アルタイル戦記   作:ヤン・ヒューリック

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あえて剣を手に 第3話 

 

 シエン公の排除。シュテンの言葉からそれが出てきた時、思わずゼウォルは腰を抜かしそうになった。

 

 「それは、本気でおっしゃるつもりか?」

 

 ゼウォルの言葉に、シュテンもラデクも微笑んではいるが、まるでその目は笑っていない。

 それどころか、微笑みに若干の狂気すら感じるほどだ。

 

 「戯言にするのは、あまりにも悪趣味な話ですな」

 

 そう言い放つシュテンは、今年で24歳になる。若き将軍として、ガイオウとラデクからの英才教育を受けており、すでに初陣をこなしている。

 かつて、ゼウォルもシュテンと共に賊を討伐したことがあるが、若いながらも慎重にかつ、決して投機的な行動を行わず、堅守に回り、隙を見せない用兵家ぶりに舌を巻いたことすらあった。

 

 「そして、私は戯言は嫌いです」

 

 父であるガイオウと同じく、シュテンは非常に生真面目な人物である。

 故に、決して人望があるとは言えないが、ラデクのように絶対的な忠誠を誓っている側近や部下が存在する。

 

 「伯父上のやろうとしていることは、あまりにも時代錯誤というしかありません。我々は太陽系《ヘリオス》連邦と戦い、甚大な損害を受けた。過去を学んでも、これ以上の敗北は存在しない。そうは思いませんか?」

 

 「第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦がそのような戦いであったことは、私も理解しております。何しろ、私は参戦しておりましたからな。太陽系《ヘリオス》の戦いぶりは鬼神という以外にありません」

 

 数では圧倒的に上回っておりながら「帝国」は無残に敗北した。それもただ負けたのではない。完膚なきまでに、徹底的に叩きつぶされたのだ。

 

 これ以上も、これ以下の敗北もないほどの大敗。どう形容しようとも一方的な敗者になった事実は曲げることができない。

 そして、挙げ句の果てにはその勝者に好き放題されているのが現状である。連戦連敗し、城下の盟を誓わされたというこの汚点はどうやっても拭いようがない。

 

 「ここだけの話ですが、伯父上は戦を企んでおります」

 

 シュテンの思わぬ言葉に、ゼウォルは紅玉茶をはき出しそうになる。独特の甘い香りで武人達に人気があるお茶だが、その甘さが思わず鼻孔を突き抜けそうになった。

 

 「それは事実なのですか?」

 

 ゼウォルの言葉に、シュテンは冷静に首を縦に振る。そして、ラデクも同じく一切の動揺を見せなかった。

 

 「一部の食客から得た証言によれば、伯父上はヴェガ、アルデバラン、ベテルギウスなどの各方面に食客達を送っております」

 

 「なんですと!」

 

 思わずゼウォルは声を荒げてしまう。シュテンが言っていることは、あまりにも現実味がなさ過ぎる。

 というよりもあまりにも話が大げさであり、同時に今ひとつ信憑性が欠けているように思えた。

 

 シエン公は誠実で筋を通す人物ではあるが、同時に深謀遠慮の人物である。それがこんな無謀な計画を立案するとは思えない。

 

 「実は、このような書状が届きましてな」

 

 ラデクが懐から一枚の書類を取り出す。太陽系ではペーパーレスということでこうした紙を使うことは殆ど無いが、帝国では礼儀作法として紙を使い書状を出し、命令書を出すことが多い。

 

 そして、ゼウォルに差し出された書状には驚くべきことが記載されていた。

 

 「私もラデク師父も、そして父上も読んだ時には目の前が一瞬暗くなりました。コレは明らかに謀反です」

 

 たかが一枚の紙切れではあるが、そこにはアルタイル帝国そのものを揺るがしかねないことが、そのまま記述されている。

 そして、その書状にはシエン公だけが扱える印綬がしっかりと押されている。仮に本人でなかったとしても、帝国における印綬は本人が裁断したことと同列として見なされる行為である。

 

 「伯父上は明らかに暴走しています。もし、コレが太陽系連邦に知られたらどうなると思いますかな?」

 

