そしてヤ●チンは愛を知る   作:林太郎

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 呼び鈴が鳴った。白銀御幸が玄関のドアを開ける。そこには道留が立っていて、少年みたいに笑った。

 

 彼は緩いパーマをかけた茶髪にワックスを使って前髪を上げ、清潔感と流行に定義された乱雑さを付与していた。毎回毎回、セットにはかなりの時間がかかっているのではないかと白銀は予想している。耳には銀色のリングが光っていた。

 

「準備は?」道留が尋ねる。

 

「もう出られるよ」白銀は玄関に座って靴を履き始めた。

 

 遊園地に行くという話が出て二週間強たった。道留がせっせと企画し、今日がその約束の日である。

 

「圭ちゃんの私服チェックどうだった?」道留がニヤッとしながら聞く。

 

「二回引っかかった」靴紐を結びながら白銀は答えた。「今日は一発でいけると思ったんだがな」

 

 白銀圭の私服チェックが特別厳しいわけではない。白銀御幸のセンスが破綻しているのだ。

 

 その一因として、彼は以前ほとんど私服を持っていなかったことが挙げられる。家計が厳しいから服を買うお金など無かったのだ。そのため彼は休日でも制服で外に出ていた。着飾りたい欲求がなかったのでそれを不自由に思ったり、服を買いたいと思ったこともなかった。どこへ行くにも制服なのが当たり前の生活だった。

 

 その生活は道留がごみ袋いっぱいに、乱暴に詰め込まれた大量の洋服を持って彼の家を訪ねるまで続いた。

 

「これ、もう着ないやつ。捨てんのもったいないから貰ってよ」

 

 その申し出を一度は断ったが、道留が悲しそうな顔をしたのと自らの貧乏性のために受けとることになった。

 

 道留が帰った後で袋を開けてみて、白銀はやっぱり受け取らなければよかったと後悔した。袋の中からは道留の使う柔軟剤の香りではなく、新品特有の、お店の香りがした。

 

 こうして彼の手持ちの服が増え、さらに圭からのチェックが入るようになり、彼のファッションはかなり改善された。

 

 今日はふわふわとしたシルエットに見えるオーバーサイズの白いシャツに緑色のスラックス。循環する流行をしっかりと追っていた。なお、圭に直された二ヶ所とは額の上にかけたサングラスと謎のヘアピンだ。その二つだけで流行を追ったファッションは致命的な被害を受ける。

 

 一方道留は、派手で奇抜で個性的な長袖オーバーサイズ開襟シャツを七分袖になるように折り、黒いスラックスにタックインしている。ただでさえ長い彼の足はタックインにより、さらに長く見えた。

 

 靴を履いて立ち上がった白銀は彼の派手なシャツをじっと見る。ジミ・ヘンドリックスの横顔の白黒写真が手のひらくらいの大きさで秩序なくプリントされていた。所々に『Bold as Love』と印字されている。白銀は半ば反射的に『愛のごとく大胆に』と訳した。

 

「相変わらずハデだな」白銀は笑った。

 

 道留はこういう独特のシャツを何枚も持っていることを白銀は知っている。道留は流行を追わず、自分の表現のための服を選んでいるようだった。

 

「でしょ」道留は笑った。「圭ちゃんに採点してもらおうかな」彼はそう言って、圭を呼ぶ。

 

 ほどなくして現れた圭は道留の服装を見て「うわ」と言った。たしかに彼のそれは一般受けしない服装である。

 

「夜の新宿にいそう」圭は言う。

 

「バレた?」道留は笑った。「こういうの圭ちゃん的には無し?」

 

「いいと思いますけど、私は着ないかなー」圭は笑った。

 

「何点?」道留が尋ねる。

 

「70点」圭は答えた。「奇抜で普通の人は寄り付きませんよ?」

 

「確かに、お前の見た目けっこうおっかないな」白銀は言う。知り合いじゃなかったら、こんな装いの人には近づきたくない。

 

「こーゆー見た目の人間が良いことすると、ギャップで好感度めっちゃ上がるからその分お得なんですー」道留はおどけて言った。

 

 ギャップ、か。白銀は何かに使えるかもしれないと心にメモした。そして時計をちらりと見て道留に声をかける。道留も時計を見て爪先を道路へと向けた。

 

「じゃあいってらっしゃい」圭は道留を見て言った。

 

「圭ちゃんも来られたら良かったのに」道留は言った。

 

「テスト近いから」圭は笑った。「いま遊ぶのはさすがにヤバイ」

 

