ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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補足(という名の後付):前話でシアを商品として扱うような話し方はしたくなかったという部分ですが、それなら首輪も外すのでは?と思うかもしれませんが、それに関しては外すとトラブルがシャレにならんので、そこだけは必要悪としたと言うことでお願いします。


第17話『竜の尻を蹴り飛ばす』

 フューレンまでは約6日の道のり。そして現在は3日目の夜を迎えている。トータスにおいて護衛任務に就いてる間、冒険者達の寝泊りや食事は各々で用意するのが基本だ。とは言え、野営中の食事と言えば干し肉等の日持ちを優先した保存食で済まし、依頼がひと段落すれば自分へのご褒美として上手いものを食べるのが一種の儀式となっていたのだが、

 

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

 

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、おめぇはシアちゃん派か、ならば香織ちゃんは俺の嫁!」

 

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

 

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

 

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」

 

 今回の護衛任務に参加した冒険者の場合は例外だろう。何せ、カナタ達は冷房石を用いた冷蔵・冷凍庫を宝物庫で持ち歩いている為、無理に保存食に拘る必要は無い。お陰で他が保存食を齧ってる中で調理をして出来たての食事を食べていたことにより、他の冒険者の視線が一気に集まり、気まずさを感じた一行の台所番二人の提案(胃袋を握られた後の三人の拒否権はほぼ皆無)によりお裾分けを実行し、以降それが続いている。そしてそれが三日も続けば彼らもカナタ達と接するのに慣れて、今現在食事に加えてナンパタイムが繰り広げられている。

 

 食事の時間ぐらいゆっくりしたいハジメは何も言わずに威圧を実行。シチューモドキで暖まったはずの身体に寒気を覚えた冒険者はガタガタ震え始める。

 

「で? 腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

 

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー」」」」」

 

「もう、ハジメ君。他の冒険者さんに威圧かけちゃダメだよ。それに、何があっても私もユエもハジメ君のものだから。と言う訳ではい、あ~ん」

 

 一通りの調理を終えた香織とシアも自分の場所に座ると香織は皿に移した串焼肉を箸でつまんでハジメの口元に持っていく。無論その反対側ではユエもその準備をしている。

 

(周りの目があるのによーやるな、あいつ等……)

 

 当然の事ながら、その様子に冒険者たちの視線は釘付けとなる。尤も、その視線の意味はカナタ達の食事に惹かれていた時とは違う意味だろうが。

 

「カナタさん、カナタさん」

 

 と、軽く肩をちょんちょんとされて隣に座っていたシアの方に視線を向けると――

 

「カナタさんも、はい、あ~ん」

 

 と、こちらはシチューモドキの入ったスプーンを差し出すシアの姿。と、同時に他の冒険者の視線の一部がカナタの方に向き、若干の居心地の悪さを感じた。

 

(地球でのハジメはこんな気持だったのかもな……)

 

 と、友人が地球で味わっていた精神的苦労を実感しながら、カナタもシアが差し出したシチューを口に入れるのだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 途中、ちょこちょこ魔物に襲われる事はあったがそのいずれも他の冒険者たちで余裕で対処できた為、カナタ達の出番は無いまま五日目を迎えていた。

 

「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

 

 そんな中、馬車の天井の上に乗っかり周囲を警戒していたシアが森の方に目を向けて声を張り上げると、冒険者達の間に緊張が走る。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 と、悪態をついたのは護衛部隊のまとめ役を務めるガリティマだ。強さは兎も角100を超える数となると魔物と戦いながら商隊を守るのは困難。

 

「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

 

「えっ?」

 

 ならばいっその事と護衛の大部分を囮に商隊を逃がそうと考えたが、それに待ったをかけたのはハジメだった。

 

「だから、なんなら俺らが殲滅しちまうけど? って言ってんだよ」

 

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

 

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな」

 

 と、ハジメが隣に立っていたユエの肩に手を乗せると彼女も問題ないとばかりに頷く。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

 

「「「「了解!」」」」

 

「……別にそんな心配、要らねぇんだがなぁ……」

 

