もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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ロシア人の怒り

 書類調査が終わり、コーシャは格納庫で保有しているティルトローター機とシングルローターのヘリの周りをまわりながら

 

「これが例の機ですか?」

 

「はい、ウィンダムとシュバルヴェです」

 

 コーシャは腐ってもパイロットだ、空軍士官学校から空軍のヘリコプター操縦士学校を経てヘリ部隊に移り大型の輸送ヘリを飛ばしその後モスクワのミハイル・フルンゼ名称記念軍事アカデミーを経て空軍参謀本部勤務を経て国連軍司令部付きとなったエリートでもある。

 だから航空機にもある程度精通している、ヘリも飛行機も基本的な理論は同じだし安全規則も同じだ。

 そんな彼に説明するのはパイロットの八一式だ。

 

「一応FAAから仮レジ番号でN649XG、N650XGが与えられる予定だ。」

 

「レジ番号?」

 

 コーシャはユノのこの機たちは今後FAAが機材を登録すると教えるがその用語を知らなかった。

 航空の素人なら仕方ないと説明する。

 

「エアクラフトレジストレーション、全ての民間航空機に与えられる国籍記号と登録記号を組み合わせて与えられるいわば飛行機のナンバープレートだ。

 この機は法的にはアメリカの民間登録になるからN、それに数字として649と650、そして最後に試作機・実験機のコードのXにグリフィンのGだ。

 一応グリフィン登録機は末尾の文字をすべてGにするっていうのがFAAの方針だ」

 

「あの、FAAとはなんですか?」

 

「連邦航空局、アメリカの航空行政機関。

 知らないのか?」

 

「知りませんでした…ほら、空ってそういうのはないと…」

 

 ユノは空にはルールが無いと思っていた、しかしそれは大間違いだ。

 空のルールというのは地上と同じかそれ以上に厳格だ、高度や速度やルートだけでなく整備やパイロットの訓練、休息、運用事業者の経済状況まで考慮されて制限されるのだ。

 そうして初めて航空機という地球上で最も安全な乗り物の安全が担保される。

 

「空にもルールってものはある。

 トランスポンダとTCASの設置は?」

 

「なんですか?そのトランス何とかとティーキャスって?」

 

 コーシャはユノの無知っぷりに頭を抱える、近代航空機ならどの機でも積んでる装置であるトランスポンダとそれと連動して使用される空中衝突回避システムを知らないのだ。

 

「二次レーダーで使う応答装置とそれと連動して使われる空中衝突警告装置だ。

 どちらも設置と使用が義務化されてる。

 パイロットの訓練記録は?」

 

「あったかな…おばあちゃん」

 

「なかったような気がするが…」

 

「ブラックボックスとクイックアクセスレコーダーは?」

 

「QARなら搭載してますがブラックボックスは搭載していた記憶はございません」

 

「この基地のデシジョンハイトは?」

 

「デシジョンハイト?」

 

「決心高度、着陸時を決断する時の最低高度。

 ミストアプローチは?」

 

「ミストアプローチ?」

 

「着陸復行後の指定高度。

 ミニマムディセントアルティテュードは?」

 

「ミニマムディセンドアルティチュード?」

 

「ミニマムディセンドアルティテュード、最低降下高度。

 滑走路を視認できるまで降下できない最低高度。

 こういった指定は?」

 

「…知りません」

 

「管理者は君のはずだが?

 チャートは?」

 

「チャート?」

 

「航空路図だ、まさかとは思うがチャートを用意していないとかないよな?」

 

「…」

 

 安全な運航に必要な物を羅列し問い詰める、だが答えは全て「知らない」だ。

 その言葉に彼の中の何かが切れる音がした。

 

「スーカ、今までいったいどうやって着陸してたんだ!?

 今まで事故が起きなかったのが奇跡だ!

 君は一体部下の命をなんだと思ってるんだ!?」

 

「ご主人様、落ち着いてください。」

 

 突然の罵倒と叱責にユノは怯えて固まる。

 激しい怒りを見せる彼にG36は落ち着かせようとするが全く意味がなかった。

 

「G36、俺は空軍軍人だし参謀将校だが一応はパイロットの端くれだし一時は空軍の事故調査局にいたからよくわかる。

 だからこそこの現状の危険性がよくわかる、いつか絶対に事故が起きる、それほど危険な状態だ。

 その事故は、近くの街に落ちるかもしれないし満員のヘリかもしれないんだぞ!

 見殺しにしろとでも!?

 ユノ指揮官!」

 

「は、はい!」

 

 コーシャの大声で呼ばれ我に返り、そして極めて強権的な命令を出した。

 

「現時刻よりこの基地の全航空機を全面的に飛行禁止にする。

 同時に安全が保障されるまでこの基地への離着陸は一切禁止だ」

 

「え!?」

 

「現状では君らは航空機を運用できる体制になっていないと判断した。

 悪く思わないでくれ、安全は何事にも代えがたいのだよ。

 君らは誰が死んでから初めて動くつもりか?え?」

 

「そ、そういうわけでもないのじゃ、それにユノはまだ子供…」

 

 人嫌いが完全に治っていないユノはすっかり委縮し、怯え、黙り込む。

 代わりにナガンが説明しようとするが

 

「これは言い訳で済む問題じゃない!

 子供や大人、そんなのは関係ない、今あるのは君らの粗雑な運用のせいで大惨事が起きるかもしれなかったという事だ!

 今までの君らの行いはスパスカヤ塔の上でコサックダンスを踊っているような行為だぞ!

 今まで碌な監査機関も調査も行われず堕落しきっていたようだがここはもうアメリカだ!

