そしてヤ●チンは愛を知る   作:林太郎

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彼はそれが夢だと気づいた。だって窓の向こうの庭で、葵が小さな手を振っている。妹を挟んで両親が立っていた。みんな笑顔だ。懐かしいな、と思う。

 

母の趣味はガーデニングだった。広大な庭だったから一人でやるのは大変だったろう。けれど楽しそうだった。庭の話をするといつもにこやかに語り出すのだ。去年芽を出さなかった球根がさっき見たら育っていたよ、とか。手を入れるところは入れて、自然に任せるところは任せるのが彼女のやり方だった。その結果、リビングの窓からは過度に整えられすぎていない自然が臨めた。

 

家を建てた日に貰ってきたという樫の木が日陰を作っている。そこへ枝葉の合間から光が降っていた。三人はそこに立っている。三人は当時の姿のままだった。親は若く、葵は小さな少女のままだ。ガラスに反射した自分だけが、歳をとっている。

 

きっと夏だ。彼はそう思った。しかし蝉の声はしない。窓の向こうからはなんの音もしなかった。

彼は鍵を開ようと手を伸ばした。三人と話がしたい。

 

俺だけ生き延びてごめん。

 

もう疲れていた。考えるのを止めて、眠りたかった。

 

眠気が心地いいのは、きっと寝ている状態が正常だから。

 

意識がない状態が正常なら、生きていることは不自然じゃないのか。

 

生きている、という病。だから生まれたときに赤ん坊は泣くんだろう。ずっと、眠っていたかったのにって。

 

異常であり続ける意味はなんだ。

 

脳裏に浮かぶ生者の顔はない。しかしやらねばならないことはあった。

 

鍵にかけた指を引っ込める。まだ早い。

 

母親と目が合い、彼女の口がゆっくり動いた。

 

なんて言っているか分からなかった。

 

「見ていて」

 

そう答えて目を閉じた。夢はもういい。あとでいくらでも浸れる。

 

息を止める。

 

有限に挨拶をする。彼は道留と名乗った。

 

呼べるものなら僕の名前を呼んでみて。

 

誰か呼んで。

 

中指を喉の奥へ入れ、胃の中身を足元へ広げる。

 

吐瀉物は曼荼羅に似ていた。

 

不快さが体を食べていく。

 

病が全身へ転移していくように。

 

こうして彼は目覚める。夢から戻る方法を知っている。

 

 

 

 

「あ〜!やっと起きた!」

 

目を覚ました道留をまず迎えたのは藤原の愉快な声と新幹線の薄い走行音だった。熱海へ向かう新幹線の中だと思い出す。

 

「ごめん、そんな寝てた?」目をかきながら尋ねた。

 

「一時間半くらい?乗ってからずっと寝てたよ」藤原が時計を見て答える。

 

「じゃああと三十分くらいか」言いながら窓の外を見る。地名はわからなかった。

 

「四宮はもう着く頃か」白銀が言った。

 

かぐやは新幹線に乗る他のメンバーとは別で一足先に車で現地へと向かっていた。彼女の家は新幹線よりも護衛車付きの高速道路の方が安全だと判断したらしい。

 

旅行まではあっという間だった。何も無かった訳では無い。藤原と道留がせっせと旅行を計画する横でかぐやと白銀は業務をこなした。

 

その間、その二人は例のごとく頭をはたらかせて遠回りを続けていたし、道留は一人の彼女と別れ二人の彼女を作った。

 

「凄い別荘なんでしょうね」石上がボソリと言う。「めっちゃ広そう」

 

「確かに」道留はペットボトルの蓋を回しながら言った。「楽しみだな」

 

「藤原はこの旅行、何を一番楽しみにしてる?」白銀がずっとにまにましている藤原に聞いた。

 

「やっぱり海ですよ海!熱海のプライベートビーチですよ!?」

 

「海、か……」

 

