りの客は別の意味に捉えたのか、興味の視線を彼らに向けている。
「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」
「なら丁度良いな、二人部屋と三人部屋を一つずつだ」
「……ん、確かに丁度良い」
ハジメの言葉に周りの客も「そりゃそうだよなぁ」と言う反応になる。男2人に女3人、そしてその状況で両方一部屋ずつならその割り振りも当然予想できる。
「カナタ君とシアちゃんで2人部屋、後は私達で三人部屋で確かに丁度ピッタリだね」
「そうですね。それで問題は無いと思います!」
が、後に続く香織とシアの言葉に他の客は「なにぃ!?」となり、驚愕の視線が集まる。
「おい、お前等何言ってるんだ。普通に考えて俺とカナタで二人部屋、お前らで3人部屋だろうが、なぁカナタ」
とハジメがカナタに話を振るが、カナタはいつの間にかキャサリン特製ガイドブックを読んでいる。
「あの……」
やがてガイドブックから顔を上げたカナタが口を開くと受付の女の子は「は、はい」と頷く。
「さっき彼女が言ってた部屋割りでお願いします」
カナタの一言に観客から「なん……だと!?」「バカな! 何の恥じらいも無く!?」と更にざわめく。
「おい、カナタ。お前、シアと一体何するつもりだ?」
ハジメの一言にシアが「えっ!」と顔を赤くしているがカナタはそれをスルー。
「むしろお前らがナニかする可能性が高いからこう言ってんだよ……」
ガイドブック曰くこの宿は部屋の防音を始めとしたプライベート対策もバッチリで『個人のスペースで周りを気にせずゆったり過ごせる』と言うのも一つの売りらしい。が、一行に限って言えば防音対策が完璧と言うならば仮に男女に分かれた所で香織とユエが男子二人の部屋に突撃してくるのは目に見えている。それでカナタを退室させようとするなら、彼にとってはむしろまだマシな方だ。ならば同じく恥ずかしい事に変わりは無いが自分はシアと同じ部屋に泊まり、三人を元から同室にした方がカナタにとっては精神衛生上マシと言う結論に達した。
「男女別でもなく、さも当たり前のように!? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」
と、なんか変な想像をしている受付の女の子に彼女の母親と思しき女性からの拳骨がおり、入れ替わりで対応した男性が手続きを終えてくれたのだが、鍵を渡す際に「男だもんな、俺はちゃあんとわかるぜ」と言わんばかりな良い笑顔を向けてきた事に対して、カナタは何も言う事は出来ず、更にさっさとこの場を離れたい事もあり「アハハ……」と愛想笑いを返すしかなかった。
それから、女の子3人は今度は観光と個人的な買い物で外出(その際に更なる漢女が誕生)したり、風呂に関しては男女に分けたのだが、結局、女の子三人も乗り込んできて(流石に公共の風呂場だと音が漏れるので、二人もそこら辺は自重した)結局、5人一緒に入ることになり、時間をかなり余らせたりといった事があったが、特に大きなトラブルも無く日は沈み夜を迎えていた。
「はぁ~、まともな睡眠なんて何ヶ月ぶりだ……」
と、ジャケットを脱いで、シャツにズボンと言うラフな格好でカナタはベッドに倒れこんだ。オスカーの隠れ家でも一応まともなベッドで寝ていたのだが客間の簡易的なベッドとまともな宿泊施設のベッドでは寝心地には雲泥の差がある。加えて隠れ家ではハジメ達3人の夜の運動、迷宮脱出後は野宿と言う事で外敵を警戒しながらの睡眠だったので、カナタがホントの意味で何も気にせず眠れる機会は今回が初めて、なのだが……。
「……シア、一応隣にもベッドがあるんだがなんで態々こっちに?」
「いけませんか? 私と一緒の部屋にしたんですからコレぐらい当たり前じゃないですか?」
と、シアは当たり前の様にカナタの横になってるベッドにもぐりこみ、その腕に抱きつく。
「ホントは、このまま私の処女を貰ってもらう事も出来ますけど、カナタさんの中ではまだそのシズクさんって人が一番みたいですし。今はアピールの一環と言う事でコレで我慢です」
シアなりに気は使っているみたいだが、けれどカナタ自身も認めている通り、シアのスタイルは悪くないなんてものではない。そしてそんなシアが腕に抱きついてきたとなれば後は言わずとも。
「あ、勿論カナタさんの方から襲いたくなったら私はいつでもオッケーですからね」
悪戯っぽく笑っているシアからカナタは恥ずかしげに天上を向いて視線を逸らすしかなかった。その日、カナタが熟睡できたかどうか、それは本人だけが知る所である。
今やすっかり、カナタも爆弾を投げつけられてもおかしくない立場になりつつありますねwww(今後それは更に加速していく事に・・・)