ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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第37話『たとえ、王子にはなれずとも』

 カナタ達が光輝達の救出に向けて行動を始めた頃、辛うじて魔人族から逃げる事に成功した光輝達は89層最奥付近の隠し部屋に身を隠し、回復に努めていた。

 

「うっ……」

 

「鈴!」

 

「鈴、大丈夫?」

 

 そんな中、先の一戦で重症を負い気を失っていた鈴が意識を取り戻し、その事に恵里が安堵の声を上げる。やがて、鈴の目がゆっくりと開かれて――

 

「し、知らない天井だぁ~」

 

「鈴、あなたの芸人根性は分かったから、こんな時までネタに走って盛り上げなくていいのよ?」

 

 雫、恵里の順に二人に視線を向けて、最後に洞窟の天井に目を向けてから発せられた言葉がこれだ。意識を取り戻してから速攻ネタに走る彼女に、ある種の尊敬すら感じながらも雫は水筒を取り出し水飲ませる。

 

「生き返ったぜ! 文字通りっ!!」

 

 実際、一行のヒーラーを担当している辻 綾子の治療がなければ命を落としていた状態だったのだ。そう言う意味ではシャレにならないセリフを言いながら鈴は上半身を起こすも、その顔色はまだ悪く、起こした身体も少しふらつき気味で恵里が咄嗟に彼女を支える。そんな彼女の明るい声を聞いて、彼女が意識を取り戻した事に気付いた光輝と龍太郎も鈴の元にやって来た。

 

「鈴、目を覚ましてよかった。心配したんだぞ?」

 

「よぉ、大丈夫かよ。顔、真っ青だぜ?」

 

「鈴、今はまだ横になっていた方が良いわ、傷は塞がっても流れた血は取り戻せないから……」

 

「う~ん、このフラフラする感じはそれでか~。あんにゃろ~、こんなプリティーな鈴を貫いてくれちゃって……〝貫かれちゃった♡〟ってセリフはベッドの上で言いたかったのに!」

 

「鈴! お下品だよ! 自重して!」

 

 すぐに全体の雰囲気が沈んでいる事を察してか、相変わらず顔色が悪いにもかかわらず明るく振る舞う鈴の姿に彼女のいつも通りの様子から来る安堵にせよ、場を明るくしようと務める鈴に気持ちを汲んだにせよ、他のみんなもその口元に笑みを浮かる。

 

「……なに、ヘラヘラ笑ってんの? 俺等死にかけたんだぜ? しかも、状況はなんも変わってない! ふざけてる暇があったら、どうしたらいいか考えろよ!」

 

 しかし檜山パーティの一人、近藤礼一はそんな鈴の振る舞いを不謹慎と捉えて怒鳴り声を上げた。

 

「おい、近藤。そんな言い方ないだろ? 鈴は、雰囲気を明るくしようと……」

 

「うっせぇよ! お前が俺に何か言えんのかよ! お前が、お前が負けるから! 俺は死にかけたんだぞ! クソが! 何が勇者だ!」

 

「てめぇ……誰のおかげで逃げられたと思ってんだ? 光輝が道を切り開いたからだろうが!」

 

「そもそも勝っていれば、逃げる必要もなかっただろうが! 大体、明らかにヤバそうだったんだ。魔人族の提案呑むフリして、後で倒せば良かったんだ! 勝手に戦い始めやがって! 全部、お前のせいだろうが! 責任取れよ!」

 

 近藤の言葉は間違いではない、現に永山と雫もあの場で戦闘に入るのは危険と判断していた。それを何時もの正義感が先行した結果が今の状況である。とは言え、参戦を表明しながら窮地に対して全ての責任を光輝に求める近藤の発言に龍太郎は怒り、二人はにらみ合う。

 

 

「龍太郎、俺はいいから……」

 

その時、光輝が龍太郎の肩に手を掻け、首を振るとその視線を近藤に向けた。

 

