アルタイル戦記   作:ヤン・ヒューリック

21 / 29
政変への導火線 第4話

重苦しい空気と熱気が、今この執務室に渦を巻いている。その渦を作りだした大都督であるゼウォルは一切の遠慮をせずにシエン公へと詰め寄った。

 

 「シエン公、この書状は本当に公が出されたものですか?」

 

 ゼウォルがたたきつけたのは、シエン公がシリウスとヴェガ方面での反乱、そして海賊行為の扇動を依頼した代物である。

 そこにはしっかりと、シエン公の印綬が押されてる。中書令であるマオは顔を顰めながら何故これをゼウォルが持っているのかを考えていたが、主君であるシエン公は至って平然としていた。

 

 「……仮にそうだとして、どうだというのだ?」

 

 決して肯定しないが、思い切った発言にマオは肝を冷やすが、シエン公と対峙するゼウォルはさらに顔を赤くしていた。

 

 「公はご自身が何を行っておるのかお分かりになりませぬか?」

 

 ゼウォルがつかみかかりそうな勢いと感情を交えながらそう言い放つも、シエン公はいたって冷静なままであった。

 

 「よりにもよって、皇太子たるあなたがこのような内乱を扇動されるとは……気が狂ったのですか?」

 

 「ゼウォル卿、言葉が過ぎますぞ!」

 

 流石に主君に向けて使っていい言葉ではないだけにマオはゼウォルに注意をしたが、当のゼウォルは意に介していなかった。

 

 「私は卿ではなく、シエン公に話をしている。公はこのような謀《はかりごと》が成功すると思っておられるのですか?」

 

 「……失敗するだろうな」

 

 端的にシエン公は事実を口にすると、喉を潤すために緑風茶を飲む。取れ立ての茶葉、それも新芽だけを選りすぐった緑風茶は喉を良くする効能と緊張を解す効能を持つ。

 

 だがシエン公が全く緊張していないのは緑風茶の効能ではなかった。

 

 「まずは話を聞いてもらおう。何故貴公が書状を持っているのかは問わないが、それにはそれ相応の意味がある」

 

 「意味ですと?」

 

 「太陽系《ヘリオス》がシリウスを割譲するべく要求しているのは知っているな?」

 

 「一応は」

 

 太陽系連邦がプロキシマに大規模な軍事基地を作り上げ、もはやプロキシマを奪還することも討伐することも事実上不可能となった。

 太陽系連邦の圧倒的な軍事力の前に、アルタイル帝国ではとてもではないが対抗できない。

 

 そして、両陣営が互いに非武装地帯として、兵力を駐屯させないと定めたのがシリウスである。ところが、実態は大きく異なっている。

 

 「シリウスは現在、事実上太陽系連邦の勢力下にある。プロキシマからみれば、シリウスは目と鼻の先だ。そして、現在シリウスには各地の内乱などで逃げてきた海賊や軍閥どもの巣になりつつある」

 

 「存じています。ですが、それは公の指図ではありませんか?」

 

 改めて書状を見せるゼウォルであるが、シエン公はふてぶてしく笑っていた。

 

 「流石の私も、燃えるものがない場所に火をつけることはできんよ。確かに、シリウスへと扇動を起こすようにこの書状では命じているな」

 

 「シリウスの割譲を拒まれているのはわかりますが、やり方があまりにも……」

 

 「ずさん過ぎるというのか?」

 

 先ほどの余裕ある態度から、少しだけシエン公の目線が鋭利になる。

 

 「貴公が持ってきた書状には確かに私の印が押されている。まあ、用意したのは誰なのかはあえて問わんが、まず貴公にこの話をしなかったことを詫びておこう。すまなかった」

 

 その場で頭を下げるのは、シエン公に虚栄という言葉が存在しないからであるが、仮にも皇太子が重臣とはいえ臣下に頭を下げることはなかなかできることではない。

 流石の老将も、これには少しだけ怒りが収まっていた。

 

 「だが、貴公がいうようにこの策は成功しないだろう。所詮、シリウスにたむろしている連中は、太陽系連邦からみれば、塵芥も同然だ」

 

 正規軍以下の武装しか持たぬ軍閥と海賊では、太陽系連邦、特に連邦宇宙軍相手にはまともに戦うことすらできないだろう。

 実際、シエン公の元には、連邦宇宙軍が第11艦隊を派遣し、連戦連勝を誇っているという報告が入っていた。。シリウスは無論のこと、思いきってヴェガ方面まで進出して反乱勢力を討伐している。

 

 あまりの勢いに、ヴェガに近いアルデバランのリーファン公は「このままでは食客を送らなくてはならない」と愚痴をこぼしてきたほどだ。

 

 「実際、連邦宇宙軍の第11艦隊はまるで訓練を楽しんでいるかのように、奴等を討伐している。たかだか一個艦隊に対抗できないような連中に、何かを期待するほうが間違っている」

 

 「ではなぜこのようなことを?」

 

 ゼウォルの問いに、シエン公の表情が先ほどのどこか余裕がある態度を切り替えるかのように、真顔になった。

 

 「奴らは囮だ」

 

そういい放つ姿は、一切の情が感じられなくなるほど冷徹であった。

 

 「シリウス割譲は、どのみち要求を受け入れるしかない。太陽系《ヘリオス》の連中はプロキシマへの本格的な植民を望んでいる。それを守る上でシリウスにさらなる軍事基地を作るのは、戦略としては定石といっていい」

