そしてヤ●チンは愛を知る   作:林太郎

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「先輩があのとき、自分のために尽力してくれたのは知っています。だから先輩は人の気持ちがわかる人だと思っていました」石上が言う。「僕は勘違いをしていたのですか?」

 

「例えば俺が『君は勘違いをしていない』と言ったとして、君はそれを受け入れられる?」道留が問いかけた。

 

「受け入れられます」

 

「心のそこから?」

 

「はい」

 

「ところで君が俺の言葉によって意見を変えたとしても、俺の君に対する評価は変わらないことを伝えておく。事態の優位性も変わらない。さて、いま君は心の底から受け入れられると言ったが、それは見栄じゃないよね?」

 

 普段とは異なる雰囲気に石上は少し戸惑った様子を見せたがすぐに頷いた。

 

「ああ、そうなの。じゃあ言うけど、人の気持ちくらいわかるよ」道留は笑った。

 

 笑っていたがその実、彼が石上に幻滅したことに白銀は気づいた。道留がどういう人間かというのを白銀はある程度わかっている。

 

 彼は会話の中で相手が自分の思考レベルに達していないと判断した場合、その人間への興味をほとんど失い、自分をただ飾り付けるためのものと見なす。人間が会話のできない羊の毛を用いてセーターを作って着るのと似ている。このとき、セーターを着ている彼と会話ができるのは、彼と同じように服を着る人間という動物だけだ。

 

 白銀のこの分析は、部分的に正しい。

 

「ならどうして浮気をするんですか?どうして先輩のことが好きな子を酷いやり方でふってしまうんですか?」

 

「え、なんでそのこと知ってんの?」道留がキョトンとした表情で聞いた。

 

「クラスで泣いてました。西園先輩がこんなにも好きなのに、ブサイクだって言われたって。風紀委員のヤツが休み時間の度に話聞いてあげてて、それで先輩がどんな人間か、大体はわかったつもりでいます」

 

「萩野くんと同じだと?」

 

「ええ。先輩が人に優しくするのは先輩が良いイメージを獲得するためです。それを偽善と言うんじゃないですか?」

 

「さっきなんで浮気するかって質問だけど、それは俺に泣かされる女が悪いじゃん?で次の......」

 

「ふざけないでください!」石上が立ち上がって怒鳴った。「何が人の気持ちがわかるですか!わかろうともしていないじゃないですか!」

 

「わかるよ」道留は一切変わらぬ口調で言う。「浮気をされた、酷いふられ方をしたという事実が、彼女らの心にどう影響するかわかってる。そしてその影響がとても些細なものだということも」

 

「理解できない」

 

「理解する必要はないって。さっきも言ったよね?」

 

 白銀も石上に同意である。道留の恋愛観は乾いているように思えた。何が彼をそうさせたのか、白銀はまだ聞くことができないでいる。しかし仮説は立てた。それは、『彼は恋をしたことがないのでは?』というものだ。検証はできないが。

 

 白銀は石上に同意する一方でいまの発言で道留の石上への評価が定まったと確信した。この評価が覆るものなのかどうかまでは白銀はしらない。

 

「白銀会長も、なんでこんな人を......」石上は肩を落としていた。

 

「こいつの価値観は特殊だ。俺には一生獲得できないし、するつもりもない視点で物事を見てる。その特異性ゆえに、生徒会運営において、こいつの着眼点はかなり役に立つ。俺や四宮が見ようともしなかった部分を指摘してくれる。だからだ」白銀は言ったが石上はこの言葉に頷かなかった。

 

「それが彼の道徳性の欠落を補っているとお考えですか?」石上が道留をちらりと見て言った。

 

「道徳性が欠けているかいないかは、間接か直接かの違いに等しいね」道留が口を挟んだ。「ちなみに俺は軽い関係が許されるような女にしか手を出さないからさ、これだったら君にも理解ができるだろ?」

 

「どういうことですか?」

 

「バカ高校のクソビッチとしか付き合わないようにしてんの」道留はかったるそうに言った。「浮気前提の関係。いつ切っても切られてもいいっていう関係。なのに束縛されたり浮気して泣かれたら、ふざけんなって思うのはこっちの方でしょ?」

