ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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第1回:今までの布石大回収祭り


第14話『竜魂士の至る果て』

 核が破壊されたミレディはそのまま落下し、下のブロックの上に仰向けに落ちる。そこに他の4人も集まる。シアはカナタの手から飛び降り、着地するとカナタの竜変身も解ける

 

「やったじゃねぇかシア。見直したぞ?」

 

「お疲れ様、シアちゃん!」

 

「……ん、頑張った」

 

「えへへ、有難うございます」

 

「樹海で言った事、訂正しないとな」

 

「え?」

 

「シアはもう足手纏いなんかじゃないって事だ」

 

「あっ……」

 

「これからも、当てにしてるからな」

 

「はいっ!」

 

『あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?』

 

 と、カナタ達が話しているとミレディの瞳に光が灯る。が、それはとても弱弱しいものだ。けれども、人を煽り、その裏を掻いてくるのは今までのトラップで経験済み。5人は距離をおき武器を構える。

 

『ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから』

 

「だったら、早く話したらどうだ? 言っとくけど神やチェトレと戦えって頼みはきけないぞ」

 

『頼みと言うより忠告だね……』

 

 先ほどと違い、ミレディの声は静かなものだった。それこそ、さっきまでのウザいハイテンションぶりが嘘のようだ。

 

『訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君達の望みのために必要だから……さっき言ってた概念を操る力、それを使うには全ての神代魔法が必須だから』

 

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

 

『あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……』

 

 それほどまでに時が過ぎていれば本来の迷宮のコンセプトも、そして想定していた攻略順番もすべて忘れ去られてもおかしくない。

 

『だから竜魂士君も真っ先にアーちゃんの核を受け継いじゃった訳か。うん、場所……場所はね……』

 

 それから、ポツリポツリとミレディから残りの迷宮の場所が告げられる。それはあまりにも色々な場所に点在し、この旅は長いものになる事を彼らに予期させた。

 

『以上だよ……頑張ってね』

 

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

『あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……』

 

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

 

『……戦うよ。君達が君達である限り……必ず……君達は、神殺しを為す。そして――』

 

 ミレディの明滅する眼光がカナタの方に向く。

 

『君は必ず、あのトカゲ野郎……皇竜チェトレと対峙する事になる。君が与えられた役目に逆らい、その意思が自由の元にある限り……』

 

「……意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺らの道を阻むなら殺るかもしれないが……」

 

『ふふ……それでいい……君達は君達の思った通りに生きればいい…………その選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……』

 

 やがてゴーレムのボディが淡い光に包まれ、その光が蛍のように上への昇って行く。その様子をユエ以外の4人が見上げており、ユエは静かにミレディに近づいていく。

 

『何かな?』

 

「……おつかれさま、よく頑張りました」

 

 この姿で地上に出る事は不可能。つまり、ミレディは迷宮内を自由に動く事こそ出来るものの、ユエと同じ様に……それこそユエよりも長い間、この場所で孤独に生きて来た事になる。その辛さを知っているからこそユエは、それでも次代に力を残そうとした偉大な解放者、ミレディ・ライセンに心からの敬意を込めて労いの言葉を告げる。

 

『……ありがとね』

 

「……ん」

 

『……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……』

 

 その言葉を最後に、ゴーレムの目から光が消えてボディを包んでいた光も失われた。後に残っているのは彼女の拠り代だった巨大な騎士甲冑のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

 

 その後、予めプログラムされていたのか他のブロックが一列に並び、一本の道を作り、カナタ達はそこを進んでいる。

 

「そうだね……他の仲間たちは死んでしまっても、一人で何百年も生き続けていたんだね。人の身体を捨ててでも……」

 

 シアと香織が寂しそうに笑みを浮かべながらミレディに思いを馳せている。歩きながら、香織は指を組んで祈っていた。あの世でどうか、仲間達と再会できています様に、と。

 

「はぁ、もういいだろ? それと、断言するがアイツの根性の悪さも素だと思うぞ? あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」

 

 が、そんな空気を壊すように、ハジメの呆れ気味な声が響く。

 

「もう、ハジメ君ったら……」

 

「ちょっと、ハジメさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ。まったく空気読めないのはハジメさんの方ですよ」

 

「……ハジメ、KY?」

 

「ユエ、お前まで……はぁ、まぁ、いいけどよ。念の為言っておくが、俺は空気が読めないんじゃないぞ。読まないだけだ」

 

「そっちの方が余計に性質が悪いだろ……」

 

