ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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第3話『水面下に潜む陰謀」

 突然、小山を作ったオアシスの水が全て流れ落ちると“それ”は姿を表した。体長10メートルに及ぶ水色のゼリー状の肉体、その内側に赤く輝く魔石が輝いており、からだの所々から触手をうねらせている。

 

「こ、これは……バチュラム……なのですか?」

 

「大きさと水を汚染できる部分を除けば……の」

 

 バチュラム、それはなんてことの無いスライムと呼ぶべき魔物だ。けれどティオの呟きどおり、普通のバチュラムはその体長は1メートル程で、水質を汚染するような能力も持っていない。

 

(通常ではありえない変異個体、か……)

 

 真っ先に思い出されるのはオルクス大迷宮の女魔族が連れていたブルタールの変異種。そこでバチュラムが伸ばしてきた触手を切り払った段階でカナタは思考を一時中断する。

 

「……兎に角まずはこいつをぶっ潰す、三人とも戦闘開始だ!!」

 

「うむ」

 

「ええ!!」

 

「了解よっ!」

 

 カナタの言葉に各々返事を返し武器を構える。

 

「通常個体を同じであれば周りの身体を攻撃しても無意味。みな、あの赤い魔石を狙うのじゃ!」

 

「スライム型のお約束って奴ね、だったらっ!」

 

 優花が4本の光のナイフを指の間に挟む様に持ち、そのまま投擲。投擲師の天職の名に恥じず、四本のナイフは全て正確にコアに向かって飛ぶ。しかし――

 

「うそ、よけられた!?」

 

 直後、魔石自体がボディの中を移動し優花の投げたナイフはスライムの肉体をすり抜けるだけで終わる。通常なら全長1メートルほどの大きさでしかない為、幾ら魔石、コアが身体の中を自由に動き回れると言えど攻撃を当てるは難しくない。が、目の前の変異体はその10倍にも及ぶ巨体だ。当然ながらコアが動き回れる範囲も広く、その分、攻撃をあてる難易度も跳ね上がる。驚く間もなく反撃とばかりに殴りかかってきた触手を優花は護身用のダガーで切り払う。その後もバチュラムの攻撃をいなしつつ、カナタ達はコアを狙い攻撃を仕掛けるも悉く避けられている。

 

(これじゃあジリ貧ね……)

 

 そんな事を考えたのは雫だった。神結晶のアクセサリのお陰で多少はマシになったとは言え、一行の中で継戦能力に一番乏しいのは自分だ。だからこそ、余計な消耗を抑える為に雫は眼を鋭く細めた状態、所謂鷹の眼でコアの動きを観察し、敵の情報を集める。

 

(……あれは)

 

 その時、ティオが偏差撃ちの要領で火球を放つもコアは急停止してそれをやり過ごす。そして火球によって一瞬だけ空洞が出来るもすぐさまボディは修復され、コアは再び動き始める。それを見て、雫は優花とティオに声を掛けた。

 

「優花、ティオ。ちょっと試したい事があるんだけどいいかしら?」

 

「ほう、何か思いついたのかの?」

 

「ええ、自分達じゃどうやってもあのコアの動きを捉えるのは難しいと思うの」

 

 ガンナーたるハジメや香織辺りならそれも出来そうだが、生憎二人ともこの場には居ない。そしてこうして攻撃を仕掛けた以上、仮に自分達が一時撤退してもこのバチュラムが大人しくオアシスに戻る保障は無い。

 

「だから、考え方を変えてあのコアを動けなくしてしまいましょう」

 

 その時、三人に向かって飛んできた触手をカナタが間に割って入りなぎ払う。

 

「なんか策でも思いついたのか?」

 

「ええ、少なくてもこの作戦で仕留め損ねれば、私は確実にガス欠になるけどね」

 

「そんときゃ、ハジメが来るまで持久戦に持ち込むだけだ。で、俺は何をすれば良い?」

 

 これが初めてとなる雫との共闘。何より、オルクスで一度別れるまで割りと情けない姿を見せる事が多かったと感じてるカナタ的には、やはりカッコいい所見せたいと言う気持ちがあるのか、普段よりも少し気合が入った雰囲気で雫に問い掛ける。

 

「カナタは……悪いけど出来る事は無いから大人しく見ていて頂戴。あ、念の為、ビィズさんを守っててあげて」

 

 が、続く彼女の待機の指示に肩透かしを喰らったカナタは「え?」と間の抜けた返事を返す。そんな彼にクスリと苦笑を浮かべつつも雫は刀を鞘に収める。

 

「ティオ!」

 

「任せよっ!」

 

 と、ティオが大量の火球を放つ。先ほどの様に狙い撃つのとは違い、こちらは殆ど乱れ撃ちと言った様子だ。そんな中、雫は居合いの姿勢のままじっとバチュラムを見据える。そして――

 

(そこっ!)

