アルタイル戦記   作:ヤン・ヒューリック

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黒龍始動 第2話

 アルタイル帝国軍の本営とも言うべき、大将軍府。

 

 宮殿に比べ、全体的に無骨で無機質で、簡素に作られているが、その分機能性を重視している。

 

「大将軍の本営に装飾は不要である」

 

 そう言い放ったのは、前任者であるシエン公であり、それ以来大将軍府は、あくまで帝国軍の本営としての役割に専念するために装飾されることはなかった。

 

 後任であるガイオウも、その意図を組んでおり、隣接する大都督府と共に、無骨な作りのままであった。

 

 その国防の中枢である帝国軍の本営に、似つかわしくない少女が連行されていた。

 

「久しぶりだなアウナ」

 

 大将軍府の主にして、実の伯父であるガイオウに対して、アウナは眼を背けることなく、まっすぐな視線を向けた。

 

「お久しぶりです伯父上。ですが、こんな形で再開することになるとは残念でありません」

 

 太陽系連邦軍と手を組み、アウナの父であるシエンを陥れた伯父に対して、アウナは怒りを隠すつもりは全くなかった。

 

「同感だな。私もそなたが謀反人の娘になるところを見たくはなかった」

 

 ガイオウの態度や言葉には、一切の侮蔑はなかったが、同時に一切の慈悲も哀れみもアウナは感じることができなかった。

 

「伯父上のことを、私はこう見えても尊敬していたのですよ。ですが、それは単なる身内びいきでしかなかったようです」

 

 アウナの舌鋒鋭い皮肉に周囲の兵士たちがざわつくが、ガイオウを睨みつけるアウナと、堂々とそれを受け止めているガイオウだけが別であった。

 

「相変わらず従妹殿はおてんばのままだな」

 

 軽薄な口調でそう言うのは、ガイオウの息子であり、アウナにとっては従兄妹の関係にあるシュテンであった。

 

 背後には上軍師のラデクと、前都督のセイエイの姿もあった。

 

「少しはおてんばを直すべきだと思うがね。それでは誰からも好かれんだろうに」

 

「それは太陽系連邦軍のことを言っているおつもりですか?」

 

 再びアウナは歯に衣着せぬにそう言った。その一言にシュテンがアウナを睨みつける。

 

「太陽系連邦軍と手を組み、流民を抹殺し、民を虐げることが好かれる道であるならば、シュテン殿のいうことも一理あると言えますね。あいにく、私はそのようなことを外道であるとお父様より教えられてきました。皇族は帝国の藩屏として、民の模範になるべしと。太陽系連邦軍と手を組み、虐殺する道が正しいならば、これは間違いであるのでしょうけど」

 

 全く臆せずに、堂々と自分の意見を語るアウナの姿に、シュテンは怒鳴りつけようとし、ラデクは顔色を変え、セイエイはため息をつくが、ガイオウだけは動ぜずにいた。

 

「やはり、子供のままであったようだな」

 

 表情を一切変えることなく、アウナとは対照的にガイオウは淡々としていた。風を受け流す大木のように、揺らぐことがない。

 

「兄上と同じで大局を見ているようで、足元を見ていない。それでは、あまりにもうかつすぎるというものだ」

 

 一切見下すことのない丁寧な口調であったが、同時に幼子をあやすような口調は暗に対等の関係ではないことを諭すようにも思えた。

 

「ガイオウ殿はいるか?」

 

 褐色の肌、禿げあがった頭と共に帝国軍の様式とは違う、太陽系連邦軍の軍服をまとった偉そうな軍人がズカズカとやってきた。

 

「これはモーガン大将」

 

「ガイオウ殿、シエン公の行方が分かったそうですな」

 

 歯に衣着せぬどころか、あまりにも率直で飾り気も礼儀もない口調。アウナはこれがガイオウが手を組んだという太陽系連邦軍の大将であることを知った。

 

「それは良かった。憂いはもはやないということですな」

 

 目を輝かせて、勝利を確信している姿はアウナにはどことなく滑稽に見えた。それよりも、堂々と対面しているガイオウの方がよっぽど大物の風格を持っている。

 

「食客の二人を捕らえましたからな。兄は霊廟に立てこもっています」

 

 シャオピンも捕虜となり、サイエンはガイオウへと裏切ったことで、隠れ家はすでに判明していた。

 

「霊廟?」

 

