ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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ウル編ラストです。

今回は魔物肉の影響について作者の独自設定を加えています。


第30話『乙女の決意』

「アホか、ダメに決まってるだろうが……」

 

 香織が提示した方法、それはかつて自分達が飛躍的に強くなったのと同じ、魔物肉と神水の強制強化。つまりは貴重な神水を一本消費する事になるので、流石に勝手に実行するのはまずいだろうと言う事でカナタの部屋でドリュッケンと帝の顎の整備をしていたハジメに相談しに来た所、返ってきた返事がコレだ。

 

「即答しなくても良いじゃない……神水、だっけ? 貴重品だからおいそれと使いたくないのは判るけど……」

 

「違う、俺が言いてぇのはそこじゃねぇ」

 

 嘗て、香織が『エリクサー』と名付けるほどだ。そんな貴重な薬を仲間以外の人にも気安く使いたくないという気持ちは判るが。悩みすらしない即答に優花が表情を険しくさせながら抗議するとハジメはユエと香織に鋭い視線を向けた。

 

「そもそも、なんで魔物の肉を喰えば体が崩壊するのか、その詳しい原理すら判ってないんだ」

 

 現状、魔物肉を食べれないのは魔物の魔力が人体に毒であり、その魔力が侵食する事で体が崩壊するとしか判っていない。魔物の魔力の侵食と肉体崩壊の詳しい因果関係は不明なのだ。そして、実証=人死にが出る以上、これ以上の事を研究するのは無理とされている。

 

「俺や香織が大丈夫だったからって、園部も大丈夫とは限らねぇだろ。万一の事があったらどうするんだ?」

 

 もしかしたら、魔物の魔力の影響は個人によって違うかもしれない。自分達が大丈夫だったから、優花も大丈夫。と言うのは確かに安易な考えだと言える。ハジメの説明に何も言い返せず、3人が言葉を詰まらせると、意外なところから援護が飛んできた。

 

「人と魔物では魔力の循環の激しさが違う。これが体組織崩壊の原因じゃ」

 

 その声の主、ティオに全員を視線が集まる。

 

「身体を巡る魔力の流れの激しさには種族毎に差があっての。人間はその中でも、その循環の流れが極めて緩やかなのじゃ。シア達亜人に至ってはほぼ皆無」

 

 つまりは魔力とは血、循環の激しさとは血圧みたいなものだ。

 

「そして、その循環が極めて緩やかという部分が肝での。そのせいで人間は魔力を制御する能力が発達しておらん」

 

 つまり、流れを操作・制御する必要がないほど人の魔力の循環は穏やかな為、それらの制御能力は備わってはいるが、殆ど発達していない。そして人間以外の種の特徴を取り込んでいる亜人はごく稀に突然変異でその能力が大幅に発達した状態で生まれる事がある、それが忌み子と呼ばれる存在だ。話は戻り、そんな所に制御や操作を必要とするほどに活性化された魔力が入ればどうなるか?

 

「御する事の出来ぬ魔力の激流に、全身が破壊されて死に至る」

 

 血圧が異常に高くなれば、その流れに耐え切れずに血管が破れることがあるだろう。それと同じ様な現象が、魔力で、しかも全身規模で生じていると言う事だ。

 

「そうだったんだ……」

 

「うむ。そして、ハジメとカオリはその崩壊を神水で食い止めていた。そうしている内に、取り込んだ魔力を通じて魔物の特徴をも取り込み、魔力操作を習得、厳密には急激に発達した事で体は魔力の流れの制御・操作に成功し、その流れを安定させた。そして魔力の制御が行えるようになれば肉体は自ずと効率的に魔力を巡回させ、その身体能力を更に引き上げたと言う訳じゃ」

 

 だからこそ人から竜へ、つまりは魔物へと存在が変化する事で予め魔力操作を習得していたカナタはいきなり魔物肉を食べても平気だったと言う事だ。以前メルドは魔力が肉体のスペックを補助をしていると説明していたが、つまりその原理は魔物のそれと同じ。ただ、それを自然な流れに任せたものか、効率的な操作によるものか、その違いがあったということだ。