 

 そして、あるタイミングで間合いを詰めて居合い斬りを放つ。すると太刀筋をなぞるかの様に炎が横一線にバチュラムのボディに刻まれ、その炎が爆ぜると同時に、バチュラムのボディ……その天頂部分が分断される。

 

「優花!」

 

「ええ!」

 

 雫の狙い、それは巨大なボディの中を自在に動き回るのであれば、その範囲をせばめてやればいいと言うものだった。バチュラムのボディは山なりの形状をしており、天頂部分は当然狭い。ティオの攻撃を避けるべくコアが天頂部分に逃げた瞬間、ユナの剣技の一つ。爆発する斬撃“弧月一閃”を以って、天頂部分を斬り離す。流体な為、程なくボディは再び繋がり再生されるだろうが、それでも切り離された一瞬だけはコアの移動範囲は限りなく狭まる。

 

「今度は、外さないわよ!」

 

 そして、その一瞬を突いてコアにナイフをあてるぐらい投擲師たる優花には容易い事。優花がナイフを放つと、今度は4本の内、2本がコアに突き刺さる。すると、バチュラムは苦しんでるかのようにそのボディを激しくウネらせていたが、やがてコアがサラサラと砂のようになって消えると同時に、実はオアシスの水で構成されていたバチュラムのボディもただの水へと戻る。

 

「……終わった、のですか?」

 

「魔力の反応は皆無。汚染が消えたかどうかは判らぬが、少なくても原因を取り除く事は出来た筈じゃ」

 

 ティオがそう告げると同時にカナタ達も各々武器を仕舞う。以前は気炎を使えば、武器が赤熱し著しく脆くなっていたが嘗ての気炎の使い手、ユナに合わせて作られた刀は炎が消えた後も、その刀身は赤熱する事はなく変わらぬ輝きを放っている。その刀身に眼をやり、口元に笑みを浮かべながら刀を鞘に収めた。

 

「流石使徒様と言うべきですか……皆様お強いのですね」

 

「えっと……そう、ですね……」

 

 今回のバチュラム戦ではあまり見せ場が無かったと言う事もあり、ビィズの賞賛の言葉にカナタは今だ波打つオアシスに視線を向けながら少し歯切れの悪い返事を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだ?」

 

「いえ、汚染されたままです」

 

 その後、付近の農地の一角に重力魔法で立方体状の穴を開け、そこにユエの魔法で生み出した水を流し込み、当面を凌ぐ為の水源を確保したハジメ達も合流。ビィズの報告を受けランズィが部下の一人に指示を出し水質を調べさせるも、部下は落胆した様子で結果を報告した。

 

「まぁ、そう気を落とすでない。元凶がいなくなった以上、これ以上汚染が進むことはない。新鮮な水は地下水脈からいくらでも湧き出るのじゃから、上手く汚染水を排出してやれば、そう遠くないうちに元のオアシスを取り戻せよう」

 

 今までは水底にバチュラムが居た事で汚染された水が湧き出ているも同然だった。が、それが取り除かれたとなれば、地下水脈からあふれるのはただの新鮮な水。ならば後はオアシスに溜まっている汚染された水を取り除けば良いだけの事。汚染の原因が判らずに先が見えない状況に比べればと、ティオの言葉にランズィ達はすぐさま気を取り直す。

 

「……しかし、あのバチュラムらしき魔物は一体なんだったのか……新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」

 

「……ハジメ」

 

「ああ、おそらくだが……魔人族の仕業じゃないか?」

 

「!? 魔人族だと? ハジメ殿、貴殿がそう言うからには思い当たる事があるのだな?」

 

 新たな水源確保、そして汚染原因の排除。この二つの実績からもはやランズィにはハジメ達の実力を疑う気持ちは無く、彼らに大きな信頼を寄せるに至っていた。そんな彼らにハジメはオルクスで出会った女魔族と遭遇した時の話をして、魔人族側はこの様な魔物の変異種を生み出せる術を持っている事を告げた。

 

「このアンカジ公国が狙われた理由はやはり、公国が王国の食糧事情において重要な場所であるからでしょうね」

 

 要は愛子が魔人族に狙われた時と同じだ。この公国が潰れてしまえば鮮度維持の観点からエリセンから王国に卸せる魚介類の数は確実に減少し、さらには特産物である果実等のその他食料の供給にも大きな打撃を与える事が出来る。そして直接的な侵攻を行う事で人間側の警戒を買い、早期に対処されるのを防ぐ為、公国の生命線たるオアシスにバチュラムを潜ませて水を汚染。文字通り水面下で事を進めようとしていたのだろう。

 

「魔物のことは聞き及んでいる。こちらでも独自に調査はしていたが……よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは……見通しが甘かったか」

 

「まぁ、仕方ないんじゃないか? 王都でも、おそらく新種の魔物なんて情報は掴んでいないだろうし。なにせ、勇者一行が襲われたのも、つい最近だ。今頃、あちこちで大騒ぎだろうよ」

