ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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言う事はシンプルに一言だけ。遅くなってスイマセンでした


第2話『汚染されし砂上の楽園』

 ハジメのデコピンで意識を取り戻したガラベーヤ風の服装の男性。彼は一行が砂漠で活動する際の拠点として目星を付けていたアンカジ公国の住民だった。流石に身体弱っている状態でこの砂漠の気候に中てられつづけるのは宜しくないと判断し、一端彼を連れてブリーゼ内に戻っていた。

 

「あのね、ハジメ君。この暑さと砂の鬱陶しさでイライラしてるのも分かるし、私の事で嫉妬してくれるのも嬉しいよ。でもね、相手は病人なんだから手荒な事をしちゃダメ! 分かったかな?」

 

 と、ハジメが香織に叱られ、それを気まずそうに聞いているハジメの脇で、カナタが彼に事情を説明していた。最初は気が付けば自分を取り囲んでいた集団と謎の黒い箱(ブリーゼ)の存在に目を白黒させていたが――

 

「もはや私も公国もこれまでかと思ったが、神はまだ私を見放しては居なかったらしい」

 

 カナタからおおよその説明を聞いていく中で冷静さを取り戻して言った。

 

「遅れてしまったが助けてくれた事に礼を言う。本当にありがとう。あのまま死んでいたらと思うと……アンカジまで終わってしまうところだった。私の名は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子だ」

 

 アンカジはエリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。つまり、北大陸における一分野の食料供給に置いて、ほぼ独占的な権限を持っているに等しい国である。そんな国の領主の息子、即ち王子とも言える彼はお飾りの王族や貴族なんかとは違う、世界の食糧事情、つまりは人々の生活の一端を担っているにも等しい重要人物と言う事になる。

 

 ビィズの方も、香織や雫の素性(〝神の使徒〟として異世界から召喚された者)やハジメ達の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕をあらわにした。そして――

 

「これは神の采配か! 我等のために女神を遣わして下さったのか!」

 

 と、いきなり天に祈り始めた。この場合、女神とは当然香織の事なのだが、その神に対して良い感情を持っていない香織としては神に遣わされた存在、と言う扱いに対し複雑な表情を浮かべている。それを知ってか、あるいは嫉妬か、ハジメが少しビィズを威圧しながら、事情説明を促すと、彼は冷や汗を流しながら咳払いしつつ語りだした。

 

 曰く、四日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人が二万人に上ったという。直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放して医療関係者も総出で治療と原因究明に当たったが、香織と同じく進行を遅らせることは何とか出来ても完治させる事は出来なかった。病気の原因自体は公国の水源たるオアシスが汚染されており、そこに含まれる毒素だと言う事は突き止め、更には“静因石”という鉱石の粉末を服用する事で治療することが出来ると言う所までは判明していた。

 

 しかし、この静因石は砂漠のずっと北方にある岩石地帯か【グリューエン大火山】で少量採取できる貴重な鉱石であり、公国でそれを採取できる程の実力を持つ者は既に病に倒れ、この国難を脱するにはハイリヒ王国に救援を要請する他無かった。けれどその救援要請にしても、総人口二十七万人を抱えるアンカジ公国を一時的にでも潤すだけの水の運搬や【グリューエン大火山】という大迷宮に行って、戻ってこられる実力者の手配など容易く出来る内容ではない。公国から要請と言われれば無視することは出来ずとも、内容が内容だけに一度アンカジの現状を調査しようとするのが普通だ。

 

「父上や母上、妹も既に感染していて、アンカジにストックしてあった静因石を服用することで何とか持ち直したが、衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで赴くことなど出来そうもなかった。だから、私が救援を呼ぶため、一日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ。その時、症状は出ていなかったが……感染していたのだろうな。おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ。万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに……情けない!」

 