 君は、もしも満員のヘリが市街地のど真ん中に落ちて100人が死んで、その原因が君らの危険な運用だと分かった時、その責任を取れるかね?」

 

 コーシャは止めに現実を持ち出す、もしも事故で100人が死ねば?その責任は誰が取る?

 現実としてあり得るからこそコーシャは恐れ、そして叱責していた。

 

「今まではただ暢気に戦っているだけでよかったと思ってないか?

 実際は、君らは常に、常に!周辺の人々を危険に晒していたんだ!

 君らは軍じゃない!民間だ!これからそれを自覚しろ、我々は民間人だろうが子供だろうが女だろうが容赦はしない。

 もし、誰かが死ねば、それは()()()()だ」

 

 ユノの胸を指で小突く、目の前に立つ軍人はもはやさっきまで温厚で優しそうな男ではなく冷徹で冷酷で誰よりも恐ろしく見えた。

 

「分かったね?」

 

「は、はい」

 

 ここまで言われれば彼女の返事はハイかYesかしかなかった。

 

「よろしい、君が聞き分けのいい子で良かった」

 

「ご主人様、話が一段落したのではっきり申し上げますが小さい女の子に怒り散らすとは大人げないですよ?」(ロシア語)

 

「お姉さんの言う通りですわ、すっかり怯えてますよ。」

 

 話し終わると今度はG36姉妹がコーシャに物申し始めた。

 

「すまん、ついカッとなって」(ロシア語)

 

「気持ちは分かりますが気を付けてくださいね」(ロシア語)

 

「ご主人様の言い分は最もですがもう少し他に言い方があるのでは?

 アーチポフ家の次男坊がそのような言葉遣いをするとはお父上がお聞きになれば怒るのでは?」(ロシア語)

 

「あ、それはない。親父は昔モスクヴィッチとバーで殴り合った事もあるぞ。

 その辺りだいたい全員コサックの末裔らしく荒っぽいぞ」(ロシア語)

 

「全く、どうしてこの家は…」(ロシア語)

 

「でもその家に嫁いだのを決めたのは君だろ?俺は姉妹で買っただけ。

 プロポーズを決めたのは君じゃないか」(ロシア語)

 

「まぁ、そうですが…」(ロシア語)

 

「君のドイツ訛りのあるロシア語は愛嬌があって好きだよ。」(ロシア語)

 

「お二人さん、お熱いのは他の所でやってくださいね」(ロシア語)

 

「あのー何をしゃべってるんですか?」

 

 3人でロシア語で盛り上がるがロシア語の一切できないユノには何が何やらさっぱりだった。

 だがロシア語の分かるナガンは遠い目で眺めていた。

 

「おばあちゃん、なんて言ってるか分かるの?」

 

「まあな、お二人さんは夫婦なのか?」

 

「ええ、最近では珍しくない人形と人間の夫婦ですよ。」

 

 ナガンが聞くと笑顔で答える。

 その言葉を聞いてユノは改めて彼に親近感を持つ。

 

「なら私達と一緒ですね!」

 

「え?」

 

「実は私も結婚してまして…」

 

 ユノはクリミナの事をコーシャに話すが彼が心の中で物凄い嫌悪感を抱いている事には気がつかなかった。

 ロシアという国は伝統的に同性愛に対して拒否感が強い国なのだ、今でこそ減ってはいるが比較的保守派に属するコーシャは同性愛に対して否定的で拒否感を抱くタイプだった。

 

 

 

 

 

 

「暇だな」

 

「暇ですね」

 

「何か面白い話無いの?」

 

「コーヒーのお代わり持ってきましょうか?」

 

「あ、お構いなく」

 

 その頃、指揮官とRo達とG36はコーシャと別れ基地内に併設されていたカフェで待機していた。

 ここにいる全員航空機に関してはズブの素人だ。下手に行っても邪魔するだけだった。

 

「コーヒーでも飲んで待っとけって言われてもなぁ」

 

「コーヒーって言っても豆の質が悪すぎてこれじゃあ幾ら腕が良くても泥水よ。

 一番安いインスタントの方が100倍マシよ」

 

 マスターのスプリングフィールド――一応別の名前でイベリスなんて名前を持っているらしいが英語圏出身者からすればスプリングフィールドは普通に姓として一般的にあるし地名としても腐る程あるのでそっちの方が慣れていた――の作ったコーヒーを酷評する。

 何せ豆がゴミとしか言いようがない程悪いのだ、そもそもポストアポカリプスな世界に豆の品質を求めること自体が酷なのだが。

 

「あんまり言うな、ここのマスターの心へし折るぞ」

 

「ボスも同じこと言うわよ?腕は100点満点中95点ぐらいだけど豆が-300点ぐらいだもの」

 

「それは言えてる、豆がゴミだからコーヒーも酷い味だ。泥水といっても差し支えないレベルさ」

 

「ねぇ、あんた達さっきから黙って聞いてたけど言いたい放題じゃない?

 イベリスが必死になって手に入れた豆とコーヒーをそんな風に言うなんて」

 

 散々酷評していた怖いもの知らず二人に突っかかる女が現れた。




よく考えたらコーシャ達以外来てるの全員英語圏出身者だからスプリングフィールドって本当にどこにでもある地名だしそんなに多くないけど普通にある姓なんだよな。



コーシャの親父(つまりハリトーン・アーチポフ大将)はロシア空軍の戦闘攻撃機閥のボスで爆撃機屋とは年がら年中政治的抗争を繰り広げてます。
ついでにルースキィ・ヴィーチャズィ、ストリージ、ソーコルィ・ロッスィーイの3つの曲技飛行隊を渡り歩いた腕利き。
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