ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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書いては消して、書いては消して、執筆画面開かなかった日は無かったのに、今回は少し難産となりました。


第24話『誰かを思いやること』

 ウルの町に着くや否や、ウィルは事の次第を報告するべく真っ先に飛び出し、愛子達がそれに続く。本来であれば、後の事は愛子やティオに任す予定だったカナタ達だったが、肝心のウィルが真っ先に飛び出していった為、無視する訳にも行かず、彼らの後に続く。街の市役所と思われる場所ではギルドの支部長や町長を始めとした町の重役達が集まっており、皆が愛子やウィルに掴みかからんとする勢いで事の詳細を問い詰めている。

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

「な、何を言っているのですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 

「見捨てるもなにも、どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れているんだから……どうせ避難するなら、目的地がフューレンでも別にいいだろうが。ちょっと、人より早く避難するだけの話だ」

 

「こちらも貴方を保護してイルワさんの所に連れて行くと言う依頼、つまりは約束があります。報告等が終わったのでしたら、後の事は他に任せてフューレンに向かいましょう」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。お二人も……」

 

 それでもいまだ引き下がるウィルに、ハジメは冷たい視線をぶつけた。もはや、優しく言っても聞かない事が判ったからだ。

 

「……はっきり言わないと分からないのか? 俺の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町の事なんて知ったことじゃない。いいか? お前の意見なんぞ聞いてないんだ。どうしても付いて来ないというなら……手足を砕いて引き摺ってでも連れて行く」

 

「なっ、そ、そんな……」

 

 ハジメの中で優先するべきは恋人や仲間の事。今回のウィルの保護依頼もその報酬内容が仲間達と自分の身を守る事に繋がるから受けた。だと言うのに、仮に彼の希望通りに街の事まで引き受けて、万一彼の身に何かあればすべてが無駄になる。そんなリスクを背負うぐらいなら町に対しては最低限の義理を果たしてさっさとフューレンに向かうほうが良い。そしてまだ余裕で避難を開始できる段階で大群の事を伝えた時点でハジメの中ではこの町に対する義理は十分に果たしている。

 

 彼の雰囲気から本気で自分を動けなくしてでも連れて行くつもりだという事を察し、ウィルは無意識に彼と距離を取る。そして、ハジメは彼に決断を迫るべく近づいていくが、そんな二人の間に割って入った人が居る。

 

「南雲君。君なら……君達なら魔物の大群をどうにかできますか? いえ……できますよね?」

 

 それは愛子だった。彼の冷たい眼差しを真正面から受け止め、毅然とウィルの前に立っている。

 

「いやいや、先生。無理に決まっているだろ? 見た感じ四万は超えているんだぞ? とてもとても……」

 

「ですが山に居た時、竜峰君は普通に殲滅するなら出来なくないと言ってました。それなら、街の人たちを避難させて、守らないといけない対象が居ない状態なら何とか出来ると言う事ですよね?」

 

 それでも街の建物に多少の被害は出るだろうが、そんなのはまた作り直せば良い。けれど、何もせずに町がほぼ全滅すれば復興は困難となり、街の住人に辛い日々を強いる事になる。最悪の場合、地図からウルの町が消える事すらありえる。

 

「おい、カナタ……」

 

「……すまん」

 

 それはウィルに向けた言葉なのだが、愛子にとっては大切な生徒の言葉。彼女はそれをバッチリと覚えていた。

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、此処に済んでるたくさんの人たちが苦しむ事になります」

 

「……意外だな。あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 

「……元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」

 

 と、ハジメは皮肉を込めた言葉を愛子にぶつけるも愛子は動じない。それは、トータスに飛ばされてから今日まで、殆ど状況に流されるがままにされていた彼女とは違う、正に彼らにとって見慣れた先生の姿だった。

 

「南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になる程に前に聞いた奈落の底での出来事は辛い事だったんだと思います。だからこそ、自分や自分の大切な人の事以外、慮る(おもんばかる)余裕など無かったのだと思います。君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 

 彼女の言葉はあながち間違いでなかった。自分の事、香織やユエの事、カナタの事。それ以外の事など考える余裕は奈落の底では無かった。今のハジメのスタンスや価値観の変化は生き残るには必要な変化だった。

 

「南雲君。君は昨夜、日本に帰ると言いましたよね? では南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

 

「……」

 

「君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

「畑山先生、私は――」

 

「そして、白崎さん」

 

