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朝の光が目にかかり、
女の腕に触れていた。女は一糸まとわぬ姿で彼の方を向き、静かに寝息をたてていた。彼女の桃色の唇を見て、道留は昨日この女と体を重ねたことを思い出す。
長い黒髪のこの女と彼は何ヵ月か前に合コンで知り合った。白いワンピースが似合いそうな清楚な顔して中身は肉食系だ。めちゃくちゃビッチである。
経験人数と何Pまでやったことがあるかを道留が聞いたことがある。そのとき女は三十人以上で5Pが最大だと笑いながら答えていた。
「あたしの口と穴が全部塞がってるとき、あまりの男どうしてたと思う?自分でしごいてたの!ウケルよね!」
そんな過激なことを言っていた彼女の顔は、道留の学校に居てもおかしくないくらいのお嬢様系美人だ。長いまつげもくっきりとしたまぶたも、茶色味がかった瞳も人工物ではない。そんな女が性欲の権化。ちぐはぐさが面白くて、なんだかとてもいい。そんなことを道留は思っている。
そう、この女のことを道留は気に入っていた。ちゃんと彼が個人的に定義したセックスフレンドという関係をわかってるからである。
『ムラムラしたら会って、ヤッて、お互い出すもん出して、それで終わりの関係。お互いのことを必要以上に知ろうとすることはない』
これが彼によるセックスフレンドの定義である。
体を何度か重ねたら、関係を深めたいとかなんとか言ってくる女がいるが、本当にこの子を見習ってほしいと道留は常々思っていた。
俺は貴女方をオナホと同じ目で見てるんです。わかってください。このままの関係では満足できないと言われる度に、彼はそう言いたくなる。
一度とある女にそれを正直に伝えたら、女がメンヘラと化した経験が彼にはあった。彼は女のスマホから自分の連絡先を消去してうまく逃げおおせた。セックスも下手だったし、ホントにどうしようもない女だったことを覚えている。
時計を見る。朝の九時過ぎ。学校は既に始まっている。彼は午前中をサボる決意をした。女を抱き寄せる。女がうっすらと目を開けた。
「もう一回」彼は彼女の耳元で囁いた。
「眠いから、後ろから入れて一人で振ってて」女は気だるげに言うとうつ伏せになった。
寝バックね。彼は彼女の指示に従うため、のそりと上体を起こした。
○
ホテルを出たのが十時。着替えるために家に帰ると十時半。身支度を整え、早めの飯を食うと十一時半。学校についたのが十二時十五分。昼休みだ。
教室に行ってもつまらないだろうから昇降口からと彼はそのまま生徒会室へ向かった。
大きな木の扉の前に来ると聞き耳を立てた。白銀とかぐやの声。藤原の声も聞こえる。彼は扉を開けた。
「あ、道留くん、おはよー!」藤原が彼に気づいた。
「もう昼だけどね」彼は笑った。
「また寝坊か?」白銀が聞く。
「そう。いかんね、低血圧ってのは」彼は頭をかく。
道留はソファーにどっぷりと体を預けて目を閉じる。とても心地いい。
「出席日数は問題ないんですか?」かぐやが言った。
自分が寝坊なんてしていないことに気づいているらしい。流石はかぐや様だ。彼は言った。
「大丈夫。ちゃんと数えてますから。このペースでいけばギリギリ足ります」
かぐやは顔をしかめた。サボるという文化が彼女にはないのだ。
「テストの成績さえよければ素行がいくら悪かろうと構わないってのが家の方針なので」その反応を見た道留は付け加えた。
「ところで」道留は言いながらチケットを二枚机の上へ置く。
「遊園地のチケット二枚当てたんだけど、絶叫系ニガテだし行く相手も居ないんで、だれか貰ってくれません?」
彼とかぐやの目があった。かぐやの目の輝きは先程とはまるで違う。彼女は道留に向かって本当に若干ほほえんだ。
道留がかぐや様からの心証を悪くせずにやってこれているのは、このように定期的に彼女に攻撃のきっかけを与えているからである。
「最近できたところですね、これ」かぐやはチケットを拾い上げて言った。「超高速のジェットコースターが売りなんですよね?」
「うん。それにお化け屋敷もあるみたい。なかなか凝ってるらしいですよ」道留は言いながらパンフレットをかぐやに渡した。
「会長はこういうの得意なんですか?」かぐやが仕掛け始めた。なにか方法を思い付いたらしい。さすがの頭脳だなと道留は感心した。後はもう彼にできることは一つだけである。
「ねぇ千花ちゃん、西口にさぁ、スイーツ食べ放題の店できるって話知ってる?」
それは藤原千花の制御!
