ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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この話を内容を考える時、誰がどんな風に光輝をボコにするか色々な人物の色々なパターンを考えました。その内幾つかには絞れましたが、そこから先はどうしても甲乙つけられず、開き直って全部やっちまうか!!と言う結論に達した結果、2,3話に分ける事になりました。

そしてそんな風に迷って、やっと投稿できたと思ったらお気に入り2000台に突入していました。ホントにありがとうございます!!


第39話『自分の意志で』

 カナタを止める事で魔人族が殺される事を止められたと思っていた光輝。けれど、それまで後ろにいたハジメが流れるように彼女を射殺した事実に光輝は二人に交互に一瞥後、感情を押し殺すような声で呟いた。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

 その呟きは二人の耳にも届いていた。けれど、だからと言って何かを言う必要性は感じなかったので二人はそれぞれの武器を仕舞い、他のクラスメイトや仲間達の下に戻る。

 

「南雲君、香織、カナタ……本当に、本当に生きていたのね……」

 

 そして二人がクラスメイトの元に戻るとそこには縋るような眼つきをしていた雫の姿。傷は既に治っているが、あの日から今日まで心身ともに張り詰めながら過ごしていた負担が一気に押し寄せたのだろう。その雰囲気は何時もの雫とは似ても似つかない。

 

「まぁ、な。なんだかんだ、運が良かったからって部分も多々あったけどご覧の通り、元気にやってるよ」

 

 聞きなれた声、そしてずっともう一度聞きたいと願っていた声。それを聞き、雫は再びその目から涙を流す。

 

「良かった……香織、南雲君、カナタ……ホントに、ホントに……っ!」

 

 そこから先は言葉にならず、雫は嗚咽を漏らすだけだった。そんな彼女の姿に香織は「雫ちゃん……」と呟きながら優しく彼女の頭に手を置く。そして、少し遅れてカナタ達の傍にやって来た光輝はその光景を見て驚愕する。

 

(雫が……泣いている?)

 

 命を奪うのではなく、命を救う治癒師という天職を持ち、何かを殺すことなんて絶対にしそうにない香織、自分に迫るほどの頼れるリーダー気質でどんな時でも凛々しく周りを引っ張っていく雫。それこそが光輝にとっての二人の姿。だからこそ先ほどの銃器を操り魔物を射殺する香織も、いまこうして弱々しい雰囲気で涙を流す雫も、光輝にとってはありえ無い事だった。そしてありえない事には必ず何か特別な理由がある、光輝の中のご都合主義はすぐにその理由を探り、そしてすぐさま、雫に関して納得ができる理由を作り出す。

 

「まぁ、こうして香織が無事に戻ってきたんだ。俺も嬉しいし、雫が涙を流すのも無理はない」

 

 それは決して間違いではない、がそれだけではない。けれど光輝はその一点だけが雫の涙の理由の全てと確信し、その考えのままカナタとハジメに険しい視線を向けた。

 

「南雲と竜峰も、何時までも感動の再会の邪魔をしないで二人から離れるんだ。南雲も竜峰も無抵抗の人を殺そうとした。キチンと話し合う必要がある」

 

「天之河、あんたねぇ。助けてもらっておいて最初に言う事がそれなの? もっと他に言う事があるはずでしょ?」

 

「その声は…………園部さんか、助けてもらった事は勿論感謝している。けれどそれとこれとは話は別だ」

 

 香織に関してはすぐに気付いたくせに、自分の事は思い出すのに少し間があった事に優花の眉毛がピクリと揺れた。そして、光輝の言葉に檜山達も同意する。それは純粋に光輝に加勢していると言うよりは殺しを理由に二人を吊るし上げ、香織や雫の傍から引き離そうと言う魂胆だろう。

 

「……くだらない連中。三人とも、もう行こう?」

 

「あー、うん、そうだな」

 

「そうね。あの非常識な奴には何言っても無駄っぽいし……」

 

「だね、ほら雫ちゃん……」

 

「……うん」

 

 ユエの冷めた言葉に続き、カナタ達はその場を去ろうとする。が、正しい筈の自分の言葉を無視する彼らの姿に光輝が少しだけ強い口調で話す。

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。二人の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて……失礼だろ? 一体、何がくだらないって言うんだい?」

 

 命は尊いもの、それを奪う行為は最も重たい罪だ。ならば、それに対してなんの咎めも無いのは可笑しい。けれど、ユエは既に光輝に見切りをつけたのか彼の言葉など聞こえていないと言う風にその場から去っていく。その様子に光輝はユエの肩を掴んで引きとめようと彼女に近づこうとしたが、そこにカナタが割って入った。