「え?」

 

 香織が愛子に何かを言おうとするも、愛子はそれを止めた。そして園部達の方を少しだけ振り返り、そして再び彼女の方に向き直る。

 

「王国の人たちには無能と蔑まれ、そして最後は同じクラスの生徒の悪意によって殺されそうになった。このトータスに来てから奈落に落ちるまで、確かに南雲君は疎まれて否定されていた」

 

 無能だと蔑まれ、役立たずだと疎まれ、そして彼らが死んだとされた後も王国は香織まで巻き添えにしたと事実を捻じ曲げ、クラスの生徒からは一部を除き、死んだものと早々に切り捨てられた。それほどまでにあそこは彼にとって辛い場所だった。愛子の言葉に親衛隊に動揺が走った。ゲーム感覚だった故の事故、そう思っていたあの事件を他でも無い先生が悪意によるものと判断していたからだ。

 

「だからこそ、せめて自分だけは彼の事を拒絶したくない、南雲君がどんな道を歩んでも自分はそれを否定せず、同じ場所で支え、寄り添い続けてあげたい、それも確かに誰かを想う優しさの一つです。けれどそれだけが誰かを思いやる事ではありません。もしも自分の大切な人が暗く寂しい所に行ってしまいそうな時、それを止めてあげる事。ただ着いて行くのではなく、その手を引いてあげる事。それもまた誰かを思いやる事だと私は思います」

 

「それ、は……」

 

 香織は何かを言おうとするも、何も言えずにいた。

 

「そして今、それを南雲君にしてあげられるのは白崎さんだけなんです。今の彼の事も、変わってしまう前の彼の事もどちらも知っていて、そして南雲君の隣に寄り添える事が出来る貴方だけなんです」

 

 

 

 

 

 

『言っとくが俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない』

 

 

 

 

 

 今のハジメの自分達への印象はこの一言が物語っている。好きや嫌いと言ったレベルを通り越した先の無関心。大事な時に傍に居て上げられなかった自分や、彼を否定していた他のみんなではきっと、今の彼の手を取ろうとしても振り払われるどころか見向きもしないだろう。普通であれば死んでいてもおかしくない状況に陥る事になっても、ハジメの傍に居ようとした香織だからこそ彼の手を取る事が出来る。

 

「私……」

 

「私は先生です。だからこそ生徒の皆さんが何時か人生を振り返った時、それは幸福なモノだったと感じてほしい。ですから、一度だけ考えてほしいんです。今の南雲君の生き方は、ホントに彼の幸せに繋がっているのかを、それでホントに白崎さん自身も幸せになれるのかを」

 

「……っ!」

 

「香織!?」

 

「……カオリっ!」

 

 俯き、何も言わずにそのまま香織は踵を返し市役所の外に飛び出し、ハジメとユエが後を追いかけていった。

 

「追わなくて良いんですか?」

 

 そしてそれを見送っただけのカナタにシアが声を掛けた。

 

「あそこまでの問題となるとな、俺なんかが介入できるレベルじゃないからな」

 

 自分が目覚めた場所はアジーンの遺骨と魂の核が安置されてる場所だったからか、魔物すら居ない階層だった。そして、肉体が再生と変化する間は意識を失ったまま、目覚める時には二人と合流していた自分はあの二人が経験した地獄を全く経験していない。奈落での苦しみがもたらしたものに対する話となれば、自分がおいそれと割り込み何かを言えるものではない。それは愛子も同じではあるが、自分と違うのは彼女はハジメ達の“先生”だからだ。生徒が間違え、道を踏み外しかけているのを止めようとする事が彼女の役目。

 

「まぁ。あいつらが戻ってくるまで俺達は大人しく待ってようぜ。その間に、今回の件の重要参考人から事の詳細とかいろいろ説明してもらわないといけないしな」

 

 そう言って、カナタは会話に入れず所在なさげにしていたティオに視線をむけたのだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 喧々囂々している市役所の周りと違い、人一人居らず、静寂に包まれた町の教会。その長椅子の一角に香織は腰を下ろし俯いていた。そして少し遅れて追いついたハジメはその隣に腰を下ろし、ユエは彼女の正面に立った。ハジメが香織に声を掛けようとすると、それを遮るようにポツリと呟いた。

 

「……ごめんね」

 

「なんで謝るんだ?」

 

「私……何も言い返せなかった……」

 

