ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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きっと、今の彼女ならこう言うことも出来る筈。そんな事を考えました


第38話『猛き者と弱き者の宴』

 誰もがよく知る頼りがいのある女の子として振る舞い続ける為に雫は人前で泣く事なんて全く無かった。だからこそいま、周囲に光輝達が居るにも関わらず自分達の生還に涙を流している彼女の姿を見てカナタは思う。それほどまでに追い詰められていたのかと。

 

(こりゃ、久しぶりに八つ当たりコース確定かもな)

 

 地球でも彼女の本音を聞く中で、時おり八つ当たりに近い形で感情をぶちまける事もあった。恐らく事が落ち着いたら間違いなくそのパターンかもしれんと思う。そして「少しだけ待っててくれ」と彼女に声を掛け、カナタが魔人族に向き直ると同時に優花、シア、そしてユエもその場へと降り立つ(身体能力はイマイチのユエだけはハジメに受け止められる形となる)。そして――

 

「な、南雲ぉ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」

 

 最後にそんな文句を言いながら遠藤もその場に着地。

 

「「浩介!」」

 

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

 そして、ハジメが辺りを見渡す。勇者は満身創痍、他のクラスメイトもボロボロ、けれど何よりメルドが重症だった。

 

「香織、頼む」

 

「うん!」

 

 ハジメの言葉に頷き、香織が雫から手を離しその場に立ち上がると自分の頭上に手を翳す。

 

「“回天”」

 

 詠唱も陣もなく、香織が一言そう呟いた直後、辺りに癒しの魔力が満ち溢れ、メルドは勿論、瞬く間に他の生徒の傷も急速に癒えていく。

 

「こ、これは……」

 

 傷が癒え、意識がハッキリしたメルドは驚愕に目を見開いた。回天の上位互換とも言える範囲回復魔法に聖典と呼ばれる魔法がある、それはトータスの治癒師では長い詠唱と術の構築を数人がかりで行う事でやっと行使できる魔法だ。けれどその下位互換のはずの回天でメルドの知る聖典の効力を上回るレベルの治癒を行い、さらには陣と詠唱まで破棄して魔法名のみで行使してみせた。その事実にメルドは驚かざるを得なかった。

 

「龍太郎君達はそのまま自分の身を守る事を優先して、こっちは私達が何とかするから」

 

「お、おう!」

 

 魔力の消耗や疲労こそ残っているがこれまでの戦闘で負ったダメージは殆ど回復し、あわや崩壊寸前だった戦線が一気に持ち直される。それとメルドの傷が治ったのを確認しハジメとカナタは改めて魔人族を見据える。

 

「回復魔法一発でここまで持ち直してくるか……。とんだ隠し玉が居たもんだね、こちらの話なんて碌に聞かずにバカみたいに挑んでできたのは彼女がいたからかい?」

 

 そう言って、女魔族は突然の乱入者に視線を向けたまま光輝に訊ねた。あの女魔人族の中で香織の存在は勇者の切り札の様なモノだと認識していた。

 

「あ、ああ、そうだ! 香織は僕達の仲間だ。彼女の力があればこれぐらいの傷なんてどうって事なかったからな」

 

 その視線を受け、メルド同様傷は治っているも度重なる限界突破の負担から未だ動けずにいた光輝は以前とは桁違いの力に一瞬だけ戸惑うも、すぐに力強くその言葉を肯定する。それを聞きハジメは「勝手に仲間扱いすんじゃねぇよ……」と小さくぼやいた。その様子にカナタは苦笑を浮かべるも、すぐに獲物を見る鋭い目つきで魔人族を見据え、口を開く。

 

「開戦したら最後、加減は効かないだろうから、コレを言うのは一度だけだ。今すぐ他の魔物を連れてこの場から退け、追撃はしない」

 

 雫を傷つけた魔物の指揮官だ。気持ち的には有無も言わさず斬り捨てたい気持ちで一杯だった。けれど、怒りに流されるがままに力を振るう行為はティオが語った竜の生き方に反する。けれど、今の自分では一度戦いの幕が切って落とされれば、生かそうなどとは考えないだろう。だからこそ、これが今のカナタに出来る最初で最後の撤退勧告。と同時に、あの女魔人族が生き延びられる最後の分岐点でもあった。

 

「……殺れ」

 

