そしてヤ●チンは愛を知る   作:林太郎

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 ある日の放課後、西園道留は後輩の女の子に校舎裏に呼び出された。

 

 指定された時間ぴったりにそこに行く。彼を呼び出した後輩は既にそこにいた。特徴らしい特徴は無い。素朴な感じ。しかしそれでいて顔立ちは結構整っている。典型的なお嬢様だ。道留の登場により彼女の緊張は最高潮に達したらしい。顔がみるみる赤くなって、うつむいた。

 

「それで、話したいことって何?」道留は優しく尋ねた。

 

「えっと、あの、覚えてますか?私が電車で、男の人に、その、触られてて」彼女は少しずつ話はじめた。「私、嫌だったのに怖くて何も言えなくて」

 

(ああ、これ、長くてめんどいタイプの告白だわ)

 

 彼は脈絡というものにそんなに興味がない。だから要点のみを抽出して、手短に言ってほしかった。

 

「それに先輩が気づいて、男の人の手を掴んで、次の駅で降りてくれて、駅員さんに何があったか説明してくれて、私不安だったんですけど先輩が大丈夫って声かけてくれたおかげで耐えられました」緊張のためか、少しおかしい日本語で彼女は言った。

 

「警察の聴取が長引いても先輩は嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれて」

 

 道留は真剣な顔をして聞いていた。断るとはいえ彼女の気持ちはしっかりと受け止めたかったのだ。

 

「それ以来、先輩は、廊下とかで私に声をかけてくれるようになって、それが嬉しくて」

 

 彼女の緊張は話しているうちにいくらか和らいだようだ。彼女は顔をあげた。道留の目を見つめる。

 

「先輩は優しくて男らしくて、それにとってもかっこよくて、気がついたら目で追うようになっていて」

 

 道留はもうすでに申し訳なさで一杯になっていた。

 

「私、先輩が好きです。付き合ってください」彼女は勇気を振り絞るように言った。

 

 一拍おいて、道留が口を開く。

 

「ごめん、君をそういう目で見たことはなかったし、これから見れるとは思えない。ここだけの話、いま彼女いるしさ」優しい口調を心がけて言った。「仲いい後輩だとは思ってたんだけど、ごめんね、勘違いさせちゃったね」

 

 彼女は目を一瞬見開いて、顔を歪めた。鼻をすする音が聞こえてくる。やがて嗚咽混じりに何かを言おうとしはじめた。口の端がひくひくしている。

 

(そんな簡単に泣くかね)

 

 道留は思ったが顔には出さなかった。代わりに少し困ったような表情を浮かべる。

 

「せ、先輩がぁ...」彼女はそこで言葉を切った。苦しそうだ。

 

「大丈夫、落ち着いて。ゆっくりでいいよ」道留は優しく言った。ハンカチを取り出して彼女に渡した。

 

 そしてすぐそれが悪手だったと思い直す。その言葉と行動で彼女はますます泣き出したからだ。

 

 彼女が落ち着くまでそこそこ時間がかかった。やがて泣かないように表情をきっと結んで話はじめる。

 

「先輩が、色んな女の人と、ホテルに行ってるって、本当ですか?」

 

 彼女の質問は、彼には予想外だった。けれど否定する理由は何もない。俺に幻滅して精神を安定させたいのならそうさせてあげるべきだ。彼はそう判断した。

 

「本当だよ」

 

「彼女がいるのに?」

 

「誉められた話じゃないのはわかってるよ」彼は悪びれた様子なく言った。

 

 彼には本当に付き合っている女がいる。セフレとは別にだ。もちろんここの学校の生徒ではない。しかし道留の前に立つこの女がそれを信じたかどうかは怪しかった。

 

「そうですか...」彼女はそう言って、しばらくうつむき、黙っていた。驚いてはいなかった。道留が遊び歩いているのをほとんど確信していたのだろう。

 

 けれど彼女は何かを考えていて、迷っている。道留が彼女の言葉を待っていると、しばらくして決意したように顔をあげた。

 

「私、私の初めてを、全部先輩にあげます」彼女は道留に近づきながら言った。

 

「好きだなんて言わなくていいです。何番目でもいいです。けど、付き合うことができないならせめて、せめて!」彼女は道留の手をとった。

 

「私の体を、使ってください」言いながら彼の手を自分の胸に押し当てる。道留は、服越しに柔らかさと暖かさを感じた。彼女と目が合う。睫毛に付いた涙が光を受けてきらめいた。

 

「無理」彼は短く言った。手を振り払う。

 

(こんなに馬鹿だとは思ってなかった)

 

 道留はこの女に呆れていた。視野が狭すぎる。自分よりいい男なんて、ちょっとこの学校を一回りすれば何人も見つかる。おとなしく振られて、新しい恋をしたらいいのに、全然周りが見えてない。

 

「何で、ですか?」女は聞いた。

 

 自分の何がこの女を駆り立てているのかを道留は理解できない。

 

「お前さ、そのくらい自分で考えなよ」低い声で言った。お前のことが大嫌いです、という表情を作った。

 

 女はある程度ショックを受けたらしいがまだそこに立っている。目が潤んでいた。

 

 あと一押しだ。彼は言葉を考え始めた。彼女がまた鼻をすすり出す。

 

 私の何がダメなんですか?

