ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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改変内容
10月12日に文章視点を一人称から三人称文章に変更しました


第4話『夢は現に、聖女の想い」

 暗い洞窟の底、そのある一角でハジメ、そして香織がその身体を横たえている。その空間はそれほど広くも無く。隅っこの方に水滴が滴る直系30~40センチ程度の石とその石によって出来た水溜りがある程度。通路や出口も無く、あるのはハジメが錬成によって空けた縦幅50センチ程度の穴だけだ。

 

(どうして、こんな事になったんだろう……)

 

 疲労した身体を休めるべく横になっているハジメが思うのは「何故?」「どうして?」と言う自問自答。 

 

(何故、僕がこんな目に……いや、白崎さんまでこんな目に合わないといけないんだろう……)

 

 意識を取り戻した時、ハジメの目に映ったのは一緒に崖から落ちたカナタでは無く、自分にしがみ付いていた香織の姿だった。程なく意識を取り戻した彼女から話を聞くと、自分達を追いかけて自ら飛び降りたとの事。

 

 何故そんな事をしたのか?そんな疑問を感じたが、それを問い掛ける間もなく、二人に追い討ちを掛ける様な出来事が襲った。体格こそベヒモスと比べれば小さいが、戦闘力だけは明らかにベヒモスを上回る様な兎や熊の姿をした魔物に襲われ、その魔物から逃げる過程でハジメは片腕を失った。それを見て、涙を流しながらも必死にハジメの腕を治療しようとしていた香織の姿は今も彼の脳裏にハッキリと残っていた。

 

 それから残った腕で錬成を使い、壁に穴を空けながら這う様に熊から逃げた先でこの空間にたどり着いた。そして、その空間に唯一存在している謎の石とそこから滴る水、この水は飢餓による衰弱すら凌げるほど極めて強力な回復効果を持っているらしく、二人が何も食べずに生きていられるのも、それ以前に腕を斬られて大量に血を失った筈のハジメが死ぬ事なく生きているのも全てはこの水のお陰だった。けれど、それで彼らが安息を得られたかと言えばそうではない。例え強い治癒効果を持っていても水は水。それだけは空腹は満たせず、今尚強い飢餓感が二人を苛んでいる。

 

(僕が悪いの……? 僕が、弱かったから……)

 

 お世辞にも自分がみんなの戦力になっていたかと言われれば答えはノーだろう。なにせ自分は錬成師、ありふれた生産職でステータスだって凡人のそれ。まるでみんながチートな力を授かる中、自分だけが何も与えられなかったかの様だ。

 

(もう、嫌だ……)

 

 現状に対する絶望感、自身の無力から来る自己嫌悪、そして終わる事の無い飢餓感。それらに加え、無くなった筈の腕がまだそこにあるかの様な錯覚と共に襲ってくる幻視痛。

 

(こんなに苦しいなら……いっそ)

 

 これらに蝕まれ続けたハジメの脳裏に生きる事を放棄して楽になりたい、と言う考えが芽生えかけてた。そしてハジメがそれを受け入れようとしたその時だった。

 

「南雲、君……」

 

 自分を呼ぶか細い声。そちらに目を向ければ同じく地面に横になり、身体を休めている香織の姿。 

 

「まっ、て……いかない、で……南雲……君」

 

 恐らくは寝言なのだろう、辛そうな表情のまま閉じられた彼女の目から涙が一筋流れていた。その姿を見て、ハジメはさっきまで受け容れようとしていた諦めの気持ちを振り払う。

 

(ダメだ……死ねない……白崎さんを一人に出来ない)

 

 遠征の前日、香織はハジメの部屋を訪れていた。その目的はハジメに遠征の参加をやめてもらう事だった。部屋を訪れるすこし前、香織はある夢を見た。それは暗闇の奥にハジメが消えてしまうと言う夢。その夢を見て強い不安を感じた香織はハジメに遠征に参加せずに此処に残ってもらおうと頼みに来たと言う事だ。けれど、ハジメはその頼みを断った。その結果が今であり、つまりは彼女が今此処で苦しんでるのは自分が原因とも言える、そんな自分が彼女を一人残して死ぬ事なんて出来ない。