 けれど彼女はその判断を間違える。それは香織は兎も角、ハジメとカナタの実力は未知数であった事。アハトドが殺されたのも殆ど不意打ちに近い形だった事から、女魔人の中では二人の戦闘力を測りきれず、今尚戦闘力だけで言えば光輝が最大の戦力と仮定していた。何よりアハトドは敬愛する上司より譲り受けた言わば彼女のお気に入り、それを無残にも両断したカナタに怒りを抱いていた事も彼女の判断に影響した。怒りのあまり顔から感情が消え、静かに一言だけそう告げると、気配と姿を消していたキメラがカナタに襲いかかる。

 

「カナタっ!」

 

 姿だけでなく気配すら消している魔物だ。当然ながら雫も彼が不意打ちを受ける展開を予想する。しかし、直後にカナタは帝竜の闘気を発動、深紅のオーラをまとうと同時に一見すれば何も無い空間に向かって大剣を振り下ろす。その刀身はやがて何かの存在を捕え、地面に叩きつけられると同時にアハトド同様縦に両断される。

 

「気配も姿も見えなくなるのは良いが、動いたら空間が揺らぐってのは致命的だな。これなら、隠密技術はどこぞの森のウサギさん達の方が遥かに上だな。弟子入りして出直して来たらどうだ?」

 

「カナタさん、流石に魔物の弟子はお断りです。それに――」

 

 カナタの言葉に冷静にツッコミを入れていたシアも後ろに向かってドリュッケンをフルスイング。グシャァ!と言う音と共にキメラの頭部を一撃でミンチにする。

 

「此処で全滅するんですから、出直すも何もないですよ!」

 

 光輝達であれば面白い様に不意打ちが決まっていたキメラがどちらも一撃の下に屠られた。しかもその片方は戦闘能力皆無の筈の兎人族だ。その事実にクラスメイトは硬直し、魔人族は龍太郎達にあたらせていた魔物達も呼び寄せ、カナタ達に仕掛けさせる。そしてカナタ、シアに続いてハジメも戦闘を開始。大剣が振るわれ、四つ目の狼の首と胴が離れ、ドリュッケンの一撃がブルタールモドキの棍棒と頭部を粉砕し、ハジメのドンナー&シュラークが黒猫を撃ち抜いていく。その時、数匹の黒猫がハジメの背後を捉え、彼の背を貫こうと触手を伸ばしてくる。けれど、ハジメはそれに目もくれる様子は無い。

 

「優花ちゃん!」

 

「判ってる!」

 

 けれどそれは香織の銃撃と、優花が放った十字架の様な光のナイフが黒猫を貫き、失敗に終わる。ハジメが優花の装備として作ったのは投擲武器ではなくその両手に着けられた銀色の腕輪。装飾には黄色い球体状の宝石があしらわれており、その宝石には生成魔法により、魔力を流す事で光のナイフを生み出す術式が付与されている。因みに今回生成魔法による付与を行ったのは香織だ。というのも、術式は治癒師が使う拘束魔法“縛光刃”をベースとしている。サイズをナイフクラスにまで縮小し、拘束能力の代わりに殺傷能力を持たせたものだ。そんなハジメと香織の合作とも言えるアーティファクトの名は“千光刃”、その名の通り、魔力が許せば千に及ぶ刃すらも生み出せる、優花の新しい武器だ。

 

 背後からの奇襲が失敗に終わり、次に魔物は黒猫とキメラが連携し、ハジメに挟撃を仕掛ける。けれどハジメは大きく跳躍する形で回避。空中で反転し上下逆さとなった姿勢から、標的を見失い宙を泳ぐ黒猫二体とキメラ一体をシュラーゲンで撃ち抜く。その着地の瞬間を狙ってか、ブルタールモドキの一匹がメイスを振りかぶる。

 

「シア!」

 

「ハイです!」

 

 けれどそれを許すカナタとシアではない。

 

「やぁああああっ!」

 

「らぁあああっ!」

 

 

 カナタは峰撃ちの様に大剣の砲身部分で、シアはドリュッケンをそのままに気合の叫びと共に近くに居たブルタールモドキに向かってフルスイング、そいつを着地狩りを狙った方のブルタールモドキにぶつけてそれを止める。そしてハジメはシュラーゲンを投げ捨て、落下しながらドンナー&シュラークを乱射。二体のブルタールモドキだけでなく、周囲の魔物も纏めて蜂の巣にしていく。

 