「ルオヤンで一番神聖にして、不可侵な場所です。歴代の皇帝を埋葬してきた霊廟に立ち入る権利は、皇帝陛下と皇太子だけの権利です」

 

 サイエンからシエン公が霊廟に立てこもったという話を聞いた時、シュテンやセイエイらが苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

 歴代の皇帝や皇后、皇太后らを埋葬してきた霊廟には、皇帝以外は皇太子しか立ち入れない。祖先の祭祀は皇太子の特権であり、その差配を行えるのは皇太子しかいない。

 無論、一人で掃除などの雑務が出来るわけがないので、皇太子が選んだ人間だけが霊廟に立ち入ることが出来る。

 

 通常ならば決して隠れ家にならない場所ではあるが、シエン公はこの霊廟へと側近達を匿うことで事実上手出しが出来ないようにしていた。

 

 霊廟の雑務を行う従者の選抜は、皇太子のみとして法によって定められている。

 

 帝国が建国されて以来、霊廟に立てこもった皇太子も皇帝も存在せず、また皇帝といえども簡単に足を運べるような場所でもない。

 

「それは大将軍殿の特権を持ってしても立ち入れない場所なのかね?」

 

「皇帝陛下に勅令を出すことは出来ますが、先帝や先々帝ら、多くの帝が葬られた神聖な場所です。そこに武器を持った兵士達を突入させるわけにもいきますまい」

 

 ある意味、皇帝の寝室に立ち入る方がマシに思える場所だ。シエン公を討伐する勅令を出したとしても、うかつに攻撃して霊廟を破壊すれば、帝国の威信と権威が崩壊しかねない。

 

「ガスを投与するのはどうだ?」

 

 モーガンの提案にガイオウはクビを振った。

 

「それを行えば、我らが死罪になります。力攻めが出来ない場所ではありませんが、やった場合我らが逆賊になりますぞ」

 

 ガイオウの言葉にモーガンは不愉快そうな顔をするが、モーガンの提案そのものは決して間違ったことではない。

 すでにルオヤンは落ちているも同然だが、ここでクーデターが長引けばモーガンとしてもごり押しが出来なくなることはガイオウが理解している。

 

 太陽系連邦軍は決して纏まっているわけではない。統合軍率いるアルタイル方面軍は、連邦宇宙軍所属のプロキシマ方面軍にこの話を一切報告せずに独断専行で決行している。

 

 本来短期間にクーデターを行い、シエン公を排除し、支配権を強化したいのがモーガンとその背後にいる太陽系連邦統合軍の本音だ。

 

 かなりの無理をしているだけに、モーガンとしても無駄な時間を掛けたくない。

 

 だが、ガイオウを筆頭とする帝国側はそうでもない。むしろ、孤立無援の状態にした上で、じっくりと長期戦をしてもこの形勢はひっくり返しようがないからだ。

 

「ではどうすればいいというのだ?」

 

 怒気をそのままにガイオウへとぶつけるモーガンではあったが、この時点でガイオウは兄であるシエンや、自分を傀儡に据えようとするモーガンに対して自分が完全に有利な立場であることを悟り、内心ほくそ笑む。

 

 だが、絶対にそれを表情に出すことはなかった。

 

「一つ手があります」

 

 思わせぶりな言い方ではあるが、逆にそれはモーガンが一番欲しい答えでもある。

 

「どんな手かね?」

 

 案の定と言ってもいいほどに食いつく姿は、事実上のアルタイルの支配者としての貫禄はどこにも見えない。

 

「獲物?」

 

 ガイオウがアウナに向けて指を差すと、モーガンはまるで珍獣が何かを見るような目を向けた。

 

「なかなか、かわいらしい獲物ですな」

 

 ニタニタとしているモーガンの顔がさらに醜悪で嘔吐したくなるほど酷いものになった。思わず、アウナは顔を逸らした。

 

「何しろ、この子はシエン公の娘なのですから」

 

 その発言にモーガンの顔つきが急に変わる。

 

「大将軍、これはどういうことですかな?」

 

「簡単な話です。この娘を人質にすればいい。単純明快な話です」

 

 今度はガイオウを含めた全員が呆然とした顔つきになる。特にモーガンは目を白黒させていた。

 

「冗談が上手いな大将軍殿は」

「冗談に聞こえますか?」

 

 ガイオウは意にも介さぬように返答するが、対峙するモーガンは先ほど異常の怒気を見せ始める。

 

「あの狡猾な男が、自分の娘を人質に取られたぐらいで、日和るわけがなかろうが! 貴公は全てを台無しにするつもりか?」

 