 

(ああ、でも……やっぱり……死にたい……)

 

 けれどハジメはお話の主人公の様な強い精神の持ち主では無い。死んで楽になりたいと思う気持ちを完全に振り払う事は出来ずに、彼女の為に死ねないと思う気持ちの間に挟まれ、彼の精神はガリガリと磨耗し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)

 

 何もして無い、周りと比べれば無力なのは確かだけど、少なくてもみんなの邪魔になら無い様にと自分なりに必死に頑張っていた筈だ。

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

 判らない。思い当たる部分が多すぎる。 

 

(神は理不尽に誘拐した……)

 

 戦わすために呼んで置きながら自分にはなんの力も与えてくれなかった。

 

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

 檜山達が自分を見下し、嫌っているのは知ってる。今回だって、あいつの放った魔法の所為で此処に落ちるはめになったのだから。

 

(その所為で、彼女も苦しんでいる……)

 

 あの一件が無ければ香織も自分を追いかけて飛び降りる事なんてしなかっただろう。

 

(ウサギは僕を見下した……アイツは僕を喰った……)

 

 「何故」「どうして」と言う漠然とした自問自答から、より詳細な状況分析に考えが移り、それでも打開策は見えず、そして今も相反する気持ちに挟まれ精神が磨耗していく中、まるでそれを補うかのようにどす黒い感情が沸き上がる。

 

(どうして誰も助けてくれない……)

 

 自分が無力だからか?居ても居なくてもどっちでも変わらない存在だからか?

 

 そんな中、すぐそばに香織の姿が映る。自問自答と分析、それに集中しているからか、あるいは今尚彼の中にある死にたいという思いがそうさせているのか、何時しか水を飲む事をしなくなったハジメを香織はずっと抱き締めていた。時より彼に水を飲ませて、そしてまた抱き締める。その行為は黒い感情とは別の考えを思い起こさせる。自分が巻き込んでしまったと言う罪悪感、こんな所まで自分に付いて来て傍に居てくれる事への恩義。そして明確な言葉に出来ない想い。それらが混ざり合い、思う事は――

 

(どうすれば彼女を救える? どうすれば彼女を安心させる事が出来る……)

 

 

 

 

 

 

(“俺”は何を望んでいる?)

 

 憤怒と恨みに心を染めても事態は好転しない、苦痛も消えない。その結論に至ったハジメの精神は次に目的の為に不要な感情・要素を全て切り捨て、自分の思考能力の全てを現状打破について考えられるようにしていった。

 

(望む事は二つ……生きる事、そして彼女を無事に帰す事)

 

 自分が生き残るのは勿論の事、こんな地獄の様な場所に彼女を置いておきたくない、心優しい彼女がこんな理不尽と暴力が溢れる場所なんかに居て良いはずがない。裏切ったクラスメイトへの恨み、理不尽を押し付けたエヒトへの怒り、それらも含めて不要なもの全てを切り捨てた果てに彼に残ったのは二つの願い、いや目的だった。

 

(それを妨げるものはなんだ?)

 

 目的が定まったのなら、次はその目的達成を妨げる要素の分析。魔物、神、この世界の住人、そしてクラスメイト。トータスに召還されてから今日まで、ハジメにとってこの世界は理不尽に溢れていた。

 

(俺を妨げるなら……そいつらはみんな敵だ……)

 

 理不尽と言う名の刃はなんの躊躇いも無く自分達の命を奪い、時には喰らおうとする。それら全てをハジメは敵だと断定する。敵ならばこちらも遠慮する理由は無い。

 

(お前らが俺を殺すなら……俺も殺してやる)

 

 けれどそれは殺意や恨みではない、殺さねば生きて行けない。肉を食べると言う行為は、その獣を殺して食っているのと同じなのだ。ただ、自分で直接手を下したか否かの違いがあるだけ。そして、脳裏に浮かぶは自分の腕を斬り飛ばし、そして喰らった熊の形をした魔物の姿。こちらに敵意すら覚えず、捕食者が餌を見るのと同じ目付きをしていた姿。

 

(殺して……喰らってやるっ!!)