 やがて、通路の先に明滅しているブロックがあり、一行がそれに乗るとブロックは自動で動き出し彼らを奥へと連れて行く。その中でハジメの表情が更に険しいものになって居た事に疑問を感じたカナタだったが、その理由ブロックが到着した場所にあった部屋の中に入った瞬間、明らかになった。

 

 

 

 

 

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、感情に応じて顔の絵が変わるミニゴーレムの姿をしている。その様子にハジメ以外みな呆然としており、ハジメは「こんなこったろうと思ったよ……」と呆れている。

 

「そもそもこいつが消えたら、今後誰が迷宮の管理や試練を担当するんだって話だ」

 

 言われてみればそうだ。あの場でミレディが消えれば自分達以降、ここの迷宮に挑む人は少なくても最後のミレディ戦をスルーできる事になる。誰かが攻略して機能不全、もしくは難易度が下がる様では迷宮として意味が無い。

 

「あっちゃ~、バレてたか。さすが私の迷宮の攻略者だね!」

 

「……さっきのは」

 

 そんなミレディにユエが心底冷め切った声で尋ねる。まぁ、ある意味自分と同じ様に生きてきた相手に心からの尊敬と共に贈った労いの言葉をこんな形でおじゃんにされたのだ。そして、そんな彼女に祈りを捧げいた香織もいつもの恐怖の笑顔を浮かべている。

 

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」

 

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

 

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! 役者の才能まであるなんて! やだ、ミレディちゃん、恐ろしい子!」

 

 直後、シア、香織、ユエとミレディの追いかけっこが展開、その最中にハンマーを振り回す音や発砲音が響いていたのは言うまでもない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

 

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね! 竜魂士君はまぁ普通だね。実戦では普通に使える程度だと思う」

 

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 

「まぁ、それぐらいしか俺が使う事は無いだろうし、特に問題は無いがな」

 

 それから、ミレディに軽いお仕置き(ハジメによる顔面アイアンクロー)を済ませた後、一行は見覚えのある魔法陣の部屋でミレディの神代魔法、“重力魔法”の習得が行われた。

 

「……うん?」

 

「どうしたの、カナタ君?」

 

 そんな中、カナタは「あれ?」と言う様な表情を浮かべると香織が声を掛けたのにあわせて他の3人の視線も彼に集まる。

 

「いや、重力魔法とは別にもう一つ何か……帝竜の暴威(ぼうい)?」

 

「そう、竜魂士君だけは各迷宮で神代魔法だけでなく、アーちゃんの力の一部を技能という形で受け取る事が出来るんだ」

 

 カナタがステータスプレートを確認すると帝竜の暴威が竜魂解放の第二の派生技能として表示されている。

 

「そして、各地で竜の力を得て、アーちゃんや竜と言う種族の事を知って、ミレディちゃんから核を継いだ竜魂士の行き着く先を聞いて、そして自分の意志でアーちゃんの魂の核を継ぐかどうか決めてもらう。本来はそう言う流れだったの……」

 

「竜魂士の行き着く先……?」

 

 カナタが先を促すとミレディは少し俯く。先ほどの様にこちらを煽る為に引っ張ってる様子は見られない。それはホントにこれから相手にとって辛い事を告げる事への躊躇いだった。

 

「竜の……アーちゃんの魂の核を受け継いだ竜魂士は、やがて人である事を捨てて竜に……新たなアジーンとして生まれ変わるの」

 

「…………え?」

 

 その言葉にシアだけが消え入る様な声を上げ、他の4人も言葉を失う。

 

「君が受け継いだ魂の核と君自身の魂は時間を掛けて融合し、やがて新たなアジーンの魂となる。そして肉体もその魂のあり方に相応しい形、つまりは竜の姿になる事で君は今代の帝竜、新たなアジーンとして生まれ変わる」

「そんなっ!?」

 

「変わるのは肉体だけじゃない、ものの考え方や言動と言った精神も同じ様に竜のそれへと移り変わっていく。いつか竜に至る者、それが竜魂士と言う天職なんだ。君、核を継いでどれぐらい経過している?」

 

「……大体、3、4ヶ月ってところだな」

 

「だとしたら、もう君の思考に影響が出始めている頃だね。今までの自分と考え方が少しずれている事が幾つかあったと思うけど記憶に無いかな?」

 

「カナタ……」

 

「思い当たる事は幾つかあったな……」

 

 

 

 

 

 

 

(調理らしい調理も出来ないし、別に生でもあまり変わらないと思うんだがなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 オルクス大迷宮攻略中に、碌な調味料も道具も無く、ただ焼いてるだけの魔物肉を見て思った事。竜、つまり動物はろくに調理もしないし、餌だって生で喰う。そりゃ美味しい方が良い事には変わりは無く、調理されてるに越した事は無いだろうが、焼くだけなら生のまま喰っても大して変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