 

 たぶん彼女はそう言った。嗚咽混じりだったのではっきりと聞き取ることは、道留にはできなかった。

 

「鏡って見たことある?」道留は淡々と言った。

 

 それを聞いた途端、女は顔を歪めた。踵を返すと走り去っていった。悪手だったかもしれない。自分に不利な噂が広まらないといいけどと思う。

 

 

 告白してくれたところまではきちんと扱ってあげようという気持ちがあったが、今は憤りが感情の半分くらいを占めていた。不思議だった。だから何で自分がこんなに怒っているのか考えはじめた。自分で自分がわからない。わからないと今度はそれが原因で腹が立つ。考えなくてはならない。

 

 そしてこういう難しいことについて思考を進めるには、煙草が必要だ。

 

 彼は内ポケットに入っている煙草の箱から一本取り出して口に加えた。臭いをつけるわけにはいかないので学ランを脱ぎつつ、焼却炉の影へと向かう。

 

 そこは彼のお気に入りの場所だ。考え事があるとここに来て、問題が解決するまで何本も吸う。吸い殻は焼却炉の中に投げておけば誰かが燃やしてくれるし、何しろここには人が来ない。未成年の喫煙所としてはなかなか都合のいい場所だ。

 

 歩きながらライターを出して、フタを開ける。このときのカシャリという音が彼は好きだ。焼却炉の影を覗く。

 

 先客がいた。先客がいたこと自体が意外なのに、その人物も意外だった。

 

「それ犯罪だよ~西園くん」早坂愛が笑った。

 

 彼女は道留のクラスメイトだ。アイルランドの血が混ざってるらしい。めっちゃ可愛いきゃぴきゃぴ系女子。当然人気が出るけれど、彼氏がいるとかいたとか、そういう話は一切聞こえてこない。つまり、たぶんかなりの面食いだと道留は勝手に思っている。

 

(で、こんなところで何してんだ?こいつ)

 

 未解決問題の上に新たな問題が塗られた。

 

「誰かに言う?言わない?」彼はタバコを咥えたままふにゃふにゃと聞いた。

 

「言わないけどさー、体に悪いよーそれ」

 

「お気遣いどーも」彼は言うとフリントを回して火をつけた。

 

 息を吸って、ゆっくり吐く。頭が冴えていく。新皮質のニューロンの繋がりが意識できた。脳が働きはじめる。モノを考えられるようになる。

 

 もう一度息を吸って、上を向いて煙を吐き出す。

 

「あの二人のこと、嫌なの?」彼は唐突に聞いた。

 

「え?」彼女は驚いていて不思議そうな顔をした。「あの二人って?」

 

「ユキとアヤネ」道留は答える。

 

 今出した名前は早坂が仲良くしている女子二人のものだ。雰囲気は三人とも大体同じだし、早坂がずば抜けているが、皆かわいい。

 

「何でそんなこと聞くわけ?嫌なわけないじゃん。好きだよ」早坂が強めの口調で言った。

 

「バイトだって嘘ついて、あいつらの誘いを断るくらいには?」

 

 早坂がバイトで忙しく、付き合いが悪いというのは仲間内では有名な話である。実際彼も、彼女が遊びの誘いをバイトを理由に断っている会話を聞いたことが何度もあった。彼女がここで無為に時間を過ごしていることから、彼女が嘘をついている可能性へと彼は思い至ったのだ。

 

 バイトが存在しなかったら、道留的にはそこそこ面白い。

 

 もっとも、今日早坂がバイトを理由に二人の誘いを断ったのかどうかを彼は知らない。そもそも誘われたかどうかも知らない。

 

 つまりこれは、賭けだ。勝てばぐっちゃぐちゃの人間関係が見えてきて面白い。負けてもどうでもいい人間から白い目で見られるだけである。

 

 結果は明らかだった。彼女の目付きが少し変わったからだ。

 

「忠告しておくけどぉ、それ以上この話に足を突っ込むのはやめといた方がいーよ?てか私、ユキのこともアヤネのことも好きだしぃ」

 