 

「どうやら、キチンと答えないと納得しないみたいだから答える事にする。なんで殺したか、だったな?」

 

「そうだ、彼女はあの時点で既に戦意を喪失していた。殺す理由なんて何処にも無かったはずだ」

 

「理由は単純だ。俺達はそうは思わなかった、あの場で殺す必要があると判断した。それだけだ」

 

 竜化こそ使っていないが、ある程度自分達の戦力を把握した彼女を生かして万一でも逃げられれば、自分達の存在は脅威の一端として魔人族の側にも広がるだろう。それは自分達にとって大きなマイナスとなる、だからこそ殺すつもりだった。無論、雫を傷つけた相手に容赦するつもりも無かったと言う感情的な理由もあるのだが。

 

「殺す必要がない、理由がない、と言うのはあくまで光輝の判断。俺達とあんたでは下した判断が違っていた、ただそれだけの事だ」

 

「それだけって……人殺しだぞ! どちらが間違っているかなんて考える間も――!」

 

 その時、光輝の言葉を遮るように彼の肩に誰かの手が置かれた。

 

「よせ、光輝」

 

「メルドさん!」

 

 光輝を制止した人物メルドは光輝の肩から手を離し、そしてゆっくりと頭を下げた。

 

「……すまなかった。絶対に助けてやると言っておきながら、お前達を崖の底に落とし、更にはそんな事態を引き起こした奴を野放しにしかできず、あの時危険を承知で皆を救ってくれたお前達に、俺は何一つ報いる事が出来なかった」

 

 メルドからの謝罪に最初は「気にしなくて良い」と言おうと思ったが、いまなお頭を下げたままのメルドの姿を見て、それを止めて謝罪を素直に受け取る事にした。そして今度は同じ様に光輝に対しても謝罪をし、その姿を見て光輝は困惑した。

 

「メ、メルドさん? どうして、メルドさんが謝るんだ?」

 

「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って、賊をけしかけるなりして人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話をしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている間に、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」

 

  そう言って、再び深く頭を下げるメルドに、クラスメイト達はあたふたと慰めに入る。どうやら、メルドはメルドで光輝達についてかなり悩んでいたようだ。団長としての使命と私人としての思いの狭間で揺れていたのだろう。

 

 メルドも、王国の人間である以上、聖教教会の信者だ。それ故に、〝神の使徒〟として呼ばれた光輝達が魔人族と戦うことは、当然だとか名誉なことだとか思ってもおかしくはない。にもかかわらず、光輝達が戦うことに疑問を感じる時点で、何とも人がいいというか、優しいというか、ハジメの言う通り人格者と評してもいいレベルだ。そんな中、光輝はメルドが人殺しを自分達に経験させようとして居た事にショックを受けていた。魔人族はともかく、今の自分達になら人間の盗賊ぐらいわけ無い。ならば力で圧倒し、戦意を折り拘束すれば良いだけのはずなのに、と……。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 戦いを終え、地上への帰り道。メルドの頼みを受けてカナタ達は消耗しきった光輝達を引き連れて戻る事になっていた。帰りの道中で現れた魔物達を圧倒する彼らの後ろでクラスメイトの思う事は様々。

 

 檜山は、青ざめた表情のままハジメを睨み、近藤達は妬みの視線を送っている。が、それだけだ。あの圧倒的な実力を目の当たりにしておきながら今までのように「キモオタ」とさげすみ、暴行を加えるなんて出来るはずもなく萎縮しきっている。

 

 永山達は感嘆の視線を向けながらも、遠藤が地上でハジメ達と話した時の事を聞いてその表情は複雑なものとなっている。更には先ほどのカナタの言葉、光輝の意志など関係ない、自分で考えて出した結論だと言う言葉と姿勢。そんなカナタの姿を見て、彼らは思った。トータスに飛ばされてから今日まで、自分達はホントの意味で自分で何かを選んだ事はあったのだろうか、と。それから、程なくして彼らは無事に地上に帰還。それを、エメラルドグリーンの髪の少女が出迎えた。

 

「あっ! パパぁー!!」

 

「むっ! ミュウか」

 

 そう言って、駆け寄ってきた少女、ミュウを受け止めるハジメ。

 

「ミュウ、迎えに来たのか? ティオはどうした?」

 

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパ達が帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

 

「妾は、ここじゃよ」

 

 そう言って、扇を手に持ったティオがゆったりと姿を現す。流石にミュウを一人で留守番させる訳にもいか無いと言う事で今回はティオは地上にて留守番をしていた。

 