「近藤、責任は取る。今度こそ負けはしない! もう、魔物の特性は把握しているし、不意打ちは通用しない。今度は絶対に勝てる!」

 

「……でも、〝限界突破〟を使っても勝てなかったじゃないか」

 

「そ、それは……こ、今度は大丈夫だ!」

 

「なんでそう言えんの?」

 

「今度は最初から〝神威〟を女魔人族に撃ち込む。みんなは、それを援護してくれれば……」

 

「でも、長い詠唱をすれば厄介な攻撃が来るなんてわかりきったことだろ? 向こうだって対策してんじゃねぇの? それに、魔物だってあれで全部とは限らないじゃん」

 

 限界突破を使った光輝は一行の最大戦力だ。その戦力を以ってしても敗戦した現状。あの女魔人族は自分達の誰よりも強い。それが光輝への不信感を生み、今までであれば素で受け入れたであろう光輝の言葉にも近藤は納得した様子は見せなかった。その事に対し龍太郎が更に反論、後は売り言葉に買い言葉で両者はヒートアップしていき、遂には互いに武器を構えた。その様子に雫は心の中で溜息を吐く。

 

「二人とも落ち着いて。何を言ったところで、生き残るには光輝に賭けるしかないのよ。光輝の〝限界突破〟の制限時間内に何としてでも魔人族の女を倒す。彼女に私達を見逃すつもりがないなら、それしかない。わかっているでしょ?」

 

 結局、こう言う時は光輝を立てる言い方をしなければ話が進まない。その事実に渋々ながら、けれどそれを悟らせまいと極めて冷静にその言葉を告げる。

 

「グゥルルルルル……」

 

「「「「!?」」」」

 

 が、そんな気持ちは直後に聞えた唸り声と、何かを引っかくような音と共に吹き飛ぶ。どうやら、魔物が自分達を探しているようだ。

 

「……あのまま騒いでいたら見つかっていたわよ。お願いだから、今は、大人しく回復に努めてちょうだい」

 

「あ、ああ……」

 

「そ、そうだな……」

 

 辺りを探る唸り声と探るように壁を引っ掻く音が数秒ほど聞えていたが、やがてそれが聞こえなくなった。何とかやり過ごせた。そう思い一行が肩の力を抜いたその直後――

 

「うわっ!?」

 

「きゃぁああ!!」

 

「戦闘態勢!」

 

「ちくしょう! なんで見つかったんだ!」

 

 ドォガアアアン!!と言う爆音と共に壁が吹き飛び、その破片が一行を襲う。続いてブルタールモドキが突入し、身体を張って魔物の突入を防ごうとした龍太郎を押し倒す。そしてその隙間から触手を操る黒猫型の魔物が入り込み、鋭利に尖らせた触手で一行を貫こうとする。一体一体が操る触手針の数こそ少ないが、黒猫自体の数が多く、それらは弾幕の如く襲い掛かる。

 

「「――〝天絶〟!」」

 

 鈴と綾子の二人がバリアを展開し皆を守ろうとする。が、鈴は体調が万全でない事、元々ヒーラーと言う本職ではない事、香織と比べ元の素養が低い綾子のバリアでは完全に止める事は出来ず、辛うじて致命傷を負わない程度に回避する猶予を作る程度の事しか出来なかった。

 

「光輝! 〝限界突破〟を使って外に出て! 部屋の奴らは私達が何とかするわ!」

 

「だが、鈴達が動けないんじゃ……」

 

「このままじゃ押し切られるわ! お願い! 一点突破で魔人族を討って!」

 

「光輝! こっちは任せろ! 絶対、死なせやしねぇ!」

 

「……わかった! こっちは任せる! 〝限界突破〟!」

 

 光輝が光のオーラを纏って外に出る。

 

「さて、こうなった以上、得体が知れないだの不気味だの言ってられない、か……」

 

 そう言って、雫は剣を抜き、ゆっくりと八双の構えを取り、次にその切っ先を横に向ける。

 

「すぅー……はっ!」

 