 

「南雲、君……?」

 

 今まで微動だにしなかったハジメがいきなり身体を起こし、その姿に香織は少しだけ驚いたような表情で彼の名を呼んだ。生き残る為に不要な要素を捨て続けた中、今尚捨てる事無く、今尚心に残り続ける存在。そんな彼女を一瞥後、ハジメは窪みに貯まっていた例の水に直接口を付ける。そして水溜りから口を離し、濡れた唇を手の甲で拭う。

 

「安心しろ、白崎……必ず、元の場所に帰してやる」

 

「えっ?」

 

 その言葉はいわば決意表明。昔の苦笑を浮かべて、事なかれ主義を通していた弱い自分との決別の言葉。そして周りに、世界に、神に対する反逆の意志。

 

「それを邪魔する奴はみんな……俺が殺してやる」

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 暗い洞窟を香織の治癒魔法の光がぼんやりと照らしている。腕の痛みに苦しむ彼にせめてもと治癒魔法を掛け続ける中、香織もまた「何故?」「どうして」とまるで示し合わせたかのように彼と同じ様に自問自答をしていた。

 

(どうして、こんな事になったの……?)

 

 ハジメのそれと違うのは彼女が問い掛けるのは自身の事ではなくハジメの、自分にとって大切な少年の事だった。遠征の前日、香織はハジメが暗闇の先に消えていく夢を見た。それが堪らなく不安で、寝巻き姿のまま彼の部屋を訪れて彼の頼んだ。明日の遠征には参加せずに此処で待っていて欲しいと。けれど彼は言った「夢は夢だと」そして「もしそれでも不安なら僕を守って欲しい」と。自分は治癒師、怪我を治して命を守る事に特化した天職。ならば自分が守れば良い、彼が死にそうな怪我を負ったとしても自分が彼を助けよう、そう心に誓って挑んだ遠征。けれど、その先に待っていたのは悲劇だった。

 

 光輝でも敵わない程の強敵との遭遇、友人と共に最も危険な役割を負ったハジメ。こんな時こそ彼の傍に居るべきだったのに、作戦の都合上で彼の傍を離れなければならなくなった自分。そして一人のクラスメイトの裏切りにより崖の底へと落ちて行く彼の姿。そこで香織は自問自答を無理やり中断する。此処から先を考えてしまったら自分の中で何かが変わりそうだったからだ。

 

(誰か……助けて……南雲君を、助けてあげてよ……)

 

 

 

 

 

 

 

 あるときを境にハジメは治癒の水を飲む事を止めた。その少し前に彼が呟いた「死にたい……死ねない……」と言う言葉を聞いた瞬間、香織は思った。ハジメの心が折れかけている、このまま何もしなければ何時か彼は自分の心に生じた気持ちに負けてホントに死んでしまうかもしれない。

 

(生きてる……まだ生きてる、よね……?)

 

 その考えに至った香織はすぐにハジメを抱き締めた。それは「自分が傍に居るから」と彼を少しでも安心させたいと言う考えと共に彼はまだ生きている、此処に居るんだという安心が欲しかったと言うのも理由のひとつだった。

 

「南雲、君?」

 

 そんな時、今まで動かなくなっていたハジメが突然身体を起こし、窪みに貯まっている治癒の水に直接口を付ける。

 

「安心しろ、白崎……必ず、元の場所に帰してやる」

 

「えっ?」

 

 違う、彼の言葉を聞いて真っ先に思ったのがそれだった。姿かたちはそのままだ、けれど纏う雰囲気が、目つきが今までの彼とは明らかに違っていた。そして彼女は確信した。

 

「それを邪魔する奴はみんな……俺が殺してやる」

 

 あの日、自分が見た夢は、自分が予想していたのとは別の形で実現したのだと。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「南雲君……大丈夫?」

 

「心配すんな……コレぐらいの傷、今更なんでもねぇ」

 