 

「それなら、まぁ......理解できなくもないですけど」

 

「素直になりなよ」道留は笑った。「そんなガバマンコ相手だったら、別に良いかなって思えちゃったでしょう?」

 

「酷いふり方をしたのは?」

 

「それわかんなくてね、考えたんだけど......たぶん、汚れた関係に真っ白な子を引き込むのは気が退けるから。傷つけて、二度とこっち側に近づかないように」

 

 石上はまだ厳しい表情をしていたが道留の行動の意味に一応は納得したようだった。

 

「じゃあ仲直りしろ」白銀が言った。

 

「小学校かよ」道留が文句を言う。

 

「いいから握手しろ」

 

 道留が手を差し出した。石上もゆっくりそれを握る。

 

「ちょっ!痛い痛い痛い!」石上が手を引っ込めた。「ゴリラかなんかっすか?先輩は!」

 

「失礼かよ」道留が笑う。

 

 それを見た白銀はほっとした。一応は穏便に事が済んだようだ。

 

「じゃあ今度飯行くか」白銀が言った。

 

 白銀にとっては道留も石上も同等の友人なのである。

 

 石上は嫌がったが、どういうわけか道留は乗り気だった。渋る石上を二人で丸め込んで日程を調整すると、道留は帰っていった。

 

 二人になると白銀は石上に言った。

 

「ほら、悪いヤツじゃないだろ?」

 

「表面上は、ですが」

 

 白銀は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 早坂愛はいつもより遅い時間に湯船につかった。無論、浴場を独り占めするためだ。温度は47度。スピーカーをセッティングし、アルミの椅子を浴槽に沈める。

 

 熱いお湯に浸かりながら考えるのは今日の昼間のこと。西園道留との会話のなかで保留した二点についてだ。

 

 ひとつめ。自分と同じように自らを偽る人間に分かってもらいたいのか。

 

 現状、自分のことを似た立場から理解してくれる人間はいない。ゆえに無意識のうちに求めてしまっている可能性はある。

 

 それは自分が西園道留について調査を始めた理由がどこにあるのかを考えれば明らかになるだろう。彼との最初の接触は、彼が告白されている現場に居合わせてしまったときだ。彼は自分の正体を暴きかねない鋭い思考を持っていた。そう、だから四宮家の驚異になりかねないと思って調査を開始したのだ。

 

 そこに下心は無かったか?彼の推理力の特異性に危機感を覚えると同時に、普段の彼との差異を見つけている。そこに、自分との共通点を見いだしたのでは?

 

 彼女は自問したが答えられない。その答えはジークムント・フロイトが存在を指摘した無意識の中にあった。故に一人での解決は難しい。しかし主人であるかぐやに精神分析を頼むのは彼女のプライドが許さなかった。だから他のサンプルを検討せねばならない。

 

 二度目の接触は遊園地。西園道留は自分の変装を難なく見破った。それが自分のプライドをある程度傷つけたのは確かだ。それ以上に彼の存在の危険性を知った。だから、彼の調査をより進めたのだ。これは、自分のためではない。

 

 そう言いきりたかったができなかった。彼に傷つけられたプライドがある。その挽回という理由が成立してしまう。

 

 そして彼が家族連れを見る表情。あのときに自分は、彼に興味を持ったのかもしれない。いや、持ったのだ。もちろん、四宮家の驚異を排除したいという思いがほとんどを占めていたが、彼に対する単純な興味もそこには含まれていた。早坂はそう自己分析をした。

 

 これ以上考えても仕方がない。自分は個人的理由で彼に興味をもっている。それは認めなければならない。早坂はそう結論付けた。

 

 ふたつめ。彼の二面性は友達が欲しいからという理由のみによるものではないと感じたが、それは自分の願望が反映された結果なのか。

 

 ひとつめの議題が、彼に興味をもっていると締め括られた時点で、願望であるということは認めざるを得ない。しかし、彼が友達というものにそれほど価値を置いているとはどうも思えないのだ。結局これも願望にすぎないのかもしれないが、それだけでは説明がつかない部分が多々ある。