 その姿勢から振り下ろす様な勢いで正眼の構えに移行。その動作が終わると剣の刀身に炎が灯っていいた。得たいの知れない技能、自分と言う存在すら不安定なものと感じさせた気炎を雫は今の今まで不気味に感じ使わずにいた。

 

「はぁっ!」

 

 ブルタールもどきとの間合いを詰めて、雫が剣を振り下ろす。ブルタールもどきは当然ながら手に持った棍棒で防ごうとするが、耐熱性に優れたベヒモスの角すら溶かすほどの火力だ。まるで素振りをしたかのような手応えのなさとは裏腹に棍棒ごとブルタールもどきは両断される。

 

「弐の太刀……緋空斬っ!」

 

 続いて、雫は今まさに他のメンバーに襲いかかろうとしていた黒猫の集団に目を向け、剣を腰溜めに構える。従来であればそのまま鞘に収めたい所だが、それをすると鞘自体が燃え尽きてしまうからだ。その姿勢から紅葉斬りの要領で剣を振りぬくと三日月状の炎が飛び、射線上に居た黒猫を纏めて焼き斬る。

 

(マトモに練習して無い筈なのに、一発でうまくいくか……ホントに、得体が知れないわね)

 

 気炎自体使うのを控えていたのだ。当然ながら剣術書だって目を通しただけでそこに書かれた内容に関する訓練もしてない。書物の中では比較的初歩の剣技だが、それでも書かれた記述通りにするだけで成功した。体捌き等、必要な技術は八重樫流剣術を通じて既に自分の身体に染み付いていたと言う事だろう。

 

「八重樫、その炎は……それに詠唱は」

 

「話は後、今はこいつらを殲滅して光輝の援護に向かうわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手は隠し部屋の入り口からしか入ってこれない事もあり、四方八方に潜んでいた最初の遭遇時とは違い、更に雫も気炎を使った事もあり、今度はある程度抗戦する事が出来た。それから程なくして、隠し部屋に突入してきた魔物の一団は全滅。光輝の援護をするべく、部屋を飛び出した。

 

「撤退の指示を出したのに誰も戻ってこないと思ったら……へぇ、あいつ等を全滅させたんだ? どうやらこいつよりも使えそうな奴が居るみたいね」

 

 そんな一行の目に映ったのは馬の頭にゴリラの胴体、そして四本の豪腕をした魔物と、その魔物に首根っこをつかまれ、吊るされた光輝だった……。

 

 

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

 

「そ、そんな……」

 

 その光景に龍太郎は呆然となり、綾子は手で口を覆いながらショックで目を見開く。

 

「……何をしたの?」

 

「ん? これだよ、これ」

 

 雫が険しい表情のまま魔人族の女性に声を掛けると、彼女はブルタールもどきに掴まれている何か、いや、誰かを一行に見せた。

 

「メルド……団長?」

 

 それは、70層で転移門を守っていた筈のメルドだった。あの後、彼女はメルド一人だけは瀕死に留めたのだ。勿論それは情けではなく、利用する為。最初の一戦で光輝の性格をある程度掴んだ彼女は彼の動揺を誘う餌、もしくは盾代わりとする為にあえて生かしたのだ。

 

「……それで? 私達に何を望んでいるの? わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

 

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。前回のあんた達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

 

 魔人族の女の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、雫は、臆すことなく再度疑問をぶつけた。

 

「……光輝はどうするつもり?」

 

「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

 

「……それは、私達も一緒でしょう?」

 

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

 

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

 

「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

 

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

 

「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

 雫と魔人族の女の会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺されることになるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と魔人族とは戦えなくなる。それはつまり、実質的に〝神の使徒〟ではなくなるということだ。

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

 こう言うとき、何時も自分達の中心となり物事を決めいてた光輝が戦闘不能となり自分達で選ばなければいけなくない状況の中、意外にも最初に結論を出したのは恵里だ。けれど、その意見に光輝の友人である龍太郎が納得できる筈もなく、恵里をにらみつけた。