 

「地上の魔物はオスカー・オルクスの迷宮と比べ、遥かに弱いのじゃろ? ならばその魔力の流れも、迷宮の魔物と比べれば緩やかなもの。むしろ二人よりも人体への影響は弱いじゃろう」

 

 つまりは、死に至る事には変わりないが、人体への影響は地上の魔物の方が弱い。つまりは、ハジメや香織が大丈夫なら優花の場合は尚の事、大事にはならないという事だ。ティオの説明を聞き、全員の視線がハジメに集まる。理論的に大丈夫だと言われてしまえば、もはやハジメがこの件を断る為のカードは「神水が勿体無い」と言うエリクサー病じみた反論しかなかった。

 

「ったく……流石竜人族って所か? 齢云百年の知識は伊達じゃねぇって訳か……」

 

「フフ、お褒めに預かるなら、ハジメよりも主様に褒められたいがの」

 

 と、ハジメがティオを睨みながら、年齢の部分を強調した皮肉の言葉をぶつけるもティオは扇子で口元を隠しながら得意げな笑みを浮かべているだけ。その様子にハジメは観念したかのように溜息を吐く。

 

「とりあえず、日中人の目がある状態でそんな事をするわけにも行かんだろ。実行するのは夜、そして食わすのは俺がやる。それでいいか?」

 

 その言葉に園部と香織は表情を明るくし、ユエも口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 日中は魔物の死骸の片付けの為、いろんな人々が忙しなく行き来していた北の山脈方面の平野も夜になれば静かなものだ。カナタ達はみなが寝静まったのを見計らい、各々部屋を抜け出して未だおびただしい数の魔物の死骸が転がっている平野に足を運んでいた。そんな中ハジメは一匹の狼型の魔物の死骸の尻尾を掴みぶら下げている。

 

「こいつはカナタとシアが戦った魔物で、その力は迷宮にいる奴並み。こいつを喰えば多少はマシになるだろうがとりあえずこっちは後回しだ。」

 

 ハジメは背中に剣山を生やしたバイソン型の魔物に目を向ける。

 

「念の為、まずは手頃な奴で園部に魔力操作を覚えてもらう。それを覚えちまえば、後は食い放題だからな」

 

 そう言うとハジメは香織から借りた風爪付き包丁で魔物を捌き始める。因みにバイソン型の魔物を選んだのは完全に見た目だ。魔物である事に変わりないが、見た目牛に似ているのであれば抵抗も少ないだろうという事だ。適当に捌き、皮を剥いで、ユエの火の魔法で炙ってもらう。

 

「いいか、肉を食べた後に身体に少しでも違和感を覚えたら、即こいつを飲め」

 

「う、うん……」

 

 そして焼きあがった肉と神水の入った試験官を優花に渡す。流石にいざその時を迎えると緊張と不安があるのか、園部は神水と魔物肉をジッと見つめている。

 

「……南雲」

 

「どうした?」

 

「コレを食べたら、ちゃんとあんた達の旅に連れて行ってくれるんでしょうね?」

 

「喰えたら、な。ハッキリ言って恩返しだとか礼だとか、そんな気持ちだけで同行すれば後悔するとは思うが……」

 

 今の自分達は人としてはかなり異質な存在。人としてはかなりずれた存在になるだろう。一時の恩義でそう言う存在なるのは今は良くても将来的には辛い筈だろう。けれど、優花はハジメの言葉にむしろ笑みを浮かべて見せた。

 

「なら、問題ないわね。お礼がしたいって気持ちも嘘じゃないけど、一番の理由は――」

 

 そう言って、優花は魔物肉を口元に近づける。

 

「南雲、あんたに惚れたから。好きになった男の傍に居たい。それが一番だから」

 

「……園部、少し待て」

 