 この忠告を道留は面白がった。

 

「足突っ込むと、どうなるの?」道留は聞いた。

 

「教えなーい」彼女の声のトーンは変わらない。

 

 なるほど、と彼は思った。具体例を挙げると隠している秘密に繋がる情報を晒してしまうことになるのだろうと判断する。忠告がはったりで、具体的な内容を聞かれてとっさに答えられなかったという可能性は彼女が偏差値七十の秀知院の生徒だから排除した。

 

 深読みかもしれないと道留は少し思ったが、この判断を信じることにした。なぜならきっと方向性は恐らく合っているからだ。早坂が何か大きな秘密を隠していることはほとんど事実である。彼女がこんなところに居る理由を探ればその秘密が見えてくることも確かだ。

 

「お前、誰?」ふと疑問が口をついて出てくる。

 

 ほとんど無意識的な発言だ。自分の描いていた早坂愛のイメージと、今話している早坂愛との差異。言葉にしたら消えてしまいそうな微かな違和感を口にしたのだ。

 

 藤原ほど頻繁でも距離が大きくもないが、彼の思考もこうして飛躍することがある。

 

「えー?どーしたの?どういうボケ?」早坂は笑っていたが表情はどこかぎこちない。

 

「じゃあ早坂愛なの?」彼は聞きながら馬鹿な質問だなと思った。

 

「当たり前でしょ」早坂は言った。「大丈夫?頭でも打った?」

 

「かもね」道留は笑った。

 

 煙草を吸ってまた息を吐く。彼は目の前に居るこの女が誰なのかという命題を一旦置いておくことにした。

 

「じゃあお前がこんなところに居たのを言わないから、俺がこれ吸ってるのと、告白を断るのが下手すぎるってことは黙ってて」道留は言った。

 

 早坂は笑う。

 

「下手にしても、あれはないっしょ。タイプじゃ無いにしてももっとオブラートに包みなよ」

 

「馬鹿だから思いつかなかったや」彼は笑いながら言った。

 

 彼の機嫌はすっかりよくなっている。

 

「まぁとにかく、交渉は成立ね」早坂は言った。

 

 彼女が立ち上がってその場を去ろうとするのを道留は引き留める。

 

「何?」早坂が聞いた。

 

「もし告ってきた女がお前が校舎裏から出てくの見てたら、そこそこめんどいと思う。俺が先、お前が後。わかった?」道留が説明する。

 

 彼女は納得して再び焼却炉の影に腰かけた。道留はまだ3分の1ほど残った煙草を焼却炉の奥に投げ入れる。そして校舎裏を去ろうと何メートルか歩き、我慢できずに振り向く。

 

「最後にどうしてそこに居たかだけ教えてくんね?」

 

「その質問、最初にするヤツじゃない?」早坂は笑って「ちょっと時間を潰したくてさ」と答える。

 

 道留に向けて白くて指の長い手をひらひらと振る。道留はそれに応えると今度こそ校舎裏を後にした。

 

 

 

 

 

 

「何なんですか、あの男」早坂はかぐやに聞いた。

 

 黒塗り高級車の後部座席。運転手を含めこの場には彼女の秘密を知っている人間しかいない。

 

「あの男って?」かぐやが聞く。

 

「西園道留です」早坂が答えた。

 

「ああ、彼ね」かぐやが答えた。表情は変わらない。

 

「なかなか面白い人間よね、彼は」

 

 早坂は頷かない。かぐやの次の言葉を待つ。

 

「どこまで知られましたか?」かぐやが聞く。

 

「まだ何も。演じていることを含めて」

 

「けど疑われてはいるのね?」

 

「お前は誰かと聞かれました」

 

かぐやは笑った。

 

「哲学的な質問ね、それ」

 

「そうでしょうか」

 

「チャラチャラしている一方で頭はすごく切れるのよね」かぐやは微かに笑った。「あなたに似てると思わない?」

 

「どこがですか」早坂は一笑に付した。

 

 どちらかと言えばかぐやに似ていると彼女は思った。

 

「私は演じていて、彼は素でああなんです。全然違います」

 

「そう」かぐやは窓の外を見ながら言った。「万が一のために何か打つ手を考えておいた方が得策ですね」

 

「そうですね」早坂は答える。

 

 忠告はした。具体的な情報を避けるため曖昧な脅しになったから、彼が本気にしているかどうかはわからないが。

 

 とにかく、依然として彼が危険なのは確かである。早坂は頭の中のブラックリストの一番上に、西園道留を置いた。

「ここにセリフあって」ここに地の文ある。「そしてここにセリフが続くというのを改行なしで書く私のやり方は読みにくい?」

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