ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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最近スマホを新調しました。今までカクカクだったり、たまに回線落ちするゲームもスムーズに動くようになりました。

何が言いたいのかというと、アプリにハマり次話投稿遅れてスイマセンでした!(土下座)


幕間・Ⅲ『水月は暗雲に隠れて』

「う、うぅ……」

 

 微かなうめき声と共に光輝はゆっくりと目を開けた。そこは見慣れた天井、ホルアドの宿屋の天井だった。

 

「よぉ、目が覚めたか」

 

「龍太郎……」

 

 ゆっくりと光輝は身体を起こし、自分の目元に手をあてる。やがて意識がハッキリしてくるにつれて、何があったか思い出される。

 

「っ!! 香織と雫はっ!!?」

 

 思い出されるのは自分の大切な幼馴染。その二人が揃って自分の下を離れる選択をした事。カナタとハジメに“奪われそう”になった彼女達を引き止めるべく、カナタとハジメに決闘を挑み、そして……顔にカナタの拳が突き刺さり、そこから先は記憶に無い。

 

「あの二人なら、もういねぇよ。光輝が気絶させられた後そのままパーティの離脱を宣言して、南雲達と一緒に街から去って行った……」

 

「そ、そんな……」

 

 龍太郎から告げられた事実に光輝はガックリとうな垂れる。

 

「誰も……誰も引き止めてくれなかったのか?」

 

「檜山達は引き止めようとしてたが、二人とも聞く耳持たずだったな」

 

 それから、光輝は龍太郎から自分がカナタに伸された後の顛末を聞いた。そのどれも光輝にとっては信じられない内容ばかりだった。龍太郎が説明し終える頃には光輝は俯き、拳を強く握り締めていたが、突然ベッドから立ち上がる。

 

「光輝?」

 

「……ちょっと散歩に行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日中は迷宮に挑む冒険者や彼らをターゲットにした商人で賑わうホルアドの街も夜となれば静かなもの。特に魔人族が潜伏してたと言う出来事もあり、今は一層静まり返っている。そんな街の中を光輝はあても無く彷徨い、今は町の裏路地や商店の合間を縫うように設けられた小さなアーチを描く橋の上で光輝はぼんやりと水面に映る月を見つめていた。

 

(なんで、こんな事になったんだ……)

 

 自分と龍太郎、そして香織と雫。この4人は学校ではもはやワンセットとも言える間柄で、特に雫や香織とは昔からずっと一緒だった。これから先も何も変わる事無く三人はずっと自分と一緒に居るものだと確信していた。けれど今日になって、それが崩れ去ってしまった。出会ってから一度も見た事の無かった二人の姿、そんな二人からの明確な拒絶。そして、鼻の骨が砕けてるというそれなりの重傷を負っていたにも拘わらず、二人は自分の事を放置してそのままハジメ達に着いて行った。

 

 その事実は何れも光輝にとっては衝撃過ぎて、到底受け入れられるものじゃなかった。何よりあの時雫が言っていた言葉が脳裏から離れずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

『言葉の通りよ。だって、大切な幼馴染が戻ってこない、でも私は香織達と一緒にいたい。だったら着いてく以外ないでしょ?』

 

『今回香織達が奈落に落ちた事で改めて分ったの。私にはやっぱり香織やカナタが必要なんだって』

 

 

 

 

 

 

(……っ!!)

 

 後の言葉は龍太郎から聞いた内容だが、その内容に思わず歯をかみ締める。なら、自分は大切な幼馴染では無いと?雫にとって自分は必要な存在じゃないと?自分なんかよりもあんな暴力事件を起こす程の“不良”であるカナタの方が必要なのだと?その時、光輝の目に月映った。その水面が揺れると同時に揺らめく月を見て、光輝はふとある言葉を思いだす。

 

(水月……か……)

 

鏡花水月、それは鏡に映る花と水面に映る月の様に、目には見えても決してその手に掴むことはできない何かを比喩する言葉。自分は香織や雫とずっと一緒だった、その10年間で培った絆はずっと変わらないものだと。

 

(……あ)

 