 ハッキリと思いを告げて、そして優花が魔物肉を食べようとした所でハジメがそれに待ったをかけた。

 

「何よ?」

 

「そう言う理由なら、尚の事連れて行けない」

 

「えっ?」

 

 優花の表情に不安の色が浮ぶ。

 

「俺には惚れている女がいる。園部の想いには応えられない」

 

 ハジメは内心、先に聞けてよかったと思った。叶いもしない想いで着いて来たり、トータスの世間的に見れば化け物の様な存在になるのは優花にとっては辛いだけだ。

 

「だから連れて行かない。着いて来た所で園部にとっては辛いだけだ」

 

「南雲……」

 

 言い方こそ普段と同じバッサリとした言い方。けれど、そこには優花の想いに正直に、そしてハッキリと応えようとする真剣さが見えた。優花はそんなハジメの顔をジッと見つめて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いっきり二股している奴が言っても説得力無いわよ、その言葉」

 

「ぐっ、それを言われると……」

 

 ――やがて、呆れたような返事を返した。今の言葉、ハジメが付き合ってるのがユエか香織の一人だけなら、正論だ。けれど、優花の言うとおりもはやハジメには「他に好きな奴がいるから」と言う言い分は使えない。2人が3人になるだけでそれ以外は特に変わらないからだ。

 

「それに、別に今すぐ私の想いに応えてって言ってるわけじゃないわ。だって私と南雲が本格的に関わるのってこれが初めてな訳だし」

 

 優花のそれは完全に一目惚れ。だからこそ、今すぐハジメに私も恋人にしてと言うのは無理がある事ぐらい彼女も理解している。

 

「今回のこれはあんたとの関わりを繋ぐため。私が“3人目”になれるチャンスを繋ぐ為よ」

 

 そのチャンスを掴めるかどうかは今後の頑張り次第。

 

「返事も答えも今は要らない。ただ、南雲の旅に連れて行ってくれれば……今はそれで十分だから」

 

 そしてハジメの言葉も聞かずに園部は意を決して魔物肉に齧り付いた。当たり前だが、ただ切り分けて皮を剥いだだけだ、当然ながら美味いものではない。

 

「血抜きや筋の処理を全くしてないからやっぱ不味いわね……次からは自分で……っ!?」

 

 直後、優花は目を見開き、震え始めた手で容器の蓋を開けて神水を一気に飲み干す。

 

「ぎっ!? あっ……あ”ぁあ”あ”あああああーーーーっ!?」

 

 直後、胸を抑え、その場でのたうち始める。

 

(痛い痛いイタイいたい痛いいたい痛い――)

 

 さっきまでの決意や南雲への感情が一気に「痛い」と言う気持ち一つに上書きされる。激痛と共に身体のいたる所がボロボロに崩れ落ちていく感覚と、そこから何かが生える様に再生していく感覚、そしてまた崩れ落ちていく激痛。

 

「がぁあああああーーーーっ! いぎぃいいいいいーーーーーっ!」」

 

 普通であれば、あまりの激痛に気絶してもおかしくない。けれどそれは神水の治癒効果が許さない、現に香織も身体の変貌が収まってからその意識を手放したのだ。その時だ――

 

「園部さんっ!? み、みなさんこれは一体!?」

 

 突然聞こえた声に思わずハジメ達がギョッとなる。そこに居たのは愛子と清水を含めた親衛隊のメンバーだった。きっかけは清水だった、お手洗いに一度起きた清水が優花とハジメ達がどこかに向かったのを偶然目撃、愛子や他の親衛隊を起こして様子を見に来たのだ。そして今、治ったり、裂けたりを繰り返しながら時より、血をが吹き出る身体と色素が抜けて白くなっていく髪、親衛隊のメンバーが優花の尋常ない姿に青ざめる。

 

「う”ぁあ”あ”あ”あ”ーーーーーーーーーっ!!!!」

 

「そ、園部さん!! 白崎さん、早く治療をっ!!」

 

