アルタイル戦記   作:ヤン・ヒューリック

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あえて剣を手に 第5話 

 

 粗末な執務用の椅子と机、そして来客用の椅子と机しかないこの部屋は、とても広大な星間帝国の皇太子の部屋とは思えないだろう。

 

 そう思ってしまえるほど、シエン公の執務室は簡素な作りになっている。豪奢を好まず、用の美を尊ぶシエン公らしいと言えるが、アルタイルの貴族や大臣達には貧乏性として見られてしまう。

 

 椅子に座りながら、庶民向けの清流茶を飲むマオに対して、シエン公は椅子に身を委ねながら天井に刻まれた玉石細工を眺めていた。

 青、赤、黄、白、緑、様々な玉石をちりばめ、近くで見ればそれは単なる石の欠片の集まりであるが、距離をおけばひとつの絵や彫刻のように楽しめる玉石細工はアルデバランやベテルギウス方面では大人気の装飾である。

 

 玉石自体は、決して高いものではないためにアルタイルの貴族や皇族達には不人気であったが、一等とは言えないものでも、使い方や装飾の工夫でここまでの芸術品になることから、シエン公はこの執務室の天井を玉石細工で装飾していた。

 

 こうして、天井を眺めると浮かび上がるのはアルタイルを守る守護獣達の姿がある。そして、その頂点にたつ黄龍、白龍、青龍、赤龍、そして黒龍の五龍達が筆頭として君臨している。

 

 「ガイオウ公は果たして、納得してくれましたかな?」

 

 マオが安物の清流茶を口にしながらそう言うと、シエン公は空想から現実へと回帰する。

 

 「さあな」

 

 大雑把な口ぶりではあるが、弟であるガイオウをシエン公は信頼している。シエン公が大将軍として各地の平定に赴いていた頃、大都督としてアルタイル本国を守り抜いたのがガイオウの力量であり、反乱が起きてもすぐに鎮圧し、アルデバランやベテルギウス方面の辺境星域を平定できたのも、本国のことを考えずに遠征に専念できたからに他ならない。

 

 「それより黒龍《ヘイロン》の仕上げだが、どこまで行ける?」

 

 「予定通りいけば三日ですな。外装と内装、駆動の確認と試験が終われば十二分に使えます」

 

 太陽系連邦の圧倒的な軍事力に唯一対抗できる黒龍《ヘイロン》の仕上がりは予想以上に早く仕上がっている。

 

 「つまり、実質的には今すぐにでも動かせるというわけか?」

 

 「責任はもてませんが、動かす分には問題はありませんな。ですが、殿下が考えられている活躍は期待できませんぞ」

 

 マオにあっさりと今すぐ動かしたいという願望に釘を刺されたが、それでもシエン公は上機嫌であった。

 

 「わかっている。だが、問題なのはここからだな」

 

 太陽系連邦軍、そのなかでも二度に渡って煮え湯どころか、強酸を浴びせられた連邦宇宙軍の宇宙艦隊に対抗するには、この黒龍《ヘイロン》だけでは不足している。

 

 特に艦艇では、こちらの戦艦が連邦宇宙軍にとっては駆逐艦程度に過ぎないほどの格差がある。

 太陽系連邦と対等の立場を構築するにしろ、支配を脱却するにしろ、結局のところアルタイルがその立場を手に入れるには軍事力の強化を行わなければならない。

 

 「黒龍《ヘイロン》の復活、それを旗印にしたところで意味などありませんからな」

 

 「旗印にもならん。そんなものに頼っているようでは、はじめから負け戦を行うようなものだ」

 

 かつて「帝国」が生まれる太古の時代より、オリオン腕を支配していたとされる時代に作られた伝説の兵器。

 

 それを復活させたのは、なにも安易なロマンチシズムに浸るわけでもなければ、ノスタルジーに愉悦を感じているわけでもない。

 

 「やはり、問題なのは黒龍《ヘイロン》の量産ですな」

 

 核心を突いたマオの言葉にシエン公は黙ってうなずいた。この怪物を復活させたのは、単なる旗印でもなければ、伝説の力を使って太陽系連邦と一戦交える訳でもなかった。

 

 対等の立場を作る交渉材料として、その土台となる軍事力の構築のためである。

 

 「正直、ルオヤンの工房ではせいぜい整備するだけで限界か」

 

 「難しいですな。第一、ルオヤンにはあれを一から作るだけの工場を作る場所がありません。既存の工場では、とてもではありませんが……」

 

 「機密も保護できない上に、量産するだけの設備がないということだな」

 

 帝国の技術は太陽系連邦に比べれば明らかに劣っている。辛うじて艦艇は従来の製造ラインで賄えているが、艦艇よりも遥かに高性能で精密さが求められる黒龍《ヘイロン》を、量産できるだけの設備は現状存在しない。

 

 黒龍《ヘイロン》の製造は、選び抜いた技術者達によるハンドメイトで行われたが、これを量産する上での制約がルオヤンでは現状大きすぎた。

 

 「やはり、ここはアルデバラン、もしくはベテルギウス辺りに製造拠点を作り上げることがよろしいかと」

 

 アルデバランやベテルギウスは、ルオヤンからも遠く離れた辺境ではあるが、機密という部分においては確保できる。

 

 「アルデバランのリーファン公、ベテルギウスのヴェルグ公とは話がついている。機密面を考えればあの二人に任せるのが一番だろうな」

 