白銀が複雑な顔をして言った。彼が泳げないのは知っている。海水浴にはあまり乗り気でないのだろう。その一方でかぐやの水着姿を拝める。そういう複雑さだろう。

 

「海ねぇ」道留が小さくつぶやく。

 

海は嫌いだ。

 

 

 

 

波音が海面を駆け回る太陽光と共に、砂浜を満たそうとしていた。その隙間を縫うように藤原とかぐやの楽しげな声が道留のいるパラソルの下まで聞こえてくる。石上と白銀は波打ち際で砂の城の大規模建設に取り組んでいた。

 

この旅行を企画してよかった。彼らの笑顔(と藤原の水着姿)を見て、道留は心からそう思った。藤原のたわわは、かぐやの前で踊り狂っている。

 

普段ならば巨乳への嫉妬で偏差値が3になるかぐやも、みんなで旅行という状況ではそんな心の隙間などないのだろうか。彼女も笑顔で波打ち際で藤原とじゃれあっている。

 

願わくばかぐやと白銀が距離を縮める、というよりも、素直になるきっかけになって欲しい。イベント尽くしの三日間だ。あんなふたりでも、もしかしたら……。

 

「泳がないんですか」と後ろから早坂の声がした。

 

体を捻って後ろを見てみると、彼女はこちらに背中を向けて座っていた。暑苦しそうな執事服を身につけている。早坂が話しかけてきたのに驚きはなかった。遅かれ早かれこうなると思っていから。

 

彼女は男装して旅行に参加していた。藤原の目を欺くためにはそうするしかないのだと、以前聞いた覚えがある。

 

「泳げなくてね」

 

「体の傷、見せたくないんですか?」

 

久しく話していなかったから朧気になっていたが、彼女は中々に鋭い。いつまでもTシャツを着ていることと飛行機事故を関連付けて泳げないのが嘘という結論に至ったのだろう。彼が無言でいると彼女は続けて口を開いた。

 

「行けばいいのに。誰も気にしないと思いますよ」

 

「余計なお世話だよ」

 

そう言うと彼女は話さなくなった。夏のビーチで古傷の話は重すぎるから、それでいいと道留は思った。

 

「そう言えば藤原の前では早坂のこと、なんて呼べばいいの?」

 

「ハーサカ君、でお願いします」

 

「大変そうだな、相変わらず」

 

「仕事ですから」

 

俺との仲違いを彼女はどう処理したのだろう、と道留は考えた。こういう人間もいるだろうと寛大な心で許容されたのだろうか。気になったがこういう話題を今出すのは悪手だとわかっている。

 

悪手?何において?

 

答えを探す思考は早坂の発言によって断たれた。

 

「かぐや様たち、この旅行で進展すると思いますか?」

 

「難しいだろ。今まで散々お膳立てしてきたのに成果無かったからな」彼は現実的なことを言った。

 

「でしょうね」

 

眺めていた砂の城の一部が大きく崩れた。現場の二人はてんやわんやだ。楽しそうだ、と思う。混ざろうと思い、立ち上がろうとして、やっぱりやめた。

 

「行かないんですか?」

 

「うん」

 

「どうして?」

 

「どうしてかな……」あまりよく考えなかったのが本音である。そのはずだ。

 

藤原が遠くで手を振っている。それに応えた。

 

 

 

 

 

 

早坂は四宮が海から上がるのを見ると、キッチンで料理を始めた。

 

この旅行に帯同した四宮家の人間は、ボディーガードが2人と早坂の三人だけだ。シェフがいないので、食事の用意は彼女の仕事だった。

 

野菜の皮を剥き、切る。数が多いので単純な作業をしばらく続ける必要があった。単純作業にはいつも、雑念がするりと思考へ入り込む。

 

恋に落ちている状態では、相手の言葉の全てが、行動の端々が、自分の感情を鋭敏にさせる。期待したり焦ったり、とにかく、心が勝手に動き回る。

 

彼が白銀と石上の遊びに混ざらないのは、自分が行けば私が一人になってしまうのを気にしてではないか?例えばそんな期待。

 

