その日、国連軍全体の空気は重かった。
エドワーズ空軍基地と繋がる基地では45の棺が並べられその全てがイタリア国旗に覆われていた。
その棺に向かい合うように国連軍の各部隊指揮官、司令部、関係者たちが正装で並び、傍には米空軍の儀仗隊が整列していた。
並んだ兵士達の中からは同じ部隊の兵士達のすすり泣く声が所々から聞こえる。
儀仗兵たちが弔銃を放ち兵士達は敬礼し国連軍初の戦死者たちを悼んだ。
「マッテオッティ首相、先日戦死した45名のイタリア軍将兵の件についてアメリカ国民を代表して哀悼の意を表します。」
「大統領閣下、ありがとうございます。」
急遽訪米したイタリア首相マリア・マッテオッティはこの日ホワイトハウスにてアメリカ大統領ピーター・カークマンと会談していた。
イタリア世論はこの数日で激変していた。
数日前イタリア中を駆け巡った『フォルゴーレ旅団の将兵45名が摘発任務中に爆破テロによって殺害』というニュースは文字通りイタリア世論に激震を与え怒りを齎した。
教会では戦死者を悼むミサが行われ、街という街の広場では報復を訴えるデモが繰り広げられ、若者の多くが陸軍や空軍、カラビニエリなどに志願し始めた。
何せこの規模のイタリア人が絡むテロというのはそれこそ前世紀のボローニャ駅の爆破や赤い旅団の時代以来だ。
遺族たちにはイタリア中から寄付金が集められ、大手航空会社はアメリカへの渡航費用を免除すると表明。
イタリアだけでなくイタリア系の多いアメリカでも多くの人が支援を申し出遺族たちはアメリカへと向かい、今こうして首相と大統領が会談している頃にカリフォルニア州では変わり果てた姿の家族と再会し悲しみに暮れていた。
格納庫に並べられた45の棺の前で悲しみに暮れる遺族たちを撮った写真は世界中の新聞やニュースの一面を飾っていた。
『この攻撃はイタリア市民への攻撃である、アルディアーネの時と同じように!』あるイタリアの政治家は自らのSNSにこう書き込んだ。
先の大戦中、多くのレジスタンスやユダヤ人が殺害されたアルディアーネの虐殺を引き合いに出したこの発言を筆頭にイタリア世論は報復へと傾き政府に更なる部隊の派遣を要求した。
「わが国民は貴国の悲しみと共にあります。
我が国にできることがあれば協力は惜しみません」
「大統領閣下、ありがとうございます。
我が国ではご存知でしょうが世論は報復を訴えています。
彼らを殺害した者達の厳正なる処罰をお願いします、またイタリア軍を増員させていただけますか?」
「増員?貴国は既に一個旅団を派遣していますが?」
「更なる部隊を送らなければ国民は納得しません。
既に陸軍海軍空軍カラビニエリそれぞれが増員する部隊を出し合い新たな部隊を編成準備中です。」
マッテオッティはイタリアを代表して現地へのイタリア軍の増員を要求した。
イタリアでは既に見切り発車的に派遣部隊の編成準備が開始されていた。
その部隊はまさにイタリアを怒らせたとしか形容のしようがない程の部隊であった。
何せ国境を守る最精鋭のアルピーニ部隊に始まり、伝統の狙撃兵ベルサリエリ、虎の子の戦車部隊、イタリア海軍の切り札サン・マルコ連隊等々という大部隊だ。
「貴国には最大限敬意を払いたい、だが性急な動きはやめていただけませんか?
我が国にも事情があります故」
「我が国の世論は報復です、この事件はアメリカにとっての真珠湾や911に匹敵します。
貴国は真珠湾の後日本に宣戦布告し、911ではアフガンからタリバンを追い出したのでは?
