アルタイル戦記   作:ヤン・ヒューリック

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アルタイルの斜陽 第5話

アルタイル帝国は、かつてはただ「帝国」と呼ばれていた。オリオン腕において、アルタイルを祖としたこの帝国は強大な軍事力を背景に、周辺星域を平定し、征服することでただ唯一の帝国として君臨し、百年にも渡る、外征と版図の拡大に没頭してきた。

 

 屈服した敗者には寛大であったが、増長する敗者には徹底して報復して滅ぼすというシンプルでわかりやすい飴と鞭を使い続けることでアルタイルは、シリウス、ベガ、アルデバラン、果てにはベテルギウスまでを征服し、オリオン腕での大帝国として覇を唱えてきた。

 

 だがその支配は誰もが望むものではなく、そして、好まれてはいなかったが、それを黙らせるだけの圧倒的な力により「帝国」は「帝国」として存在し続けていた。

 

 しかし、その支配が終焉に近づいたのが、太陽系《ヘリオス》という辺境から、プロキシマにやってきた蛮族とも言うべき存在との遭遇である。

 プロキシマに植民を勧める太陽系《ヘリオス》の蛮族を、帝国は堂々とコレを討伐し、そして勝利してしまった。

 

 それはシリウスやベガ、アルデバランやベテルギウスなどでの征服事業と何ら変わらず、それどころか時たま起きる反乱を鎮圧するがごとく、滞りなく行われた。

 

 捕まえた捕虜から、情報を手に入れた「帝国」は、ここで初めて太陽系《ヘリオス》をやっと統一し、やってきた蛮族であったことを知り、その討伐に勝利したことに酔っていた。

 

 しかし、それはかつて「帝国」が誕生する前に行われた、統一戦争よりも遙かに凄惨な戦いの幕開けであり「帝国」が、アルタイル帝国へと落ちぶれる凋落の兆しでもあったのである。

 

 同胞を殺されたと激怒した太陽系《ヘリオス》の蛮族は、プロキシマにて艦隊を投入し、それを察したアルタイル帝国も、コレを撃退するべく、太陽系《ヘリオス》の四倍の兵力、二万隻の艦隊を投入した。

 

 本来であれば、数で勝る「帝国」軍が勝利し、壊滅した敵を滅ぼすのが、いつもの「帝国」の軍事行動であったはずである。この戦いに勝利した時に結婚を約束した兵士や、武将達、そして昇進も約束された将軍達もいた。

 

 重臣達の間では、誰が一番敵を殲滅できるかなどの賭けをしたものまでおり、皇族達も競ってこの戦いに参加し、蛮族を討伐するという戦に志願していった。

 

 この時「帝国」側に油断があったのは事実ではあるが、怠慢があったというのは語弊がある。実際のところ、太陽系連邦軍は五個艦隊、五千隻しか動員できず、四倍もの兵力差があった。

 

 むしろ、油断していたのは太陽系連邦軍であったと言えるのだが、当時の太陽系連邦軍は、八個艦隊しか所有しておらず、むしろその中で五個艦隊もの兵力を投入したのは思い切った決断であったと言える。

 

 こうした形でHC80年、第二次プロキシマ会戦は始まった。勝つと慢心していた大軍が、絶対に負けられないと奮起して戦う寡兵の軍に敗北するのは歴史上ありえないことではない。

 

 それは、この第二次プロキシマ会戦もまた例外ではない。慢心した二万隻の「帝国」軍は文字通り、蹂躙され壊滅した。

 

 その熾烈さは、参加していた十名の皇族のうち、二人だけが生き残り、生きてアルタイルに戻った兵士達は、わずか十分の一にも満たなかったほどである。

 あまりにも無様、というよりも醜態といってもいい敗北は「帝国」を震撼させると共に「帝国」に抑圧されていた勢力が、再び反旗を翻すには充分過ぎるほどの理由であった。

 

 そして、その帝国が再び帝国として蘇ったのは、皮肉にも彼らを単なるアルタイルのみを版図とする国家に追いやった太陽系連邦であった。

 アルタイル帝国大将軍として、軍権を一手に担うガイオウは、目の前にて対峙している褐色の男の目を見ながら、その皮肉の意味を痛感させられる。

 

 

 「それでは、我々の提案を受け入れるということでよろしいですな?」

 

 どこか低俗に聞こえる声に、ガイオウは煩わしさを感じるが、それをおくびにも出さないままに「無論です」と返答する。

 

 「それは結構。我々としても手を組めるのはやはり、賢い人間でありたいものですからな」

 

 そう言うなり男は高らかに笑った。

下品な笑い方だが、この男はアルタイル帝国大将軍である自分よりも、上の立場にいる。

 

 太陽系連邦軍アルタイル方面軍司令官、アーネスト・モーガン大将。

この男は現在、実質的に太陽系連邦の総意を受けて、このルオヤンを中心に太陽系連邦の軍を駐留させていた。

 