 ハジメが着地すると同時に「キュワァアア!」という奇怪な音が突如発生し、ハジメ達がそちらを向くと、六足亀の魔物アブソドが口を大きく開いてハジメの方を向いており、その口の中には純白の光が輝きながら猛烈な勢いで圧縮されているところだった。それは、先程、メルド団長のもつ〝最後の忠誠〟に蓄えられていた膨大な魔力だ。周囲数メートルという限定範囲ではあるが、人一人消滅させるには十分以上の威力がある。しかし発射の直前、何かがアブソドの甲羅を直撃し、アブソドは身体を大きく傾けさせる。それにより狙いがズレ、放たれた光線は完全に明後日の方向に飛び、洞窟の壁の一部を崩すだけに終わる。

 

「かお……り……?」

 

 戦いの様子を見ていた光輝が何かが飛んできた方向に視線を向けるとそこにはシュラーゲンを構えた香織の姿。ハジメは宙に跳んだ段階でアブソドの存在に気付き、あえてシュラーゲンを宝物庫に戻さず投げ捨てた。その意図を察した香織がすぐにシュラーゲンを拾い、先の射撃へと繋がった。銃やライフルを手に魔物を次々と撃ち抜いていく姿は、ヒーラーとして戦闘には直接参加することが殆どなく、優しい聖母の如く、皆の傷を癒す姿しか知らない光輝にとっては“ありえない”姿だった。

 

 そんな姿に光輝が呆然としている中でも状況は進む。アブソドが香織の銃撃に怯むと同時にカナタが助走をつけて跳躍、アブソドに向けて銃口を向ける。

 

「喰らい尽くせ、アブソド!」

 

 女魔人族はカナタの次の行動を予測し、アブソドに指示を飛ばす。何をするかは判らないが、一つ彼女が確信しているのは次の彼の一手は“魔力を用いた何らかの飛び道具による攻撃”と読んだ。見た目が剣であるにも拘らず、彼の姿勢から、そこまで予測できたのは彼女の戦いの経験によるものだ。けれど彼女は一点だけ読み違える、そしてそれが致命的となった。

 

「なら、遠慮なく喰らっておけ!」

 

 そう叫び、カナタは引き金を引く。発射される赤く発光した砲弾、彼女は読み通りだと口元を釣り上げる。すぐにあの赤い発光物は魔力に分解され、アブソドに喰われるだろうと確信していた。けれど、彼女が確信したような事は起こらず、それはアブソドの甲羅を直撃、爆発の衝撃でアブソドは四足で立つ事も出来ず、手足を横に投げ出す形でその胴体を地面に叩きつける。ハジメ達の使っている銃火器は魔力を使ったものではない。だからこそ、魔力吸収効果は無意味であり、アブソドはカナタに向かって大きく口を開けた姿勢のまま砲撃をモロに喰らったのだ。

 

「こいつで……トドメっ!」

 

 カナタはすかさず剣を持ち替え、切っ先をアブソドに向けると同時に重力魔法で自分を一気に落とす。まるで小さな隕石が落ちて来たかのような轟音と共に、砂煙が立ち込める。やがてそれが晴れた時、彼らの目に映ったのはアブソドに剣を突き立てたカナタの姿、甲羅は砕け、内側の胴体を完全に貫通しており、アブソドは口元からくすんだ緑色の血を流しながら絶命している。立ち上がると同時に剣を引き抜いて肩に背負うとカナタは魔人族に目を向ける。先ほどと違い、紅に染まった瞳。その視線とプレッシャーを受け、彼女は恐怖に身体を震わせる。

 

(あれは……なんだ?)

 

 カナタの姿を見て、彼女は「誰だ?」とは思えなかった。赤い靄の様なオーラは、光輝の覇費の輝きと比べれば地味なものだ。それだけならば誰もが光輝の方が強者に見えるだろう。けれど、そんな見た目とは裏腹に彼女はカナタに対して“人ではない何か”に抱くような恐怖を覚える。

 

「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」

 

 そんな中、光輝の意識は白い髪に二丁銃を操る人物に向けられていた。既に死んだと思っていたカナタと、多少見た目は変わっているが、自分の思った通り生きていた香織、そして数人の仲間達を引き連れ自分達が苦戦していた魔物の集団を圧倒している人物。

 

「はは、信じられないだろうけど……あいつは南雲だよ」

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

 その時、遠藤の乾いた笑い声と共に告げられた言葉を聞き、一部の生徒は思った「こいつ、頭可笑しくなったのか?」と。

 

「だから、南雲、南雲ハジメだよ。あの日、橋から落ちた南雲だ。3人とも迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ! って俺も思うけど……事実だよ」

 

「南雲って、え? 南雲が生きていたのか!?」

 