「おいおい、ティオ。こんな場所でミュウから離れるなよ」

 

「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。少し制裁を加えておった所じゃ」

 

「なるほど。それならしゃあないか……で? その自殺志願者は何処だ?」

 

 と、親バカ+物騒な物言いにティオは呆れ気味な表情でハジメの額を扇子でぺチッと叩く。

 

「少し落ち着かぬか。かような幼子に凄惨な光景を見せては情操教育にも悪影響を及ぼすじゃろう。子を思う気持ちは判るが少しは冷静に物事を考えよ」

 

「むっ……」

 

 確かにミュウにスプラッタな光景を見せてトラウマを刻むのは望むところではない。ティオの言葉に反論することも出来ず、ハジメは気まずそうに視線を反らした。

 

「すまないなティオ。留守番頼んでしまって」

 

「なに、構わぬよ。主達が勇者一行を助けに行ってる間、妾は妾で動いておったしの」

 

 今の俗世の情勢や、一般的な勇者の噂など地上で待ってる間、ミュウを連れて出来る範囲で話を聞いていたらしい。そんな彼らの様子を見て、着いて来た生徒達はひそひそと話している。曰く――

 

「南雲に娘? 誰の娘だ?」

 

「あの兎人族じゃね? 髪の色が一番近いし」

 

「え、でもあの娘。南雲より竜峰と仲が良さそうなんだが……」

 

「……ま、まさかパーティの中で既に不倫問題が!!?」

 

「なるほど、修羅場と言う事か……」

 

「あの黒髪の女性は竜峰のこと主って呼んでるし、これは予想以上に複雑でドロドロな関係が――」

 

 等と話す声が男二人の耳に開き、ハジメが怒りの余り表情引き攣らせる。

 

「ま、まぁ、とりあえずコレで用事も終わった事だ。さっさと出発するか」

 

(……え?)

 

 ハジメの言葉に雫は驚いた。こうして会えたのだ、当然ながらみんな自分達と合流してまた一緒に戦うものだとばかり思っていた、けれど彼らは当たり前の様に自分達の元を離れようとしている。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか? ア゛ァ゛!?」

 

 雫がその事について訊ねようとした時、割り込むようにガラの悪い男が10人ほど彼らに立ちふさがる。

 

 薄汚い格好の武装した男が、いやらしく頬を歪めながらティオを見て、そんな事をいう。どうやら、先程、ミュウを誘拐しようとした連中のお仲間らしい。ティオに返り討ちにあったことの報復に来たようだ。もっとも、その下卑た視線からは、ただの報復ではなく別のものを求めているのも丸分かりだ。

 

「ガキ共っ! わかってんだろ? 死にたくなかったら、女置いてさっさと消えろ! なぁ~に、きっちりわび入れてもらったら返してやるよ!」

 

「まぁ、そん時には、既に壊れてるだろうけどな~」

 

 男の言葉の後に他の連中も「ギャハハハ」と下品な笑い声を挙げる。さて、見るからに悪党というべき連中が女性に手出しをしようとなれば当然光輝が黙っている筈がない。彼らを止めるべく光輝は前に出ようとして……その足は一歩も動かせずにいた。その原因はカナタから発せられるプレッシャー、勇者として暴漢相手に何もしないわけには行かない。だと言うのに、足が一向に前に出せずにいた。男達も帝竜の暴威とカナタの深紅の瞳に気圧され尻餅を付いている。そして、カナタが最後通告を口にしようとした瞬間、ハジメがドンナーの引き金を引いた。男の急所を狙い撃ちされ、悶絶し動けなくなった男達を骨盤の蹴り砕くと同時に広場の隅に積み上げていく。

 

「これでよし」

 

「よし、じゃねぇよ! ミュウへの悪影響何処行った!?」

 

「何言ってんだ? あいつ等をよく見ろ、それを考えてちゃんとゴム弾にしたんだ。血は流れてないだろ?」

 

「……さいですか」

 

 そう言って、ハジメが指差した先を見ると男達はみな、男の象徴を押さえ悶えてこそいるが、血が流れている様子は無い。とは言え、骨盤を粉砕されたとなれば歩行不能は免れられない。男の尊厳を傷つけられ、更には身体障害者生活待った無しな状況だ、とは言えカナタの中に彼らを哀れむ気持ちは微塵もなかったわけだが。

 

「ね、ねぇ、みんな」

 

 そこで漸く雫がカナタ達に声を掛けた。

 