 あれから、ハジメは自分たちが居た場所を更に整備して仮の拠点とした。治癒の水は魔力も回復させる効果があり、ハジメは部屋の整備と拡張、洞窟を構成する石を用いた武器の作成、そして治癒の水を保管する為の容器の作成と、ひたすらに錬成の腕を磨き続けた。そして少し前に拠点を出て、食料……すなわち魔物の狩猟を行った。動きを封じる落とし穴のトラップで二尾の狼の動きを封じ、石の槍を使い捨てるように何本も、何回も突き刺していた。

 

『っ!? 白崎! ぐぅ……っ!?』

 

『南雲君!?』

 

 そしてその一匹目を仕留めた直後、その油断を狙ってか二匹目の二尾狼は香織に襲い掛かり、ハジメはそれを喰われた方の腕で庇った。

 

『ってぇな。この野郎!!』

 

 そして反対の手で狼の首を掴み、地面にたたきつける形で狼の首から下を錬成で地面にめり込ませ、もう一匹も仕留め、現在は仮拠点で香織から治療を受けていた。

 

「ごめんなさい……私を庇ったばかりに」

 

「どうせ、腕なんて喰われてもうねぇんだ。白崎が気に病む必要はねぇよ。それに……絶対に、無事に帰すって決めたからな」

 

「……うん」

 

 ハジメの言葉に香織は小さく頷き、そして僅かに俯く。端から見ればそれはハジメに怪我をさせた事への罪悪感によるものに見えるが、実際の理由は別の所にあった。

 

(私ってこんな酷い女だったのかな……)

 

 敵とみなした存在には一切の慈悲が無くなり、クラスメートの事すらもうどうでも良いと切り捨てる程に変貌してしまったハジメ。けれど、そんな彼の中で自分の存在は変わらず残っていた。そして、時より見せる自分を気遣う様子から彼の中にはかつての優しさがまだ残っており、その感情は今、全て自分へと向けられている。今の状況を省みればそれはとても不謹慎である事は判っていた。けれど香織は『彼は今、自分だけを見てくれている』と言う事実に対して喜びを覚えて口元に笑みが浮ぶのを止められず、そんな不謹慎極まりない自分を見られたくないと顔を俯かせていた。

 

「んな事より……いただくとするか」

 

 当然ながら二人とも動物の解体の仕方なんてわかるわけがない。適当に皮を剥いで、手頃な大きさに切り裂く程度。そしてハジメが血だらけの肉に齧り付く。

 

「あぁ、くそ……まじぃなぁ」

 

 獣臭に血の味、確かに美味しいとはいえないだろう。とは言え、何時までも治癒の水に頼ったままと言う訳にもいかない。香織も覚悟を決めて狼を口にしようとした時だった。

 

「あ? ――ッ!? アガァ!!!」

 

「南雲君っ!? ……ひっ!?」

 

 ハジメの苦痛の声を挙げ、香織が彼の方に視線を向けると信じられない光景が彼女の目に映った。ハジメの体中から血が噴出し、体が崩れ始めていたのだ。ハジメは急いで石製の試験管に入れていた治癒の水を口にする。

 

「ひぃぐがぁぁ!! なんで……なおらなぁ、あがぁぁ!」

 

「南雲君っ!?」

 

 けれど治癒の水でも彼の体は治らない。いや、治ってはいるがそこからまた崩れ始めているのだ。肉体の崩壊と再生、その繰り返しが彼を苦しめ続けている。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――天恵!!」

 

 香織はすぐさま治癒魔法を発動させる。けれど、治癒の水ですら相殺するので精一杯なほどの肉体の崩落の前には気休めにもならなかった。それでも治癒魔法を発動し続ける中で香織は気付いた。ハジメの体が変わり始めてる事に。髪の色は抜け落ち、それに反して彼の体格が大きくなり始める。性格だけでなく、見た目までも今までの彼ではなくなっていく。香織にとってその様子は、「今までの彼は不要だ」とエヒト神が……世界がそう言ってる様に見えた。

 

(どうして……どうしてっ!?)

