そしてヤ●チンは愛を知る   作:林太郎

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「よし、これで終わりだ」白銀が書類に印を押し終えた。

 

 道留は白銀のこのアナログな仕事を見る度に、スマホなどのデバイスでできないものかと思ってしまう。その方が作業効率的にも環境的にも良い結果をもたらすことは目に見えているし、そもそもこのご時世、紙媒体にメリットはない。しかしながら今日の仕事は普段より早く終わった。いつもは遊び惚けている道留がまともに仕事をしたためである。会長が雑務をしなくて済んだのは大きい。

 

「お疲れ様です、会長」かぐやが白銀に話しかけた。彼女の言葉に何でもないように返答する白銀だったが道留には、そしてきっと石上にも白々しく思えた。

 

 白銀とかぐやはあっけなく仲直りした。道留は白銀から感謝の言葉を聞いてそれを知った。仲直りしたその日のうちに生徒会男子三人のLIMEグループに仲直りを報告する文言が届いたのである。道留が成就させるために努力は惜しまない旨を伝えるとその翌日、白銀は「持つべきものは、友達だよな!」とホクホクした表情で笑いながら道留の背中を叩いた。道留が友人に対して可愛いなという印象を抱くのは初めての事だった。

 

 そして今日、道留による藤原を利用した大規模な白銀の恋愛成就計画が始まる。もちろんその本質を藤原には教えていない。

 

 

「西園庶務に藤原書記。俺らに何か提案があるんだって?」白銀が言った。内容を深くは教えてないが道留はプレゼンをすることをそれが白銀にとってきっと良いものであることを伝えていた。

 

「うん。ちょっと画面借りますね」道留はそう言うと壁に埋め込んである巨大な画面にノートパソコンを無線で接続した。最新の設備だ。さすがは秀智院といったところか。何やら操作をして、すぐに親指を挙げて藤原に合図を出す。

 

 藤原は画面の横に道留と並んで立ち、他の三人の方を向いた。わざとらしく咳払いをして話始める。

 

「私はこの生徒会が、結構気に入っています。みなさん優しくしてくれるし、楽しいです。でも今は七月。もうすぐ夏休み。そうなると、みなさんとはなかなか会えません。夏が終わるとまた会えますが、十月には生徒会は解散。このメンバーで集まるなんて、珍しいことになってしまいます。それは、寂しいです。実を言うと、6月の終わり頃から私はそう思っていました。何か思い出が欲しい......。一方その頃」

 

「何か思い出が欲しい......。青春したい......。僕もそう思っておりました。思えば石上を含めたメンバー全員でどこかに出掛けたことがない。その事を千花ちゃんにぽろっと言ったのが二週間前。意気投合したのもその日でございます。ということで、本日皆様に提案させて頂きたいのはこちら!」

 

「千花と~!」

 

「道留の!」

 

「生徒会旅行計画ー!」

 

 藤原の声に合わせて画面に『生徒会旅行計画』の文字が点灯、踊り出す。楽しげな音楽が流れ始めた。そして歓声。これは道留が取って付けたフリー音源だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください?」かぐやが二人を止めた。「ごめんなさい、私......家の許可が下りるかどうか......」

 

「心配ご無用でございます。ワタクシの個人的なつてにより、四宮の方々と交渉しました結果、国内かつ監視つきという条件のもと、かぐや様の旅行は許可されました!!」

 

 かぐやは目を丸くして大きな瞬きを何回かした。そしてどうやら自分が(白銀とともに)旅行に行けることを理解し、晴れやかな笑顔になる。なお、道留のつてとは早坂のことであり、早坂に頼み込んで大人たちを説得してもらったのだ。実際のところ、この旅行が許可されたのは早坂の仕事によるところが大きい。

 

「さてさて、千花ちゃんから聞いたのですが、お二人は以前、行くなら海か山かという論争を繰り広げていたそうで。それを知った私がどう思ったかというと、はいこちら」道留が画面を切り替える。

 

『どっちも行けばいいじゃん』

 

「けど私は思いました。海は人も多いですし、その中には道留くんのような、えーと、道留くんみたいなタイプの人がかなりの割合で含まれています。私とかぐやさんが行くには、危ないのかもしれません」

 

 画面には夏のビーチの写真。変な輩が大勢いる。かぐやはともかくとして、爆乳の藤原は本当に危ない。

 

「そこで僕は四宮家の方にこう尋ねました」画面を切り替える。

 