「先生……大丈夫です」

 

 そして、女の子のそれとは思えない悲鳴。事情は判らないが兎に角、優花を何とかしなければと愛子は香織に治療を頼むが、香織は首を横に振る。

 

「もう、終わりましたから……」

 

「えっ?」

 

 愛子が優花に目を向けると、そこにはハジメのそれよりも少し明るい色調をしており、まるで雪の様に真っ白な髪になり、仰向けで「ヒュー、ヒュー……」とか細い息をしている優花の姿、目は開いてこそ居るが、目の焦点はあっていない。そんな優花をハジメがお姫様抱っこで持ち上げる。

 

「事情も状態も全部説明するよ。まずは園部を部屋で休ませる」

 

「……南雲」

 

 その時、間近でなければ聞えないようなか細い声で呟いた。

 

「ん?」

 

「ごめん、ね……」

 

 それを最後に優花は意識を手放す。その言葉の意味が判らなかったハジメは何も言わずに街へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 優花がうっすらと目を開くと見慣れた天井が映る、そこはウルの宿屋での自分の部屋だ。

 

(ここ、は……)

 

「南雲君や白崎さんの時は止むを得ない状況だったかも知れません! ですが、幾ら強くなる為だからと魔物の肉を食べさせるなんて、なんて無茶な事をしてるんですかっ?!」

 

「いや、俺は止めようとしたんだぞ……」

 

 と、ぼんやりと天井を眺めているとすぐ傍で愛子の怒鳴り声が聞こえ、そちらに目を向けるとハジメ、香織、カナタの3人が愛子に叱れている光景が眼に映り、出入り口のドアの近くには親衛隊のメンバーも立っている。優花がゆっくりと身体を起こすと、それに気づいた愛子が3人から離れ、優花の傍に近づいていく。

 

「園部さんっ!? ああ、目を覚ましたんですね、良かった……」

 

 と、心の底から安堵している愛子の姿を見て、優花は心配を掛けてしまった事に少しだけ申し訳ない気持ちになった。

 

「身体の方は大丈夫ですか?」

 

「えっと……大丈夫です。まだちょっと気だるさはありますけど、むしろ前より調子が良いぐらいですよ」

 

 疲労感は兎も角、身体の方はむしろ前より軽く感じる。これが魔力操作の習得による身体のスペックの補助が効率的に行われている証と言う事だろう。ステータスプレートを見ても魔力操作が表示されている。やがて、優花は、ふと何かを思い出したようにプレートから目を離すとその視線をハジメの方に向けた。あの時は痛いという気持ちしかなかったが、それが治まり、自分の状態を振り返り、どうしても伝えたい事があった。

 

「南雲、白崎、竜峰……ごめんなさい」

 

 突然の優花の謝罪に誰もがその理由か判らなかった。

 

「私……私達、3人に凄く酷い事……と言うよりすごい不誠実な事しちゃってんだなって」

 

「不誠実?」

 

「うん、檜山の事なんだけど……」

 

 それは檜山の行いを光輝の意見に従うまま、謝罪一つで許した事。目の前で起こった出来事をキチンと自分で考えずに居た事だ。

 

「で、でも園部、あの時は檜山の奴が本気で南雲を狙ったのか、遊び感覚だったかなんて証明する事も出来なかった訳だし……」

 

 男子生徒の一人も先の愛子の言葉を思い出してうろたえていた。確かにあれが檜山の悪意に基づく行為なら自分達の行いは確かに、3人にとっては酷い行いと言えるだろう。けれどあの時は悪意の有無なんて証明のしようがなかった以上、檜山の言い分を元に考えるしかなかった、その反論に優花は首を横に振った

 

「……理由なんて関係ない。あの場で檜山に何も罰も償いもなかった事。それ自体がもう不誠実でしかないわ」

 

「え?」

 

 あの時、どんな理由であっても檜山を簡単に許してはいけなかった。それがどれだけ3人にとって、特にベヒモスを食い止めて自分達を助けてくれたハジメへの不義理だったか、今だからこそ良く判る。