 アルデバラン、そしてベテルギウスという辺境領域の総督に就いているリーファン公、ヴェルグ公はシエン公の派閥に属している。

 

 両人共に野心家ではあるが、連邦の専横と狼藉に対しては嫌悪しており、今回の一件には共に賛同していた。

 アルデバランとベテルギウス方面に黒龍《ヘイロン》の工場を作れるのであれば、機密の面でも、戦力を温存しておくという面においても万全と言えるだろう。

 

 「となるとますます、技術面での課題をどうするかですな」

 

 「こればかりは何ともならんよ。帝国には、黒龍《ヘイロン》のような兵器を大量生産するだけの技術がない。その技術を作るには莫大な金がかかるだろう」

 

 「前途多難ですな」

 

 艦艇を製造するだけの工場やプラントは存在するが、この怪物ともいえる機体を大量生産するには、従来の設備では粗悪品を作るだけだ。

 現状では、黒龍《ヘイロン》の存在は旗印になるだけだろう。

 

 「ところでシュテン様とラデクが兵家復活を唱えておりますが……」

 

 「却下だ。今さら、兵家を復活させたところで太陽系連邦には勝てんよ」

 

 第一次シリウス会戦では圧倒していたにも関わらず、連邦宇宙軍からの奇襲を受け、ほぼ一方的に帝国軍は壊滅させられた。

 太陽系連邦軍、特に連邦宇宙軍とは比較にならないほど、テクノロジーにおいてアルタイルは劣っているのが現状である。

 

 「連中は兵家の復活で流民対策をしろと言っていますな」

 

 「奴隷を増やせと言うようなものだな。兵家に入れられた民達は租税の代わりに、戦うことを余儀なくされる。そもそも、手に職がない流民を兵家にしたところで、戦力にもならなければ、彼らを体のいい奴隷にするのとなんら代わりがない」

 

 辛辣な言い方ではあるが、兵家が廃止されたのは単に金食い虫であったからではない。元々兵家は軍役を負担する代わりに租税が一切免除される。

 その代わりとして、戸籍からは除外され各将兵の支配下におかれるのであるが、平和な時期になれば当然ながら彼らは仕事が事実上存在しない。

 

 そこで行われたのが、兵家達を使った各惑星の開拓であり、事実上彼らを召し使いとして使役させることであった。

 開拓や屯田などはともかく、将兵や貴族達の召し使い、というよりも奴隷のようにこきつかわれるために彼らが存在しているわけではない。

 その観点から見て、金食い虫になるならば屯田した土地を与え、兵家を廃止するという方策がとられたのだが、現状各惑星、星域は急激に治安が悪化している。

 

 アルタイル帝国の土台が揺らいでいるからではあるが、それ以上にむちゃくちゃな賠償金を太陽系連邦に支払うなかで、各地の太守達が無茶苦茶な租税を行っていることも背景にある。

 

 あくまで賠償金分だけを首都ルオヤンに差し出している太守もいるが、不正貯蓄や搾取を行っている太守達は、よりいっそう搾取を強めている現状のがであった。

 

 「民が自らの土地や家を捨てて、流民となった背景を奴等は本当の意味で理解していない」

 

 皇族と言えども、皇位継承権から見れば下から数えた方が早い地位にあり、平民よりもマシな待遇で生まれ育ったシエン公から見れば、シュテンとラデクの視点は、宮中からどう見えているのか、ただそれだけで物を言っているようにしか見えなかった。

 

 「アルデバランやベテルギウス方面が安定すれば、リーファン公やヴェルグ公に開拓民として送る手はずも出来ているが、それまだ先の話だ」

 

 「全ては、ここからの方策次第ということですか」

 

 仔細を承知しているマオがそうつぶやくが、二人の背中にはどっしりと重く「アルタイル帝国」という国家の守護する使命が課せられていた。

 

 思わず、椅子に座り直すマオを尻目に、再びシエン公は天井に描かれた龍達へと視線を向ける。

 

 帝国が生まれるよりも太古の昔に、オリオン腕の大半を征服したと言われる伝説の守護獣達。当然ながら彼らは今、何も答えてはくれない。

 

 だが、この守護獣達の存在は決して伝説ではなく、現実に存在している。その一体の目覚めは覚めようとしていた。

 

 彼らをもし全て目覚め、復活することが出来るならばという思いがシエン公の心中にある。

 伝説の力を使い、帝国を復活させ太陽系連邦を追い出す。

 

 そしてそれがシエン公の心中から脳裏へと渡った時、決まって出てる結論はアルタイル帝国の滅亡であった。

 

 伝説の守護獣達は決して、守護する為だけに存在したわけではない。大いなる力

に善も悪も無く、その力が生まれた時に彼らを従えていた王朝は文字通り滅亡した。

 

 だが、もし自分がやれるのであればどうであるか。決して滅びの道に進むことはあり得ないとシエン公の中にある野心がつぶやく。

 

 同時に理性がそれを拒否し、最終的に出てくる結論は極めて現実的な答えであった。

 

 太陽系連邦からの独立、そして、対等の関係を築く。その為の力として伝説の力を使う。

 

 決して滅びの道を歩まない為に、滅びつつある帝国を蘇らせること。

 

 それがシエン公が幾たびにも渡る自問自答と、自らが抱える食客達と共に選んだ結論であった。

 

 

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