『Q.プライベートビーチ持ってないの?』

 

 また画面が変わる。

 

『A.ありますよ』

 

『Q.どこ?』

 

『A.例えば、熱海とか』

 

「ということで、熱海行きませんか!?」藤原が楽しそうに言った。「海も山もあります。海の幸も山の幸もいっぱい食べられますよ!そして温泉も、さらには心霊スポットも!どうでしょう!?」

 

「熱海か。いいじゃないか、俺は賛成だ」白銀が平静を装いながら言う。いうまでもなく、心の中ではガッツポーズをして喜びを叫んでいる。

 

「いいですね、熱海。僕も賛成です」石上も言った。

 

 かぐやにいたっては可愛らしい表情でしきりに頷いている。喜びで声が出てこないようだった。

 

 白銀とかぐやにとっては自身の恋愛成就のための、藤原と石上と道留は思い出作りのための熱海旅行。日程は八月が始まってすぐに設定された。退屈な夏にはなりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 プレゼンをした日の夕方。道留はある洋風の豪邸を訪れていた。豪邸と言えど四宮の別邸には遠く及ばない。それでも一般家庭よりはずっと目を引く見た目をしていた。背の高い門の向こうには鮮やかな色の芝生が見え、何匹かの犬が木陰でくつろいでいる。芝生の庭の真ん中には両側を装飾用の石で強調してあるコンクリートの道があった。

 

 道留は門の横の通用口を通って中に入るとコンクリートの上を歩いて玄関へと向かう。犬は彼を見たが知らんぷりをした。それを不愉快に思いはしたが、道留は彼らとほとんど付き合いがないので吠えないだけましかなと思いなおす。

 

金属製の、それでも木目をあしらった大きな扉の前に立ち、事前に取り出してあった鍵を使って中へと入る。この館は土足で立ち入ることが前提なので、道留はそのまま屋敷の奥へと向かった。途中、この家の召使とすれ違ったので互いに会釈した。四宮のそれと違い、お世辞にも美人とは言えない。目的地にたどり着いた。今度は本物の木でできた重い扉の前だ。二回ノックして、返事が返ってくる前に入室する。

 

 

「お久しぶりです、父さん」道留はできるだけ朗らかに言った。

 

 部屋には複数の本棚が置いてあった。どの本棚も分厚い本でいっぱいで、埃をかぶっているものが大半だ。これは召使がこの部屋に立ち入ることができないことを意味している。本棚に収まり切らなかった書籍は机の上かその周りの床に山を作っていた。どれも経営、マーケティングに関するものだ。机の向こうでそのまさに一冊を読んでいる男が顔をあげる。

 

「おお、久しぶりだな」彼は眼鏡を上げながら言った。

 

 道留の父で通信会社の社長の西園幸太郎である。白髪であることや顔のしわなど年齢に因るものを除いても道留と幸太郎は似ていない。道留の顔つきは派手だが、幸太郎のそれは地味だ。二重と一重の違いや鼻の高い低いなどの違いが目立つ。顔のパーツの数などを除いて、似ているところを探す方が難しいだろう。

 

「八月三日から三泊四日の熱海旅行に行くことになったので報告しにきました」

 

「ずいぶんとまぁ律儀だな。どういう風の吹き回しだい?」

 

「夏ですから、南から北に向かって吹きますね」

 

「土産、頼む」

 

「了解しました。失礼します」そう言って踵を返す。

 

 面会は一分もせずに終了した。道留は彼の事が好きではなく、彼もそれを理解していた。他の家族は子供が大人になるにつれて、その感情が変化していくものだが、自分達は例外であることも二人ともわかっていた。

 

 道留は家族と別居している。そうするのが良いということが誰が言うでもなく家族の共通の認識になっていた。道留が今日訪れたのが道留の親と姉が住む家で、道留はそこから二十分歩いたところにあるマンションの最上階に住んでいる。ちなみにそこから白銀の家までは徒歩五分だ。二十分の移動に、普段は社長の息子らしくタクシーを用いる道留だが、本邸から自宅へと向かうその道のりだけは歩いていくことにしていた。平常の域をはみ出た感情をどうにかフラットな状態に持っていくには徒歩の二十分が必要になるのだ。

 

