ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~ 作:【ユーマ】
あれから、カナタ達は数日ほどブルックの町に滞在、次の目的地であるグリューエン大火山があるグリューエン大砂漠を目指す準備をしていた。とは言え、主な準備はハジメの破損したアーティファクトの修理や消耗した銃器の弾丸の補充、新たに習得した重力魔法の活用訓練だ。なお、ある時、カナタとシアの関係について触れる事があり、白状した際には――
「さすが帝竜様だな、早速手ぇ出しやがったか」
「ん、これで欲求不満も解消……」
ニヤニヤ顔のハジメにからかわれ、ユエは久しぶりに例のネタを引っ張り出したので、カナタはツッコミ用のハリセンの携帯を本気で考えた。因みに香織はと言うと――
(大丈夫だよ、雫ちゃん。今のカナタ君ならまだチャンスはあるからっ!)
と、ホルアドの方角を向いて、今なおオルクス大迷宮で訓練をしてるであろう友人に祈りのポーズと共に心の中でエールを送っていた。
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
そして出発を明日に控えた今日は食料品や薬品類を補充と、世話になった人へのあいさつ回りをしており、一行はいまギルドの受付おばさん、キャサリンの所を訪れていた。
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか香織に甘えたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝お姉さま〟とか連呼しながら三人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」
ハジメやカナタの情事を覗こうと日々、その隠密技術を高める宿屋の看板娘、ユエ達を狙って襲ってくる者、ハジメとカナタに彼女達をかけて決闘を挑んでくる者、男をスマッシュする彼女達の勇ましさにイケない恋慕を抱く者、そして男二人に対して獲物を見る様な鋭い視線を向ける漢女、ハジメ達的にはこの町で出会った住人の大半が禄でもない存在ばかりだった。
そして、気が付けばこの街の男たちの間で「ユエちゃんに踏まれ隊」、「香織ママに甘え隊」、「シア様の奴隷になり隊」と3つの派閥が構成され、女性の間では『お姉さまたちの姉妹になり隊』が結成されている。ちなみにこの事実を知った時--
『私、そんなに老けて見えるのかな……まだ20にもなってないのに……』
――と、ショックを受けた香織をユエが慰め、シアとカナタは「いや、お前らが奴隷になるの!?」と思ったのは別の話である。因みにそうして彼女たちに手を出そうした者達の末路についてだが、彼女たち3人に直に行った男達はその多くがシアと香織の練習台(何がとは言わない)となり、この町は現在、漢女の卵が増えてきている。彼らがクリスタベルやマリアベルの様な立派(?)な漢女になれるかどうかは彼らにとってはどうでも言い、いや、むしろ考えるのが逆に怖いぐらいだ。
そしてカナタやハジメにユエ達を賭けて決闘を挑もうとした連中については、ハジメの場合は彼らが決闘の「け」の字を出した段階で彼らに容赦なくゴム弾を撃ち込みノックアウト。カナタも初めのうちは「シアの気持ちを無視するような決闘は受けれません」と丁寧にお断りしていたが、あまりに頻度が多く、カナタもそのうちめんどくさくなり、途中からは決闘を申し出てきた相手には“威圧”の同系列技能である“帝竜の暴威”を軽めにぶつけて退散させる形で対応するようになった。なお、これでもまだ彼らの暴走は可愛い方で一番最後の『お姉さまの姉妹になり隊』は敬愛するお姉さま達に寄生する悪い虫として男二人に明確な敵対心を向けていた。
『お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!』
と、刃物を構えて突撃してきた奴もいる。なお、その時被害者だったハジメにより彼女は町の一角に服を剥かれ、亀甲縛り(もどき)で吊るされ、その横には『次は殺します』と言う張り紙を残す事で彼女達の強硬手段は鎮静化される事になった。
「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」
「やな、活気だな」
「で、何処に行くんだい?」
「はい。私達、次はフューレンを目指すつもりです」
彼らの一番の目的地はグリューエン大火山だが、その道中に中立商業都市フューレンが存在している。大陸一を誇る商業都市と言う事で一度立ち寄ってみようかと言う事になった訳だ。
「それで、折角なので荷物運搬なり何なり、フューレン関連の依頼があれば受けようかと思いまして」
「ちょっと待ってなよ」
事情を聞いたキャサリンが「う~ん」と唸りながら依頼リストを捲っていき、やがて一枚の依頼書で手を止めた。
「ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後三人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」
それはある商隊の護衛依頼。隊の規模がそこそこ大きい為、十数人規模の護衛を募集していた様だ。
「連れを同伴するのはOKなのか?」
「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者だ。三人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」
「そうか、ん~、どうするお前等?」
と、ハジメが他の4人の意見も確認すると――
「……急ぐ旅じゃない」
「そうだね。少しのんびりするのも良いかも」
「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」
「俺は特に小遣い稼げりゃなんでもいいよ」
と、四人の賛成意見を聞き、ハジメは依頼を受諾。キャサリンが依頼書をハジメに差し出した。