 愛子の言葉に香織は何も言えなかった。それぐらい彼女の言葉は的を射ており、香織自身も心のどこかでその言葉が間違い出ない事を受けれていた。

 

「……ハウリア族の為に帝国兵を殺した時、ハジメ君言ってたよね。特に何も感じなかったって……」

 

 その言葉を聞いた時、香織は思った。彼の心は今も奈落の底(あのじごく)に居るんだと。彼を飲み込んで変えてしまったあの場所、変わらなければ生き残れなかった場あの所に居るんだと。他でも無い自身と自分の大切な人、自分達の為に、今も彼は堕ちてしまう瀬戸際にいると。

 

「その時に思ったの。例え堕ちてしまっても、ハジメ君がハジメ君で無くならない様に、私の愛する人がこれ以上違う何かに変わらない様に、私が繋ぎとめなきゃって」

 

 神水で辛うじて命を繋いでいた時に人格が、初めて魔物の肉を食べた時に見た目が、まるで世界が今までのハジメを要らない存在だと切り捨ててるかの様に変わっていく彼を目の当たりにして、香織は彼を否定する全てを恨んだ。そして、その感情が彼女の心を蝕み、壊さぬ様に彼女の心そのものが、その憎しみをハジメへの愛情の裏返しとした。彼を否定して拒絶する何かを恨むのではなく、それ以上に自分が彼を受け入れ、寄り添ってやるんだと。

 

「だから、ハジメ君の気持ちを、やりたい事を否定するなんて考えもしなかった。なのに――」

 

 香織は俯き、その表情は暗くなる。

 

「なのに私、何も言えなかった……畑山先生の言葉に何も言い返すことが出来なかった……」

 

 愛子の言葉を香織は一蹴できなかった。「関係ない、私には私の意志とやり方がある」「私は彼の隣に居られるなら十分幸せなんだ」と、その言葉を口に出来なかった。それは愛子の言葉を正しいと感じている自分が居たから。きっと今の彼は日本に帰った後も自分や大事の人の為に、全てを切り捨て、必要なら敵対し戦うだろう。そして何れ立ち去るトータスと違い、今度はそれがずっと続いていくかもしれない。その姿を思い浮かべて、香織は胸が締め付けられるぐらい苦しくなった、そんなハジメの姿を見たくないと思っている自分が居た。愛する人の傍に居る筈なのに、幸せになれない自分の姿が浮かんでしまった。香織にとってそれは自分達の事を愛してくれる彼への裏切りの様に感じた。

 

「ごめんね、ハジメ君、ホントに……本当にごめんなさい」

 

 香織の様子を見て、ハジメはその視線を天井へ向けた。奈落の底で、自分の人間性を繋ぎ止め、完全に堕ちるのを食い止めてくれた二人の恋人。二人の幸福を自分は確かに願い、そしてそれを成すのは自分でありたいと望んでいた。他の事はどうでも良い。そしてそれを妨げる存在なら相手が誰であろうと容赦しない。我ながらなんとも捻くれ尖った生き方だと思うが、これで香織とユエを守れるならそれで良いと、二人が幸せになれるなら何も問題ないと思っていた。

 

(……やっちまった。いや、ずっとやらかしていた、って方が正しいか……)

 

 だからこそ、そんな自分の姿を見て二人がどう思うかなんて考えもしなかった。自分の行いが彼女達を幸せに繋がっているのかどうか、その答えが今も落ち込んでいる香織の姿だ。

 

(その事を再会して1日ちょっとで見抜いてきやがるか……)

 

 何ヶ月も一緒に居た自分よりも、再会して1日ちょっとしか経ってない愛子の方が香織の幸せの為に必要な事を見抜いて見せたのだから。

 

「……香織、ユエ」

 

「ん」

 

「ハジメ君?」

 

「その、なんだ……悪かった」

 

 ポツリと呟かれた謝罪の言葉。二人はそれに対して何も言わずに彼の次の言葉を待った。

 

「お前らの事を何時も最優先で考えるつもりだったが、でも実際はお前等の事をちゃんと見てなかったし、考えも及んじゃいなかった。だからこそ、こんなミスをもうしない為にも、教えてくれ。お前達が今までの俺を見て思った事を」

 

 その問いに、先に答えたのはユエだった。

 

「……周りから裏切られて、何百年も一人ぼっちだった。そんな時、ハジメやカオリを出会って、二人が私にとっての“特別”になって、今がとても幸せ」

 