「出発するってどういうこと? 私達の所に戻ってきたんじゃないの?」

 

「悪いけど、そうじゃねぇんだ。俺達は俺達で目的があって旅をしている。ここにはウルって町で先生から雫の様子を聞いて、顔をみせて安心させようって事で立ち寄っただけなんだ」

 

「その目的って何!? 私達と一緒じゃ果たせない事なのっ!?」

 

「雫、それぐらいにした方が良い。彼らには彼らの目的があるんだ。だったら無理に引き止める必要はないんじゃないか?」

 

「光輝?」

 

 その時、光輝が割り込んできて雫を宥める。その姿にハジメとカナタは「はて?」と思った。光輝の事だ「俺たちは仲間なのにそんな自分勝手が許されると思ってるのか!?」的な事を言ってくるかと思いきや、嫌に素直だ。が、その真意は後に続く言葉ですぐにわかった。

 

「香織も何時までも引き止めていては彼らに迷惑だ、俺達もそろそろ行こう。彼らには彼らの目的があるように、俺達には俺達の使命がある」

 

 容易く命を奪い、それについて反省する様子も悔やむ様子も見せない。それでいてあれだけ強いとくれば彼らの存在は間違いなく自分が追い求める救世の妨げとなる。そんな彼らが自分からここを去ると言ってるのだ、ならば無理に引き止めずに見送るのが吉と判断した。無論、自分の幼馴染である香織はここでハジメ達と別れ、こちらに戻ってくる事を疑わずに。

 

「えっ、何言ってるの光輝君? 私もこのままハジメ君たちと一緒に行くつもりだよ?」

 

「……え?」

 

 けれど彼女の口から出たのは自分が信じていた展開とは全く真逆の言葉だった。そしてそれは光輝にとって“ありえない事”となり、彼の中のご都合主義が働き始める。

 

「やれやれホントに香織は優しいんだな。けれど香織、それは過ぎた優しさだ」

 

 それは自分達と袂を別つと言う事はなんの後ろ盾もない孤立無援の旅となる。香織が同行するのはそんな彼らを哀れんでの事だと判断した。

 

「彼らは自分で使命を放棄してまで自分達の目的を優先したんだ。だから、香織が彼らを心配する必要なんて無いんだ」

 

「そう言うのじゃないの。これは私が望んでやってる事。だって――」

 

 そして香織は決定的な一言を告げる。

 

「だって、私はハジメ君の恋人だもん。一緒に行くのは当然の事でしょ?」

 

 その言葉には光輝だけでなく雫も驚いた。そして香織は今の彼女の言葉を飲み込みきれず硬直している光輝から他のクラスメイトへと視線を移し、何かを言おうとするがそこに光輝が割って入った。

 

「ま、待て! 待ってくれ! 意味がわからない。香織と南雲が恋人同士? えっ? どういう事なんだ? なんで、いきなりそんな事になる?」

 

 香織は自分の大事な幼馴染、そして誰よりも彼女と仲が良いのは自分だし香織とそう言う関係になる人が居るとすればそれは自分以外ありえないと思っていた。

 

「南雲! お前、いったい香織に何をしたんだ!」

 

「……何でやねん」

 

 故に香織の言葉は光輝にとっては奇行にしか見えず、彼女の正気を疑った光輝はハジメが香織に何かをしたと判断して彼をにらみ付け、いきなりあらぬ疑いをかけられたハジメは呆れ気味に言葉を返す。

 

「光輝。南雲君が何かするわけないでしょ? 冷静に考えなさい。あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織は、もうずっと前から彼を想っているのよ。それこそ、日本にいるときからね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」

 

「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」

 

 光輝にとってオタクとは所謂、努力を放棄した人間である。努力をすれば必ず結果はついて来る、実らない努力なんてこの世に存在しない、そして頑張れば頑張るだけ必ず結果が返って来る人生のなんと充実したものか。それこそが光輝にとっての“人生の形”。だからこそ、そんな人生から目を背けて漫画やゲーム等の空想に楽しみを見出すオタク達は欠片も努力をしたくない怠け者でありそんな連中が人から好かれる筈がない、光輝はそう思っている。

 

 そしてそれは言葉や態度の端々に表れ、それが南雲や清水といったオタクを孤立させる環境を作った。自分の趣味を大っぴらに出来ないから、趣味の合う友人も作れなかった。そして、今、突然の事態に気を動転させた光輝は決定的一言を口にした。

 

「……随分とハッキリと言うんだね」

 