「先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「了解した」
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子達に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
「キャサリンさん、お世話になりました」
「あんた達も、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「ええ、肝に銘じておきます」
「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」
そして最後に「餞別だよ」と言いながらキャサリンさんはハジメに一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
それは暗に彼女が封筒一枚で他のお偉いさん方に影響を及ぼせる程の人物である事を物語っており、今なお底の知れない彼女にハジメが表情をひくつかせた。
「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」
「……はぁ、わーったよ。これは有り難く貰っとく」
と、ハジメは封筒を懐に仕舞った。
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
と、その言葉を最後に香織がもう一度キャサリンさんに頭を下げて、彼らはギルドを後にした。
※
あの後ラストチャンスと言わんばかりに襲ってきた漢女を何とか殺さずに鎮圧したり、ソーナがついに潜むのをやめて風呂場とベッドルームに堂々突撃してきた事に激怒した母によって亀甲縛り(ガチ)で宿屋の一角に吊るされる出来事があったが、特にトラブルもないまま彼らは出発の朝を迎えた。
「お、おい、まさか残りの三人って〝スマ・ラヴ〟なのか!?」
「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「いや、それはお前がアル中だからだろ?」
と、周りの冒険者たちの声が耳に入り、カナタ達はなんとも言えない表情となる。スマ・ラヴとは必殺のスマッシュを以って並み居る男をものともせず、自分の想いを貫く彼女達に対して尊敬と畏怖の念が込められてついたあだ名である“股間スマッシャーズ”と、決闘を仕掛けてきた相手をそれぞれのやり方で決闘を始める前に撃退するハジメとカナタに送られた“決闘スマッシャーズ”この2つの称号を統合したスマッシュ・ラヴァーズの略称である。そんな彼らのどよめきをスルーしながら、一行は今回の依頼人である商人の所に向かった。
「君達が最後の護衛かね?」
「ああ、これが依頼書だ」
「ふむ、確かに。私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
依頼書を確認すると目の前の男性モットーさんは手を差し出し、カナタが握手に応じる。
(もっと、ユンケル……まぁ、商人って意外と心身ともに大変な仕事だろうし……)
儲け話の気配がする場所に他の同業者よりもいち早く到着するフットワークに、交渉に置ける腹の探りあい、商人という仕事は精神的にも肉体的にも負担が大きいだろうし、栄養ドリンクが欲しくなるのも頷ける。名は体を表すとはまさにこの事だろう。
「期待を裏切らないように精一杯務めさせてもらいます。俺はカナタです、隣に居るのがシアであっちの三人は――」
「俺はハジメだ。こっちはユエと香織」
「それは頼もしいな……ところで――」
モットーの視線がシアの方を向く。それはさっきまで違う値踏みをするかのような視線。儲けの気配を察知した商人の目だった。
「この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」
やがてその視線をカナタに戻し、予想通りの提案をしてきた。そんな彼の視線を受けてシアは逃げる様に彼の傍に寄り添った。
「ほぉ、随分と懐かれていますな……中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「儲け話は見逃さない、中々に強かな商人さんですね……」
カナタはシアに首輪を渡した段階で、この展開をある程度予期していた。むしろカナタの予期してたとおりの流れは今回が初めてで、ブルックの町での騒動は彼の想像を遥かに超えていた位だ。普通であれば、同じ商人の目線に立って情を排して、価値を話の中心に据えて断る所。だが――
「ですけど、神様から彼女を差し出せと言われても断ります。まぁ、神様が亜人をどう思ってるかを省みれば、そんな事はまず無いでしょうが、それぐらい手放すつもりはありませんと言う事です。ですので金額が云々と言うより、そもそも交渉するつもり自体ありませんので」
そう返事をしてカナタは傍に居たシアの肩を抱き寄せた。
「そうですか、でしたら仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」
「判りました。それでは失礼します」
最後に軽く会釈をして一行はモットーさんの居る馬車を後にした。
「今のは割りと危ない発言だったんじゃねぇか?」
「あはは……まぁ、自分でも自覚はしてんだけどねぇ……」
「でも、カッコよかったとは思うよ。ね、シアちゃん」
「はいっ!」
アジーンの件を考えればあまり神を蔑ろにする発言をして、教会から睨まれる事は避けるべきだろう。だからこそ、さっきの発言も我ながら危ないものだとはカナタも理解はしてはいる。けれど、自分とシアの関係は既に変わっており、例え交渉の為でも彼女を商品と捉えた話し方はしたくなかった。そこら辺を必要だからと割り切れない辺り、例え力はあっても自分はまだ20にすらなってない子供なのだろうと、いまも嬉しそうに自分の腕に抱きついてるシアの姿を見て、カナタはほんの僅かに苦笑を浮かべるのだった。
ブルック編はこれにて終了。次回から愛子先生編と竜姫様のお話に突入します。