傷なんてきっとみんな気にしないと善意で言ったつもりが、余計なお世話だと返された。彼に嫌われたかもなんて、そんな焦り。

 

パラソルの下での会話は少なかった。どんな話をしていいか分からなかったし、彼も話題をほとんど振らなかった。

 

つまらない女、と思われただろうか。話してて楽しい女がモテる、というのはよく聞く話だ。実際、彼が遊んでいる女の子たちも明るくて楽しそうな雰囲気の子ばかり。

 

彼の好みに寄せるべきなんだろうかと思う。けれど、そうしたくない自分がいることに気づいた。

 

自分も主人と同様にプライドは高いらしい。

 

ため息をつく。そんなことを言っている場合ではないのだ。この旅行で何も関係を発展させることが出来なければ、今後彼との関係はただのクラスメイトへと落ち着いていくことが予想させた。お互いの秘密を共有していても、それは変わらない。

 

彼女は作戦を練ろうとする。まずは確実なところから基盤を作るべきだ。

 

顔がいいと思ってくれているのは事実だ。過去にそう言っていた。

 

……いや、あれが世辞だった可能性は充分ある。ただのコミュニケーションの一環だったのかもしれない。

 

自分の見た目には自信を持っていたはずなのに。自分の最大の武器だったはずなのに。

 

彼にそれが通用するのだろうか。そんな不安が美しさから由来する力を疑わせた。

 

積極性を失ってはダメだ。彼女は一度思考をストップさせ、再起動を試みた。ぎゅっと目を瞑り、整理して、開く。

 

私が平均よりずっと、優れた美貌を持っていることは客観的な事実だ。顔だけでなく、スタイルも含めて魅力的なものだ。だからこれは武器になる。

 

これを生かした戦法をとればいい。

 

私が彼に恋心を抱いているということは知られていない。どうせ彼のことだから可能性のひとつとして記憶領域に保管されているだろうけれど、もっとも可能性の低い仮説として埃を被っていることだろう。

 

早坂愛が自分に付きまとってくるのは、パーソナリティが似ている人間を見つけ理解し合いたいから。そのような解釈を彼がしているのならば、そこが弱点だ。

 

自分に恋愛感情など向けていない思っていた女、それも顔もスタイル良い女からの急激なアプローチ。これを軸に詳細を練り上げていこう。

 

二人きりになる環境を作らねばならない。幸いにもこの別荘には各々に部屋を貸してもまだ余るほど、多数の部屋がある。かぐやと藤原、白銀と石上は広めの部屋に二人で寝るらしいが、道留は寝るときくらいは落ち着きたいからと、一人部屋に寝ることになっている。

 

彼の寝室へ行けばいい。単純なことだ。あとはその時間をいつ、どれだけとれるかだ。

 

そう思ったときに、包丁を持つ自分の手がいつからか止まっていたことに気づいた。仕事は全然終わっていない。

 

時計をちらりと見て、彼女は必死に野菜を刻んでいった。

 

彼女の恋愛頭脳戦はもうすぐ始まる。

 

 

 

 

夕飯はカレーだった。白銀はルーに絡めた白米を口へ運ぶ。執事のハーサカ君が1人で作ったものらしい。この人数のものを1人で調理するのは大変だったろう。

 

本人を労いたくても、彼は自室で一人で食べるそうだ。明日は手伝おうと思う。

 

「美味いな」道留がぼやく。

 

「習った方がいいんじゃないか?お前自炊全然ダメだから」白銀が言った。

 

「嫌だ。料理は女の仕事だ」

 

彼の思想たっぷりの発言(冗談なのはわかっているが)に全員から口々に指摘が入った。

 

「先輩、その昭和的考え方はちょっと引きます」と石上が言えば、「主夫って言葉ももうあるんですよ!」と藤原が言う。

 

「俺だって男だけど、当たり前のように料理するぞ」と説得にかかると、「そうですよ!会長みたいに料理できた方が素敵です!」とかぐやが言った。

 

会長みたいに料理できた方が素敵……?