藤原の天真爛漫さから来る予想不可能な言動の数々。それらは天才たちの計算を狂わせる厄介なウイルスだ。
しかしそれらは人間らしい自由な発想の賜物である!
人間は論理的思考を覚えると直線を引くように連続した思考ばかりを行うようになる。その連続こそが論理であり、成長だからだ。
しかしそれは一つの関数を追いかけているだけである!別の関数へ急に飛び移ることはできない!
藤原の思考はデカルト平面上の点を自由に飛び回ることができるものであり、そして同時に関数を追いかけることも可能。機械には真似することができない!
そんな彼女を制御するにはどうすべきか?
確実にそして完全に制御する方法は無い。しかし大まかな方向付けをすることは可能である。
興味を引けたならば!
「えっ!初耳です!」藤原は目を輝かせた。
「なんかね、バイキング方式みたい。メニューもいっぱいあるみたいだよ」
「なんてお店ですか?」
「スイーツユートピア。略してスイピア」
「スイピア!聞いたことあります!」
「チェーン店だからね。行ったことは?」
「ないです。行ってみたいんですけどいまカロリー気にしてて」彼女はそう言ってお腹を撫でた。
「気にするような体型じゃないでしょ」道留は本心で言った。
「そうですかね~」
「見た目で太ったってわかんなきゃセーフだろ。千花ちゃんは全然そんな感じしない」
彼女はある一点を除いてスレンダーである。もちろんその一点とはおっぱいである。たわわである。爆乳である。この子がこの学校の生徒じゃなかったら、道留はまず間違いなく手を出していた。
「そうですかそうですか。道留くんに言われると何だか安心しちゃいますね~」
女に詳しい俺に言われると、ってことだろうか。道留はそう思った。あえて聞こうとはしないけれど。
余裕が出てきた道留はかぐやと白銀の戦いに耳を傾ける。
「凄い怖いみたいですね、お化け屋敷。私こういうの苦手なんですけど興味はあって......」かぐやはパンフレットを見ながら言った。
「そうなのか。怖いもの見たさというヤツだな」白銀が言う。
おそらくかぐやの作戦は、ジェットコースターやお化け屋敷などに対する弱味をみせ、庇護欲をそそらせるものだと道留は予想した。彼女が普段しっかりものであるがゆえに、そこに生まれるギャップは童貞を殺すレベルのもの。そう、庇護欲+ギャップ萌え。効果は絶大である。
彼女らが繰り広げるのは恋愛頭脳戦!
自分のプライドを守りつつ、つまり自らは告白せずに相手と恋人関係になりたい。ゆえに相手を告白させる必要がある。彼らはその特異的な頭脳を用い、相手の行動を計算し、告白させんと策を編む。
道留は彼らの思惑に気づいた当初、どっちでもいいから早く告れよと思いはした。しかし、この状況もこれはこれでなかなかに面白いことを発見。以来、彼らに戦いのきっかけを提供している。
白銀は迷っているようだった。当たり前のことだ。ここで飛び付けば自己に不利にはたらき、飛び付かなければかぐやとイチャイチャはできない。
西園庶務と藤原書記を巻き込むか?しかし石上会計が落ち込むかもしれない。じゃあ生徒会全員で?いや結局藤原書記がいる場合、満足する結果には至らない可能性が著しく高い。断るという選択肢は?あるわけがない。
そんなことを考えているのが道留には丸分かりだった。
はよ誘えよ。面白いからもう少し続けててもらっても構わないけど。彼はそう思った。
「こういうところには本物の霊も集まってくるっていいますよね。そうしたら私、頼れる人がいないと......」かぐやは押した。
その判断は間違っていない。ぐらついているなら押すべきだと道留も考える。しかし、彼女の言葉の何かが道留の頭に引っ掛かった。
彼が藤原を制御するために作成した、藤原の興味あること一覧。その中に、確か......
