ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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第25話『心に刻まれたもの』

 ウルの町は現在、ハジメ謹製の外壁が囲っている。とは言え錬成の射程範囲状の問題からそこまで高い物ではないし、魔物の大群の中にはそれを飛ぶタイプも混ざっている。あくまで無いよりはマシという程度だ。

 

「しかし……出来る事なら騎士たち共々、住人全員避難してくれた方が良かったんだがな……」

 

 魔物の大群を相手取ると決めたカナタ達だが、そこで嬉しくない誤算が一つ。町の住人の中には「大事な故郷をおいていけるか! 俺は残るぞ!」と言う人たちもいた。その故郷を思う意志は決して悪いものではないが、避難する住人と町に残る住人、その二つに分かれたことで、本来であれば避難民の護衛として一緒に町を離れる筈だったデビッド達も、本人も含め一部は町に残る形になった。結果――

 

「こう言う集団戦こそ、先手でカイザーブレスぶっぱなして一気に削るのが一番なんだがな……」

 

 教会や王国騎士がいる前でアジーンになる訳にも行かず、結果今回の大群戦では竜変身は縛る事になってしまった。即席防壁の上に立ち、北の山脈に眼を向けていたカナタがぼやく。

 

「今回の件でハジメさんのアーティファクトの件はバレる事になりますけど、流石にアジーンの件はギリギリまで隠蔽したほうがいいですからねぇ」

 

「だがまぁ、仮に竜変身は出来てもカイザーブレスは縛ってもらう事になってたぞ」

 

 そのぼやきにカナタの隣で防壁の縁に座り、足をぶらぶら揺らしてたシアと、彼から少し離れた所に腰を下ろし、一行の武器の整備を行っていたハジメが返事をした。その両脇にはもはや定位置と言わんばかりにユエと香織も座っている。

 

「マジか?」

 

「当たり前だろう、何せ――」

 

「みなさん、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」

 

 その時、背後に何人かの気配を感じ、カナタが振り返るとそこには愛子とその親衛隊の面々、そしてデビッドたち護衛騎士とティオの姿があった。

 

「いや、問題ねぇよ、先生」

 

 そんな中、ハジメは彼らのほうを振り返ることも無く返事をしその態度が気に入らずデビッドが食って掛かってきた。

 

「おい、貴様。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら、貴様の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」

 

「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」

 

「うっ……承知した……」

 

 が、愛子に言われてシュンと押し黙ってしまう。その様子はさながら忠犬である。

 

「南雲君。黒ローブの男のことですが……」

 

「分ってる。ちゃんと生け捕りにして、先生の所に連れてくるさ」

 

「南雲君……ありがとうございます」

 

 そしてハジメは「なっ?」と言わんばかりの視線をカナタに向けた。黒ローブ、清水と思われる男が何処にいるか分らない以上、むやみに大群をブレスでなぎ払って巻き込むわけにもいかないのだ。

 

「あ~……そういやそうだったな」

 

「ふむ、よいかな。妾もあr……ゴホンッ! カナタに話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

 

「頼み?」

 

 愛子の話が終わるのを見計らい、今度はティオが歩み出て、口を開いた。

 

「う、うむ……えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

 

「まぁな」

 

「そ、それでじゃな……頼みと言うのはその……妾も、その旅に同行させてほしいのじゃ」

 

 ティオがそれを告げるもその言葉はどこか歯切れが悪く、ティオ自身もどこかソワソワしている。

 

「俺達に? でも、ティオはティオで旅の目的があったんじゃ?」

 

「そちらの方はおぬし達に同行しても行える事、むしろその方が効率が良いからの」

 

 ティオが里から出てきた目的は外界からの来訪者の調査。つまりはカナタ達もその調査対象に入っている。

 

「無論、タダでとは言わぬ。旅の間に妾からそなたの戦い方とか他にも色々教えてやれる筈じゃ」

 

 彼女の提示した利点にカナタは「ふむ」と内心でそれを吟味する。戦い方、と暈してはいるが、ティオが言っているのは竜全般の事についてと言う事だ。竜形態での戦い方は勿論、竜やアジーンの事など彼女の持っているであろう竜にまつわる知識は確かにカナタにとっては有用なものだ。

 

「それだけではないぞ。妾を連れて行ってくれると言うならカナタ、お、お主の事を、その……」

 