「まぁまぁ、万一に備えて次の一手も予め考えおくのは悪い事じゃないだろ」

 

 と、話している内に他の冒険者たちも商隊を守るように陣形を組みそれぞれの獲物を構える。食事中にハジメの威圧に当てられガクブルしてた様子は微塵もなく、その姿は自分の腕一つで生きてきた冒険者の風格を思わせる。

 

「ユエ、一応、詠唱しとけ。後々、面倒だしな」

 

「……詠唱……詠唱……?」

 

「……もしかして知らないとか?」

 

 ユエの魔法は基本詠唱も陣も省略できる。が、この大衆の前でそれを実行すれば確実に後々騒がれる。なので、フリでも良いのでハジメがユエにそう勧めると彼女は暫く考えて――

 

「……大丈夫、問題ない」

 

 ――やがて、直後に酷い目にあって「一番良いのを頼む」と反省した誰かさんの言葉を口にする。

 

「いや、そのネタ……何でもない」

 

「接敵、十秒前ですよ~」

 

 と、シアの言うとおり森の奥から足音や息遣いといったモノが聞え始めるとユエもその手を空にかざす。

 

「降り立つ三つの星、常闇に猛き輝きをもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、集いし星は(みかど)の威信と共に障碍の尽くを退けん、最強の一片を担いしこの力、彼の者達と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」

 

 最後の魔法名を告げた瞬間、途中から立ち込めていた暗雲より雷の龍(こちらは身体の長い東洋の龍の姿)が現れ、ユエが指揮棒の用に自分の指を振るのに合わせ、雷の龍は魔物の群れの中で荒れ狂い、狼の魔物を飲み込んでいく。

 

「……ん、やりすぎた」

 

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

 

 やがて、龍が霧散すると底には黒くこげた地面だけが残り魔物達はその塵をも残していない。

 

「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

 

 つまり、あれは新たに作成した魔法であり重力魔法は雷の龍の操作に使ったと言う事だろう。

 

「ん……因みに詠唱は私達四人の出会いと未来を謳ってみた」

 

 と、ユエは無表情ながらもどこか得意げな表情を浮べている。そんな中、目の前の光景に硬直していた冒険者達が一斉に正気に戻る。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

 

「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」

 

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

 

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

 

「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

 

「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」

 

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

 

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

 

「「「「なるほど!」」」」

 

 いいえ、女神じゃなくて吸血鬼です。とカナタはツッコミたかったが、昔に全滅した種族の名を出す訳にも行かないので、「もうそれでいいよ……」と呆れ半分に呟いた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 後の道中は特に襲撃もないまま、彼らは無事にフューレンの町にたどり着き、現在は検問の順番待ちの最中。馬車の屋根で待ったり過ごしている彼らの元にモットーがやってきて、近くに居たカナタが彼に目を向けた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 モットーが言ってるのはハジメ達の様子だろう。香織の膝枕に横になり、彼の胸にもたれ掛かりながら同じく横になっているユエ。カナタは屋根の上に胡坐をかいており、シアは彼に寄りかかる様に座っている。ここは大陸一の商業都市、その活気は清濁併せ呑む事で成り立っており、彼らに向ける視線の中には今までの嫉妬のものと比べ、些か厄介な類のモノも混ざっている。

 

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ」

 

「むしろ、それを気にして下手に離れたり、隠したりした方が余計に目立ちますからね。それで何か用ですか?」

 

 と、ハジメとカナタがそれぞれに返事をするとモットーの視線はシアの方に向く。

 

「いえ、出発前にお話したその兎人族と貴方達の持つアーティファクト。やっぱり売るつもりはありませんか?」

 

 検問が終わり町に入れば護衛の仕事はそれで終わり。次に彼らと会えるのは何時になるかは判らないので、最後の交渉にと言う事だろう。

 

「商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

 まぁ、これがあれば商材を運ぶ際に態々商隊を組んだり、大人数の護衛を雇わなくても良くなる。自分一人を守るだけの護衛で済むし、ほぼ手ぶらに近い状態になるのだからフットワークも俄然軽くなるというもの。宝物庫の話をしている時のモットーの目つきはシアを買い取ろうとした時以上に鋭い。