 しかしこの病は明確な処置が出来なければ2日で命を落としかねない病気だ。そんな悠長な手続きを経てからでは手遅れなのは明白で強権を発動出来るゼンゲン公か、その代理たるビィズが直接救援要請をする必要があり、その役目をビィズが請け負った訳だが、その時点で彼自身も感染し潜伏状態にあったらしく、道中で発症して行き倒れていた所をカナタ達に救助された、と言う事らしい。不幸中の幸いは、サンドワーム自身もそれを察知してか捕食を躊躇っていたと言う事。裏を返せば魔物にも影響を及ぼしかねないレベルの難病であると言う事だ。

 

「……君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

 そんな時に出会った王国に降り立った神の使徒(厳密には既にその役目から降りているが)と金ランクの冒険者であるハジメ達。王国に救援要請をし、調査や手続きを省く為の交渉に時間を掛けるよりは彼らに救援を依頼した方が手っ取り早いと判断したビィズがカナタ達に頭を下げる。これについてはハジメ達も断る理由は無かった。元々、グリューエン大火山攻略の拠点とする為の公国に向かっていた訳だし、そもそもそんな病気が溢れてる場所でミュウを留守番させるなんて持っての他だった。

 

「感謝する。ハジメ殿達が〝金〟クラスなら、このまま大火山から〝静因石〟を採取してきてもらいたいのだが、水の確保のために王都へ行く必要もある。この移動型のアーティファクトは、ハジメ殿以外にも扱えるのだろうか?」

 

「まぁ、ミュウ以外は扱えるが……わざわざ王都まで行く必要はない。水の確保はどうにか出来るだろうから、一先ずアンカジに向かいたいんだが?」

 

「どうにか出来る? それはどういうことだ?」

 

 数十万人分の水を確保できるという言葉に、訝しむビィズ。当然の疑問だ。しかし、水は何も運搬しなくとも手に入る方法がある。それは、水系魔法で大気中の水分を集めて作り出すという方法だ。

 

 もちろん、普通の術師では不可能だろうが、ここには魔法に関して稀代の天才がいる。そう、ユエだ。しかも、彼女ならば、魔力をすぐさま回復する手段も多数持ち合わせている。ビィズなりランジィなりがアンカジに残っている静因石をしっかり服用し体調を万全に整えて、改めて王国に救援要請をしに行くくらいの時間は十分に稼げるはずである。そこら辺の説明を彼らから、主に王国に降り立った使徒として名が知れていた香織や雫からの説得を受けたビィズは一先ず公国へ引き返す事を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 乳白色の壁に囲まれ、その各所から伸びる光の柱、それらは緩やかな曲線を描き、街の中央上空で合流。そして柱よりも少しだけ薄い色合いのバリアが吹き荒ぶ砂嵐から都を守っている。壁の内側も壁と同色の建物が立ち並び、外界の赤銅一色の世界とのコントラストがその美しさをより一層際立たせる。

 

「……使徒様やハジメ殿達にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は、時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」

 

 けれど今は病で倒れた者、人から人への感染を恐れて外出や周りの人々の接触を控える者、各々の理由から殆どの人間が外出を自粛。その所為で普段であれば近隣で取れた果物やエリセンの魚介類、マニーロが水路を駆使して各地から仕入れてきた品物、そしてそれら売る商人と買い物客で活気に満ちている筈の都も静まり返っており、白一色の町並みが何処か無機質なモノに感じた。

 

 

 

 

 

 ビィズの顔パスで王宮内に入った一行は真直ぐに領主ランズィの執務室へと通された。

 

「父上!」

 

「ビィズ! お前、どうしっ……いや、待て、そいつらは誰だ!?」

 

 そして、突然戻ってきた息子の姿を見て、王国への救援ならば数日は戻ってこないと踏んでたのが一日で戻ってきた事、そしてカナタの肩に担がれた姿勢の彼の姿に二重の意味で驚いていた。

 