 

 早坂は少し考えて、スピーカーの上に置いておいたスマホを手に取った。LIMEを開き、クラスグループから西園道留を友達に追加する。そして少し考えてから決断し、彼に電話をかけた。彼はすぐに出た。

 

「なに?告白でもする気?」いつも通りの口調だった。

 

「まさか」早坂は一笑に付した。「少し聞きたいことがあって」

 

「昼間に聞いておけよ。勘違いさせる気か」彼は軽口を叩き続ける。

 

「遊園地、なんで変装がばれたかだけどうしても教えてもらえないですか?」

 

 今回、彼女には勝算があった。彼は自分に素を見せている。つまり、ある程度の好感度は獲得しているということだ。そんな人物がわざわざ電話をするのだから、無下にはしないだろうという考えだ。その見込みはあっている。道留は彼女のことを会話のできる人間として認知していた。

 

「仕方ないなー」と言って道留は話を始める。

 

 遊園地に行く前から早坂愛が四宮家に仕えてることを予想していたこと。遊園地に行くにしても、護衛が来ないことはあり得ないと考えたこと。頻繁に目にするカップルが護衛だろうと思ったこと。女の身長が早坂の変装で調整できる範囲だったこと。

 

「え、それだけで......?」早坂は困惑した。何一つ確実なことはなかったからだ。

 

「いや、早坂が無線で俺の話をしてたからね。そうしてくれなかったら、カツラに手を伸ばしてなかった」

 

「一種の賭けだったわけですか」

 

「勝ててよかった」

 

「落ち込んで損しました」彼女は不満げな声を出した。「それじゃ切りますね」

 

 道留は次の話題をふってきていたが、それを無視し宣言通り早坂は通話を終了した。スマホを元の位置に戻し、計画を練り始める。

 

 それは、一種の潜入捜査である。他校の生徒になりきって、彼の何人目かの恋人になるというものだ。自分の変装を見破った理由が、変装の未熟さに無かったため、このような作戦をとれると判断した。

 

 チャンスは夏。人の色欲を煮詰めて、濃縮させる季節。赤い夏だ。

 

 四宮家のためなどと言うつもりはなかった。自分の興味のためだ。悔しいけれど西園道留の倫理観が参考になる可能性が高い。役に立たなかったならそれまでだ。しかし結局、自分は彼に期待している。早坂は溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 早坂愛の主人が風邪をひいた。あの土砂降りの中で立っていてずぶ濡れになったのだから当然のことだ。ゆえにかぐやは学校を休んだ。それにともない、早坂も今日は一日家にいる。

 

 退屈していると来客を知らせる呼び鈴がなった。予想の範疇だ。モニターでチェックしたところ白銀の横に西園道留がいたが、この可能性があることも彼女はわかっていた。しかし動機は不明。白銀とかぐやのことを応援するのなら、ついてこない方がいいとどうして判断しなかったのか。どうやら面倒なことになったらしい。あとのことを考え、彼女はため息をついた。

 

 門を開け、早坂は玄関へと移動する。その際カラーコンタクトをして、胸に詰め物をいれることを忘れなかった。そして彼らの前に顔を出すと、外国人訛りの日本語で自己紹介をするのだった。

 

「スミーシー・A・ハーサカです。以後お見知りおきーを」彼女は恭しくお辞儀をした。

 

 顔をあげるとメイドの存在に気後れした白銀の表情と、道留の実になんとも言えない表情が視界に入ってきた。笑いたいのに笑ってはいけない。指摘したいのに指摘してはいけない。その感情が中和しあって、なんとも言えない表情になっていた。早坂にはその表情が本当に腹立たしかった。

 

 彼らを招き入れ廊下を歩いた。

 

「あの、メイドさん」道留が言った。「おトイレ貸してもらっても?」

 

 これは嘘だと確信できた。どうやら彼らを二人きりにするという意図はあるらしい。じゃあ、なんでここに来た?早坂は考える。例えば盗聴機の設置。しかしその目的は?