 それはガイオウ以外の全員がそう思っている答えを代弁したようなものだ。ガイオウ陣営の諸将も軍師も、訝しがるだけでモーガンの非礼に不快になっていないのが嫌というほどに分かる。

 

 誰もがシエン公という人物の強かさを理解している。太陽系連邦相手に一歩も引かず、熾烈な戦いを繰り広げながら、時には戦い、時には知略で勝負し、時には交渉を行う。

 

 内なる敵にも、外敵であるはずの太陽系連邦軍に対しても、決して一歩も引かず、妥協な非情な策も実行してきた過去を知る者にとって見れば、今更一人娘とはいえ、アウナを人質にしたところで、交渉材料にもなりはしない。

 

「自分が反逆者になり、挙げ句の果てには孤立無援の状態という圧倒的に不利な状況で、自分の娘を人質にしてひるむようなそんな男かね? 貴公の兄は?」

 

 モーガンらしからぬ正論に、太陽系連邦軍の面々もガイオウ以外の面子も頷いてしまったほどだが、誘拐犯に攫われたならばまだしも、この状況下で日和るのは文字通りの自殺行為でしかない。

 

「自分の娘可愛さに、自分から死刑台に上がるバカが一体どこにいるというつもりかね? そんな容易い男だと思っているのか?」

 

「その通り、容易い男ですよ」

 

 堂々とした反論に、モーガンは押し黙ってしまった。

 

「シエン公、いえ、兄上はこの娘をどれほど大切にしているのか、モーガン大将はご存じではないようですな。兄上は、血のつながらぬ他人が死んでも悲しみますが、それを惜しむような人ではない。顔も知らぬ他人は無論のこと、顔を知る他人、血のつながりよりも大義、そしてそれ以上に現実性を優先させる。ですが、その唯一の例外がこの娘です」

 

 冷たい、というよりも冷え切った氷のような目を実の姪にガイオウは向ける。冷酷という言葉すら暖かく感じてしまうほどの冷たい表情にアウナは思わず顔を背ける。

 

「まあ、ここは我らにお任せください。すでに仕掛けは用意しております。それよりも都の守りを厳重にお願い致します」

 

 つい最近まで、ヘコヘコとしていたのが嘘であったかのようなガイオウの立ち回りに、流石のモーガンも圧倒されてしまう。

 

 どのみち、神聖にして不可侵な場所を太陽系連邦軍が直接手を下すことは出来ない。今後のことを考えれば、汚れ役や面倒事は全て、帝国側が引き受けた方が得策であることはモーガンが一番理解している。

 

 それに、この一件がプロキシマ方面軍に露呈するリスクを考えれば、相応の政治工作を優先させるべきだろう。

 

 これが露呈した場合、モーガンの失脚だけでは済まない。

 

「……分かった。大将軍殿に任せよう」

 

「光栄です、大将閣下」

 

 大げさに一礼してみせるガイオウは形だけではあるが、へりくだって見せた。

 

 ***

 

「あれで良かったのですか?」

 

 シュテンと共にガイオウは別室に移動していた。

 

「あれで構わん。事が大げさになれば、困るのは奴らだ。高平陵を爆破すれば、奴らの今後の統治が上手くいかん。それに、大げさになった噂がプロキシマに届けば、困るのは奴らの方だ」

 

 平然と紅玉茶を飲みながらガイオウはそう言い切る。この計画をモーガンと共に練っていた中で、ガイオウなりにモーガンの立ち位置と背景を考慮したが、上手くいけば逆に主導権を奪えるのではないかとガイオウは考えていた。

 

「ですが、すでに伯父上は謀反人です。廃嫡し、父上が正式に皇太子として高平陵を攻めればいいのでは?」

 

シュテンは生真面目に正論を唱えるが、ガイオウは首を横に振った。

 

「そんな暇は無い。私が皇太子となり、高平陵へ攻め入ったとして、その結果として高平陵を灰にしろというのか?」

 

 兄であるシエンが、何故高平陵を拠点としているのか、ガイオウはこのクーデターを起こす直後に知った時は卒倒しそうになった。

 皇太子以外に基本的に出入りが出来ず、皇帝ですら皇太子を引き連れなければ往来することも出来ない申請にして不可侵な聖域。

 

 それを拠点とするのは、皇族としては明らかに理外の理と言ってもいい手段だ。だが、逆に言えば高平陵に閉じ込め、封印するという手も取れる。

 