 

「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

 

「ひっ!?」

 

「龍太郎、落ち着きなさい。恵里、どうしてそう思うの?」

 

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

 光輝を見捨てる事、龍太郎の威圧的態度、それらが合わさって涙を流しながらも恵里は言葉を続ける。後の事は不明だとしても、今生き残るにはそれが最善なのだ。

 

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

 

「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

 

「じゃあ、坂上。お前は、もう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

 

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」

 

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

 

 檜山の言葉に他のクラスメイトも提案を受ける方向に気持ちが傾く。けれど、それに踏み切れないのは光輝を見殺しにする事の罪悪感からだった。そして、そんな彼らの反応を読み取ったかのように魔人族は更に言葉を投げかけた。

 

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? もちろん、あんた達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

 

(なるほど、元からそれが狙いか……)

 

 恐らく相手はこの展開まで読んでいたのだろう。だからこそ、光輝を生かした。現にその読みは的中しており自分達が従うのを躊躇う理由は光輝の生死だ。その心配が無くなれば答えは一つだけとなる。

 

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

 

「光輝!」

 

「天之河!」

 

 その時、今も宙吊りにされている光輝が搾り出すように声を発する。

 

「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達のことは……殺し合いなんだ! 仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 

 が、二度に渡る敗北から光輝への信頼は大きく揺らいでおり、檜山は光輝に対して怒鳴るように返事を返す。その時だ、ブルタールモドキに掴まれていたメルドがうめく様な声を出し、視線だけを雫達に向ける。

 

「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ! ……信じた通りに進め! ……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

 

 その言葉は、ハインリヒ王国に忠誠を誓った騎士ではなく、メルド・ロギンス個人としての言葉だった。そして、その言葉に呼応するようにメルドの身体から、正確にはその首に下げた宝石が輝く。

 

「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」

 

「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」

 

「抜かせ!」

 

 それは“最後の忠誠”と呼ばれる魔道具。国の中で重役に就くと言う事は国に関する重要な情報を持つ事になる。それを闇魔法、もしくは拷問の類で敵勢力に渡るのを防ぐ溜めにと持たされているものだ。その輝き、魔力の量から普通に行けば、メルドの自爆に魔人族も巻き込まれるだろう。けれど、彼女はうろたえた様子も魔物にメルドを遠くに投げ捨てさせる様子も見せない。

 

「喰らい尽くせ、アブソド」

 

 と、魔人族の女の声が響いた直後、臨界状態だった〝最後の忠誠〟から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。

 

「なっ!? 何が!」

 

 よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいるようだった。メルドが、必死に魔人族の女に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物がいて、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。

 

 六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔法は〝魔力貯蔵〟。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔法に再利用することは出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は、上級魔法ですら余さず呑み込めるほど。魔法を主戦力とする者には天敵である。文字通り最後の切り札を止められた事実に呆然としていたメルドだったが、直後、砂塵の刃が彼の腹を貫き、メルドは口から血が流れる。

 

「メルドさん!」

 

 光輝が、血反吐を吐きながらも気にした素振りも見せず大声でメルドの名を呼ぶ。メルドが、その声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。咄嗟に綾子が遠隔で回復魔法を掛けるも他のみんなの治療で殆ど消耗しきっていた綾子では殆ど治療する事ができず、程なく魔力枯渇による倦怠感から膝を突く。

 

「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は、王国の騎士団長。称賛に値するね。だが、今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。あんたらはどうする?」

 

 そう言って、彼女の視線は雫達に向けられる。メルドの処刑はいわば見せしめ。逆らえばどうなるかを実感させるには十分だった。

 

「……るな」

 

 誰もが言葉を発する事が出来ない中、檜山が代表してその提案を受け入れようとした直後、光輝が何かを呟く。その事に魔人族はめんどくさそうに、檜山はまだ邪魔をするのかと煩わしそうに光輝に視線を向ける。が、両者の表情は程なく驚愕となる。既に満身創痍のはずの光輝から今までに無いプレッシャーを感じ、女魔人族は本能的に危険を察知した……こいつをこれ以上生かすのはマズイ、と。