 

唐突に白銀の頭脳戦が始まった。

 

何故、普段は見せない隙を晒したのか。これは彼女の策なのか?いや、旅行という非日常感が、彼女を油断させたのだろうか。わからない。少しつつかないとわからない。

 

「ほう、四宮も料理できた男の方が素敵だと思うのか」

 

四宮もその方がいいと言ってるんだから料理くらいしなよ、と道留を説得する。これはそんなオブラートで包んだ発言だ。しかし同時に、自分の話したい内容へつなげる意図のある質問だ。

 

「ええ、そうですね。やはりこの時代、そういう殿方には好印象を覚えます」

 

四宮の表情にゆらぎはない。さて、次はどういう手を打とう。彼が電光のような素早さで答えを求め、口を動かそうとしたとき、先に道留が発言した。

 

「白銀みたいに?」

 

道留のナイスパスだった。白銀から「俺みたいにか?」と言うことは不可能。故に彼が言う必要があった。

 

「ええ、会長みたいに食費をやりくりしながら料理をする方は、男女問わず、人として尊敬できます」

 

あぁ逃げ切られた。彼らの間には、このような恋愛小競り合いが頻発している。道留が加担することも多くなったが、敵になることも同じくらいある。結局のところ、彼の目的は俺たちをくっつけることであって、その過程にこだわっていないんだろう。白銀はそう思っている。

 

「だってさ、道留。頑張れ」彼は少し脱線した話を戻してごまかした。

 

「はいはいごめんなさーい」反省している様子はない。

 

「明日は何をするんですか?」石上が藤原に聞いた。

 

「山でバーベキューやる!」スプーンを片手ににこやかに彼女は笑った。

 

「じゃあ今夜は?まだ寝るまで時間あるけど、トランプかなんかやるの?」道留が言う。

 

「愚問ですね。もちろんですよ」

 

「イカサマすんなよ?」白銀が釘を刺すと、藤原は引きつった笑みを浮かべて「しませんよー」と言った。

 

やるつもりだなと思いながら、そういえば道留がこの手のゲームに参加するのは、もしかしたら初めてなのではと気づいた。

 

運が絡まないゲームなら彼は間違いなく強いだろう。四宮の前で恥を晒さないよう、必死で食いついていかねば。白銀はそんなことを思った。

 

彼にとっても、この旅行は大きなチャンスである。この機会を無駄にしないために、彼は様々な策をねってここに来ていた。

 

あとは石上と道留の協力があれば簡単に……!

 

そう思って道留の方を見やる。彼は何かを察して親指を立てた。

 

 

 

 

「それでは、どうしましょうかね、罰ゲーム」かぐやが口角を大きくあげて微笑んだ。

 

「勘弁してくれよ、四宮。そんなに重くないもので頼む」白銀が言った。

 

生徒会一同は夕食後、入浴を済ませ白銀と石上の部屋にてトランプに興じた。各ゲームごとに順位によって得点を決め、全てのゲームが終わったときに、総合得点一位の者が最下位の者に対する罰ゲームを決める、というルールの上で、だ。

 

そして今、一位がかぐや、最下位が白銀という結果になった。これは白銀陣営の策略によってもたらされた事態である。

 

しかしもちろん、当初は白銀が一位になりかぐやがビリという状況を目指していた。だがかぐやを最下位に蹴落とすのは流石に厳しかったのである。

 

かぐやに攻撃の機会を与えることは危険ではあるが、三人でそのカウンターを狙えばいい。プランBとして事前の会議でそう決まっていた。

 

しかし道留はそのままかぐやに攻めさせて、二人をくっつけるという腹案を持っている。

 

「うーん、悩みますね。罰ゲームですか」かぐやが微笑んで言う。

 

どうせこの人の事だ、とっくに内容を決めているだろう。道留はそう考える。では何故、悩んでるフリをしている?その罰ゲームを告げるのを躊躇しているのか。あるいは悩んでいるというアピールがしたいのか。