「お昼御飯は冷蔵庫、夜までには帰るから」白銀が言う。

 

「了解、ありがとう」圭が返す。

 

 道留がいると圭の態度が軟化することに白銀は気づいていた。

 

「んじゃ!またね」そう言って歩き出す道留のあとに白銀は続いた。

 

 

 

 

 

 

 今日は石上を除いた生徒会メンバーが遊園地で一日を過ごす日だ。その中には当然かぐやも含まれている。

 

 彼女の侍女である早坂愛は変装に変装を重ね、仲間のボディーガードらと共に客に混ざり、かぐやの安全を確保していた。 

 

 かぐやは藤原と共に入場門の近くに立ち、男二人組を待っている。

 

 単にかぐやの安全を守るだけならば、早坂は簡単に満点の対応を見せる。しかし今回は要注意人物が二人も絡んでいるのが不安だ。

 

 対象Fこと藤原千花と、対象Nこと西園道留。

 

 乱数列のごとく次の行動が全く予想できない藤原。

 

 複雑な挙動の不連続関数のような思考形態の西園。

 

 彼らを同時に学校外で相手をするとなると、早坂にもかなりの準備が必要になった。

 

 彼女は黒いかつら、暗い色の口紅、アイライン、黒っぽい服、うさぎのキャラクターのバッグを駆使し、典型的なメンヘラ女のような格好になっていた。蒼い瞳はそのままだが、その青さがかえってコスプレみたいに見えて、メンヘラっぽさをかきたてていた。

 

 男性従業員に彼氏役になってもらいながら遠巻きにかぐやの周囲に気を配る。もっとも、目付きの鋭い金髪の白銀と単純に見た目が怖い道留が側にいるのだから誰もちょっかいをかけることはきっとない。

 

 彼女には今日解決してしまいたい疑問があった。

 

(あの男はかぐや様の会長に対する気持ちに気づいているのではないか?)

 

 この遊園地に来るきっかけになったのは道留だとかぐやから聞いたとき、ふとそんなことを早坂は思ってしまったのだ。

 

 彼が単にみんなと遊びたくて今回のことを企画したのか、事情を知った上で親切心で企画したのか、事態を面白がってのことなのかを早坂は考えたが、答えは出ない。

 

 情報が不足しているからだ。早坂には彼の価値判断基準を知る必要があった。彼の思考は複雑だが、藤原ほど自由ではない。分析して効果的な情報を得ることは不可能ではないのだ。

 

『ご学友、現れました。護衛形態を次段階に移行』無線で誰かが告げた。

 

 

 

 

 

 

 かぐやの私服は鋭利なナイフみたいに白銀の心に突き刺さった。

 

 清楚という言葉を具現化したかのような純白のワンピースは彼女によく似合っていた。ついつい見てしまう。

 

 その服装の可愛さを指摘したい白銀。しかし働く自制心。『そのワンピよく似合ってるぞ』などと言ったなら赤面必至の事態を招く。そして例のごとくかぐやの『お可愛いこと』が待ち受けているのだ。白銀は悶々としていた。

 

「千花ちゃんの服かわいいね」突然、道留が言った。

 

 その言葉に白銀は思わず彼を見る。『かわいい』という直接的な言葉をさらっと口に出したことに驚いたのだ。

 

「えへへ、でしょでしょ~?」藤原は嬉しそうに言った。特別照れる様子もない。

 

 道留は藤原を女として扱うが恋愛対象として扱うことはない。そのことを藤原はよくわかっているので彼の言葉に一喜一憂することはない。仲のいい友達がいてそれがたまたま異性だった、というのが彼らの関係である。

 

 膝丈の桃色フレアスカートにふわっとした素材の白いブラウスを着ている。よく似合っているなと白銀も思う。なお、胸の主張は激しい。

 

 白銀の目線に道留が気づいてニヤッと笑った。俺に続けと言っているように見えた。本当は全部バレてるんじゃないかと白銀はたまに思う。

 

 任意的かどうかは別として、道留の言葉は白銀にかぐやの服装を誉めるチャンスを与えた。

 

 しかし白銀は知っている。道留が異性の服を誉めるのを許されたのは、道留の持つ飄々とした雰囲気と藤原との特異な関係のためであることを。

 

 しかし白銀は思い至る。道留が藤原の服装に言及した以上、男二人のどちらかが、かぐやの服装にも言及しないとかぐやが劣等感を覚えるかもしれないと言うことに。

 

(やってくれたな道留)

 

 道留はかぐやの服装に言及するつもりはないらしい。それを白銀は感じとった。それなら自分で言うしかない。

 

 彼は言葉を選び始めた。天才ゆえ、一瞬でその作業は完了する。

 

 短く息を吸う。

 

「四宮もそれ、似合ってるぞ」白銀は淡々と言った。

 

 指事語を用い、対象をぼやかした上で無関心を装うというテクニック!