 光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形でカナタやシア共々殲滅戦を行っている化け物じみた強さの少年を見つめ直し……やはり一斉に否定した。「どこをどう見たら南雲なんだ?」と。そんな心情もやはり、手に取るようにわかる遠藤は、「いや、本当なんだって。めっちゃ変わってるけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が南雲ハジメであることを再度伝える。

 

「う、うそだ。あいつらは死んだんだ。そうだろ? みんな見てたじゃんか。生きてるわけない! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

 

「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

 

「うそだ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

 

「いや、何言ってんだよ? そんなことする意味、何にもないじゃないか」

 

 勇者の名声を利用する為に、光輝に成りすますならまだありえる。けれど、表向きは無能で無名な、しかも故人に成りすます事には何の利点も無い、要は檜山は認めたくないのだ。あの時は狙い通りに光輝が取り成してくれたからこそお咎めなしとなったが、結局、ハジメ達を落とした火球は自分が放ったもの、と言うのは事実となっている。そこにもう一人の目撃者の香織や被害者であるハジメやカナタまで雫と同じ様にあれは悪意によるものと証言されれば、今回の敗戦で信頼が揺らいでいる光輝では覆せない可能性が高い。それ危惧してか、檜山は近藤たちですら若干引くほど切羽詰った表情で、ハジメの存在を否定し続ける。

 

 その時、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かったようで若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。一体何が!? と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。

 

「……大人しくして。鬱陶しいから」

 

 それはハジメの指示を受けて、他のクラスメイトのフォローを任されたユエだった。その物言いに再び激高しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端、思わず言葉を呑み込んだ。なぜなら、その声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかのような余りに冷たいものだったからだ。同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。

 

「ユエ、そっちに数体向かってる!」

 

 そこに香織の声が響き、ユエはその視線を樋山達から外す。見た目は小柄な少女だ。すぐさま鈴がバリアを展開しようと魔法の行使準備に入る。魔力は少ないし、失った血はまだ戻ってないが香織のお陰でだいぶマシになっている。これなら!と気合を入れた鈴だったが――

 

「大丈夫」

 

「ほえ?」

 

 けれど、それはさっきまでとは違い、妙に大人びた、それで居て優しい視線と共に告げられた言葉で止まる。そしてユエは自分達のほうに迫る魔物の一団に手をかざし、静かに呟く。

 

「蒼龍」

 

 それ言うなれば蒼い炎の龍。それが荒れ狂い、辺りにいた魔物を次々と灰も残さず焼き尽くしていく。本能で危機を感じ取り、離れようとするがそれも意味を成さない。何時かの雷の龍同様、あれを形作っているのは重力魔法だ。その重力に引かれて龍へと引き寄せられ、燃え尽きていく様子はさながら、蛍光灯に集う虫の如く。

 

 戦場のど真ん中で暴れているハジメとシアとカナタ、炎の龍に続き、雷の龍まで呼び出し、魔物を消し炭にするユエ。気配察知と未来予測の技能でどんな不意打ちも通じず、魔物を串刺し、もしくは蜂の巣にしていく香織と優花。事此処に至り、女魔族は自分の判断ミスを悟った。治癒術使いと人ならざるプレッシャーを持つカナタだけでない、他の乱入者たちも例外なく化け物揃いだと。そしてこうなってはもはや退散するに他無しと言わんばかりに、自分に向かってきたカナタに向かって石化魔法“落牢”を放つ。

 

 たとえ、化け物じみた連中でも人である事に代わりは無い。ならば、煙が晴れる頃には石化したカナタの姿があるはず。それも香織によって程なく治療されるだろうが、逃げるタイミングを作るには十分、そう考え、魔法の成果を確認する間もなく魔人族は踵を返し逃走を試みる。けれど、直後に煙を吹き飛ばすように何かが飛び出し、彼女を直撃……はしなかったが、彼女の目の前でそれは爆発。それに吹き飛ばされ、彼女は石化の煙の傍に落ちる。爆炎に煽られた所為で、浅黒い肌が所々黒く焦げている。そして彼女はうつ伏せに倒れた姿勢から顔だけを挙げて、石化の煙に目を向けた。

 

「はは……既に詰みだった訳だ」

 

「だから最初に言ったんだよ。今すぐこの場から退け、と」

 

 そんな声と、コツコツと歩く音と共に煙の中からカナタがゆっくりと姿を現す。歩きながら、薬莢を排出して次弾を装填。そして大剣を肩に担ぎながら彼女の近くで立ち止まる。

 