『ここまで一緒に来た訳だしな。今更見捨てるような真似はしないさ。それは俺の“誇り”に関わる』

 

『なので、途中で別の好条件が出たからといって乗り換えたりはしません。誰かの命を奪ってまで選んだ事を曲げる。それは俺の……“誇り”に関わります』

 

 

 

 

 

 

 そして、事ある毎に口にするようになった「誇り」と言う言葉。元々、カナタはそんなご大層な言葉を使うような性格ではない。それでも当たり前の様にその言葉を口にし、最初は違和感を覚えたがフェアベルゲンでそれを口にした時には既に違和感を感じなくなっていた。

 

「うん、竜はとても誇り高き生き物だからね。自分の言葉や意志を決して曲げない、偽らない、そう言う時、竜人を始めとした人語を話せる竜は必ず誇りと言う言葉を口にするんだ」

 

 

 

 

 

 

『群れの仲間を害する奴に与える慈悲は……全く持ち合わせちゃ居ないんだ』

 

 

 

 

 

 

「群れと言うのは?」

 

「群れは言うなれば、竜が絆を結んだ相手の総称。友情、愛情、尊敬、どんな形であれ竜にとって結んだ絆は何よりも特別で、何よりも優先されるモノ。だからこそ、群れの仲間に悪意を持って危害を加える事、絆その物を汚す事、それはその竜にとって逆鱗となる」

 

 帝国軍と対峙した時、帝国の兵士はハジメの四肢を斬りおとし、香織とユエを犯すと明言してハッキリとした悪意と害意を向けた(この段階ではまだシアは群れの仲間と認められてはいなかった)。それがカナタの逆鱗に触れる事になり、一切躊躇い無く彼らを斬殺、爆殺した事に繋がる。そしてカム達が飛竜であるハイベリアを狩った際に他のハイベリアも纏めて敵意を向けて襲い掛かってきたのも、群れと言う習慣に起因する。

 

「恐らく、人と竜の差異で戸惑うのはこの群れの考え方だね。人間とは決定的に違う部分があるから」

 

「決定的な違い?」

 

「竜は人間みたいに“特別な絆”を一人に定めない。感情の形は違っても、竜にとって結ばれた絆は全て特別なモノなんだよ」

 

「だからか……」

 

「……ハジメ?」

 

 ハジメの呟きにユエの視線がハジメの方に向いた。

 

「お前等から俺にどちらも恋人にして欲しい、って頼まれた後、どうしたもんかと思ってカナタに相談しに言ったんだ。その時――」

 

 

 

 

 

 

『それは地球での一般常識や倫理観、もっと言えば暗黙の了解を加味しての事だろう。そう言うの取っ払ったハジメの本音はどうなんだ? って聞いてんだよ』

 

 

 

 

 

 

 そう、後で思い返せばこの発言もおかしかった。カナタもハジメ同様、男女の関係は一人対一人と言う倫理観と常識の中で育った。ならば、この相談に対しては「二股なんていけない」「ちゃんと結論をだしてどちらかを選ぶべきだ」そう言う答えが返ってくるのが普通だ。つまりこの段階でカナタは既に異性に関する考えも竜のそれに移り変わり始めていた訳だ。

 

「一つ聞かせろ……今からでもそれを破棄して、カナタが人間に戻れる手段は?」

 

「無いよ……無いからこそ最後の一線、魂の核の継承だけは本人の意志に任せる予定だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

『他の迷宮で様々なことを知って迷ったかも知れない、もしくは関係無いと無視したかもしれない。けれど、どんな経緯や理由であれ、君がこうして“再誕”する事を選んでくれた事に僕は心からの感謝を述べる』

 

 

 

 

 

 

 オルクス迷宮の最奥、オスカーの住居で聞いた竜魂士向けたメッセージはこの事を意味していた。人を捨ててでも竜になる事を、竜に生まれ変わる事を選ぶかどうか。本来であればその覚悟を決める必要があり、その判断材料が各迷宮で得る力と竜やアジーンに纏わる情報だったと言う訳だ。

 

「でも君は、他の迷宮をすっ飛ばし、いきなりオーちゃんの迷宮に挑み、更に核を継承する瞬間意識を失っていた。事前に知っておくべき事、するべき覚悟、それら全てを欠いた状態で君の行き着く先は決まってしまった。だから言ったんだよ、最悪なパターンだって」

 

「カナタ……」

 

「カナタ君……」

 