 第二次プロキシマ会戦での敗戦で帝国は大打撃を受け、その後の第一次シリウス会戦でも大敗した帝国は、すでに崩壊し、各地の星系での反乱を鎮圧することもままならい状況になった。

 

 だが帝国を滅亡寸前にまでおいやった太陽系連邦も、帝国そのものを潰すつもりはなく、彼らが望んだのはプロキシマ方面の割譲であり、終戦であった。

 

 その後、帝国は改めて太陽系連邦と和平し、彼らの軍事力を背景に、再び国内を統一することができた。

 

 「我々としても、豚が虎を食い散らかすような光景を望むほど悪趣味ではありませんからな」

 

 モーガンは、あくまで一方面軍の司令官に過ぎない。本来ならばアルタイル帝国の総司令官と言ってもいいガイオウに、ここまで無礼な発言は外交問題に発展する。

 

 しかしアルタイル帝国と太陽系連邦は、決して同格ではない。そして、アルタイル帝国もまたかつては小国の王相手に、一将軍が不敬な態度を取っても、泣き寝入りするか、滅ぼされるのを覚悟で戦うのかのどっちかでしか無い。 

 

 それほどまでに、太陽系連邦とアルタイル帝国は戦力に開きがある。

 

 「せいぜい、狩られる立場にならないようにいたしましょう。ところで、この後の件ですが……」

 

 「分かっておりますとも。我々は、宇宙軍の野蛮人とは違いますからな。むしろ、感謝しております」 

 

 大仰な言い方で、言うほどの感情が込められてはいないが、アルタイル帝国大将軍としてモーガンと付き合ってきたガイオウは、モーガンが少しだけ動揺しているのが分かる。

 

 口ぶりと図体はいかにも大物の風格を出しているが、中身は外見とは不釣り合いなほどの小物だ。第二次プロキシマ会戦にて、数少ない生き残りとして帰還し、修羅場をくぐっているガイオウに比べれば、モーガンは決して大物ではない。

 

 しかし、その小物に対してこのような態度を取らざるを得ない自分も、決して大物ではないことをガイオウは理解している。

 

 「では、当初の取り決め通りにお願いいたします」

 

 「分かっておりますとも」

 

 そう言うと、モーガンはさりげなく右手を差し出す。太陽系《ヘリウス》では握手と呼ばれる作法ではあるが、アルタイルでは貴人同士が互いにふれあうことを好まれない。

 

 だが対等の立場ではないことを自覚するガイオウは進んでモーガンの握手を交わした。そして、モーガンの右腕がほんの少しだけ湿っていることをガイオウは察した。

 

 「大将軍殿は、モーガン大将との協議を行っているようです」

 

 シエン公の軍師であり、中書令として宮中の奏上を一手に担うマオは、主君であるシエン公にそう告げた。

 

 「それでガイオウは?」

 

 「普段通りでしたな。とりあえずは、モーガン大将ら太陽系連邦には今のところ気づかれてはいないと思われます」

 

 シエン公が皇太子になる以前、まだ一公子でありながら戦場を駆け巡っていた頃から、マオはシエン公の側近として仕え、彼の危機や窮地を救い、そして、彼が活躍する時は文字通りの片腕としてそれを助けていた。

 

 故に、シエン公の食客の中では一番の序列を持ち、高い学識と教養から、食客としては異例の中書令という重職に就いている。

 

 「それは結構なことだ」

 

 シエン公がそうつぶやくと共に、自分の背後にそびえ立つ黒い巨像らしき物体を叩いた。

 

 「なんにせよ、今は何も気づかれてはならん。まだ、こいつは本調子ではないのだからな」

 

 再びシエン公は、黒い巨像に視線を向ける。深淵の宇宙よりも黒く、闇夜ですら明るく見えるほどの深く塗装された黒は、どこか死を感じさせる中で、どこか神聖にも思えた。

そして、紅に染まる二つの目も、死を感じさせながらも恐ろしさというよりも畏敬を与えるような何かを持っているようであった。

 

 「初めてコイツを見た時のことを覚えているか?」

 

 皇太子でありながらも、長年戦場を駆けてきた武人であっただけに、シエン公は基本的に砕けた口調で話す。

だがそれは同時に親しい相手だからこそそのような口調になることをマオは理解していた。 

 

 「もちろんですとも。殿下と共にこれを見つけた時のことは、今でも覚えております」

 

 初めてこの黒い巨像を見た時のことは、普段冷静なマオも思わず感情が高ぶっている。

 

 「伝説と対面できたことに、これほど感謝したいと思ったことは無かったものですから」

 

 「誰に感謝するんだ?」

 

 「もちろん決まっております。殿下にですよ」

 