ビィズも衰弱が激しく、香織の魔法で何とか持ち直し意識ははっきりしているものの、自力で歩行するには少々心許ない有様だった。見かねた香織と雫が肩を貸そうとしたところ、ビィズが顔を赤くして「ああ、使徒様自ら私を…」等といって潤んだ瞳で二人を見つめていたものだから「女の子に任せるわけにもいかないし、俺が運ぶよ」と、カナタがビィズを担いで此処まで運んできた訳だ。余談だが、その時の彼は凄い良い笑顔だったのに何故かちょっとだけ恐怖を感じた、と後日優花が語ったのは別の話である。

 

「じゃあ、動くか。香織はシアを連れて医療院と患者が収容されている施設へ。魔晶石も持っていけ。俺達は、水の確保だ。領主、最低でも二百メートル四方の開けた場所はあるか?」

 

「む? うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが……」

 

「なら、そっちは俺とユエで行こう。シアは、魔晶石がたまったらユエに持って来てやってくれ。後の4人はオアシスに行って汚染原因を調査していてくれ。俺とユエも水源を確保したら調査に合流する」

 

 やがて、事情の説明を終えたハジメが他のメンバーに指示を飛ばす。香織は同じ病状で倒れている住民の治療。そして、その過程で魔力が溜まった魔晶石も用いてユエが水源の確保。並行してカナタ達が原因とされてるオアシスを調査、詳しい原因を特定・排除できれば良し。ダメなら一端後回しにして、神代魔法と静因石採取の為にグリューエン大火山へ向かうと言う流れだった。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 静因石の服用+香織の治療によりとりあえずは活動に支障が無い程度には回復したビィズの案内を受け、カナタ達は例のオアシスを訪れていた。一切の澱みなく澄み切り、キラキラと輝くオアシスはとても人を死に到らしめるほどの毒素を含んでいるとは到底見えなかった。

 

「……むっ?」

 

「どうしたの、カナタ?」

 

「ああ、今なんかオアシスの底に魔力の反応が、な」

 

 オアシスの水面を眺めていたカナタだったが、ふとオアシスの中に何かの魔力を感じ、その視線をビィズに向けた。

 

「ビィズさん、確か国の方でも調査が行われたんですよね。その時の話を聞かせてもらっても良いでしょうか?」

 

「はい、以前にオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査が行われています。水質は以前説明した通りで、けれど地下水脈にも特に異常は見つからなかっったんです。とは言え、調べられたのは、このオアシスから数十メートルが限度ですし、オアシスの底まではまだ手が回っていない状況です」

 

 ビィズの説明を聞き「ふむ」とカナタが呟く。

 

「水質管理や浄水目的でオアシスになんかのアーティファクトを沈めたりとかは?」

 

「いえ、そうしたアーティファクトは確かにありますがそれらは地上に設置されており、オアシスの中には何も入っていないはずですが」

 

「主よ、これは……」

 

「ああ、十中八九当たりだな」

 

 そう言って、カナタはオアシスの中に手を入れる。

 

「……ビィズさん」

 

「はい?」

 

「魚が全滅するのは勘弁して下さいね」

 

「何を――?」

 

 するつもりで? と言うビィズの返事を待たずにカナタは纏雷を発動。基本は前衛ながらそこら辺の魔術師を遥かに凌駕する魔力から放たれた電気はオアシス全体をバチバチと帯電させ、その電流により死亡した魚が次から次へと水面に浮かび上がり、綺麗なオアシスは一転して凄惨な光景へと変わっていく。

 

「か、カナタ殿!? 一体何を!?」

 

 突然、魚の大量虐殺を始めたカナタの姿にビィズは目を剥き、彼の意図を確認するべく彼に近づいた時だった。

 

「……え?」

 

 シュバッ! と言う風を切り裂く音と共に無数の水が触手となって彼らに襲い掛かる。が、それらはティオの魔法、そして雫の緋空斬に迎撃され、蒸発していく。その後、今度はオアシスの水面が盛り上がり、十メートル近い高さの小山になったのである。

 

「こ、これは……?」

 

 カナタ達が険しい表情で各々の武器を構える中、水が重力に逆らい盛り上がると言う異様な光景を目の当たりにしたビィズの呟きがその場に響き渡ったのだった。

 

 


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