 

「アハトド! 殺れ!」

 

「ルゥオオオ!!」

 

 命令を受け、アハトドと呼ばれた馬頭の魔物は空いてる腕で光輝を圧殺しようとしたが、直後に光輝の体から今まで以上の光の奔流が立ち昇る。そして光輝が拳を振るうと自分を掴んでいたアハトドの腕を容易く粉砕した。拘束から解放された光輝は次いでアハトドに回し蹴りを放つ。するとアハトドは雄たけびを挙げる間もなく、肉体をくの字に曲げた状態で壁にたたきつけられた。

 

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

 

 突然の光の正体、それは限界突破の終の派生『限界突破・覇潰』の輝きだった。光輝は聖剣を構え、一直線に女魔人族との距離を詰める。途中ブルタールモドキの妨害が入るが、光輝はそれを一閃の下に斬り捨てる。そして

忌むべき敵を間合いに捉え、聖剣を振り下ろす。魔人族は砂塵で盾を作るがそれは殆ど盾の役割を果たす事無く真っ二つにされ、聖剣は彼女の身体を斬り裂く。盾が機能しない可能性を考慮して、僅かに後ろに下がった事で致命傷には至らなかったが、それでも十分な深手を負う事となった。そばに控えていた白い鴉の魔物が治癒魔法を発動させるも、すぐには動けず光輝が追撃でトドメを刺すには十分だった。

 

「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」

 

 そんな彼女の呟きなんて耳に入ってないかのように憤怒の表情の光輝は剣を振り上げ、そしてすかさず振り下ろす。しかし――

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

 取り出したロケットペンダントにさっきまでとは違う、諦めと優しさの混ざった視線を向けた彼女の次の言葉を聞いた瞬間、光輝は振り下ろした剣を止めてしまった。やがてそれに気付いた彼女は未だ愕然としている光輝の表情を見て悟った。こいつは……なんの覚悟もなかったという事を。

 

「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」

 

「ッ!?」

 

「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

 

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

 

「ハッ、〝知ろうとしなかった〟の間違いだろ?」

 

「お、俺は……」

 

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の〝狩り〟なのだろ? 目の前に死に体の一匹がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

 

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

 そう言いながら、光輝は聖剣を下げる。

 

「アハトド! 剣士の女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」

 

「な、どうして!」

 

「自覚のない坊ちゃんだ……私達は〝戦争〟をしてるんだよ! 未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる! 何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」

 

 

 

 

 

 

(……呆れた)

 

 期せずして雫は女魔人族と同じ事を考えた。誰よりも真っ先に参戦を表明したのだ、この戦いを戦争、授業で習った通りの人間同士の殺し合いだと言う事は理解していると思っていたし、殺さなければ自分達が殺される極限の状況、その状況でも光輝はトドメを刺さなかった。自分が誰かを殺したと言う十字架を背負わない為、否、自分の何一つ影の無い人生に人の死と言う影を落とさない為に……

 

(トドメを刺すまで持つかどうか微妙な所か……)

 

 雫はいまだ赤熱している刀身に目をやる。持つ、と言うのは武器の耐久だけでない。気炎はありえないほど燃費が悪い。それを何とかする手段も載っていたが、それだけは今まで自分が身につけた技術・技能だけで使えるものではなかった。

 

「龍太郎、永山君。少しだけで良い、何とか持ちこたえて頂戴!」

 

「八重樫!」

 

 雫は再び剣に火を灯し、魔人族との距離を詰める。魔物に指示をしているのは彼女だ、今、速攻で彼女を斬り伏せれば、魔物達も止まるかも知れない。その可能性にかけて、雫は彼女に向かって剣を振り下ろす。しかし、ここまでの時間で動ける程度に回復していた魔人族はバックステップで雫の攻撃をよける。

