番外の題名はロシア軍歌「勝利の日」から
題名もカート・ヴォネガットのSF小説から
スローターハウス5
グリフィン本部のある会議室で戦術人形の416が周囲を警戒する。
「で、そっちはどう?」
「まあ、いい感じよ?
こんなザルなセキュリティじゃ泥棒さんが入りますよ~」
会議室にはもう一人、グレーの髪の女性指揮官がパソコンをグリフィンのシステムに繋げて捜査していた。
画面にはグリフィンの内部情報、特に人事ファイルや基地の構造図面、資金状況、治安状況、本部の人事査定等々が映し出される。
「ほーう、宝の山ね。それじゃあ、根こそぎ持っていきましょうか。
あんた達に恨みはないけどこっちもこれで飯食ってるからね~」
彼女はキーボードを叩く、すると画面には「ファイルをダウンロードしますか?」という表示が現れ迷いなく「Yes」を選択する。
画面がダウンロード画面に代わりダウンロードが始まり、20秒ほどで全てダウンロードされるとすぐにパソコンの電源を落として画面を倒す。
「怪盗参上っとお宅のお宝は全部盗んでいきましたよ~っと」
「それじゃあ」
「そ、さっさとトンずらして帰るわよ416」
「了解、アーシア・ポトマック指揮官」
二人は部屋から出ると何事もなくセキュリティチェックをすり抜け本部を後にする。
グリフィンの誰も、彼女らがアメリカ政府と国連の要請でCIAが動かした404小隊だとは疑いもしなかった。
「ふぁぁああ…暇、ですわね。」
Stg44が大きく欠伸をする。
国連軍司令部のある基地の正面ゲートで弾を7.62×33クルツから5.56ミリNATO弾に替える改造に始まり、ピカティニーレールの追加、光学サイトの追加、ハンドガードの追加、材質変更等々の大改造でもはや原型が怪しいレベルの愛銃を肩から掛けながら彼女は仕事の警備に就いていたがとにかく暇だった。
「だねぇ…」
彼女のボヤキに隣にいたSASSも同調する。
戦闘もなければ事件もなく毎日2時間ごとに軍の兵士や仲間の人形と交代でこうやって警備任務に就くが暇だった。
「暇がいいのでしょうけど…」
「何か物足りないですよね~これ本当に私達の仕事なんでしょうか?」
グリフィンとの大きな仕事の違いに戸惑っていた。
何せ彼らの仕事は戦闘でもなければ治安維持でもない警備だ。
毎日毎日同じ時間にこうして立っているのとたまにある身辺警護などが仕事なのだ。
「新入り!時間だぞ!」
「二人共時間よ、残業代が欲しいならそこにいてもいいけどね」
背後から人を小ばかにしたような声と落ち着いた女性の声が聞こえた。
振り返ると交代のG&KのXM8とPx4が来ていた。
「ああ、もう交代の時間ですの?」
「そっか、もう3時か」
SASSが腕時計を見ると5月8日の午後3時を指していた。
この日の基地の空気感はいつもとは少し違っていた。
なぜか廊下にはオレンジと黒のリボンが飾り付けられ兵士達、特に東欧各国や中央アジア各国から来た兵士達や人形はウキウキしていた。
その様子を見てコーシャはあの季節が来たことを実感していた。
「ああ、もう勝利の日か」
「ご主人様、お忘れでしたか?
それはロシア軍人として如何なものでしょうか?」
隣を歩くG36が訊ねる。
「中々痛烈な皮肉だね、君の祖国を灰にした戦争の勝利だからすごく微妙な感情は分かるよ。
だけどこの日を忘れるわけないさ、軍人として以上に一ロシア人としてね」
「ご主人様、私の祖国は今はロシアです。
ですので遠慮は結構です」
「そうだったね、明日は祝うべき日、勝利の日だ。
久しぶりに二人で飲もうじゃないか」
「ご主人様、それでは翌日の勤務に支障が生じます」
「大丈夫だよ、明日は一日休暇にしてある。
だから…」
G36に一緒に飲もうと言いかけたが続きはかき消された。
「アーチポフ少佐!」
「なんだ?」
突然司令部付きのアイルランド軍の将校が呼び止めたのだ。
いいところを邪魔されたコーシャは不満に思いながらも用件を聞く。
「大将がお呼びです」
「分かった」
さっきまで浮かれ気分を仕事のモードに切り替えるとアイルランド軍将校と一緒に作戦室へと向かった。
そして十分後、帰ってきた時面倒な事を頼まれたような顔をしていた。
「はぁ、面倒な事押し付けやがって」
「ご主人様?」
「いや、何でもない。兎に角、ジムに連絡して人を集めてほしい。
スローターハウス5の抜き打ち監査だ」
G36に頼むと頭を掻きながらタブレットで書類を確認しながら歩いて行った。
「おい、それは早く言えよ、たく。
こっちだって事情ってのがあるんだ、人が欲しけりゃ一週間前に言ってもらわないと」
コーヒーを飲みながら指揮官は目の前の仲のいいロシア空軍少佐を睨みつける。
口の中に広がる大好物のコナコーヒーで作ったカフェオレの味も彼の不満を鎮めるには不十分だった。
「俺だって30分前に指示されたんだ。