 

 それでも照れを見せたら即座に敗北が決定する台詞だったが白銀はポーカーフェイスを貫き通した。

  

「ありがとうございます、会長」かぐやは俯きながら鼻の頭を手の甲で擦った。表情は見えない。

 

「じゃ、いこうか」道留がゲートへと歩きだし、三人はそれに続いた。

 

 

 

 

 休日だったので人が多かった。家族連れ、男連中で来ているグループ、女友達で来ている女子高生、そしてカップル。

 

 白銀たちと同じように男女二人ずつのグループで来ている人もいたが、恐らくはタブルデートだろうと白銀は思った。周りからは自分達もそう見えているのだろうか。そう思って少し複雑な気持ちになる。

 

 園内は広い。フリーフォール、ジェットコースターが三つ、元々ほんとうに病院だったお化け屋敷、観覧車。それらがこの遊園地の売りだ。

 

「やべー、思ってたよりでかいな」道留がゲートから最も離れたところにあるジェットコースターを見て言った。

 

「怖いんですかー?」藤原がニマニマして聞く。

 

「怖くなきゃ乗る意味なくね?」道留が言った。

 

 白銀は確かにその通りだなとは思ったが、彼に賛同することはなかった。白銀は絶叫系アトラクションが苦手である。かぐやとともに遊びに来れたのは嬉しいが、醜態さらしたくはない。できることなら絶叫系は避けたかったが、遊園地のメインディッシュである絶叫系に乗ることはもはや定め。暗黙の了解である。

 

 しかし!

 

 かぐやが乗りたくないと言えば状況は一転する。かぐや一人をベンチに座らせておくわけにはいかないので、かぐやの付き添いとして絶叫系を回避することが可能なのだ。白銀はそこに一縷の希望を見いだした。

 

「わたしジェットコースター初めてなのですごく楽しみです」かぐやが言った。呆気なく絶たれる白銀の希望。

 

「じゃあ早く乗りましょー!」はしゃぐ藤原はかぐやの後ろにまわると背中をポンポンと押しながらジェットコースターへと移動を始めた。男二人もそれに続く。

 

「お昼前に三つとも乗っちゃいたいね」道留が言う。

 

「どうしてですか?」かぐやが聞いた。

 

「そりゃあ......」道留はニヤッとした。「通行人は傘なんて持ってないからな」

 

 かぐやと白銀は青ざめた。藤原は意味がわかっていない。

 

「そんなにヤバイのか?」白銀はできるだけ平静を装って言った。

 

「あっちがヤバイってより、俺がこういうの苦手なんだよね」道留が答える。「胃のなかに食べ物入れてると大惨事よ。まぁたぶん、みんなは俺より平気だと思うよ」

 

「たぶんって......」かぐやが呟いた。不安げな表情だ。

 

(俺がしっかりしないと)

 

 白銀は自分を奮い立たせた。

 

 

 

 

 コースターに並ぶ列の最後尾に着くと、かぐやは『最後尾はこちらです』と書かれた看板を持つ係員になにやら耳打ちした。

 

 するとすぐに何処からともなく別の係員が走ってきて四人を先導する。彼らはするすると列の横を抜けていった。

 

 白銀がかぐやに何をしたか聞くと、彼女はこの遊園地が四宮グループの傘下にあると教えてくれた。つまりこの遊園地は生徒会一行が機嫌を損ねないよう、全力で彼らに接待せねばならないのだ。かわいそうに、と白銀は思った。

 

 そして四人は列に着いてから二分もせずにジェットコースターにたどり着く。二人がけのシートが一番前から二列確保してあった。

 

 藤原が二列目の奥に座ると、即座に道留が藤原の横に座った。そして白銀を見て目を細めて笑う。

 

 そう、白銀と四宮は隣り合って一番前に座る他ない。

 

 白銀は四宮を奥に座らせ自分は手前に腰かけた。シートベルトを着けるとバーが降りてきて体をシートに固定する。

 

 女性従業員がおもてなし用の明るい声でカウントダウンを開始した。

 

「10、9、8、5、2、1、0!はい、いってらっしゃーい!」

 

 ジェットコースターは突然加速してレールの上を滑り出した。はじめからかなりの速度が出ている。ロケットスタートというやつだ。

 