 その言葉を聞き、香織の声が少し低くなる。そして香織は彼を睨む様な視線を向けた。それは幼馴染として共に過ごしてからの間、一度も見たこと無いような彼女の表情。

 

「私が誰を好きになるかなんて、そんなの私の自由だよ。なのになんでそれを光輝君が決める様な事を言うのかな?」

 

「そ、そんな事は言ってない。俺はただ、オタクである人間を香織が好きになる理由がないはずだと……」

 

 そう言って、光輝は視線をハジメ達の方に向ける。何かを言う気配は無い、けれど何かあればすぐに割って入れるようにこちらをジッと静観している。そしてそんな彼を取り巻くユエやシアを始めとした女性達。誰もが各々の魅力を持ち、そしてティオと呼ばれた女性は未知数だが、他は自分達が苦戦を強いられた魔物を圧倒できる実力を持っている。そして今、その光景の中に“自分の香織”までもが入っている。その事実に光輝の中に感じた事もない黒い感情が沸き起こり、ご都合主義が何時にも増して強く働く。

 

「香織、良く考えるんだ。君のその気持ちは恋なんかじゃない、それは……そう! 単なる吊り橋効果だ」

 

 あの日奈落に落ちた三人、その内、香織以外はありふれた生産職と技能も碌に使えない詳細不明な天職だった。

 

「奈落に落ちた直後の二人は間違いなく香織にとって“足手纏い”だった筈だ。その上、俺や雫も居なかったんだ。きっと凄い怖い思いをした筈だ。その不安を恋と勘違いしているだけ――」

 

 パンッ!と言う乾いた音が響く。その光景にその場にいた誰もが驚き、一瞬だけ時が止まったかの様な静寂が訪れた。

 

「いい加減にしてっ! 光輝君が何を言おうと私は自分の意志でハジメ君を愛して、そして一緒に居るって決めたの!!」

 

 この気持ちは誰にも……それこそハジメであっても、偽りだ、気の所為だ、と否定させるつもりは無い。そんな気持ちを込めて、香織は光輝を睨んでいた。

 

(光輝がなんて言おうと……か)

 

 今尚、メチャクチャな言い分で何とか香織の恋心を気のせいだと認めさせようとする光輝を見て、雫は思った。自分はある意味、光輝に遠慮してたのかも知れない。カナタの事、そして“あの件”も含め、自分も結局光輝にとって都合の良いように動いていたのだろう。

 

「くっ、雫! 雫も見ていないで香織を説得してくれ!! 大切な幼馴染だろ!?」

 

 その時、光輝が雫にも援護を求めた。香織が今、此処を去るという事は自分だけでなく雫とも比べて、それでも南雲を優先すると言う事、それは雫にとっても望む事じゃないと思っているのだろう。

 

(だったら、もう良いわよね……)

 

 香織と離れるのは確かに辛い事だ、けれどわざわざ香織を説得せずとも済む方法がある。

 

「香織……」

 

「雫ちゃん」

 

 雫が静かに香織の名を呼ぶと、香織はその視線を雫へと移す。その視線は光輝に向けられた時の鋭い視線のままだ。

 

「そんな怖い顔しなくても、香織の気持ちは地球に居た時からずっと判っていたもの。止めるつもりなんて無い、むしろ――」

 

 続く雫の言葉に光輝が「え!?」となっている中、雫は光輝を一瞥。

 

「お願い。あなた達の旅に私も連れて行って。香織が居ないのも、カナタが居ないのも、もう沢山よ」

 

 他のクラスメイトの事も光輝の事も関係ない、自分が今やりたい事をする。それは雫にとっての数年ぶりのわがままだった。

 

「雫っ!? 雫まで何を言い出すんだ!?」

 

「言葉の通りよ。だって、大切な幼馴染が戻ってこない、でも私は香織達と一緒にいたい。だったら着いてく以外ないでしょ?」

 

 その言葉に光輝は違和感を覚える。大切な幼馴染、それを言えば自分だってそうだ。この言い方だとまるで雫は自分の事はそう思って居ないと言わんばかりだ。その疑問を察してか、雫はスッと目を伏せ、何かを思い返すかのような表情で口を開く。

 

「貴方と幼馴染として過ごした10年。私は何時もある疑いを光輝に抱いていたわ」

 

「疑い?」

 

「ええ。光輝、貴方は――」

 

 そして、自分の疑いが間違いや気のせいで無い事を確信すると雫は目を開き、彼を見据えて告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――自分の周りの人間の事、誰一人としてホントの意味で大切になんて思ってないじゃないか、って」

 

 


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