生徒会室を出た俺---斑鳩は整備室に向かおうとした・・・。しかし、整備室といってもこのIS学園には国立であり敷地が広く、たくさんの教室や設備がある。方向音痴の俺にとってはとんでもないものだった。
「・・・ここ、どこだ?」
この言葉から察してもらえると思うが、道に迷ってしまった。俺なりに頑張って探そうと努力してみたのだが、余計に迷ってしまい今どこにいるのすら分からない状況に陥っている。こんなことなら、楯無さんか虚さんに道を教えてもらった方がよかった、と後悔をしている。・・・本音はあまり役に立たないから頭には浮かんだが、即刻排除した。
「うお~~い。くろっち~~~」
「この声は・・・」
げんなりした気分とはこのことを指すのだろうと、他のことを考えながらその場を立ち去ろうと思ったが、制服の裾をつかまれた瞬間にその考えをあきらめた。
「もう!どこに行こうというのかね、くろっち~!」
「いやー。まさかお前が来るとは思わなかった」
「それって~、馬鹿にしてるよね~」
「だったら何か?」
「くろっちってヒドイよ~!?」
だぼだぼの裾をハンカチ替わりするように、涙を素振りを見せる本音。・・・実際は泣いてはいないが、そんなことはどうでもよく何も言わなかった。
「っで?どうしてここに来た?」
「くろっちは迷子になっているだろうと思ったんだよ~。だから心配になって来たんじゃないか~」
「・・・どうせなら、楯無さんのほうが数百倍良かったよ」
「あんまりだよ~~!?探すのにどれだけかかったと思ってるの~!!」
「なら、常日頃の仕事をこなすんだな。かんちゃんから聞いたぞ。いつも虚さんに説教をくらっているってな」
「むっ~!かんちゃんは口が軽いなー」
自分の主人の愚痴を口にしながら、垂れている目頭を出来るだけ上げて不機嫌そうにしている。しかし、事実なので仕方がないのではないかと思う。普通に考えれば、使えない従者を解雇せずにそばに置いているのだ。文句の一つも言わなければ無理だろう。・・・まあ、俺にも従者がいるが同じような奴だからかんちゃんの気持ちも分かる。
「ところで俺に主人の愚痴を言いに来たのか?」
「おお~。そうだねー」
いけない、と頭をかきながら舌を少し出しながらお茶目に決めているが、俺にとっては鬱陶しさしか感じられなかった。・・・気が付いたら、拳を握っており、本音はあたふた慌てて俺を落ち着かせようとした。
「待って待って!無抵抗な女性を手に挙げるなんて、そんなこと許されるものじゃないよ!?」
「俺にとって、無抵抗は関係ない・・・。それにお前を女性と思ったことは一度だってない」
「そんなのないよ~~~!!」
「それで・・・。反省したのか?」
「ううっ・・・。汚されちゃった」
「まだ足りないか。仕方がない・・・」
「反省しました~~!?これ以上はさすがにマズイよ~!」
本音のことだから、そんな心配は無いと思うが、今をかんちゃんの所に行きたいので止めておいた。後で感謝の言葉をかんちゃんを言うように言っておこう。
「それで、かんちゃんがいる整備室ってのはどこだ?」
「おお、やっと本題に行けるね~」
本音が話をややこしくしたのだが、それではさっきの続きが始まってしまうので止めておこう。本音は俺が通って来た道を指す。
「かんちゃんがいる整備室はあっちなんだよ~~」
「・・・じゃあ、俺は見過ごしたのか」
「まったく。くろっちは本当にダメだね」
「お前にだけは言われたくなかったよ・・・」
整備室は二年生からの整備科に用意されたもので、一年生が来るとしたら専用機持ちの代表候補生と限られている。その中に一人でISと向き合っている空を思わせる髪を揺らす少女がいた。