「ふざけんな、マジでふざけんな」白銀の後ろで道留が数を数えられない従業員にキレている。絶叫系が苦手というのは本当らしい。それなのに喜んで乗るあたりが彼らしいなと白銀は思った。

 

 ちらりと横を見るとかぐやは無表情でそこに座っていた。意図して無感動になっているのが白銀にはわかった。

 

 しばらく走るとガコンという音と共に、コースターは坂を登り始めた。長い長い坂だ。ずっと高く登っていく。

 

「わくわくしますね!」藤原が心底楽しそうに言った。

 

 しかし他の三人には彼女の声に答えるほどの余裕はない。視点は上に上がっていって、園内を上から見下ろす形になる。もうすぐ坂の頂上に着く。

 

「なぁ白銀」道留が言った。「吐いたらゴメン」

 

 その瞬間、ジェットコースターは坂を下り始めた。いや、坂という表現はもはや不適切かもしれない。ジェットコースターはほとんど地面に向かって垂直に加速していた。風が突き刺さるように顔に当たり、言い知れない浮遊感が白銀を襲う。

 

「いぇーーい!!!」感嘆の声をあげる藤原。

 

「アホーーー!!!」誰かを罵倒する道留。

 

 かぐやの叫び声は到底文字に起こせないもので、空気を切り裂くような鋭さで、長く、高く、響いた。

 

 一方白銀は静かだった。案外大したことがなかったわけでも、まわりの叫び声が彼を冷静にしたわけでもない。

 

 目をぎゅっと閉じて死への恐怖に耐える。声なんて出ない。出せない。横にはかぐやがいるのだ。情けない声など出せるわけがない。かといって楽しげな歓声を上げられるわけもない。じっと耐えることしかできなかった。風を切る音が周りの声を遠ざけていく。そしてその風に自分の恐怖心を運ばせた。

 

 ゆっくり薄目を開けると右側にバーを掴む小さくて綺麗な手が見えた。細い指に力が強くかかり、白くなっている。彼はバーを掴んでいた右手を伸ばし、硝子細工のような手を優しく覆った。かぐやの手は微かに跳ねたが、すぐに彼の手を受け入れる。彼女の手は案外あたたかかった。

 

 

 

 

 ふと気がつくと、コースターは平坦なレールを走っていた。速度も落ちている。ゴールが見えた。

 

「あの、そろそろ......」小さな声でかぐやが言った。

 

 白銀は自分の手を見るや否や飛び退くように彼女の手から自分の手をのけた。

 

「す、すまん......」赤面する白銀。もちろんその横のかぐやも同じような顔の色をしている。

 

 手のひらにはかぐやの手の感触がまだ残っていた。

 

「でも、その......」かぐやが話し出した。「ありがとうございました」

 

 その言葉は注射みたい心臓をドキっと刺して、白銀の体の中に暖かさを流し込んだ。

 

「あー、終わりですねー」藤原が残念そうな声を上げた。前の二人のいちゃこらが終わったのが、という意味ではない。そもそも二人のひそひそ話は聞こえてすらいない。単にジェットコースターの終わりを残念がっているのだ。

 

 やがてコースターはスタート位地に戻り、降りていたバーが上がった。席を立って建物から出ると、道留がトイレを目指して疾走する。

 

「楽しかったですねー」藤原はいつもどおりふわふわと笑っていた。

 

「あ、ああそうだな」白銀は精一杯平静を装った。予想外の収穫があり得るものは多かったのだが、別の恐怖が彼の頭にまとわりついている。

 

「もう私、乗りません......」かぐやはどことなく複雑な表情をしていた。

 

「えー!あと二つあるんですよ!?」藤原は残念がる。

 

「まぁ、四宮がそう言うなら今日はもういいんじゃないか?」白銀は四宮を気遣う。それに彼は、無意識にかぐやの手を握るなんて失態を繰り返したくないのである。

 

 

 やがて(顔が土気色の)道留が戻ってきて体調の限界を告げたので残り二つはまたの機会となった。なお、クレープ三つを道留が奢るという条件で藤原は手を打った。彼は甘やかすのが、藤原は甘やかされるのが得意である。

 

 彼らは昼食を園内のレストランで手早く済ませた。値段の割にボリューミーだなという印象を全員が持った。かぐやにいたっては食べきれないほどだった。彼らは彼らの注文した料理が、四宮家令嬢へのサービスとして、通常の二倍のサイズで出されたことを知らない。

 