 ティオはそこで言葉を止めると先ほど以上にソワソワ、いや、恥ずかしさからモジモジしているという方が正しく、その顔も赤くしている。やがて「女は度胸!」と言わんばかりにカナタの眼をハッキリと見据え――

 

「お……お主の事を、主様と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どうじゃ!?」

 

 と、勢い任せで告げられた言葉に辺りが静寂に包まれ、カナタとシアはぽかんとした表情になっている。

 

「えっと……どういう事です?」

 

 言ってる事は判る。が、ティオに対しては自分の時と違い、フラグとなる様な事は一切無かったはずだ。なので、突然の告白に本気で困惑し言葉を失ってるカナタに代わり、シアが聞き返した。

 

「どう言う事もなにも言葉通りの意味じゃ……いや、心は既に主様に奪われた後じゃな」

 

 その一言に一人を除き、全員の視線がカナタに集まる。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……じゃが、里にはそんな相手おらんかった……。そんな時じゃ、主と戦い、敗北し、そしてそのまま組み伏せられて……」

 

 暴力を振るった上に押し倒したのか……とデビッドの視線に非難の感情が浮び始める。

 

「妾の能力は特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ。そう、あの時お主の猛々しきモノを突き立てられるまではの」

 

(ちょ、言い方ぁっ!!)

 

 デビッドの視線がまるで犯罪者を見るかのようなそれに変わる。が、「首に噛み付いただけです」なんて言っても、竜の事を伏せる以上、苦しい言い逃れにしか聞えない。仮に信じてもらえても、デビッド達の脳内では人の姿をしたカナタが同じく人の姿をしたティオの首筋に噛み付いてるという構図しか思い浮かばず、それもまた問題のある光景だ。幸いと言うべきか、そう言う視線をしているのはデビッド達だけで他は事の事実を知っている為、なんとも言えない微妙な表情をしている程度で済んでいる。

 

「妾にとってはあれは初めての痛み。妾を(くだ)し、圧倒的な力の差と男としての逞しさを心の奥深くにまで刻み込むような痛みだったのじゃ……」

 

 彼女の身体を彼の牙が穿ったあの瞬間、それは彼女の心をも深く穿っていた。そして身体の方の傷跡は無くなりはしたが、初めての痛みと言う強い印象と共に心に刻まれたカナタの存在は消えそうに無く、それが彼に嚙まれた部分を時より熱く疼かせていた。まるで「お前はもう俺のモノだ」と言わんばかりに。しかもその相手が竜魂士、つまりは今代の帝竜とも言える存在となればティオにとって堕ちない理由はなかった。

 

「もはや他の男の伴侶など考える事もできぬ。こうなってしもうては主殿に責任とって貰う他ないのじゃ!」

 

 これにはカナタも頭を悩ませた。ティオが竜と言う種族の事を色々教えてくれると言うのは魅力的な提案でもある。なんせこちらはこの間まで人間として生きていたのだ。近い未来、竜として生きていく以上、その種の習慣や文化を一から学ぶ必要がある。が、自分を主と仰ぎたいから、と言う理由がネックだった。と言うのもティオの好意の一部はカナタがアジーンだから、と言うのも含まれている。例えるなら初恋の人に似ているから惚れた、と言う側面もある。けれど自分はアジーンとは違う、ティオの知るアジーンの様にこのトータスの人たちの守護竜になるつもりなんて無い。彼女の記憶や憧れのアジーンと自分では著しくずれているのは確かだ。

 

「……来たか」

 

 そんな時、ハジメがポツリと呟いた。

 

「来た……って、もしかしてご到着か?」

 

「ああ」

 

 肉眼ではまだ確認できないが、オルキスからの映像は万を超える魔物の大群の姿をバッチリと写していた。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九、清水幸利だ。

 

「ティオ、とりあえずこの件については事が落ち着いてから。幾つか確認したい事もあるしな」

 

「承知したのじゃ。とりあえずまずはあの黒いローブの男を止めてからと言う事じゃな。妾もここまでの時間で幾らか回復はしたのじゃ。流石に本気は出せぬが、火と風の魔法なら遅れを取るつもりはないぞ」

 

 と、デビッドたちや他のみんなも、それぞれの持ち場につくべく慌しく動き出す中、一人だけそのままハジメの所に近づいていった人物がいた。

 

「あ、あのさ! 南雲!」

 

「ん?」

 

「園部さん?」

 