ただ同じことをイタリアはしようとしているだけです」
カークマンは動きを止めようとするがイタリア世論はもはや政府にコントロールできない状態であり政府もまた報復をアメリカに要求する状態だった。
「分かりました、最大限善処しましょう。
ですが、必ずしも要求全てが通るとは思わないでください」
「分かってます、我々の要求はただ一つ報復です。
45人の同胞を殺した報いを受けさせる、それだけです」
イタリアはこの事件で暴走し始めていた。
報復だけならば良かったかもしれないが既に国内では一部の市民が「45人が死んだのはベルギー人が見殺しにしたからだ」というデマが流れ始めそこに元からあった反EU勢力が乗っかり反EUデモやベルギー系企業の襲撃事件が起きていた。
「何か見つかったか?」
「そうだな…奴の説明が嘘八百だっていう証拠なら山ほど」
数日前までグリフィン名義の倉庫だった瓦礫の中でスタンが答える。
建物は木っ端微塵に吹き飛ばされていたが建物の中の物を完全に滅却できてはいなかった、かなりの数の残骸が残っていたのだ。
その残骸はあの男が爆破の原因を「犯罪者の待ち伏せか警備システムの誤作動」と説明したがその説明が大嘘だという事の証拠だった。
「意外と残ってるものなのか?」
「ああ、意外と残ってたよ」
「ATFの推計によると地下室でアマトール5トンを同時に爆破したようです。」
コーシャとスタンに補足するようにスタンに協力して捜査していたROが爆破の状況を説明する。
使用されたのは低感度爆薬のアマトール5トン、かなりの量であり同時に珍しかった。
「アマトール?なんでそんな骨董品みたいな爆薬を?」
アマトールはとっくの昔、100年以上前にコンポジション爆薬に取って代わられた爆薬だ。
そのコンポジション爆薬も現在では新開発の爆薬に取って代わられている。
「恐らく製造のしやすさだろうな、アンホよりは強力でTNTと同等の破壊力を持つ。
その上製造も簡単な爆薬だ、下手に軍用規格の爆薬を使えば疑われるとか考えたんだろうな、だからアマトールを使ってドカンってしたわけだと思う。
ついでに爆破すれば証拠隠滅になるし大概こんな風に木っ端微塵にぶっ飛ばせばある程度捜査したらそのまま放置して元の所有者に戻すだろ?
捜査当局が全部片づける訳がないって算段だ」
スタンはこう推測した。
アマトールはあのTNTよりもさらに製造が楽な爆薬だ。
今ではすっかり作ることは無くなったが湯煎で溶かしたTNTに硝酸アンモニウムを混ぜるだけで作れその上TNTが6割含まれていれば威力も殆ど変わらない、軍用爆薬を大量に使えば軍用爆薬を大量に有しているグリフィンにすぐに疑いの目が向くという事を見越してアマトールが選択されたのだろう。
さらに木っ端微塵に破壊すれば証拠隠滅になるし例え残ってもここまで完全に建物を破壊すればある程度捜査してすぐに引き渡されるだろうという見込みもあったのだろう。
彼の推理には説得力があった。
「成程な、賢いじゃないか」
「ですが、あの男は我々を見くびってますよ。」
「?」
首をかしげるコーシャにROは画像を見せた。
それは爆破後に軍がUAVに積んだミリ波パッシブ撮像装置の画像だった。
そこには瓦礫の下に小さな空洞が見て取れた。
「軍が撮影したミリ波パッシブ撮像装置の画像によれば爆破されたのは地下一階、ですがその下に空間があります。
恐らく運び出せなかった重要物資はここに放り込んだんでしょうね、爆弾の真下ですからそう簡単に探せないと考えたんでしょう」
「今イサカが指揮して瓦礫を掘ってる。
遅くとも2、3日以内には地下一階の床までたどり着く、そこで証拠が見つかればあの男を捕まえる。
現時点で違法人形売買、人形虐待、違法薬物製造、崩壊液売買、米国に対するテロ、ざっと見積もって終身刑は確定だ」
「ロシアなら逮捕される前に消してるレベルだな」
あの男の罪状を列挙する、現時点で5つの連邦犯罪が成立していた。
その罪状を考えれば終身刑はくだらなかった、何せイタリア兵45名の殺害は米国内で起きた過去20年で一度に殺害された人数では最多だ、戦術人形の普及で重大犯罪が急激に減ったためかつてのような銃乱射事件など発生しなくなったからだ。
イタリアが怒り狂ってます。