 メリーゴーランドやコーヒーカップに藤原を乗せて遊ばせつつ、彼らはゆっくりと廃病院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のところ、早坂愛の任務は順調であると言えた。かぐやの側にいる近寄りがたい雰囲気の男ふたりのおかげで、普段より楽な仕事になっている。

 

 早坂は西園道留が白銀の気持ちには気づいていることを確信することになった。

 

 彼はマジック・ジョンソンのようなパスを白銀に二度も出し、彼の得点をアシストしたのだ。

 

 親切心なのか面白がってるだけなのかは不明だが、結果としてかぐやの利益に繋がっているのは間違いない。彼女に被害がでない限りは、彼の行動は甘く見るべきだろうと結論付けた。

 

『かぐや様とF、Sがチュロス販売車に向けて移動を開始。Nはベンチに。コードCとDは販売車へ近づけ』無線が入った。

 

「了解」コードCの早坂は答えた。彼氏役のDと共に移動を開始する。

 

 Nはベンチに?気になった早坂がベンチを見ると道留はぐったりとしている。そんなに苦手なら乗らなきゃいいのに、と早坂は思った。

 

 荷台の側面が店になっている車。その側面の上にはメニューが飾ってある。早坂とコードDはそれを見上げて、メニューを決めるふりをして、視界の端でかぐやたちを観察する。

 

 楽しそうにわいわいと話ながら並んでいた。とてもほほえましい。駆け引きこそたまにあれど、そこに偽りの感情などないことが早坂にはわかった。そして少し寂しくなる。

 

『嫌いなの?あの二人のこと』

 

 ふと道留の言葉を思い出す。

 

 嫌いなわけじゃない。疲れてしまうだけ。

 

 素で話せたらきっと楽だけど、そんなこと不可能だと彼女は知っていた。

 

 偽らないと愛されない、という彼女の大前提がある。

 

 彼女はこれの真偽を幾度となく疑ったが、真であろうと偽であろうと、自分はこの前提の上に生きることで安心できているのだということをわかっていた。

 

 だから、かぐやが妬ましい。

 

 彼女が自分をよく偽るということは知っている。

 

 けれど、藤原千花や白銀御幸の前で見せる笑顔に偽りはない。

 

 全くの憶測だ。もちろん全部が全部本当の笑顔であるわけがない。本当の笑顔と偽りの笑顔は半々かもしれないし、もっと偏りがあるかもしれない。

 

 けれど、少なくとも、彼女が自分に見せる白銀御幸への気持ちは本物だ。あの弱さは本物だ。自分に彼のことを語るときのあの表情は本物なのだ。打算などない、本物の感情。

 

 自分もかぐやに、弱味を晒せたなら。

 

 そんなことを思って、もがいたのはもう何年も前のこと。そのときほど、この主従関係が嫌になったことはない。

 

 この主従関係がある以上、自分はかぐやの前で本物の感情を溢れさせることはできない。許されない。

 

 他のだれかに感情を現にすることは、仕事上できない。もう自分は、偽りながら生きていくしかないのか。

 

 そこで腑に落ちた。

 

 偽らないと愛されない、という信条は、自分を守るために作り上げた、鎧みたいなものなのだ。自分の生き方を肯定するための鎧なのだ。

 

 そしてやはり、この鎧がなくては生きていけない。

 

 

 

 そのとき、無線が入った。

 

『CとDは三人の後ろにつけ』

 

 彼女は任務中に物思いに耽っていたことを恥じ、かぐやたちに意識を向ける。

 

 彼女らはすでにチュロスを手にとっていた。三人が道留のいるベンチへ向かう。早坂とコードDは三人の何メートルか後ろを歩いた。

 

 道留は顔をあげていた。かぐやたちが戻ってきていることには気づいていない。

 

彼は早坂が見たことのない表情をしていた。彼は、憤りと悲みを混ぜたような静かな表情で、ぼんやり何かを眺めている。

 

 彼の視線の先を探した。すぐに彼が何を見ているのかがわかり、そして思わず目を見開く。

 

 四人が横一列になって歩いている。真ん中には子ども二人。幼稚園児くらいの女の子の手を小学校低学年くらいの男の子が握っている。その兄妹の両隣を親が固めていた。母親は男の子の手を、父親は女の子の手をとり、そうして一列になっている。

 

 道留は楽しそうに話している家族連れを見ていた。ぼんやりと彼らを目で追っていって、やがてかぐやたちを見つけると、何事もなかったかのように笑って手をふった。

「ここにセリフあって」ここに地の文ある。「そしてここにセリフが続くというのを改行なしで書く私のやり方は読みにくい?」

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