「けれど、あんたは俺たちとの交戦を選んだ。今の状況、そしてこの後のあんたの結末はその選択の結果だ」

 

「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた、本当に人間?」

 

「当らずとも遠からずって所だな……見てくれだけはまだ人間だよ」

 

 皮肉の気持ちと共に言った言葉に対してそこまで強く否定しない、どちらかといえば肯定している様子のカナタの言葉に、詳細こそ判らずとも自分の感覚が正しかった事を彼女は悟る。

 

(あたしが相手していたのは正真正銘の化け物だったってわけかい……)

 

「さて、普通なら此処でトドメと行きたい所だが、確認したい事があるし、答えてもらう。聞きたい事は二点、目的と魔物の出所だ」

 

「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

 

「これから死ぬあんたには魔人だの人間だの、無関係の事だと思うんだがな……なら、最後ぐらいちょっとした善行を積んで逝くのも良いんじゃないか?」

 

 種族状の敵に情報を渡す事の何が善行なのか。カナタの皮肉に対し、そんなツッコミをする気力も湧かない魔人族は諦観の表情ながら不敵な笑みを浮べ、何かを言おうとしたが――

 

「ま、大体の予想はつく。ここに来たのは、〝本当の大迷宮〟を攻略するためだろ?」

 

 けれどそれは魔力放射で石化の煙を通路の奥へと押しやったあとカナタの背後から少し離れた所に立っていたハジメの言葉に止められ、彼女はピクリと眉毛を動かした。

 

「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

 

「どうして……まさか……」

 

 ハジメが口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、魔人族の女はハジメ達もまた大迷宮の攻略者であると言う結論に行き着いた。大迷宮の攻略、それがもたらす恩恵の一端を垣間見てるからこそ、彼らの常軌を逸した強さにも納得がいった。

 

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける」

 

「あの方……言い方からして、かなりのお偉いさんっぽいな。となると、今後もこう言う魔物を引き連れた連中との遭遇は想定しておいた方が良いか」

 

 目の前の彼女以外にも“あの方”なる人物から魔物を譲り受けている部下がいる可能性は高い。少なくとも彼女を殺しても、魔物の件は解決する事は無いだろう。

 

「……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

 

「言われずとも……あいつを傷つけた事、許すつもりはなかったからな。抗戦を選んで、討ち取る為の名目を作ってくれて助かったよ」

 

 静かにそう告げるとカナタの目から感情が消える。何時かの帝国兵の時に見せたのと同じ表情だ。確実にトドメを刺すという意志を感じ、彼女は最後に負け惜しみの言葉をぶつける。

 

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

 

「その時はその恋人とやらもそっちに送ってやる。あの世で再会できる時を楽しみに待っている事だ」

 

 カナタが肩に担いだ状態から剣を振り下ろす。こんどこそ終わり、全てを諦め、彼女は目を伏せた。けれど、何時までも自分の身体が真ん中から斬り裂かれる感触は訪れず、代わりに金属同士がぶつかる音が響いた。彼女が訝しげに目を開けるとそこに映ったのは煌びやかな鎧の後姿。光輝が聖剣でカナタの一撃を受け止めていたのだ。

 

「一応聞くが……何のつもりだ?」

 

 鍔迫り合いの感触からこのまま押し切る事は可能だった。けれど、それだと光輝をも斬り殺す事になる。結局、カナタは再び剣を肩に担ぎなおし、普段よりも低い声で彼に問い掛けた。

 

「彼女はもう戦えないんだ。わざわざ殺す必要はない筈だ」

 

 その言葉にカナタは表情を動かす事無く、冷たい視線で光輝を見つめる。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。竜峰も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

 その言葉を聞き、カナタは静かに目を伏せる。その様子に光輝は納得してくれたと思い、笑みを浮かべるが――

 

「やってくれたな、光輝。お陰で――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お陰でトドメの一撃、あいつに持っていかれただろうが」

 

「え?」

 

 直後にドパン!と言う音が響き、光輝が弾かれた様に後ろを振り返るとそこにはこめかみから血を流し、ゆっくりと崩れ落ちる魔人族の姿。そして次に光輝が視線を向けた先に居たのはドンナーをこちらに向けたハジメの姿。そしてドンナーの銃口からは硝煙が静かに立ち昇っていたのだった。




香織「これはベホマではない、ホイミだ」

結局、最後まで勇者がやらかしたことでカナタ的には不完全燃焼。その爆発の矛先は言うまでもなく――

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