 

「残念ですけど、こちらの答えは変わりません。彼女を譲るつもりは一切ありません。それに――」

 

 シアは大切な人だ。だからこそ彼女の事に関しては理論的ではなく自分の気持ちのままに話すが、宝物庫は別だ。

 

「他の手段で幾らでも稼げるお金と、もしかしたら二度と手に入らない宝物庫。どっちが貴重かと言われれば、わかるでしょう?」

 

 カナタの返事に流石のモットーも即答は出来なかった。確かに先ほどのユエの魔法一つ。彼らは登録したばかりと言うだけでその実力は少なくても青ランクではない。それこそ、実力=実入りの良さである冒険者稼業なら彼らが食うに困る事は無いだろう。そしてモットーは知らないが、カナタは兎も角ハジメ達はいずれ地球に帰る。ならば、一生遊べる額とは言えトータスのお金を渡されても、そのありがたみは薄い。だからこそモットーは金銭的な面では無く別の方面から切り込む事にした。

 

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?」

 

 それは貴重な何かを有する事へのリスク、過ぎたる何かを持つ事は同時に過ぎたる危険を招く可能性。

 

「そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」

 

 モットーはそこで言葉を止める。彼の視界にはさっきまでと変わらない穏やかな雰囲気のカナタの姿。けれど、そこから感じる得体の知れない恐怖。

 

「彼女達の身に……何か?」

 

「な、何か……起こる事も、ある……かも、しれない……と言う事、です。あ、あまりにも……隠そうと、なさらない……ので」

 

 理性ではなく本能が感じる恐怖。モットーはそこで今、自分は踏み越えてはいけない一線ギリギリに居る事を悟った。

 

「あー、それは一理あるかも。なぁ、ハジメ。今後はもうちょっと軽い荷物ぐらい持ち歩く事にしないか?」

 

「必要ねぇだろ。わざわざ、んな事しなくても敵対するならそれ相応の目にあってもらうだけだ」

 

 と、カナタがハジメに声を掛けると得体の知れない恐怖は収まり、モットーは「ハァ、ハァ」と呼吸を整える。

 

「なるほど。割に合わない取引でしたな……。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

 竜の尻を蹴り飛ばす。それはトータスのことわざの一つで、竜は全身を頑強な鱗に覆われており、一度眠ってしまえばよほどの事が無い限り起きないが、唯一尻の辺りだけは鱗が無く、そこを攻撃すると烈火の如く怒り出す。その例えから、手を出さなければ無害な相手に下手に手を出して痛い目に会う、と言う意味を持ってる。

 

「へぇ、そんな面白いことわざがあるんですか。初めて聞きましたよ……尤も――」

 

 カナタはそこで言葉を止めて意味深な笑みをモットーに向けた。

 

「貴方が蹴りそうになったそれはホントに竜のお尻だったのでしょうかね?」

 

「? それはどう言う……」

 

「なぁーんて、特に深い意味はありませんよ」

 

「はぁ……? そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からはよく思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」

 

 竜人族、それは竜になる力を持った種族で、教会からはあまりよく思われていない。何故なら、人にも魔物にもなれる狭間の者であり、かつ、神を信じぬ不信者、そのくせ亜人と違い強大な力を持っている。そして――

 

「何より竜人族はかつて、伝説の暴竜アジーンに与して神の遣いであるチェトレに牙を剥いたと言われています。既に絶滅したといわれていますが、そう言う経緯もあり協会は基本、チェトレ以外の竜を良く思っていないのですよ」

 

「ふむ、なるほど……ご忠告感謝します。さっきのことわざと一緒に、よーく覚えておきますね。貴重なお話ありがとうございました」

 

 その後、滞りなく検問も終了して依頼は完了。最後に報酬を配りながらモットーが冒険者達に自分の商会の宣伝をして解散となった。あの時、自分が蹴ろうとしていたのは竜の尻ではなく、逆鱗だったと言う事を彼が知る事は無かった……。


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