 口調は礼儀正しいが、シュテンはかなり強気な主張をしている。確かに、こんなものが太陽系連邦に知られた場合、ただで済むわけではないことはゼウォルも理解している。

 

 「よく、知られる前にこのような情報を入手できましたな」

 

 「我らにも相応の人脈が存在します。アルデバランやベテルギウスへの伝手は、伯父上だけの代物ではありませんからね」

 

 現在アルデバランやベテルギウスなど辺境は、シエン公と親しい皇族や王族が統治している。

 かつての反乱以降、こうした辺境部に対してシエン公の影響力は未だに強く残っており、宮中への貢ぎ物などは未だに続いているのはそのためだ。

 

 「それに、太陽系連邦も最近はヴェガ方面まで進出している。このままいけば、アルデバランやベテルギウス方面へも干渉されかねない」

 

 アルデバランやベテルギウスは辺境ではあるが、現在では植民も進んでおり、少しずつではあるが朝貢や貿易などが拡大している。

 開発が進めばさらなる利益を生み出す源泉となり得るだけに、太陽系連邦に干渉され、これを奪われることは避けたいのはゼウォルにも分かる。

 

 実際、連邦宇宙軍はヴェガの海賊や軍閥を討伐させているほどであり、統合軍も独自の艦隊を作ろうとして、周辺領域の制圧を狙っているという話まで伝わっている。

 

 「伯父上の謀反が単なる謀反で済めば、我々としてもそこまでとやかく言うつもりもありません。ですが、コレが太陽系連邦に知られた場合、当然ながら伯父上とその一味だけの問題で済まないのはその辺りの流民ですら分かることです」

 

 「シュテン様のおっしゃる通り、事が露見した場合は我らも連座、流罪で済めば御の字でしょうが、三族皆殺しなどになった場合は、太陽系連邦は完全に帝国を傀儡とするでしょうな」

 

 シュテンもラデクも気付けばシエン公の行為を「謀反」と呼んでいる。

 確かにシエン公の企みは、そう呼ばれてもおかしくはない。事が露見した場合、太陽系連邦、統合軍も連邦宇宙軍も関係なく、干渉を強めるのは間違いない。

 

 干渉を強めるだけならばまだしも、連座して反逆人であるとして帝国の中枢を担う主要人物達をバッサリと粛清することにでもなれば、干渉どころか文字通りの傀儡となるのは目に見えている。

 

 「そこで、ゼウォル卿、いえ大都督殿にもご協力頂きたいのです」

 

 そう言い出すシュテンは懐より別の書状を取り出す。

 

 そこにはしっかりと「弾劾状」と記載されており、シュテンやラデクと共に、ガイオウ公の派閥に属する文官武官達の署名が記載されている。

 さらには、ガイオウ公自身の印綬がしっかりと押されていた。

 

 「これは一体……」

 

 「もはや、伯父上に任せていては、帝国そのものが崩壊いたします。それに、大都督殿の甥であるセイエイ卿も、この件に賛同しております」

 

 確かに弾劾状には、ゼウォルの実の甥であり、前都督を務めているセイエイの名がしっかりと刻まれていた。

 

 そして、甥が賛同している時点で自らの退路は事実上断たれていることをゼウォルは察知した。

 

 「この老体にも、賛同せよということですかな?」

 

 「ゼウォル卿、あなたは自分のお立場を理解されてはいないようですな?」

 

 ラデクらしい配慮が無い言葉に、思わずゼウォルもムッとするが、シュテンがそれを制する。

 甥を巻き込んで自分も連座させようとしている時点で、一体何を理解しろと言うつもりなのか。

 

 「師父、いえ……ラデク卿、大都督殿に対してそれは無礼ではないですかな?」

 

 冷静なシュテンに似つかわしくない口調に、思わずラデクも失言したことに気づいたのか顔を伏せた。

 

 「ラデク卿が失礼をいたしました。ですが大都督殿、コレは憂慮するべき事態です。何しろ、伯父上はこの書状をアルデバランやベテルギウスにばらまいております。これが太陽系連邦に渡らなかったのは、我らがその痕跡を全て消したからですが、これが太陽系連邦軍の目に触れることになった場合、帝国は滅びるでしょう」

 

 冷静なようで、危機感を煽るシュテンの口ぶりは今まで接して来た中で初めて見るものである。

 

 この人物は、ここまでの熱意と共に、危機に際して深刻な表情を見せる人柄であっただろうか?