「シュテン、お前はあの兄上を皇太子として廃嫡にしたところで、一度立てこもった絶好の拠点から出てくると思っているのか?」

 

 その言葉に、シュテンの顔色が変わる。我が息子ながら器量はあるが、まだまだ甘いと言わざるを得ない。

 

「私が兄上の立場ならば、高平陵を破壊しかねん。そうなってみろ、我らの威信は地に落ちる」

 

「伯父上ならばやりかねませんな」

 

父であるガイオウに言われて、シュテンも気づいたようだ。現在、戦略的にはガイオウ陣営が形勢有利であるが、戦術的には不利な位置にある。

 

「高平陵に爆弾を仕掛け、交換条件としてルオヤンを脱出するとでも言いだしかねん。防ぐのは容易いが、我らが圧倒的に有利であるからこそ、窮鼠と化した相手は何でもやる。兄上ならばそれぐらいのことはやるだろう。そして、ルオヤンから脱出し、アルデバランやベテルギウスにたどり着けば、そのまま反乱勢力を糾合する可能性すらある」

 

「しかし、アルデバランのリーファン公もベテルギウスのヴェルグ公も我らに忠誠を誓ったはずでは……」

 

「奴らの本音は自陣営の繁栄と拡大だ。腹の底では信用出来ん」

 

 ベテルギウスのヴェルグ公などは、わざわざシエン公から送られた手紙を差出してきたほどだ。

 だが、それまではベテルギウスの安定の為に幾度となくシエン公の遠征にヴェルグ公は協力してきた。

 

 アルデバランのリーファン公などは、第一次シリウス会戦後の内乱時は、アルデバラン方面をまとめ上げ、シエン公との友誼も厚かった。

 

 しかし、ヴェルグ公の寝返りと太陽系連邦軍がガイオウ陣営に付いていることから、家臣達の忠告もありこちらに付いた。

 

 裏を返せば形勢が不利になった瞬間、手のひらを返してもおかしくは無い。それぐらい彼らの本心と本音は読めない上に当てにならない。

 

「ひょっとしたら、兄上はルオヤンを脱出してプロキシマへと向かうかもしれんぞ」

 

「まさかそれは……」

 

父の言葉にシュテンは否定しようとしたが、そう言い切れないことと、そうなった場合の結果に背筋が凍りそうになった。

 

「あり得ない、などということは兄上には存在しない。太陽系連邦軍の内部対立を一番知っているのは兄上だ。だからこそ、ルオヤンを完全封鎖し、誰も脱出することも侵入することも出来なくしたのはそのためだ」

 

 モーガンらアルタイル方面軍の行動は全て、プロキシマ方面軍、その背後にある連邦宇宙軍には一切話を通していない。

 

他言無用ということで計画の全貌を把握しているのはアルタイル方面軍ではモーガンとフォッシュだけであり、全てがプロキシマ方面軍に察知されない内に、このクーデターを成立させようとしている。

 

 本来ならば、他国のクーデターに協力しているという事実だけでも悪い風聞が立つ上に、むしろこの件に関しては、モーガンからガイオウへと提案された代物であり、目的はアルタイル方面軍、その背後にいる太陽系連邦統合軍の勢力拡大、権限強化の為である。

 

「プロキシマ方面軍にこの事実を報告した場合、我らが逆転負けする可能性が高い。なりふり構わず勝つならば、それぐらいのことをやっても不思議では無く、むしろそこまでやらなければならないほどこの状況は覆せない」

 

「であれば、なおさら伯父上を誅するべきでは?」

 

「高平陵ごと吹き飛ばされかねん。だからこそ、アウナを人質に使う」

 

 立てこもった高平陵を吹き飛ばすこともでき、敵であるはずの太陽系連邦軍プロキシマ方面軍とも手を組みかねない危険人物が、シュテンには自分の娘可愛さに出頭してくるようには思えない。

 

「そう心配そうな顔をするな。兄上は何をしでかすか分からない。だが、これだけは私の首を賭けてもいい。あの娘一人の為ならば、我が身を投げ出すことも兄上は厭わぬ。その矛盾が兄上の強さだが……」

 

 一呼吸を置き、再び甘い紅玉茶をガイオウは飲み、腕を置いた。

 

「……同時にそれは弱さでもある。どちらにせよ、我らが取れる手段はそこまで多くない。後は腹をくくる意外に策などはないと思え」

 

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