「……カナタ」

 

「カナタさん……」

 

 4人の不安げな視線がカナタに集まる。話を聞き、カナタは少し俯いていたがやがて――

 

「まっ、継いじゃったもんはしゃーないな」

 

 が、顔を挙げた時には既にいつも通りの調子で話すカナタに5人はきょとんとした表情になる。

 

「最後に確認させてくれ。心まで竜になるって言ってたが、それはつまり俺と言う自我も消えて、ホントの意味で俺の全てがアジーンになっていくのか?」

 

 その問いに、ミレディは首を横に振る。

 

「ううん、あくまで変わるのは常識レベルでの思考パターンや本能と言った部分だけ。人間だった時の自我はそのままに、君は竜に至る事になる。ミレディちゃん的には心身共に完全にアーちゃんに生まれ変わってもらう方が良かったんだけど、他でも無いアーちゃん自身がそれを望まなかったから」

 

「なるほど……まぁ、元々死んでた身だと考えれば自我が残るだけでも御の字ってところか」

 

 飢えや渇き以前に、あんな高所から落下して無事でいるはずも無い。つまり、核を継ぐ段階で自分は既に瀕死の重傷、もしくは即死していたのかもしれない。核を継ぎ、存在が竜へと移り変わり始める際の副次的効果として体が修復されたと考えれば半月も気絶しっぱなしで生きてた事も、いきなり魔物肉を喰っても大丈夫だった事も納得出来た。

 

「いいのか、それで?」

 

「まぁ、色々問題は残ってるけど現状どうしようもないんだろ? それにミレディ達だって、世界の全てを理解してる訳じゃないし、なにより竜魂士の仕組みは人が作ったものだ」

 

 そう、世界は広い。それこそミレディ達ですら知らない事もまだ数多く存在してる筈だ。加えて、ミレディ達の時代から長い年月が経ち、当時とは色々変化している所もある。何より竜魂士というシステムは自然の摂理ではない。概念への介入と言うスケールの大きな話ではあるが確かに人が作ったものだ、人が作ったものを人がどうにも出来ない道理は無い。

 

「なら、一旦この件は脇に置いといて、とりあえず最初の目的どおり地球へ帰還する方法を探すのを優先しようぜ」

 

「……強いね、君は」

 

「と言うより、直前の状況があの世に片足突っ込んだ状況だったからなぁ。命があっただけ儲けモノってだけだがな。あ、そうだ! もう一つ」

 

「なにかな?」

 

「もうこんな状況だし、他の迷宮で竜の情報を得る意味も無いから、ミレディに直接聞きたい。“皇の最後の言葉”ってのは何だ?」

 

「それはあのトカゲ野郎……チェトレがアーちゃんと袂を別つ時に言った言葉。それは――」

 

 

 

 

 

 

 

『アジーン、――に―――は―――――』

 

 

 

 

 

「これがチェトレの最後の言葉。あいつがなんであのクソ野郎に与したのかを知る唯一の手がかり」

 

「ふむ。まぁオスカーのメッセージ通りって事か」

 

「聞きたい事はコレで全部かな?」

 

「ああ、とりあえず色々判ってよかったよ。思ってたよりはまだマシな状況だったみたいだしな」

 

「それじゃあ、はい!」

 

 そう言って、ミレディはカナタに一個の指輪を投げ渡す。

 

「攻略の証だよ、大切に取っておいてね」

 

 話はコレで終わり。彼らを地上に帰還させる為の魔法陣を起動させようとミレディが一行から背を向ける。が、直後彼女を謎の浮遊感が襲った。そして頭には謎の圧迫感。

 

「あの~、どうしてミレディちゃんは今鷲摑みにされているのかな?」

 

 ハジメがミレディの頭を掴んで持ち上げていた。

 

「……おい、これだけか?」

 

「え?」

 

「攻略報酬だよ。オスカーは他にも色々な物くれたぞ。お前が持っている便利そうなアーティファクト類とか珍しい鉱物類も全部よこせ」

 

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

 

 と、文句を良いながらもミレディは彼らの目の前に様々な鉱石の山を出現させる。素直に出した辺り、実際は帰り際にも餞別代りとして、渡すつもりだったのだろう。が、それでも満足しない、毟れるもんは全て毟り取る。相手が高確率で二度と会う事が無い相手なら尚の事、それがハジメのクオリティー。

 

「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」

 

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

 

「知るか。寄越せ」

 

「あっ、こらダメだったら!」

 