 

「みんなも見たでしょ? 魔物の肉を食べた直後の私の姿」

 

「あ、ああ……」

 

 生徒が頷くと優花は再びステータスプレートに目を落とす。昨日までは平均100のステータスが今では平均して160まで伸びている。

 

「南雲達が言うにはこの魔力操作を覚えてしまえば、その後は魔物の肉を食べてもあんな目には合わないし、食べた分、能力も伸びていく」

 

 たった一度の死ぬ様な思いをすれば以後は労力を掛ける事無く、劇的に強くなれる道筋が開ける。それは確かに利点ではある。

 

「その上で聞くわ。みんな、私と同じ様に魔物の肉を食べたい?」

 

 その問いかけに誰もが微妙な表情となる。確かに得られる利点は魅力的では有るが、あの時の優花の姿を見た後では、どうしても躊躇われる。今のところそこまで飛躍的に強くなる必要も無い以上、むしろ避けたかった。

 

「でしょうね、私も南雲達に着いて行きたいからって理由がなければ、あんな生き地獄ゴメンよ。だからこそよく考えてみて……南雲達も崖の底に落ちた後、同じ目にあってるのよ」

 

 最後の一言に親衛隊と清水はハッとなった。

 

「しかも私の時みたいに神水で死なずに済むと言う確信もなければ、飢えを凌ぐ為に食べないという選択肢もなかった」

 

 そしてティオの言葉通りなら魔物の強さに応じて人体への影響が変わる。つまりハジメ達は優花よりも辛い思いをしたと言う事になる。優花の時みたいに命の保障がされてるわけでもなく、選択権すら無かった。仮に食べるのをやめて神水で生き延びる事は出来ても、その間長い間ずっと飢えに苦しみ続け無ければならないし、万一神水が無くなっていたら後は餓死していただけ。加えて結果論では有るが、魔物肉の摂取により大きく引き上げられた能力や豊富な技能があったからこそ、大迷宮を踏破して脱出することが出来た。ならば、生き延びる為には魔物の肉を食べるしかなかったのだ。

 

「悪意によるものだろうと、遊び感覚だったと言う不真面目さからだろうと、檜山は三人が崖の下に落ちる事になった原因で、南雲達は生き残る為にああせざるを得なかった……」

 

 もしかしたら神水でも身体の崩壊を相殺しきれず命を失っていたかもしれない。痛いだけでなく、死ぬかもしれない、と言う不安すらあっただろう。

 

「……許せるわけなかった。許しちゃいけなかったよ……あの時、私達は」

 

 その表情に親衛隊の表情は暗くなる。そんな彼らを見渡して、優花はもう一度ハジメの方に目を向ける。

 

「だから……ごめんなさい。これだけは謝っておかないと胸を張って南雲達に着いて行けなかったから」

 

 そう言って、頭を下げる優花の姿をハジメは暫く見つめ、やがて何も言わずにドアに向かって歩き出し、ドアノブを掴む。

 

「明日、夜明けと共に出発する……それまでに旅の準備や他の連中への挨拶とかは済ませておけ」

 

 流石にあそこまでされてしまった以上、もはやハジメに優花の同行を断る理由は無かった。ハジメの言葉に優花はキョトンとして――

 

「……うん!」

 

 そして次には笑顔を浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 北の山脈地帯を背にハジメの運転する魔導四輪ブリーゼとカナタが運転する魔導二輪シュタイフが走る。あれから、ウルで朝食を取った後、ハジメ達はこんどこそウィルをフューレンへと連れて行くべくウルを後にした。竜人族のティオと、クラスメイトの園部優花を仲間に加えて。そしてそれに伴い、ブリーゼの座席が足りなくなってきた事もあり、カナタはシュタイフに乗ってもらい、その背後にはシア、サイドカーにティオが乗っている。あの後、憧れの存在という事からユエの口添えもあり、ティオもカナタ達の旅に同行する事になった。