「コアに、武装が合っていない・・・?」
先ほどから何回も武装の完成を目指して、空中スクリーンで数値を計算している更識簪は口から漏らす。機体の大部分は形になっているため、後は武装やブースター調整などの細かい作業のみだが・・・。
「上手くいかない・・・。はぁ・・・」
息をつきながら、近くにあったパイプ椅子に腰を掛ける。そして、しばらく目を瞑り、『打鉄弐式』を見上げる。色に輝くフォルムが簪の目に映る。しかし、形だけ出来ていて戦えない惨めさが機体には映っているように感じた。まるで、それが今の自分を見ているように思ってしまっている。
「・・・斑鳩」
思わず、思い人の名前を口に出す。頭の中には、顔の大部分を隠した髪の間から優しい眼差しの少年が浮かぶ。簪の顔は赤く染まり、心臓の鼓動も早くなる。姉にはなくて、自分にだけあるこの気持ちでこれだけが簪が誇れるものだった。それだけで、憂鬱だったものが晴れていく感覚が満ちる。簪は頬を手で軽く叩き、緩んでいた気持ちをしめ上げる。
「かんちゃん~~~~!!」
「ん?・・・あっ」
声が聞こえ、思わず振り返ると自分よりツーサイズ大きい胸を揺らしなら、こちらに走ってくる本音がいた。そして、後ろにはゆっくりと歩きながら苦笑いを浮かべる少年---斑鳩の姿があった。
「どうも、かんちゃん。作業は捗って・・・はいないみたいだね」
「ぶーー!かんちゃんが私を無視するよーーー!」
「本音は、うるさい・・・。静かに・・・」
斑鳩と二人きりではない原因につい強く言うと、そ、そんな~~~!?と泣き(実際は嘘泣き)しくしくと袖で涙をふく。簪はあざとい、と切り伏せると本当に泣き始めてしまった。そんな状況に斑鳩は苦悶の表情を浮かべる。
「か、かんちゃん・・・。本音はあんまりいじらない方がいいよ。さっき俺もいじってたし・・・」
「大丈夫。働かないメイドには、これぐらい・・・」
「ふぇぇ~~~!!」
最後の一撃は、無情にも本音の心のシールドエネルギーがゼロになり崩れ去った。簪はそんな事は気にせず、斑鳩に近づき顔を見つめる。
「な、なに・・・?」
「どうして、ここに?」
「あ、ああ。機体の調整に戸惑っているみたいだし、手伝えたらなーと思って」
「・・・お姉ちゃんに言われたの?」
「状況は聞いたけど、・・・手伝いたいのは俺の本心だよ」
しばらく簪は斑鳩の顔を見つめていると、斑鳩の胸に手を当てて次に耳を当てる。いきなりの行動に斑鳩は顔を赤くする。
「か、かんちゃん!?な、何やってるんだよ!?」
「斑鳩は嘘をつくと、鼓動が異常に早くなる・・・。その確認・・・」
「い、いや。別に嘘なんてついてないし」
「うん・・・。正常だから、嘘はついてない・・・」
斑鳩はほっと一息をつき、簪から離れようとした。しかし、・・・
「か、かんちゃん?離れてくれないと、困るんだけど」
「なんで?」
「なんでって・・・。動きにくいし、恥ずかしいし・・・」
「なら、大丈夫・・・。此処からでもケーブルは届くし、今は私たちしかいない。だから、離れる必要はない」
「いや、おかしいって」
「何もおかしくなんかない・・・」
がんとして離そうとしない簪に、斑鳩は離れることを諦めた。昔からの付き合いでこうなった簪は言うことは聞かないことを知っていたからだ。
斑鳩は近くにあった椅子に腰を掛けると、簪は斑鳩の膝の上に座った。簪は女子の中でも小柄の方だったからか、斑鳩は重さを感じなかった。しばらく無言が続き、斑鳩は気まずかったのか口を開く。