 その人物の名は園部優花だった。以前と違い、すっかり鋭くなった視線を受けて優花は一瞬たじろぐも、次にはキッと睨むような眼つきに変わった。

 

「あ、ありがとね! あの時助けてくれて!」

 

 相手を睨みつけ怒っているような表情の彼女の口から出たのは何故かお礼の言葉。そのシュールさにハジメと香織は少しだけ反応が遅れた。

 

「何のことだ?」

 

「その……あの日、迷宮でトラウムソルジャーから助けてくれたでしょ? その後もベヒモスの足止めをしてくれたし」

 

 そう、ベヒモスと遭遇したあの日。突然の出来事にパニックを起こし、落ち着いて対処すればなんて事の無いトラウムソルジャー相手と混戦状態になった時、彼女は殺されそうになったところを彼に助けられたことがあった。

 

「ああ、そういやそんな事があったな。確か、頭カチ割られそうになってて……」

 

「あんま生々しい表現しないでよ、割とトラウマなんだから……」

 

「で、言いたい事はそれだけか?」

 

「あ、えっと、その……それで……」

 

 その問いに、優花は一瞬だけ言葉を詰まらせるも一瞬だけ深呼吸をすると彼の方に視線を戻す。先ほどの怒ってるのかと思われる様な表情とは違い、今度はとても真剣な表情をしている。

 

「無駄にしないから! 南雲にとってはどうでも良いことかもしれないけどさ! それでも無駄にしないから!」

 

 あの日、ハジメが奈落の底に落ち、死亡したとされた日。優花は自分でも原因が判らないほどショックを受けて一時は無気力状態に陥っていた。いや、原因は分っている。自分は彼に助けられたのに、その自分は何も出来なかった事によるものだ、けれどなんでここまでショックを受けているのかが判らずにいた。その後、ある人物の影響を受けて、ハジメに救われた命を無駄にしない為に、と言う気持ちから愛ちゃん親衛隊に志願した。

 

「そうか」

 

 と、それだけ言って再び作業に戻る。自分の言葉や感謝の気持ちが伝わったのかどうかも分らない、彼の態度に優花は所在無さげに立っていたが、やがてこれ以上此処に居ても仕方ないと思ったのか、踵を返した時だった。

 

「園部」

 

「な、何っ!?」

 

 まさかこのタイミングで声を掛けられるとは思っておらず、突然の不意打ちに優花は飛び上がりそうなほどビックリしていた。

 

「あの時も思ったが、お前は根性がある奴だよ」

 

「え?」

 

 本人も自覚してる通り、あの日トラウムソルジャーに殺されそうになった事は優花にとってはトラウマ級の恐怖だった。にも拘らず、彼女はハジメに救出された後、すぐに生き残る為に行動を起こした。

 

「恐怖心を抱えて、それでもすぐに行動できる奴ってのは、そう簡単にくたばったりはしねぇ奴だ」

 

 それは自分の経験則から来るもの。極限の状況が恐怖心を不要なモノと捨てさせる形になったハジメのそれと優花のそれは厳密には言えば少し違うが、恐怖に囚われず行動を起こした事で生き残る事が出来たという点は同じだった。そして今も、優花はトラウマを抱えたままでも愛ちゃん親衛隊として最前線とは行かなくても戦いの場に身を置いている。

 

「だから、お前みたいな奴は死なねぇよ……たぶんだけどな」

 

 その言葉がまだ死の恐怖が心に残っている優花に対する、彼なりの励ましの言葉だと知ると優花は恥ずかしげな表情で「……ありがと」と、と小さく呟き、改めて愛子の後を追う。その途中で足を止めて、もう一度ハジメの方を振り返る。そこには香織と何かを話しているハジメの姿。

 

(……あっ)

 

 先ほどまでの素っ気無さを含んだ態度は影も形も無く、ホントに香織の事を大切に思っているのがハッキリと分るハジメの姿。そんな2人の姿を見て、優花は無意識にチクチクと痛みを訴える胸に手を当てたのだった。

 




優花って、原作ではサブキャラだけあって、言葉遣いや心情を把握する為の情報が少ないんですよね。裏を返せばキャラ付けしやすい人物とも言えますが。

そして今回ドMを回避したティオですが、感想にてチョロインなのか、それとも嚙まれた事(爬虫類とかは交尾とかで相手に噛み付く習性とかがあるとか)やアジーン関係の諸々の件で意識するようになったのか?と言う疑問がありましたが

答えは両方、でした

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