 

「……へぇ。あんたは、殺し合いの自覚があるようだね。むしろ、あんたの方が勇者と呼ばれるにふさわしいんじゃないかい?」

 

「……そんな事どうでもいいわ。こうなった以上、貴方をここで殺して生き残る道を取る」

 

「なっ!? 雫、何をしているんだ!! 彼女は……」

 

「敵よ。殺さないと殺されるのはこっちよ」

 

「お喋りしている暇はあるのかい? 言っとくけど他の魔物に狙わせないとは――」

 

 その言葉は雫が光輝……の少し頭上に向かって放たれた緋空斬によって中断される。そこには彼女に奇襲をかけようとしていた黒猫の魔物だったモノの姿。反撃を躊躇わせるべく、少しでも切っ先がずれれば光輝を巻き込みかねない位置取りから襲わせた……にも拘らず雫は冷静に黒猫の魔物に対処して見せた。それに対し、光輝は自分の頭上付近を通過した炎の斬撃に驚き、尻餅を付く。

 

「なっ!?」

 

「ええ、だから。その前に速攻で終わらせるわ!」

 

 そして今度こそトドメを刺すべく、雫は居合いの姿勢をとる。無拍子の加速と紅葉斬りで一太刀で決めるつもりだった。けれどそこに思わぬ邪魔が入ってしまった。

 

「や、止めるんだ雫!」

 

 直後、光輝が後ろから雫に抱きついて、彼女の行動を止めた。覇潰により大幅に倍加された力で止められては彼女も動く事が出来なかった。

 

「離しなさい光輝!」

 

「ダメだ! 雫を人殺しにする訳にはいかない!」

 

「あんた、この状況でまだそんな――」

 

「アハトド!」

 

「っ!?」

 

 そして、そんな好機を戦慣れした魔人族が見逃す訳が無い。直後、アハトドに指示を飛ばすと二人の横からアハトドの豪腕が迫る。

 

「ぐあぁっ!!」

 

「あぐぅぅ!」

 

 それに気付いた光輝が彼女を離し、二人はそれぞれの得物で拳を防ぐも不意打ちに近い形で受けた衝撃は流せず、二人は吹っ飛ばされる。そしてその一撃で雫の剣が砕け散り、一瞬だけ火の粉の様にみえたそれはやがて赤熱した金属片となり辺りに散らばる。

 

「アハトド、勇者は後回しだ! まずは剣士の女を仕留めろ!!」

 

 光輝は自分を殺せない、ならばどれだけ強い力を持っていてもその脅威度は低い。ならば、まずは力もあり、尚且つこちらを殺す事に躊躇いの無い雫から仕留めるのは当然の判断。無論それを見逃す光輝ではない。が――

 

「こ、こんなときに!」

 

 その時、光輝が纏っていた光が消え失せ、光輝はその場に倒れ込む。それは覇潰の時間切れ、従来の限界突破よりも強い力を発揮する覇潰だが、当然そのリスクも大きい。加えて2度の限界突破で既に身体に負担が蓄積していた光輝では既に動く事ができなかった。

 

「や、止めるんだ! 頼むから話をっ!!」

 

 そして、唯一動く口で光輝は魔人族に訴えるも、もはや彼女は光輝の言葉に耳を貸す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

(この期に及んでまだ話し合い、か……)

 

 事此処に至って尚、話し合いでの解決を訴える光輝にもはや怒りを通り越して呆れしか湧いてこなかった。そして今まさに自分にトドメを刺そうとアハトドが近づいてきてると言うのに、恐怖を感じず、そんな事を考える自分に気付き、そして悟る。

 

(そっか……諦めたんだ、私……)

 

 元々、折れる限界近くまで気持ちが疲弊していたのだ。それがいよいよ手詰まりと言う状況に陥り、完全に諦めがついたのだのだろう、心の片隅では「やっと終わる……」とすら考えてるぐらいだ。

 