 

どちらにせよ、大規模な攻勢へ出ることは間違いない。

 

「では、この質問に答えてください」

 

「質問?」白銀が目を細めた。

 

「会長って恋愛してますよね?誰のことが好きなんですか?」

 

やりやがった!道留は思わず拳を握りしめる。事態が大きく動くことが彼にはわかった。

 

例えば恋愛に興味ないなどという回答。これは白銀に告白しない理由を与え、いずれ白銀は告白せざるを得ない状況に追い込まれる。

 

一般に恋愛に興味のない人間に告白しても振られるのは明白。 そうとわかっていてかぐやから告白するのは不可能。ならば白金自身が想いを伝えるしかない。いずれこのようになる。いわば遅効性の毒だ。

 

好きな人はいない。こう答えてもやはりかぐやが告白しない理由になってしまう。

 

人間的に好きな人を答えるという誤魔化しも通じないだろう。

 

しかし他の選択肢を白銀は持たない。かぐやが好きだと告げるのも、別の人が好きだと告げるのも白銀にとっては論外だ。

 

さぁ、どうする白銀。道留は白銀を見る。ポーカーフェイスを必死に貫いているが、わかる人間にはわかる。彼は動揺している。動揺したら負けだ。思考をそちらに割かねばならないから時間がかかるし、そもそも適切な答えを導けるかも危うい。

 

白銀がゆっくりと道留を見る。明らかに助けを求める目だ。

 

さて、この状況で彼を助ける方法が一つだけ存在する。白銀もその方法に気づいたのだろう。

 

が、道留はあえてそれを実行しない!彼は恋愛頭脳戦に決着がつけばそれでいいのだ!勝ち負けなんてどうでもいい!

 

「それ気になります!!学校の人ですよね!?」藤原が身を乗り出した。

 

彼女のテンションによって黙っていられない雰囲気が形成されていく。

 

「い、いや、急にそんなこと聞かれてもだな」しどろもどろな返答を白銀はした。そもそも何故俺に好きな人がいるという前提になっているのかと、自分からは言えない。退路がなくなるからだ。

 

「いいじゃないですかぁ会長〜」と藤原。

 

「そうだぞ。罰ゲームだしなこれ」と加勢する道留。

 

「そうですよ会長。俺も気になります」まさかの石上の発言。

 

お前もどっちが勝っても良い派閥だったのかと道留が思ったときだった。さらに石上が続けた。

 

「──誰かってのがどうしても無理なら、好きな人がいるかどうかだけでいいんで」

 

やられた。助け船を出された。

 

「そうですね!そこだけでも教えてくださいよぉ〜」

 

道留は舌打ちを堪えた。が、隣からチッと小さく聞こえたので見てみると、かぐやが冷徹な笑みを浮かべていた。

 

石上は話をすり替えたのだ。誰を好きなのかという質問から、好きな人がいるかどうかという質問へ。これに藤原が乗ってしまった。二人の影響で、好きな人の有無だけ答えてもらおうというのが、場全体の流れになった。

 

これが厳格な会議の中なら軌道修正も可能だろう。

 

しかし、今ここでいちばん大切なのは場の雰囲気である。この楽しげな空気感、そして流れを壊すことなく、恋愛頭脳戦は行わねばならない。

 

ここでかぐやが、罰ゲームを設定する権限は自分にしかなく、罰の変更は不当なものだと主張すれば、場の空気は盛り下がる。別に細かいことはいいじゃんか、となる。それに、そんなに必死になるのは不自然だから、帰って墓穴を掘りかねない。

 

だから、かぐやは石上の行った質問のすり替えを看過するしかない。そうなれば簡単だ。好きな人はいると答えればいい。それ以上は聞かれないし、かぐやが白銀に告白する障壁にはならない。

 

このすり替えこそが道留が唯一白銀を救う方法だった。まさか、石上がそれをやるなどとは道留は思っていなかったわけだが。

 