 

(街についたら、ブリーゼの座席の拡張とかも考えないとな……)

 

 そんな事を考えながら、ハジメはバックミラーで後ろの座席の様子を見る。そこには四つ目狼の肉を使ったカツサンド(優花が自ら調理し、今度は美味しくなっている)を食べている優花の姿。幾ら強くなったといっても優花はまだまだ力不足。今後も魔物肉の摂取と訓練を行い強くなっていく必要が有る。実際、冷蔵庫のアーティファクトの中は冷凍庫にある分も含め、大量の魔物肉が保管されている。そんな彼女の姿を見ながら、ハジメは今回の事を思い返す。恩師やクラスメイトとの再会、暗躍する魔人族、そして清水の暴走。そして何より印象に残っているのは――

 

『大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい』

 

(“寂しい生き方”か……)

 

 その言葉は自分の大切以外はどうでも良いとしていたハジメの生き方に確かに一石を投じた。無論、未だにハジメの中では香織やユエ、仲間達以外はどうでも良いと言う気持ちは強い。もしも、彼女達と見知らぬ人間どちらか選べと言われれば即答で前者を選ぶ。けれど――

 

(けれどまぁ、それはあくまでその余裕がなければ、だな)

 

 今回のように何とか出来る様なら、香織やユエの為にこれからも頑張ってみるのは悪くは無いだろう、そんな事を思っていた。そしてその口元に優しげな笑みを浮かべている事にハジメ自身も気付いておらず、それに気づいたのは隣に座っていた香織とユエの二人だけだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「けれど、先生の魔法ってホントに凄いですね~。あんなに荒れてた大地がドンドン綺麗になって、後一週間もあれば元に戻りそうですね」

 

「そうですね。町の人たちもみんな無事で、ホントに良かったです」

 

 ハジメ達がウルを後にしてから数日後。愛子はいまだ魔物の死骸が散乱し、その血肉に汚染され農地としては使えなくなった土地の浄化と開墾に精を出していた。少し離れた所では清水が数体のブルタールを洗脳・使役して人の力では片付けるのが困難な比較的大型の魔物の片づけや重労働を手伝わせている。

 

 最初こそ、魔物の姿に怯えていた住民だったが、万一の時にすぐ対処できる様にデビッドが傍についてる事や、今日まで特に問題なく復興作業に貢献してきた事から今までは脅威でしかなかった魔物をこうして労力や戦力に出来る清水に尊敬を抱いている。勇者を通じてではなく、真正面から自分に向けられた賞賛の言葉に清水が気恥ずかしそうに視線を反らしていた姿を思い浮かべて愛子はクスリと笑みを浮かべた。そして思いだされるのは既にこの町を後にしたハジメ達の姿。

 

(今回は本当に彼らに助けられてしまいましたね)

 

 きっと自分達だけではどうしようもなかった。ハジメ達の助けがあったからこうして今回の事件を無事に解決することが出来たし、今回の件は生徒が心に溜めていた本音、その一端を聞く機会となった。

 

(トータスに飛ばされた事は碌でもない事は確か。けれどこの一点だけはこの世界に来て良かったと思えます)

 

 お陰で自分がしていた誤ちに気づくことが出来た。そのことだけはトータスでの出来事の中で愛子にとって大きなプラスといえる事だった。そして次に思い出されるのはハジメ自身の事、奈落の底で彼におきたパラダイムシフト。生き残る為にと非道とも言えるほどになっていた彼。けれど、なんだかんだ言ってそんな彼に自分は助けられた。自分が伝えようとした言葉を聞き、恋人の為という理由であっても、誰かの為に動く事が出来る。そんな彼の姿に愛子は、変心したと思っていたハジメにも、以前の心が垣間見えたことに嬉しさを感じた。

 

(白崎さんや竜峰君、そしてシアさんやユエさん。きっと彼らが南雲君を繋ぎ止めてくれたんでしょうね)