 やがて、水面に映る月を流れる雲が覆っていく。今の光輝にとって二人はまさに鏡花水月であり、そして月を覆っていく雲は、そんな二人を自分から“奪い去った”カナタとハジメの様に見えた。やがて月が完全に隠れ、辺りが一層暗くなると光輝は更にうな垂れる。

 

「おや、誰かと思えば勇者殿ではありませんか」

 

 その時、光輝の耳に穏やかな老人の声が響く。光輝がゆっくりと顔を上げるとそこに居たのは紺色の地味な神父服に身を包んだ男性。嘗て、カナタが出会ったチャール・フランクだった。

 

「あなたは……」

 

 が、光輝にとっては見覚えの無いただの神父。いや、光輝も城で何度か目にはしているも、自分の勇者としての人生にはなんの影響も無い、言ってしまえば背景も同然な存在であった為、記憶には残っていなかった。

 

「なぁに、ただのしがない神父ですよ。時に勇者殿、こんな所でそれもお一人で黄昏ているなんて珍しい」

 

「あ、えっと、その……」

 

「何か、訳有りのようですね。宜しかったら話してみてはいかがでしょう?」

 

「え?」

 

「コレでも一応神父の端くれ。悩める方のお話に耳を傾けるのは職業柄慣れております。もしかしたら何かしらの助言が出来るかも知れませんし、誰かに話すだけでも楽になると言うものですよ」

 

「……実は」

 

 普段の光輝であれば、「自分は勇者です、だから何の問題もありません」とチャールの提案を断る所だが、完全に凹んで居た事、そして決して似ている訳ではないが、光輝が憧れにして目標としていた人物と年が近い事もあり光輝はポツリポツリと今日の顛末を話し始めた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「なるほど、それはさぞかしショックでしたでしょうね……」

 

「二人はとても良い娘達なんです、なのに二人とも人を殺す事になんの躊躇いも感じなくなった様な奴らと一緒にいる事を選んで……そんなの絶対にありえなくて、そう、ありえないんです。やっぱりあいつ等に何かされたとしか――」

 

「一つ」

 

「え?」

 

 ご都合主義が働きかけ、光輝がヒートアップしかけたのをチャールの静かながらもハッキリと響く声が待ったをかけた。

 

「一つ、例えばの話をしましょう」

 

「一体何を……」

 

「二つの国があったとします。その二つの国はどちらも自国の民の生活を豊かにするために、互いの国へと侵略行為を行った。そうなれば二つの国は衝突し、戦争になるのは当然の流れでしょう」

 

 光輝は意味が判らないながらもチャールの声に耳を傾けていた。

 

「さて、勇者殿。あなたはどちらの国が正しいと思いますかな?」

 

「え? どっちが正しいか、ですか?」

 

「はい」

 

「えっと、他に何か事情とかは」

 

「ありません」

 

「どちらも間違ってるというのは……」

 

「その答えは受け付けません。ちゃんとどちらが正しく、どちらが間違っているか答えてください」

 

 その問いに光輝は本気で頭を悩ませた。実は片方の国が私腹を肥やす暴君だったとか、そんな事情があれば答えはすぐに出せた。けれどどちらも全く同じ理由で衝突したとなれば、答えなんて出せる筈もなかった

 

「分りませんか?」

 

「……はい」

 

 なんて意地悪な質問なんだろうと光輝は思った。幼馴染二人を“奪われた”ばかりの光輝にとっては、おちょくられてるとしか思えず、話を切り上げてもう帰ろうと考え、口を開こうとした。

 

「……それが正解です」

 

「え?」

 

 しかし、直後のチャールの言葉に光輝はキョトンとなった。

 

「いやはや、少し意地悪な質問でしたな。実を言いますと、この質問は「どちらも間違っている」以外は全て正解なのです」

 

「それは、どう言う……?」

 

「“正しさ”とは一つではない、と言う事です」

 

 人にはそれぞれ、その人自身が正しいと感じる事がある。つまりは人の数だけ“正しさ”は存在するのだ。

 

「人を殺してはいけない、命を無闇に奪ってはいけない、それは勿論正しい事です。けれど、誰も彼もがそれを正しいと感じるわけでは無い。多かれ少なかれ、勇者殿とは違う考えを正しいと感じる者が居るのです」