 今のハジメの生き方でも自分は十分に幸せだ、そう言う意味では自分は愛子の言葉を否定できる。けれど、完全な孤独と誰かとの特別な絆、その両方を知ってるからこそ、ユエは人との絆がどれだけその人の幸福に繋がるか良く判った。

 

「出会う人、関る人全てとは言わない、裏切るのもまた人だから。けれどハジメには今よりも、もっと“大切”を増やしてほしい」 

 

 大切な友人や仲間、その縁が彼の幸せにも繋がっていくはずだとそう思っている。けれど、今のハジメにとってはそれはとても困難だろう。けれど出会う人、関る人全てを切り捨てるだけでは、その可能性は何時までも0のままだ。

 

「……私はハジメ君がこれからも自分の願いの為に戦い、傷つくなら、貴方の隣でそれを癒してあげたい。今も変わらずそう思ってる。でも、それ以上に私はハジメ君に傷ついてほしくないと思ってる」

 

 しかしそれは不可能だろう。迷宮の試練、魔獣、そして教会。ハジメと敵対する事になる存在はこの世界にはたくさん存在しているだろう。けれど関係ないから、どうでもいいからと全てを切り捨て突っぱねる事は時に周りの人の怒りや恨みを買い、それが必要以上に敵を作る事に繋がる。そして敵が増えればそれだけ戦い、傷つく事も増えてくる。

 

「だから、先生の言うとおり出来る範囲で良い。どうか、他の人の事にも目を向けてほしい。私達だけじゃない、他の人との縁も今よりもちょっとだけ、大切にして欲しい。それが私の気持ち……」

 

 ハジメを思うが故に、今より少しだけ変わってほしいと願う二人の願い。教師として愛子が切り込んだからこそ、聞く事の出来た二人の本音。

 

(俺は……)

 

 それに対して、ハジメが出した答えは……

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「よう、お話は終わったか?」

 

 ティオの正体、そして黒いローブがもしかしたら清水かも知れない事を伏せつつ、ティオから詳細の説明が終わった所で3人は市役所に戻ってきた。

 

「南雲君……」

 

 愛子が席から立ち、ハジメの正面に立つ。そんな彼女の姿を見て、やがてハジメは口を開いた。

 

「一つ聞かせてくれ……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

 

「当然です」

 

「……俺がどんな決断をしても? それが、先生の望まない結果でも?」

 

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

 自分が今のハジメと香織に伝えるべき事は全て伝えた。ならば後は、この2人が出した結論を受けいれる。

 

「そうか……」

 

 そう言うと、ハジメは再び踵を返す。やっぱり自分の言葉は届かなかったのかと思い、表情が暗くなる。けれど、ハジメは少し離れた所に立っていた香織とユエの傍で足を止める。そして愛子に背を向けたまま少しだけ肩を竦める。

 

「流石に、数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。住民の避難とかの話し合いはそっちでやってくれ」

 

「南雲君!」

 

 その言葉に愛子の表情が明るくなる。実際の所、自分の中に根付いた他はどうでも良いと思う気持ちは変える事はできない、それがハジメの結論だった。けれど、その気持ちのままに振舞う事が香織やユエの想いや願いに反し、辛い気持ちにさせるのは確かだ。

 

「俺の知る限り一番の〝先生〟からの忠告だ」

 

 そして“気持ち”は変わらずとも“行動”を変える事は幾らでも出来る。

 

「ましてや、俺の大事な人達がそれを望んでるんだ。だったら、応えてやらんと男が廃るってもんだ。取り敢えず今回は、奴らを蹴散らしておくことにする」

 

 そう言い残してハジメは市役所を後にする。そして二人も彼のあとに続き、けれど香織は出入り口の前で足を止めると、愛子の方を振り返る。

 

「畑山先生……」

 

「白崎さん」

 

 香織は愛子の事を見つめる。

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って、笑顔を浮べ自分達の先生に一礼して、香織も二人の後を追いかけていった。そんな三人の姿に優しげな笑みを浮かべていたカナタもその場から立ち上がる。先生という立場こそあれど、それでもそこまで深い仲でもない、ましてや他の人をどうでも良いとしているハジメに自分の言葉を届かせたのだ。

 

(流石、“本物”は違うって事か……)

 

 そんな愛子に軽く会釈して、カナタも彼らの後を追い、シアとティオもそれに続いたのだった。

 

 


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