 

 香織の目から涙が溢れ、彼女の中で最近は行われなかった自問自答が行われる。けれど今までと違うのは今回はそれを中断する事が出来なかった事。

 

(なんで、南雲君が……南雲君ばかりが、こんな目にあわないといけないのっ!?)

 

 なんの力も与えられず無能と罵られ、虐められ、殺されそうになり、挙句の果てにこんな奈落の底で彼は苦しみ続け、その存在を変貌させていく。

 

(有無を言わさずこの世界に呼び出して、戦わせておきながらこの仕打ち……あまりにも惨すぎるっ!!)

 

 こんな仕打ちを与えたエヒト神を、彼を殺そうとしたクラスメートを、そしてそんな彼に何もしてあげる事の出来ない自分。彼を苦しめる全てと、無力な自分に対する怒りと憎しみの感情のまま、香織は歯を食い縛りながら涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういや、魔物って喰っちゃダメだったか……アホか俺は……まぁ、喰わずにはいられなかっただろうけど……」

 

 やがて、ハジメの変貌は収まり、気だるそうに呟いた。色素が落ちきった白の髪に、細くも太くも無かった彼の肉体は筋肉が発達し逞しい身体つきとなり、その身長も10センチ近く伸びている。

 

「大丈夫、南雲君?」

 

「ああ、もうなんともねぇよ。ただ、少し妙な感覚がするな」

 

「えっ?」

 

 妙な感覚、とは言うがそれは決して不調では無い、むしろ好調と言うべきだった。身体を起こし、彼は腕を掲げる。やがてその腕に、魔物に共通して見られた赤黒い線が浮かぶ。

 

「なんか魔物にでもなった気分だ。……洒落になんねぇな。そうだ、ステータスプレートは……」

 

 とは言え、それを素直に喜ぶ事は出来ず、突然の好調に疑問を感じたハジメはステータスプレートを取り出す。

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

 

天職:錬成師

 

筋力:100

 

体力:300

 

耐性:100

 

敏捷:200

 

魔力:300

 

魔耐:300

 

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

 

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「……すごい」

 

 爆発的に伸びていたステータス。それこそ、初期の光輝に匹敵するほど。錬成と言語理解しかなかった筈のスキルも一気に3つも増えていた。その後、幾つかの検証の結果、彼の急激な成長は魔物の肉を摂取した事が原因だとわかった。

 

「しかし、参ったな。こんなの白崎に喰わせられるもんじゃねぇな……」

 

 流石にあの激痛と苦しみを彼女に負わせたくない。とは言え、何とかして食料を確保しないといけない。

 

「白崎?」

 

 その事にハジメが頭を悩ませている中、香織はゆっくりと“それ”を手に取った。更にもう片方の手には容器に入った治癒の水。そんな彼女の脳裏には嘗て月下で語り合い、約束を交わした時の事が浮んでいた。

 

 

 

 

 

『それでも……それでも、不安だというのなら……守ってくれないかな?』

 

『えっ?』

 

『白崎さんは〝治癒師〟だよね? 治癒系魔法に天性の才を示す天職。何があってもさ……たとえ、僕が大怪我することがあっても、白崎さんなら治せるよね。その力で守ってもらえるかな? それなら、絶対僕は大丈夫だよ』

 

 

 

 

 

 その通りだと、自分はどんな傷でも治せる治癒師だ。ならば彼の言うとおり、自分が彼を守り、そして治せば良い、そう確信して交わした約束。今となってはなんとも無知で傲慢な考えだったと、自分に腹が立っていた。ハジメが腕を失いった時も、魔物肉で身体が崩壊しかけている時も、自分の力では何も出来なかった。何が治癒師だ、何が治癒魔法に対する天性の才だ、自分の大切な人一人、碌に癒す事すら出来ないこの力に何の意味がある?

 

(そうだ、守るんだ……私が)

 

 けれど他でも無い彼と交わした約束、香織にこれを放棄する考えはなかった。ならばどうすればいい?どうすれば約束を守れる?簡単だ、変われば良い、強くなれば良い、無意味なこの力に意味を持たせられる程に。その為の足掛かりは彼が示してくれた。そして今度こそ、あの夜の約束のままに、自分の想いのままに……

 

(世界が彼を苦しめると言うなら……)

 

「おい待てっ!」

 

(だったら私が、南雲君を癒し、守り続けるっ!)