 金曜日だったので、解放されたサラリーマンたちが楽しげに話ながら道留とすれ違っていく。飲み屋は盛況なようで、町には顔を赤くした酔っぱらいがたくさんいた。アルコールが入っていない者の方が少ない。タバコに手を出す道留だから、もちろん飲酒をしたこともある。しかしどうも安酒を大量に飲むという行為は受け付けなかった。タバコは輪郭をハッキリさせてくれるが飲酒はボヤけさせる。少量を女と飲むのは楽しいが、一人で飲むにはそのボヤけた感じが道留には許容できなかった。飲酒がここまで好かれているところをみると、人間はやはり考えることを嫌うのだろうと思った。どの辺りがホモ・サピエンスなのだろう。

 

 そうやって周りを見下しながら歩いていると知り合いを見つけた。途端にうれしくなる。父親のことなどどうでもよくなった。彼は速度を上げて、彼女の肩を叩く。

 

 

 

 

 

 

 白銀圭は時間を気にしていた。時刻は七時半。生徒会の仕事が忙しかったので下校時刻いっぱいまで、いや、実のところ下校時刻を過ぎても彼女は作業していた。学校を出ると兄からの頼みでスーパーに行かねばならなかったことを思い出し、指定されたものを買い、そしてやっと帰路につけた。牛乳パックをはじめとしたビニール袋の内容物は思いのほか重量を持ち、圭の手に負荷を与え続ける。ずいぶんと遅くなってしまった。兄に小言を言われるかもしれない。そう思ってとにかく足を動かす。大声で話す酔っぱらいが、夜のこの街の雰囲気が怖かったのもそうした理由の一つではある。

 

 不意に肩を叩かれた。警戒して素早く振り向けば兄の友人である西園道留が笑っている。

 

「道留くん」圭は安心したように笑った。圭はその容姿から男に声をかけられることがしばしばある。その手の輩でなく、自分が信用している人物であったのでほっとしたのだ。道留もその手の輩の一員であるという噂を彼女は耳にしてはいたがそれを信じてはいなかった。

 

「おつかい?」圭の手のビニール袋を見て道留が言った。

 

「うん。道留くんは?」

 

「親と会ってきたんだ。それ何が入ってるの?」道留は答えを聞く前にビニール袋を圭の手からとって中を覗き込んだ。結構たくさん買ったね、と笑い、袋はそのまま彼が運んで行く。

 

何が入ってるかなんてどうでもよく、ただ荷物を代わりに持つための口実だったことを知り、圭は嬉しくなった。

 

 これが兄や友人であったら遠慮をして拒むところだが、圭はただ礼を言うだけだった。圭が道留を認識したのはまだ半年前。ある日突然兄の友人だという男が食卓に居て、そのまま兄と父を含む四人で兄の作った料理を食べた。

 

見栄っ張りな兄が友人を家に呼ぶなんてことがなかったので、その日のことはよく覚えている。よく笑い、よく食べて、すぐに父親と仲良くなっていた。そのときはまだ圭にとっての道留は兄の友人でしかなく、言ってしまえば、彼の容姿やアクセサリの好みからしてあまり好きなタイプではなかった。

 

しかし彼がよく家に来るようになり話す頻度も増えるにつれていく。次第に彼の見た目と内側のちぐはぐさに気づき、兄がこの男を友達に選んだ理由もなんとなくわかってきた。それはきっと兄と真反対だからなのだ。凝り性の兄とは異なり、西園道留はこだわることを嫌っているように観察された。

 

お互いに違う性質を、それも手に入らない性質を持っているから彼らは友人なのだろう。そう思い始めると、がぜん興味が湧いてくる。彼の人懐っこさもあって気がつけば自分の友人にもなっていた。

 

 いつしか兄が彼の家に行くようになり、そのうちに圭も彼の家でひと月に一度くらい食事に誘われるようになった。初めて彼の家を訪ねたとき、圭は目を丸くした。高層マンションの最上階に一人暮らしをしていたからだ。今まで何となく、お金持ちなのだろうと思っていたが、そのときになってやっと確信できた。兄妹が気を使わなくて済むようになのか、圭には確かなことはわからないのだが、彼の家で食べるのは決まって宅配ピザだ。

 

栄養バランスがおかしいと道留の食生活に異議を申し立てた兄が何品か足すのが普段の流れである。そんな生活を繰り返すうちに、圭は道留をよく信頼するようになった。もう一人の兄のように、と言うと語弊があるが、少なくとも自分をよくわかってくれている存在であること、自分を尊重してくれていることは確かだった。それは兄の白銀御幸やほかの友人たちとはまた違うベクトルのものだ。

 