ミレディは「後は施設修復とかに使うものだから、君達の旅に役立つものでは無いよ」と説明するが、現代兵器を始め、文明の利器の知識があるハジメにとってはむしろ役立つ物だ。ミレディの説明を聞いても「そうか、分った。よこせ」と取り付く島が無いハジメにミレディはどうにか彼のアイアンクローを振りほどき、床のパネルを浮かせて避難する。

 

「ええ~い、あげないって言ってるでしょ! もう、帰れ!」

 

「何言ってんだ? これは正当な要求だろうが」

 

「どこが!? どっからどう見ても強盗の物言いそのものだよっ!!」

 

「お前らが迷宮の事をキチンと後世に残せなかったから、カナタは竜になる事になったんだぞ、本人の意志とは無関係で……」

 

「そ、それは……」

 

 そこでハジメは俯いて、言葉のトーンも少し下がる。握りしめた拳も少し震えている。

 

「そんなカナタが可哀想だと思わねぇのか? 申し訳ないと思ってねぇのか?」

 

「そりゃあ、勿論思ってはいるけど」

 

 「なら」とハジメは顔上げて、ミレディ手を差し出す。

 

「だったら慰謝料代わりにさっさと身包み全部差し出せ、それが誠意と真心と言う奴だろ!!」

 

「君は一度、その二つの単語の意味を辞書で引きなおせっ! うぅ、君の価値観はどうかしてるよ。何時も似たような事オーちゃんに言われてた私が言うぐらいだからよっぽどだよ……」

 

 つまりは、ミレディも似たような言動をし、それを常々オスカーに咎められていたと言う事だ。そして彼女は反省も改善も微塵もしていないと言う事になる。

 

「ちなみに、そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」

 

「オーちゃぁーーん!!」

 

 気がつけば先ほどまでのカナタの事に感する悲痛な雰囲気など欠片も残っていない。もしかしたらハジメはその為にワザとこの様に振る舞ったのかもしれない……とはいえ、それがホントかどうかは本人のみぞ知る所だ。

 

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

 ガックリとうな垂れたミレディはいつの間にか天井からぶら下がっていた紐を引っ張った。すると直後にあの音が、この迷宮で散々聞きなれた「ガコン」と言う音が響く。

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 直後、四方の壁から物凄い勢いの水が流れ込み、それらがぶつかり合い渦を作り出す。

 

「てめぇ! これはっ!」

 

 そして、床の中央にぽっかりと空いた人が通れる程度の穴。これらでハジメ達がミレディが何をしようとしたか理解した。

 

「嫌なものは、水に流すに限るね」

 

「来…」

 

「させなぁ~い!」

 

 ユエが風魔法で浮かび上がろうとするが、その前にミレディが重力魔法で彼らを激流の中へと押し込む。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

 

「ごぽっ……てめぇ、いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

 

「ケホッ……許さない」

 

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

 既に水中に沈んだカナタと香織以外の3人がそんな言葉を残して、一行は水と一緒に流されていく。やがて後に残ったのは水浸しになった部屋と穴が空いてるだけの床。その穴も自然と閉じて、ミレディは床に着地する。

 

「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ」

 

 そんな事を呟いたミレディは次にカナタの姿を思い浮かべる。そして申し訳ないとは思いつつも、彼女は彼が核を継いだ事に喜びを覚えていた。アジーンは彼に有無も言わさず核を受け継がせたと言っていたが、当時のアジーンは既に死に絶えて魂の核と意識のみを残した状態になっていた。

 

 魂そのものも既に失われ、自意識や精神を維持する力が著しく低下している状態だったことを思えば、もしかしたら自我や記憶と言ったものが長い時の流れの中で磨耗してしまっていたのかもしれない。それでも『竜魂士に己の魂の核を託す』その約束だけは忘れずに、そして遂にその約束を果たしてくれたと言う事だろう。

 

(ならきっと、アーちゃんはやっとみんなの所に逝けたんだね。お疲れ様アーちゃん、後は彼に任せて、ゆっくり休んでね)

 

 と、ホントの意味でこの世から消えた大きな戦友に黙祷を捧げ、彼女は水浸しのぐちゃぐちゃになった部屋を振り返る。

 

「……さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね……ん? なんだろ、あれ」

 

 その時、ミレディの視界にふと壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体が目に映る。

 

「へっ!? これって、まさかッ!?」

 

 それはハジメお得意の手榴弾。時より彼らの様子をモニターした時に、ハジメは使っていたのを見かけており、それの正体をすぐさま察し、ミレディはその場から逃げ出すも既に手遅れ。直後に「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡り、修繕が更に大変になり泣きべそを掻く小さなゴーレムがいたのは別の話。


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