「好きな人、か」白銀が言う。「まぁ、いるけどな」

 

藤原が盛大な歓声をあげた。普段のキャラクターからして不自然なので道留も仕方なくはやし立てる。石上も芝居を打っていた。案外器用なヤツだと道留は思った。

 

かぐやは笑顔を張りつけている。おっかなかったので、道留はかぐやの方を見ないようにした。明日、石上は酷い目に合わないだろうか。そんな心配を柄にもなくした。

 

「まだ寝る時間じゃないですね」罰ゲームでの熱が一通り冷めた頃、藤原がそう言った。

 

確かに寝るにはまだ早いか。時計を見た道留は藤原に同意する。

 

「まだ起きているなら、飲み物を持ってきてもらいましょうか」かぐやが人差し指を立てて言った。

 

「確かに、お願いしたいな」白銀が頷いた。

 

かぐやが携帯を操作してしばらくするとドアがノックされた。ガチャリと扉が開き、(早坂扮する)ハーサカくんが入ってくる。

 

「失礼します。この辺りで採れたみかんを搾ってジュースを作りました」

 

 

「おぉー」白銀の顔がほころぶ。

 

見ればトレイの上にコップが人数分置いてある。ハーサカは、一人一人にコップを配ってまわった。白銀に配られたコップを見ると、鮮やかなオレンジ色の液体が目を引いた。

 

絶対美味しい。道留はそう思いながら自分の分を待っていた。そのときである。ハーサカが何もない所で足を滑らせた。コップは宙を舞い、そしてその中の液体は道留の頭頂部へ降り注ぐ。冷たさとみかんの甘い匂いを感じた。

 

「申し訳ございません!」ハーサカが頭を下げる。

 

「いや、仕方ないけど……」道留が言う。

 

あの早坂がこんなミスをするのかという一抹の疑念はあったが、ミスをしない人間などいないのも確か。いや、しかし四宮のメイドが?

 

早坂はハンカチを取り出し、この大惨事をどうにかしようと困り眉で道留の顔を拭く。

 

「これはもう一度お風呂に入った方がいいかもしれませんね」かぐやはティッシュで床を掃除しながら言った。

 

道留はそれに同意した。

 

 

 

 

トランプをやる前。道留は大浴場ではなく、自室のシャワーで入浴を済ませた。体の傷を石上と白銀に見せたくなかったからである。

 

だが、大浴場を独占できる今は違う。広い浴槽と目の前に広がる海を堪能していた。

 

半露天風呂とでもいうのだろうか。屋根のあるバルコニーのような所に風呂がある。暗くて景色はほとんど見えないが、波音はここまで聞こえる。それが心地よかった。

 

ジュースを浴びせたのがもし故意なら、自分にこの風呂を堪能して欲しかったのかもしれない。頬を叩いた償いのつもりだろうか。そんなことを考える。

 

今日は楽しかった。けど後ろ髪を引かれるほどではない。何があっても学校を辞める。彼らとの関係は絶たなければならない。

 

なんでこんなことを考えている。ほっとしているのか、残念がっているのか、どちらだろう。

 

彼らが自分の決断を曲げさせるほど大きな存在ではないこと。これを自分はどう評価しているのだろう。

 

結論を出したくなかった。

 

突然、ガラッと背後の引き戸が音を立てた。

 

白銀が一人でいる俺を気遣って入ってきたのだろうか。あるいは石上とセットか。ありがたいがお節介だ。体の傷を見られたくない。それに散々ひとりが好きだと今までアピールしてきたじゃないか。

 

彼をどう拒もう。そう思いながら振り向いて、タオル一枚だけ身につけた彼女の姿に、目を見開く。

 

「……何してんだよ、お前」

 

早坂が答える。

 

「あんま見ないでもらえます?」




通知よ飛べ。

「ここにセリフあって」ここに地の文ある。「そしてここにセリフが続くというのを改行なしで書く私のやり方は読みにくい?」

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