(これでやっと、私も貴方達のところに逝けそうね……)

 

 そしてきっと、程なくして他のみんなも後を追いかけてくるだろう。そうしたら、全員で光輝に今までの分も含めて、思いっきり文句を言おう。そう思い、雫はそっと目を伏せる。

 

(香織……南雲君)

 

 遂にアハトドが自身の間合いに雫を捉える。光輝が懇願するように何かを叫んでいるが、それは雫の耳には届かない。

 

(……カナタ)

 

 そして雫を圧殺せんとその豪腕を振り上げ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――ドォゴオオン!!と言う、轟音と共にアハトドの頭上にある天井が崩落、そして振り上げられたアハトドの豪腕をスパークを纏う漆黒の杭が貫いた。

 

「……え?」

 

 その直後、上から降ってきた誰かがその手に持った大剣でアハトドを真ん中から両断、先程よりは小さいが重厚な金属が地面を叩く音が響き渡る。突然の乱入者に誰もが動きを止め、一瞬の静寂が訪れる。続いて、その誰かを追うかの様に更に数人の人物がその場に着地する。雫がゆっくりと身体を起こし、その後姿を見つめていると灰色の髪をした少女が真っ先に雫の方を振り返り――

 

「雫ちゃん!」

 

 長年ずっと聞きなれた声音で自分の名を呼びながら雫に近づき、しゃがむと同時に彼女を抱き締める。

 

「……かお、り?」

 

「うん……うんっ!! そうだよ、雫ちゃん!!」

 

 幽霊?と言う考えが一瞬だけ頭を過るも、自分を抱き締める彼女の暖かさはまさしく生きている人間のものだ。

 

「……香織っ!」

 

 雫はそこでやっと状況を理解し、彼女を抱き締め返す。そんな二人の所に眼帯に義手、黒いコートを着た青年が近づき、二人を見下ろしながら口を開く。

 

「よう、予想以上にボロボロの状態じゃねぇか。八重樫」

 

 雫は彼の方に目を向け、そして首を傾げた。声は聞き覚えがある、けれど口調も見た目もだいぶ違っている。故に雫は嘗ての彼と同じ様にホントの意味で確認するかのように問いかける。

 

「えっと……もしかして、南雲君?」

 

「おう、奈落で色々あって変わっちまったが、無能の錬成師、南雲ハジメその人だよ……ダチのあいつすら最初は気付かなかったからな、この反応は当然っちゃ当然か……」

 

「あいつって……まさかっ!?」

 

 ハジメが友人と認める人物、それに思い当たった雫の視線は最初に降ってきてアハトドを真っ二つにした青年に向けられる。そこで彼は剣を振り下ろした姿勢から身体を起こす。

 

「そっちもその後に俺を魔物と疑った事は忘れてないからな……。まぁ、あれだ。こう言う時、助けに来るのは白馬に乗った王子様か、あるいは勇者様ってのがお約束だろうけど……」

 

 その声を聞くと雫は目を見開き、やがてその目に涙が溜まって行く。

 

「あ、ああ……」

 

 そしてその青年は手に持った大剣を肩に担ぎ、彼女の方を振り返る。

 

「まぁ今回助けに来たのは王子様でもなんでもない、実はちゃっかり生きてた不良の同級生とその仲間達って事で我慢してくれ」

 

 そして普段と変わらない軽い口調で話す姿は紛れもなく、雫が捜し求めていた思い人の変わらぬ姿。

 

「……カナ、タ」

 

 雫がその名を口にするのと、同時に雫の目から溜まっていた涙が彼女の頬を流れていったのはほぼ同時だった。嘗ては王子になれずに道化を演じた者。けれど彼は既に道化にあらず、されど王子にもあらず。

 

「今はまだ借り物同然の力だけど……」 

 

 人の道を外れ、竜への道を歩む代わりに力を携えた彼は何時か言えなかった言葉を今紡ぐ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けに……守りに来たぜ、雫」

 




次回、言うまでもなく無双回です。

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