失態だ。彼は悟った。
「本物が出るんですか!?」藤原は彼らの話に首を突っ込んだ。
そう、彼女は最近オカルトに興味を示しているのだ。完全に道留の油断が招いた事態である。
かぐやは動揺していた。
「え、ええ。そういう話を聞いたことがあります」
「じゃあ道留くん!この二枚、わたしとかぐやさんで貰っていいですか?」藤原が二枚を手にとって笑う。
「もちろん」彼は言った。彼には他に言いようがない。
かぐやは唖然としている。彼女も藤原の誘いを断るわけにはいかない。
道留は白銀が自分を見ていることに気がついた。懇願するような目をしているが、その自覚はきっと彼にはない。
わかってるよ。例え二人きりじゃなくとも、だろ?
「やっぱそれ、俺らも行くわ。だろ?白銀」道留はそう切り出した。
「なら石上も誘わないとな」白銀は嬉しそうに言った。
「行きましょ行きましょ~!」藤原がはしゃぐ。
「じゃあ白銀、オフの日教えて」
○
予定をたて終わると昼休みもう終わりそうだったので、みんな教室へ戻った。
道留はかぐやと同じ一組だ。教室に入ると男連中が、彼の遅刻を笑って指摘する。談笑に興じるほどの時間もなかったし、なんだか眠たかったので道留は自分の席に戻り、窓の外を眺めた。
体育の準備をする一年生がグラウンドに集まっていた。その中には、生徒会の後輩である石上の姿もあった。二人組を作るとき、あいつは先生と組むのだろうか。その場面を少し見てみたい気もする。だがすぐに彼を囲む群衆の頭の悪さに気分を害され、腕を枕に机に伏した。ああいう群衆が炎上騒ぎを盛り上げたり、大戦中のドイツのようなジェノサイドに喜んで手を貸すのだろう。行動原理は全て、大衆への帰属意識だ。
これは考えていて楽しいことではなかったので、道留はまぶたの暗闇の中で何も考えないように努めた。しかしかぐやと白銀のことがカットインしてきたので、彼はその話題を取り上げる。
白銀はかぐやが好きで、かぐやは白銀が好き。相手に告らせようとするやり取りは見ていて微笑ましく、そのまま小説か何かになっても売れそうなほどキレイだ。
彼らの恋愛を道留が応援している理由は、ひとつは単なる友人の幸せを願う気持ちからだが、もうひとつは滑稽で面白いからである。
結局、彼らがしたいのはセックスだ。キレイに砂糖でコーティングしているけれど、中心にあるのは不快な臭いのする白濁した欲だ。どんなに取り繕ってもそれは揺るがない。この学校のトップ二人がそんなことにも気づかず、動物的で汚ならしい本能を大切に抱え込んでいるのが滑稽なのだ。道留としてはもっと素直になるべきだと主張したいくらいだ。
そして今、あの二人を、真面目に恋愛をする連中を下に見た考え方をするのは、自分の立場を正当化するためかもしれないと思い至る。それは批判しないと自分の論理が正しいと確信を持てないということとほぼ同義であり、主観が多分に含まれているということだ。主観というのは願望と同じことである。
じゃあどうして自分は彼らの恋愛観を否定するのか、つまり、どうして否定したいのか。答えはそれが欲しいのに、手に入らないから。良くある動機だ。ブサイク男がイケメンを嫌うのと同じ動機。
つまり俺は、彼らのことが羨ましいのか?
彼はその問いかけに答えを出せなかった。あるいは出したくなかったのかもしれない。そして頭の中の大きな矛盾を許せない気持ちが膨らんでいった。
「ここにセリフあって」ここに地の文ある。「そしてここにセリフが続くというのを改行なしで書く私のやり方は読みにくい?」
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読みにくい
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少し気になる
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別に気にしない
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むしろ読みやすい