 

 とにかく、道留を一人にするのは危険だ。

 

 早坂は白銀に、かぐやの状態と部屋の密閉度とそれを取り巻く環境が、白銀にとって、()()()()()()()()()()()を伝えた。白銀をかぐやの部屋へ入れると道留を引き連れて別室に移動する。

 

「メイドさん、ここで出せと?」

 

「目的は何ですか?」早坂は無視して言った。

 

「暇つぶーしですーよ」道留はスミーシー・A・ハーサカの口調で言った。

 

 腹が立ったことに加え彼の回答に納得がいかなかったので早坂は眉をしかめた。そんな彼女の表情を見て、道留は笑った。

 

「盗聴機とか仕掛けに来たんじゃないか、そうでなくとも四宮家に不利益になることをしに来たって思ったでしょ?それで俺を一人にしとくわけにはいかないと思って、別室に移動」

 

 正解である。正解であるが、プライドのために早坂は正解だと言えない。早坂は彼の言葉をもとに思考をスタートする。

 

 いま彼は自分の思考をトレースした。この状況、つまり別室に隔離されることは事前に予測できていたのかもしれない。いや、きっとできていた。だから諜報活動は目的としていない。

 

 待て、そう言いきるのは早計だ。自分を出し抜ける自信があるのかもしれない。じゃあその諜報活動の目的はなんだ。たかが別邸に入り込む意味はなんだ。情報を売りさばきたいのか?彼はお金には困っていない。個人でマンションを所有しているくらいだ。彼がそんなことをするか?いや、しない。そもそも彼は四宮かぐやを、そして自分をそこそこ気に入っているようだ。ならば、彼がこちら側に不利に働きかけることはない。だから目的は諜報活動ではない。

 

 じゃあ目的は。

 

「私、ですか?」早坂は固い声で言った。彼女の考えではそれがもっとも可能性のある動機だった。

 

「うん、正解」

 

『愛はかわいいから、目ぇつけてるかも。気を付けて』早坂は友人の言葉を思い出した。彼は秀知院の生徒には手を出さないらしい。しかしこれは保身のためだと早坂は知っている。弱味を握られている自分は例外かもしれない。早坂は出口を確認した。万が一のときには身を守らねばならない。

 

 道留はバッグをまさぐっている。たぶんろくなものが出てこないだろうと早坂は思った。数歩だけ出口に寄る。

 

「はい、これ」道留はプリントを差し出した。「かぐや様の分も一緒だから」

 

 早坂は、一瞬だけ理解ができず硬直した。

 

「あ、プリント......」

 

 彼女は自分が検討違いなことを考えていたことを悟った。思わず顔が熱くなる。そうだ、自分が四宮家に仕えていることを知るのは彼のみ。つまり自分にプリントを届けられるのも彼のみだ。彼はある種の義務を全うしに来たに過ぎなかった。

 

「ありがとうございます」赤くなった顔を隠すように、うつむきながら彼の差し出したプリントを受け取った。

 

「めっちゃ赤くなってんじゃん」道留が笑う。早坂は自分の顔をプリントで隠した。「俺ってそんなに信用無い?」

 

「無いです」断言する。

 

「ああそう。残念」彼は全く残念そうでない声で言った。「じゃあこの後用事あるから帰るね。あの二人がどうなったか気になるから、後で教えて」

 

「え、あ、はい。お気をつけて」早坂は部屋を出ていく彼の背中を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 正面ではなく、裏口の玄関まで来た西園道留は早坂がついてきていないことを確認すると、いくつかに別れていたシューズボックスを一つずつ開けて、目的のものを探し始めた。三つ目の場所を調べたとき、彼の目は秋から冬に履かれるだろうブーツに注がれていた。彼はここに来る前にTwitterで早坂が投稿した写真から彼女が去年使っていたブーツを確認していた。それがこのブーツだ。

 

 道留はポケットからレゴブロックを取り出す。そこには油性ペンで二行にわたって文字が書かれている。ブーツの中にそのブロックを入れ、付けた指紋をそのままに、彼は屋敷を後にした。




タイトル、なんかいいの無いですかぁ?

「ここにセリフあって」ここに地の文ある。「そしてここにセリフが続くというのを改行なしで書く私のやり方は読みにくい?」

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