「なあ、かんちゃん。どうして一人でISを完成させようとしてたんだ?やっぱりこういうのは整備科の人たちに手伝ってもらった方がいいんじゃないか?」
「お姉ちゃんは、完成させたよ・・・」
「それは整備科の人たちに手伝ってもらってできたことじゃないか。・・・もしかして気にしてるのか?」
「・・・・・・・」
簪は首を縦に振り、肯定の意思を示した。斑鳩はそんな簪の頭を優しくなで始めた。簪はそれを拒まず、むしろ向かいいれるようになでられている。
「そっか・・・。俺と同じだな」
「・・・?」
簪は不思議そうに斑鳩の顔を見上げる。その姿は、大好きな兄を心配する妹のようだった。しかし、斑鳩は簪のことを妹のように認識しているため、そのように一層見えたのかもしれない。
「おれもな、・・・最近一層、兄貴や姉さんたちに近づきたいって思うようになったんだ。無理なのは、分かってても・・・。何でかな・・・」
「・・・斑鳩」
初めて会った時の斑鳩と簪は境遇が似ていた。名家の生まれ、優秀な兄、姉の存在、周りからの期待。そんなものが、幼い子供に向けられる事が当たり前の世界で生まれたことが何より似ていたのだ。そのためなのか、二人はすぐに打ち解け、親はそんな二人を見て婚約を決めたのだ。
しかし、昔の二人は婚約の意味など分かるわけもなく、斑鳩の父がずっとお友達でいることだ、という言葉を信じていた。簪も本音や虚などの使用人以外はあまり人付き合いなどなく、ましてや異性との友達もいなかった。そのため、斑鳩が初めての友達となったのだ。簪はすぐに頷き、斑鳩もそれに続いて返事をした。それからというもの、斑鳩と簪の関係は親密なものとなっていった。だからこそ、斑鳩は簪を、簪は斑鳩の事を一番理解できるのだ。
「大丈夫・・・。斑鳩には、朱雀さんや飛鳥さんたちがかなわないもの持ってる。・・・例えば、女装が得意とか・・・」
「かんちゃん、それフォローになってない」
「声真似がうまいとか・・・。それだけじゃ、ダメ?」
「・・・二つしかないし、一つは何とも言い難いものですので・・・」
斑鳩は苦笑いを浮かべ、深いため息をつくと頭を抱え込む。まるで、トラウマに苦しむ精神疾患の患者のようだと簪は思った。しかし、斑鳩は肩を震わせ始めた。何事か、と簪は斑鳩の顔を伺おうと思った瞬間、斑鳩は笑い出した。
「・・・ついに、ヤッちゃった?」
「ち、違うって・・・。少しな・・・」
斑鳩は笑いを必死に堪えようとしていたが、思った以上にそれは長く続いた。ようやく収まったと思えたが、少し苦しそうになっていた。息を整えながら簪の方を見つめる。簪はその視線に胸を高鳴らせる。
「かんちゃんはフォローが下手だな」
「・・・むぅ」
「拗ねるなよ。事実なんだから」
自分なりのフォローしてつもりの簪は、少し不満に思うのだった。しかし、斑鳩の顔は明るいものにかわっていた。
「ありがとうな、かんちゃん」
「婚約者だから・・・」
「それでもだよ」
赤くなった顔を隠そうと俯く簪の頬に、そっと斑鳩の手が触れる。簪は何かを感じたのか、自然と目を閉じ、唇を少し上げる。斑鳩もそこまで乙女心がわからない男ではなかった。羞恥心を抑えながら、ゆっくりと簪の顔に近づき、そして・・・。
「かんちゃん~~。何やってるの?」
「「・・・っ!?」」
本音の声に斑鳩は我に返り、回れ右をして背中を向ける。本音はその様子をニヤニヤと憎たらしい笑みを顔に張り付けて見ていた。
「いいよいいよ~。ささ、続きをどうぞー」
「できるか!?」
「・・・ちっ」
雰囲気に飲み込まれる一歩手間(半分以上は入っていた)で踏みとどまって、これらがすべて簪の策略と分かり、斑鳩は後悔と羞恥心の渦を漂った。