 

 その決意のまま、香織も魔物の肉に噛み付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「……ざき、……い、し……き!」

 

「う、うぅ……?」

 

 ぼんやりと誰かに抱き起こされている感覚を感じながら、香織はゆっくりと目を開けた。そこに映っていたのは心配そうにこちらを見つめるハジメの顔。ハジメの時と違い、彼女はあまりの激痛に途中から意識を失っていた。

 

「大丈夫か? 白崎」

 

「南雲、君……」

 

「良かった……気が付いたか」

 

 香織が目を覚ましたことに安堵したのかハジメは「ハァ」と気が抜けた様に息吐いた。

 

「ったく、なんだってあんな事を……」

 

 あんな事、と言うのは魔物の肉を食べた事だろう。ハジメからしたらあんな自分の姿を見た直後に魔物の肉を食べるなんて、考えられ無い事だった。

 

「勿論、南雲君を守る為だよ」

 

 彼女は気だるそうな様子でうっすらと笑みを浮かべながら、けれどハッキリとそう答えた。強くなりたかった。彼を守る為に、そして同じ場所に立つ為に。

 

「もしかして、あの夜の事か。あんな口約束なんかの為にここまでしなくたって――」

 

「そうだね。でも、それだけじゃないの」

 

「はぁ? それはどう言う――」

 

「南雲君、私は……」

 

 ゆっくりと身体を起こして、彼と向き合う。この時、香織の中には躊躇いも、恥じらいも無かった。彼女の中にあったのはハッキリと伝えようと言う意思だけ。彼の頬に手を添えて、そして口にした。

 

「あなたが好きです」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 ハジメ同様に彼女の肉体も変化していた。女性だからか、身長こそあまり変わっていないが以前よりも引き締まった身体つきとなり、少女から大人の女性に変わったと言っても過言でない。元のステータスの差か、ハジメと違い、髪の色は完全には落ちきらず、薄い灰色になっている。けれどのその髪も彼女の優しげな微笑と合わさり、どこか現実離れした美しさを生み出していた。そんな彼女の口から告げられた言葉を理解するのにハジメは少し時間が掛かった。

 

(……ああ、そうか)

 

 やがて彼女の言葉を理解した時、その言葉は不思議なほど彼の心の中にストンと当てはまり、そして理解する。あの苦しい状況の中で何故、彼女を気遣う気持ちがあったのか、生きる為に不要な全てを切り捨ててなお彼女の存在だけは捨てられず残っていたのか。

 

(カナタの奴……これが狙いだった訳か)

 

 最初は恩義と罪悪感によるものだと思っていた。それも間違いではないが一番の理由は別の所にあった。何時からか周りのクラスメートの視線が痛くても、彼女を本気で拒否する気にはなれなくなった。心のどこかで彼女と過ごす時間を楽しんでいた自分が居た。そして、自分の友人はコレを狙って、何かと自分と彼女の間を取り持とうとしていたと事も同時に理解し、心の中で苦笑を浮かべる。

 

「南雲、君?」

 

 ハジメは何も言わずに頭を抱え込むように香織を抱き寄せる。他の連中なんて知った事じゃない、そして、そんな奴等からの恨みや嫉妬もどうでも良かった。ハジメにとって大切な事、それは――

 

「俺も……俺も同じだ。白崎、俺は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――白崎香織は、自分にとっての“特別”だと言うこと、その事実だけだった。




予定では迷宮探索前夜の晩に香織がハジメに告白、そして奈落にてその際確認とハジメの返事。と言う流れを想定してましたが、書いてる内に色々変わり、迷宮探索前夜の二人の語らいはほぼ原作どおりの内容となってしまいました。

さて、タグにもあるとおりハジメにとっての特別はもう一人増える訳ですが、ヒロイン二人の関係性とバランス取り、うまく書けるのか(オイww)

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