 

「いよいよ、本格的に動き出したということですか……しかし、カナタ殿……貴殿達は冒険者と名乗っていましたが……先ほどのアーティファクトや強さ、もしや貴方達も香織殿や雫殿と同じ……」

 

 ビィズの言葉にカナタは「まぁ、想像にお任せしますよ」と苦笑と共に返事を返した。

 

「……ビィズよ、その様な事は重要ではない」

 

 と、ビィズに声を掛けたランズィはハジメ達の方を向くとそのまま深く頭を下げた。

 

「アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」

 

 そして気持ちは同じなのか、王が頭を下げたという事実に驚く事も、それを止める事も無く、ビィズや他の部下達も同じ様に頭を下げ感謝を示していた。そして普通であれば「気にしなくて良い」「人として当然な事をしただけだ」と謙虚な態度を返すのが普通だが、生憎と一行のリーダーたるはハジメはそこまで殊勝ではない。

 

「ああ、たっぷり感謝してくれ。そして、決してこの巨大な恩を忘れないようにな」

 

 恩着せがましいと言う言葉すら生温い程の、いっそ清清しいまでのストレートなハジメの言葉に、ランズィたち一同がキョトンとなるのは仕方の無いことだろう。

 

「あ、ああ。もちろんだ。末代まで覚えているとも……だが、アンカジには未だ苦しんでいる患者達が大勢いる……それも、頼めるかね?」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 医療院では、香織がシアを伴って獅子奮迅の活躍を見せていた。緊急性の高い患者から魔力を一斉に抜き取っては魔晶石にストックし、医療院のワンフロアに集めた患者の病の進行を一斉に遅らせ、同時に衰弱を回復させるよう回復魔法も行使する。そしてシアは、動けない患者達を、その剛力をもって一気に運んでいた。馬車を走らせるのではなく、馬車に詰めた患者達を馬車ごと持ち上げて、建物の上をピョンピョン飛び跳ねながら他の施設を行ったり来たりしている。緊急性の高い患者は、香織が各施設を移動するより、集めて一気に処置した方が効率的だからだ。 医療院の職員達は、上級魔法を連発したり、複数の回復魔法を当たり前のように同時行使する香織の姿に、驚愕を通り越すと深い尊敬の念を抱いたようで、今や、全員が香織の指示のもと患者達の治療に当たっていた。

 

「そっちの調子はどうだ?」

 

「あ、ハジメ君」

 

 そんな香織を中心とした彼等の元に、ハジメ達がやって来る。そして、共にいたランズィより水の確保と元凶の排除がなされた事が大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。多くの人が亡くなり、砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、絶望に包まれていた人達が笑顔を取り戻し始める。

 

「香織、俺達はこれから【グリューエン大火山】に挑む。どれくらい持ちそうだ?」

 

「そうだね、もって二日が限界だと思う」

 

 ハジメの問い掛けに香織は近くに居た患者に視線を向けながら、そう告げた。香織自身の治療に問題は無く、ストックの魔晶石がある限り持たせられる。けれど、患者自身の衰弱度合いや体力、即ちバイタル面を考慮すれば二日が限界だった。

 

「ハジメくん。私は、ここに残って患者さん達の治療をするね。静因石をお願い」

 

「任せとけ。迷宮攻略と平行して一気に終わらせてやるさ。それにミュウを人がバッタバッタと倒れて逝く場所に置いて行くわけにも行かないだろ?」

 

「ふふ……そうだね、頼りにしてる。ミュウちゃんは私がしっかり見てるから」

 

「ミュウ、行ってくる。いい子で留守番してるんだぞ?」

 

「うぅ、いい子してるの。だから、早く帰ってきて欲しいの、パパ」

 

「ああ、出来るだけ早く帰る」

 

 と、パパ振りをいかん無く発揮するハジメの様子に香織はふと何かを思いついたかのように「ハジメ君」と彼の名を呼び、自分の方に視線を向けたハジメと唇を重ねる。

 

「いってらっしゃい、あなた。……なんてね」

 

「お、おう……」

 

 ならばと、香織はさながら夫を仕事に送り出す妻の様な振る舞いをし、突然の不意打ちに声をどもらせてるハジメの様子を見て、香織は「ふふっ」と笑みを浮かべてその視線をユエに向けた。 

 

「ユエ、ハジメ君のこと、お願いね」

 

「大丈夫、任せて」

 

 と香織の言葉にユエも力強く頷いてみせたのだった。と、その場に居た住人が病気とは別の意味で吐き気を覚えたり、生暖かな視線を向けたりしている中、ハジメはその視線から逃げる様に足早にその場から立ち去り、カナタ達もその後に続く。次なる目的地はグリューエン大火山。熱砂の地に聳える灼熱の迷宮。そこで新たな敵との邂逅が待ち受けてる事を彼らはまだ知るよしも無かった。

 

 


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