 

「チャールさんも……俺ではなく彼らの考えが正しいと思ってるのですか?」

 

「いいえ」

 

「じゃあ、やっぱり俺の方が正しいんじゃ」

 

「それも違います。先ほども言った通り、勇者殿もそのカナタとハジメと言う二人の少年の考えもどちらも“正しい”事なのです」

 

 けれど、この二つは相反する考え方、どちらも正しいと言われてもそれは矛盾でしかない。

 

「どちらが正しく、どちらが間違っているかではないのです。大事なのは、自分の正しさを貫く事の出来る強さなのです」

 

「強さ……」

 

「はい、互いの正しさがぶつかる時、どちらの正しさが支持され、認められるのか。それを決めるのは互いの“強さ”の違いなのです」

 

(そっか……俺は二人に負けた。二人より弱かったから……)

 

 自分達が苦戦した魔人族を圧倒し、自分が躊躇い無く全力を出せる素手で勝負を挑んでも、一撃で倒された。今の自分と彼らでは実力に差があるのは明白だった。

 

「正しいと感じる事を自分の意思で選び、そしてそれを貫こうとする権利、人はそれを“自由”と呼びます」

 

「自由……」

 

「そう、そして…………その自由こそが、滅びヘと繋がるのです」

 

 その時、チャールの声音が少しだけ沈む。

 

「確かに生きとし生ける者全てに“自由”があります。けれどその自由によって選んだ“正しさ”の全てが人の幸福に繋がっているかと言われればそれも違うのです」

 

 本来ならばもっとより良い未来に繋がる筈の“正しさ”があるはずなのにそれを見極められない、あるいはそれを貫く強さが無い。

 

「そして、それは時に取り返しのつかない事態を招く。私は、“自由”こそが破滅を導く原因にもなると思っている……いえ、それを知っています」

 

「自由が……破滅を……」

 

「だからこそ我々には必要なのです。どんな時も俯瞰的視点を持ち、常に一人でも多くにとっての正しさを見極め、他者の正しさに負ける事無く、それを貫ける存在が……」

 

 その言葉に、光輝はハッとなる。それは自分が常に抱いている考え方。自分の主観だけでなく、常に客観的に何が正しいのかを選択する意志。

 

「勇者殿。貴方は今まで“正しさ”とは一つだけ、そう確信して過ごしてきたのでしょう、それは裏を返せば自分の正しさを何の根拠も裏づけもそして想いも無く、ただ妄信していただけにすぎない」

 

 それを聞き光輝は思い出した。両親や雫、香織から常々言われていた「自分の正しさを疑ってほしい」と言う言葉。自分は今まで自分の正しさしか見ておらず、他人の正しさを疑った事なんて無かった。自分が正しければ、自分とは違う考えは疑う余地無く無条件で間違っている、そう信じて疑わなかった。そして、それは自分の正しさに疑いを持たない事と同義。

 

(自分の正しさを疑うというのは同時に相手の正しさも疑う事、あの言葉はそう言う意味だったのか!)

 

 沈んでいた光輝の目に光が戻る。その様子を見てチャールは口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 

「迷いは……晴れましたかな?」

 

「……はい!」

 

「それは結構。ならば、残るは正しさを貫く強さ。それさえあれば勇者殿は本当の意味で人々を幸福へと導ける真の英雄となれるはずです」

 

「真の……英雄」

 

「ええ、そしてさすればその幼馴染二人も今度は貴方の想いを理解してくれる筈です」

 

「あの、チャールさん。ありがとうございました!」

 

「なぁに、こんな老いぼれの言葉でも勇者殿のお役に立てたのならば幸いです。では、私はコレにて失礼致します」

 

 そう言って、軽く会釈をするとチャールは踵を返し、その場から立ち去っていった。その後姿を見ていた光輝だったが、やがて自分の掌を見つめ、それをギュッと握った。

 

「……よしっ!」

 

 そしてその時には光輝の目つきはすっかり元の調子を取り戻していた。何時しか雲は流れ、水面には再び水月が輝いていたが、それが光輝の目に入る事は無かった。


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