 

 特に恋人たる香織やユエの存在は特に大きいのだろう。そんな事を思い浮かべた瞬間、何故か胸がチクリと痛んだが、気のせいだろうとすぐに気にしないようにした。

 

(そう言えば、シアさんに庇われたのに碌なお礼も言えませんでした。彼女は文字通り命の恩人なのに……今度、会ったらきちんとお礼をしなければなりませんね……それに命の恩人といえば彼も……)

 

 清水の言葉通りなら、あの魔法は自分の命を狙って放たれたもの。シアのお陰で重症を負う事は無かったが、その時に掠った毒針の所為で命を落しかねない所をハジメに救われた…………神水の口移しによって。

 

(~~~~~っ!?)

 

 その時の光景を思い出し、愛子は顔から火が出そうなほど赤面した。

 

(あ、あれは人工呼吸! 救命措置! それ以外の何ものでもありません! べ、別にあんな激しいの初めてとか、まして気持ちよかった何て思ってません! ええ、断じて思ってなどいませんよ!)

 

 と自分に言い聞かせて、何かを振り払うように首を横に振るもその光景は消えない。

 

(……大体、彼にはユエさんと白崎さんという恋人が……と言うより園部さんもその気みたいだし、別にもう一人ぐらい増えてもそんな変わらない、って私は一体何を言っているの!? 私は教師! 彼は生徒! 別に、私は何とも思ってませんし!)

 

 けれど、今はそこに3人目として優花が立候補している。香織と雫の存在で余り表に出ないが、園部だって決して可愛くない訳じゃない。ましてや彼女は洋食屋の娘、料理の腕だって悪くない。『男は胃袋で掴め』と言う格言もあるぐらいだ。あの二人を押し退けるのは困難でも3人目になると言うのであれば分の悪い勝負ではない。

 

(……つまりいつかは3人いっぺんに……って、なんてハレンチな! そんなふしだらな関係は許しません! ええ、許しませんとも!)

 

 ハーレムを受け容れたり、咎めたり、愛子の心の中は絶賛大荒れ中。そんな中、愛子は自分と体型の近いユエの姿を思い浮かべる。人間換算でも見た目通りの年齢ではない彼女と自分は何かと似たもの同士と言う感じだ。主に見た目は幼女、心は大人と言う点で……

 

(……しかし、ユエさんは彼にとってかなり特別な感じでしたね。私とあまり体型もスタイルも変わらないのに……ひょっとして彼は、こ、小柄な女性もいけるタイプなのでしょうか? た、例えば、わ、私みたいな? いやいやいや、何を言ってるの私ぃ! 彼の好みを知ってどうするの! 大体、彼は八つも年下だし……そう言えば、ユエさんは吸血鬼族でかなり長く生きているんでしたっけ? つまり、彼は小柄で年上の女性好き? ってだからそんな事考えてどうするの! 正気に戻るのよ畑山愛子! あなたは教師! 彼は生徒! ちょっとキスされたくらいで、狼狽えるなんて教師失格です!)

 

 やがて「私は教師ぃー!」と叫びながら土壌の浄化魔法を使っている彼女の気迫(?)に満ちた姿を見て、町の住人達は「流石女神様、教え子の模範になろうと頑張っておられるのか」と尊敬の念を抱いており、親衛隊の面々は「えっ、まさか先生も……?」と今後はハジメも要注意人物に加えるべきかどうか迷ったのは別の話である。

 




 と言う事で、ウル編コレにて終了です。最初は清水生存以外は特に変わらない予定でしたのに、気が着けば優花正式加入と言う結果に。そして、優花の告白シーンでのハジメのセリフ、原作のタイミングでは確実に出番が無いと言う事でこちらに移りました。そして速攻で論破されましたww

 次はフューレンでの娘騒動を挟んで、いよいよ第2章のラスト、ホルアド(2回目)編に突入します。・・・その前にタグを編集してきます。

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