 

 卓越した戦略家でもあるシエン公は、太陽系連邦の動きをある程度読んでいた。自分が逆の立場でプロキシマへの植民を行うのであれば、防衛線を強固にする上でシリウスを押さえるのは当然の行動である。

 

 「ルオヤンに連邦軍を駐留させ、さらにはヴェガ方面まで進出をさせている中で、太陽系《ヘリオス》の要求を拒むことは難しい。だが、その要求に対して引き渡すまでの時間を稼ぐ必要性がある」

 

 「なんのためにです?」

 

 「決まっている」

 

 さらに緑風茶を飲むシエン公の目はどこかぎらついていた。

 

 「アルタイルの為だ。シリウスを割譲することは簡単だが、ここからさらに譲歩をしていけば、我々は最悪、ベテルギウスまで割譲を余儀なくされる」

 

 太陽系連邦からの要求に対して、帝国、というよりもシエン公はほぼ受け入れてきた。

 しかし、ただ受け入れてきただけの要求は一つとして存在しない。

 

 「太陽系連邦との休戦、そして和平案には、当初からシリウス方面の割譲が要求されてきた。だが、現在に至るまで、かろうじてシリウスは帝国領のままだ」

 

 休戦、そして和平交渉をこれまで行ってきたのはシエン公と現在の大将軍であるガイオウである。

 その交渉は決して平坦なものではなかったのは、当時を知る者ならば誰もが知っていた。

 

 「現在も巨額の賠償を請求しているが、奴らはその気になればそれをつり上げることも出来る。シリウスをただ割譲すれば、今度はアルタイルそのものを要求してくる可能性すらある」

 

 「確かにその通りです」

 

 「そして、現在我々は五千兆テールもの賠償金を支払っている。この金額だけでもバカにならない。一方でシリウスは事実上太陽系連邦の支配下に入っているようなものだ。であれば、シリウスを奴らに譲渡させ、この負担を帳消しにするという手段も取れる」

 

 皇太子になって以来、シエン公と接する機会がかなり減ったが、改めてゼウォルは何故自分がシエン公の配下になったのかを思い出した。

 

 「つまり、公はシリウスを太陽系連邦に売るということですか?」

 

 「それでこの賠償金を帳消しに出来るのであれば、安いものだ。だが、それを太陽系連邦に感づかせるわけにはいかない。そして、安易に譲渡すれば足下を見られ、やらなくもいいものを、割譲させられる可能性すらある」

 

 シリウスを太陽系連邦に与え、負担となっている賠償金を帳消しにする。シリウスを売却することを意味しているが、現状の力ではシリウスを奪回することも出来ない。

 奪回することも維持することも出来なければ、それを交渉材料にするのは流石というしかない。

 

 「太陽系《ヘリオス》の連中はアルデバランの豪族共よりも凶暴でありながら、ベテルギウスの軍閥よりも狡猾だ。一つの要求が、気付ば三つになり、譲歩に譲歩をし続けることになる。それを何の配慮もなく、言うがままではさらなる要求が待っているだけだ」

 

 凶暴なアルデバランの豪族、狡猾なベテルギウスの軍閥、いずれもそれを撃破、時には懐柔することで反乱を鎮圧させた手腕は少しも衰えていない。

 その知謀と戦略手腕は、多くの将兵や軍師達を動かし、崇拝されていた。

 

 「そこまで、考えられていたのですか?」

 

 「無論、この策を担保するだけの別案も用意はしている。だが、それを感づかれることも、安易に割譲することも今は出来ない。こちらの本意を簡単に読まれては、打てる手も打てなくなる」

 

 大胆なようで、深謀遠慮の策を練り、それを実行するだけの胆力は、まさに次期皇帝にふさわしい器量というしかない。

 だが、今日はこうして会いに来たのは、シエン公の策を聞きに来るためではなかった。

 

 「殿下の壮大にして、緻密な策には感嘆致しました。であれば、何故このような書状が出回っているのですか?」

 

 先日、シュテンから手渡された書状には、シリウスでの反乱を扇動するように書かれていた。

 事実上の反乱を企てていた誹りは免れない。

 

 「勘違いするなゼウォル。その書状は確かに私の印綬が押され、私が書いた事になっているがそれを結びつけるだけの証拠はあるのか?」

 

 確かに印綬と署名がされていれば、それは事実上公文書として扱われる。過去に失脚、あるいは処罰された者はこうした文書が露呈したことで罪状を問われた者は決して少なくない。

 

 「確かに、帝国では印綬が押されていれば、それが公文書になる。だが、それならばこんなものがある」

 

 先ほどだから黙り込んでいたマオから、シエン公へと、ゼウォルが差し出したのと同じ書状が手渡された。

 それを、シエン公はゼウォルに突きつけた。

 

 「コレは……」

 

 「作ろうと思えば、こんなものはいくらでも作れる。書状一つで騒ぐのは無意味というものだ」

 

 ゼウォルに渡された書状には、シエン公に差し出したのと全く同じ文面が書かれていた。

 だが、一つだけ違うのは、押されている印綬と命じた人間の名前が全く違っているということだけである。

 

 たったそれだけのこと、たったそれだけのことではあるが、そこには予想もしない人物の名前が載っていた。

 

 そしてそれは、ゼウォル自身が謀れたことを意味していた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。