 

 「それは同意いたしますが、しかしシエン公が本当にこのような計画を考えられるのでしょうか?」

 

 印綬がある時点で、仮にシエン公が仕組んでいようといまいともはやその是非を問う意味は無い。

 それは百も承知であるが、深謀遠慮の人物であるシエン公がこうまでたやすく、露見するような詰めの甘い計画を企むことにゼウォルは違和感があった。

 

 「大都督殿、事はもはやそんな理屈では済まない状況にあります。重要なのは、このような名目の書状を伯父上の印綬が押されて各地に送られていた、コレが問題なのです」

 

 「それは理解しております」

 

 「先ほども申しましたが、これが太陽系連邦が見つけた場合、当然ながら干渉どころか奴らは思いきって、介入へと踏み切るでしょう。実際、我らも同じ事をやってきました」

 

 まるで見てきたかのように言うシュテンだが、実際のところ「帝国」は各星域、星系への介入を行う名目として、密告を奨励していたほどである。

 

 そして、反逆や反乱を名目に、各星域、星系の統治者を平定し服従させてきた。今振り返れば実にえげつないやり口というしかなかったが、立場を逆に征伐される側と見なされているのが今の帝国の有様だ。

 

 「故に、セイエイ卿も我らに賛同して頂けました。大都督殿が我々に味方になって頂ければ多くの将兵達がこぞって味方になってくれるでしょう」

 

 ゼウォルも兵卒からのたたき上げであるだけに、将兵達には相応の人望を有している。第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦を生き抜いた老将としての立場は十二分に理解している。

 

 だが、これは逆にシエン公との敵対行為であり、同時に裏切りになるのではないかというのがゼウォルの心中にあった。

 確かに道理に沿っているが、事の真偽を問う前に是非を取らせることが性急すぎるように思えてならない。

 

 「無論、ゼウォル卿が伯父上配下の将軍として数々の戦いに従軍し、伯父上の薫陶厚いお方であることは重々承知しております。ですが……」

 

 シュテンはそう言うと、いきなり椅子から転がると同時に敷かれている絨毯に額を付けるほどにひれ伏した。

 

 「何をなさっているのです?」

 

 「そうした、伯父上との縁は、私ごときでは図りしれないものがあるのは分かっております。ですが、いまここでこのような謀反が露呈した場合、アルタイルは滅びの道を歩むことになります! どうか、是非大都督殿のお力を父に代わって、お貸し頂けませんか!」

 

 激流のような熱意と共に敷物があるとはゆえ、床にひれ伏すのは服従も同然の行為であるが、同時にそれはゼウォルに対する敬意の証でもあることをこの老将は理解した。

 こうした行為は計算ずくで出せるものではない。ましてや皇族、大将軍の嫡男であるシュテンがやっていいことではない。

 

 だが、それをやらざるを得ないのが今の立場であるからこそ、この若者は自分に頭を下げたことの意味を、この老将は嫌と言うほど感じ取っていた。

 

 「頭をお上げください」

 

 そう言うと、平伏しながら頭を上げてゼウォルを見上げるシュテンの顔には、一点の曇りもなかった。

 

 「そこまでおっしゃるのであれば、この老体も無碍にはできますまい。微力ではありますが、賛同いたしましょう」

 

 ゼウォルもまた、同じくシュテンに頭を垂れた。ここまでされて、それを無碍にすることはできない。

 故に、大都督という地位に自分が座っていることをこの老将は誰よりも理解している。

 

 シエン公という個人への忠誠と忠義は今でもある。だが、国家と比べれば一個人への忠誠や忠義よりも重いものなど存在しない。

 

 かつてのシエン公が語っていたことではあるが、大都督という地位にいるからこそ、一個人への忠誠よりも国家を優先させなくてはならない。

 

 例えそれがシエン公が本当に目論んでいたとしても、大事になる前にゼウォルはシエン公を説得することを決意した。

 

 

 

 

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