 二人は酔った街を話しながら歩いた。人通りが少ない路地に入る。今は二人とも制服だが、例えばどちらも私服だったら、たまにすれ違う大人たちをエキストラにして、何かの撮影に見えただろう。二人の容姿はそれほどまでに整っていた。話の内容は学生らしいものや、白銀御幸のもの、共通の友人である藤原千花のものなど。彼から聞く自分と親しい人の話は新鮮だ。人の性格の捉え方が違うのだろう。特徴を掴むのもうまい。

 

 話の最中に道留のスマホが着信を告げた。彼が圭の顔をちらと見たので圭はうなずく。それを確認した道留は電話に出た。電話の中身は聞こえないのだが、圭は自分は聞き耳を立てていないんだと示したくて、彼から少し離れて歩く。それでも電話の向こうの声が女であることは分かった。彼女だろうかと思う。彼の容姿からしていない方が不自然なのかもしれない。少し不愉快になる自分に気づくとそれでまた不愉快になる。

 

 二人の進行方向から一人の男が歩いてきた。三十歳くらいだろうか。かなりアルコールを摂取したらしい。顔は赤く、歩き方も危なっかしかった。

 あまり見ては何か言われるかもしれない。そう思った圭はうつむいて歩いた。視界の上の方に男の足が見えて、それが横へと移動していく。もうすれ違うだろう。そう思った矢先心臓が飛び出るかと思った。肩を掴まれたのだ。

 

「ねぇ!飲み行こうよ!」男が大声で言った。距離と声量のバランスと、圭とその隣の高校生が知り合いであることがわからないらしい。

 

 圭は振りほどいた。道留が何とかしてくれるだろうと思っていたのでさほど焦りはなかった。

 

「ねぇいいじゃん!奢るしさあ、らいじょうぶだよぉ、変なこともしないしぃ」呂律が回っていないが、男は簡単には引き下がらなかった。男の手が圭の体に向かって伸びる。

 

 しかし直後鈍い音がして、男は鼻頭を抑えて蹲った。圭は道留が男の顔を殴ったことを一瞬遅れて理解した。続けて道留は蹴りやすい位置に来た男の腹部を蹴り上げた。それにあわせて男が苦しそうに呻く。道留がもう一度蹴ろうと足を動かしたところで圭は我に返って止めに入れた。

 

「やりすぎだよ!」彼の手を引いて非難する。

 

「大丈夫でしょこのくらい」道留はいつも通りに笑った。

 

「何がですか」

 

「大ごとにはならない。TPOは守ってる」道留はいいながら圭の手首をつかんだ。そして走り出す。

 

 圭はわけがわからなくてされるがままについて行った。彼が走るのをやめると、圭は道留に詰め寄る。

 

「暴力じゃなくても解決できましたよね?どこにああする必要があったんですか?」

 

「必要はあっただろ」道留は家の壁にクレヨンで絵をかいたのを怒られた子供のような顔をして言った。

 

「圭ちゃんに触ろうとしたんだから」

 

 自分が特別扱いされてうれしい気持ちと、彼は絶対に間違っているという憤りに似た悲し気持ちが混ざった。うれしい気持ちだけを必死に排除する。

 

「それでも、殴ることはないでしょ!?」語気が荒くなる。

 

 道留は圭の目を見て、少しして、それからあっさり謝った。

 

「そんな気持ちにさせるつもりじゃなかったんだ。ほんとにごめん。もう、しないよ」

 

 道留の顔は本当に後悔しているようだったが、実のところとってつけた反省の顔である。それが圭にはわからなかった。だからその仮面は圭を騙すことには有用だった。圭は一応彼を許した。二人でまた歩き出したが、道留が圭を家に送り届けるまで会話はなかった。玄関のところでビニール袋を受け取りあいさつをして別れる。

 

 圭が家のドアを開けると兄の作った料理はすでにテーブルの上に並んでいた。しかしどうにも食べる気がわかなかったので、先に風呂に入ると兄に告げ、着替えを取ってバスルームへと向かう。服を脱いでいる最中、スマホが鳴った。道留からのメッセージが届いたのだ。確認すると二言三言の謝罪だった。圭は少し考えて、「気にしていないから気にしないで」と送った。そして温かい浴槽に入ると、自分の甘さに深いため息をつくのだった。

「ここにセリフあって」ここに地の文ある。「そしてここにセリフが続くというのを改行なしで書く私のやり方は読みにくい?」

  • 読みにくい
  • 少し気になる
  • 別に気にしない
  • むしろ読みやすい

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