 そう言うと二人は示し合わせたようにクスリと笑った。

宮殿から離れた外宮を改造したこの場所では、シエン公とマオ以外は極々限られた者しか出入りすることができない。

特に、太陽系連邦には知られてはいけない場所であるだけになおさらであるが、それでも二人はこみ上げてくる感情を抑えられなかった。

 

 「殿下がこれを見つけたからこそ、我々は明日を信じることができるというものです」

 

 「大げさな言い方をするものではない。感謝したいのはこちらだ。奴らの目を盗み、ついにここまで仕上げることができたのは貴公のおかげだ」

 

 「骨が折れましたよ。奴らの情報を仕入れるのは思った以上に苦戦しましたが、それも今日で一区切りができると思えばこそです」

 

 常にシエン公を諫め、抑え役となっているマオがここまで言うのは、やはり長年の苦労の成果がここに現れているからだろう。

 

 「現状はいつでも稼働はできるのだな?」

 

 「すでに、動力炉も装甲、間接部なども全て修復が完了し、後はいつでも動かせます。問題なのは……」

 

 「人選だな?」

 

 マオの悩みにシエン公は即座に答えた。この黒い巨像は、かつて、アルタイル帝国、いや、それ以前の帝国の時代の象徴と言える兵器であった。

 

 帝国が帝国としてその覇を唱えることができた時代に作られ、今は失われた古《いにしえ》のテクノロジー。それを復活させたことを喜べど、浮かれる気分になるほど二人は楽観主義者ではなかった。

 

 「何しろ、神話の時代の怪物ですからな。この黒龍《ヘイロン》は」

 

 「だがそれは心配いらん。すでに人はいる」

 

 「まさかご自身でこれを動かすおつもりですか?」

 

 若い頃は先陣を切って、太陽系連邦や各地の反乱鎮圧に赴いた猛将であることを知るだけに、マオは一瞬だがしかめ面をする。それを言い出しかねないのがシエン公という人物の本質だ。

 

 「貴公も、意外に人を見る目が無いな?」

 

 「ご冗談を。少なくとも、公の食客の半分は私が集めたことをお忘れですか?」

 

 一万を超える食客達は、皆一芸に秀でているだけではなく、武芸や学識に長け、それでいてどこか侠客の風格を持ち合わせているような男達が多い。

 

 柄が悪い割には、舌を巻くような屁理屈をつけるとは、都の貴族や太陽系連邦側の者達が揶揄するが、それはマオもシエン公もそうした侠者の風格を持ち合わせているからに他ならない。

 

 そして、そんな男達の内半分はマオがシエン公に変わって選んでいたが、シエン公がマオをして「怪物」と呼ぶ、この黒龍《ヘイロン》を任せようと考えていたのは、マオが選んでシエン公に引き合わせた男であった。

 

 「ちょうど今、アウナの護衛に付いているヤツがいる。あいつが一番ふさわしい」

 

 一瞬きょとんとなるマオの顔を見ながら、シエン公は思わずにやついていた。この知恵袋とも言うべき男を驚かせる姿を見るのは、実に愉快であった。 

 

 「ああ、いましたなそんな男が」

 

 「なんだ気づいたのか?」

 

 つまらなそうな顔をするシエン公を尻目に、マオもどこかふざけた顔をしていた。

 

 「当然でしょう。誰が、公に引き合わせたとお思いですか?」 

 

 「その通りだな。で、任せるに足るか?」

 

 「これほどの愚問もありますまい」

 

 即答するマオに、シエン公は顎髭をさすっている。長年の付き合いからか、マオにはそれが機嫌がいい時に出る癖であることを理解していた。

 

 「そうであったな」

 

 「故に、姫の警護役を兼ねて、遊びに行かせたのでしょう?」

 

 「アウナを任せられるのは、レイタムだけだ。昔はお父様がいいとか、お父様のお嫁さんになる~とか言っていたものだが」

 

 「嫉妬されているんですが?」

 

 「貴公には、親が子を心配する気持ちが分からないのか」

 

 「シエン公にそんなところがあったとは思ってもいなかったものです」

 

 「まあ、レイタムならば最悪任せてもいいだろうけどな」

 

 「何しろ、お兄様として慕われておりますからなあ」

 

 二人は初めて、レイタムと出会った時の頃を思い出していた。今では色白の肌に長い黒髪を結っていて、長身と相まって貴公子面をしているが、初めて会った時は今とは比べものにならないほど、どこか殺気立っていたところがあった。

 

 それがここ数年、シエン公の食客となり、マオの塾生として学を身につけてからは立派に御者やシエン公の使者も務まるほどの成長を見せている。

 

 「全ては明日の話だな」

 

 感慨深い口調で言うシエン公の言葉に、マオも静かに頷いた。長き日々と昨日は終わりを告げ、新しい明日が文字通り始まる。

 

 それが何を意味するのかを知りながら、二人は笑った。

明日を信じるが故に。

 

 

 

 

 

 

 

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