とにかく腕利きの人形多数と連邦政府の法執行官とジムを連れて明日の1000時にスローターハウス5の抜き打ち監査をしろが上からの命令だ。
明日は折角の勝利の日で休暇だったんだ」
それ以上に不満をぶちまけていたのは普段は温厚で冷静なコーシャだった。
彼の怒りはシンプルに休暇を潰されたことだった。
明日はロシアだけでなく東欧諸国、中央アジア諸国にとっては建国記念日やクリスマスに次ぐ大事な日、勝利の日、正確に言えば対独戦勝記念日である。
その日に合わせて彼は休暇を取り、そして潰されたのだ、怒り狂って当然だ。
「ハハ、それが世の中さ。
カリーナ、明日動かせる奴っているか?」
後ろにいたカリーナに聞く。
彼女は持っているタブレットで全員のスケジュールを確認する。
「えーと、明日非番なのはAR小隊、SVD、SV-98、M1ガーランド、M1カービンですね。
あとM14さんは自由に動かせますし」
「ってことは戦闘要員は9人?」
「数合わせでワルサーさんも」
非番だった人形全員を集めれば十分な数が用意できた。
ジムはコーシャに確認する。
「それでいい、これでいいか?」
「十分だ。いざとなれば自衛できるだけの人員がいる。」
「なら大丈夫だ、元レンジャーにフォースリーコン、空挺軍だぞ」
「質は十分だな」
コーシャは十分な人員を確保できたと確信していた。
しかしながら指揮官にはある疑問が生まれる。
「しかし、そのスローターハウス5ってのはどんなグリフィンの基地だ?
こんな大層な装備がいる基地なんて聞いたことがない」
第5屠畜場なる基地は聞いたこともなかった、一応全ての基地に識別コードとして色々な名前が振られゲート基地のケッセルやS-07基地のサンタンジェロ、この基地にもコルサントの名前が振られている。
コーシャはもったいぶった口調で説明する。
「まあ、一言で説明するならいつの間にか首元に突き付けられていたナイフだ。
つい先日まで書類上はグリフィンが有する一施設だった、だが最近になりその実態が分かった。
極めて強力かつ大規模な兵力を有し極めて優秀な指揮官と人形からなる基地だ。
しかも不思議な事に書類上の扱いはただのレーダー施設、これがどれだけ重要な事か分かるか?」
首元にいつの間にか突き付けられていたナイフ、それがその基地だった。
グリフィンから渡された書類上はただのレーダー基地、そしてその書類通りの施設だと思われていたがつい最近になりその実態が分かった、それはまさに喉元に突き付けられたナイフだった。
「グリフィンが我々を欺いて大兵力を展開できる体制を整えていた、ってところか?」
「そういう事だ。その上場所は南西に25キロ行ったところにあるガーデン近郊だ。
あの町は重要な街道が通り別の街道が合流するチョークポイント、もしもガーデンを抑えられれば大変だ。
その上25キロという距離は…」
「重砲やロケットで狙う事が可能。ヘリによる強襲も簡単だ」
「そういう事だ。
首元にナイフを押し付けられているのと同じだ」
最も重要な要素は位置だった。
位置は南西に僅か25キロ、今時の重砲どころか2世代前の火砲でも簡単に狙える距離だ。
その上近隣にあるガーデンという町は交通の要衝、なぜこんな警戒する要素しかない基地を今まで見逃してきたか不思議なレベルだった。
「なるほどそれでその基地を抜き打ち監査するのか」
「ああ、
一応協定で管理下に置けるのは人員が配置された通常の基地のみ、共同管理は各種物資集積所だけ。
レーダー基地はあくまで指定の7か所のみ共同管理、それ以外は定期的な監査と毎月の報告だけ。
相当ザルだが政治的妥協だ、その妥協で苦労するのは現場だが」
不満を漏らす、政治に縛られるためある程度の軍事的脅威を黙認しなければならない軍人たちを代表するような言葉に指揮官も同情する。
「軍は政治に隷属するからなぁ、肩身が狭いねぇ。俺は民間人だが」
「そうだな、それじゃあそろそろ行くよ。」
壁掛け時計を確認したコーシャがコーヒーを一気飲みすると立ち上がり手を伸ばし握手する。
「邪魔したな、今度一杯奢るぞ」
「なに、仕事だからな。
その代わりにおたくらにきっちり料金は請求させていただきますぜ」
「シャイロック気取りか?」
「商売人はみんなシャイロックさ」
指揮官の言葉に二人共笑うとコーシャは出て行った。
そして渡されたスローターハウス5の資料を指揮官は読み始めた。
「ふーん、スローターハウス5、正式名グリフィン&クルーガー社S09地区P基地。
責任者、ユノ・ヴァルター、女性、17歳?ガキか?なんでガキが戦争なんかやってるんだ。
戦争は大人の仕事だぞ」
・XM8
G&Kの人形。工場直送なので軍隊経験はない
・Px4
G&Kの人形。こちらは元イタリア財務警察所属。
一応指揮官の装備はM27IARにストーガー・クーガー(9ミリパラベラムモデル)だけどあんまり使わないし射撃も苦手なので普段は小型拳銃のベレッタM950(.22LR弾モデル)を持ち歩いてる。