もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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コラボ最終回


День Победы(勝利の日)

「あの、勝利の日って、何ですか?」

 

 ユノの言葉にロシア勢全員が固まり軍事知識のある指揮官以下もありえない物を見るようにユノを見る。

 

「「勝利の日を知らないだって!?」」(ロシア語)

 

 ロシア勢全員が大声でロシア語で叫んだ。

 

「ちょっと待て、それ冗談で言ってるのか?」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

 あまりにも常識が無い事に指揮官が慌てて聞くが疑問さえ持たず答える。

 どうやら本当に知らないらしい。

 

「マジかよ、ある程度軍事に携わって戦記か歴史をかじった人間ならV-Eデイぐらい知ってるだろ?

 それのロシア版さ、時差で一日ズレただけのな」

 

「V-Eデイ?」

 

 とりあえず歴史教育で誰もが知っているはずの単語、V-Eデイについて聞くがそれも知らないのだ。

 とうとうナガンに文句をつける。

 

「おい、これの教育どうなってんだ?」

 

「すまん、歴史教育は忘れておった」

 

 ナガンが平謝りする。

 本当に教えていなかったようだ、なんてことだ。

 溜息をつきながらも指揮官が説明する。

 

「まず、第二次世界大戦って知ってる?」

 

「えーと、第三次世界大戦の百年ぐらい前にあった大きな戦争ですよね?」

 

 ユノの説明は雑過ぎる物だった、だいたいあってるがそれで説明とは言えない。

 

「なんだその雑な説明は。

 1939年9月1日から1945年9月2日まで続いた世界中を巻き込んだ大戦争、それが第二次世界大戦。

 参戦したのは枢軸側にドイツ、イタリア、日本、フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、ブルガリア、クロアチア、連合軍側にイギリス、フランス、アメリカ、ソ連、中国、ギリシャ、ユーゴスラビア、オランダ、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、オーストラリア、カナダ、ブラジル、ポーランド。

 詳細は省くが最終的にドイツ以下枢軸側が連合軍に叩き潰されて負けた。

 その中でドイツが降伏してヨーロッパの大戦が事実上終結した日がV-Eデイこと5月8日だ。」

 

 第二次世界大戦についてちゃんと説明する。

 詳細に説明すればそれこそ朝早くから始めて夜中まで続くことは確実なので物凄く簡素に、そしてさっきの説明よりは情報量を多く説明した。だがここで疑問が生まれる。

 

「でも、今日って5月9日ですよね?」

 

 今日は5月の9日、だが降伏したのは8日だ。

 なぜ一日ズレる?

 

「時差の問題だ。ドイツが降伏したのはドイツ時間の5月8日の深夜だったんだがそれはモスクワ時間だと5月9日のことになった。

 だからロシアやウクライナ、ベラルーシなど旧ソ連圏では5月9日だ。」

 

 第二次世界大戦でドイツが降伏した時間、つまり西ヨーロッパ夏時間5月8日午後11時過ぎはモスクワ夏時間では5月9日の午前二時だった。

 だから旧ソ連圏では一日ズレたのだ。

 この説明にユノは納得するが同時に更に疑問が生まれた、それはロシア勢の騒ぎっぷりからの疑問だ。

 

「でも、だからってそこまで祝う必要があるんですか?」

 

「世界大戦でソ連は一体何人の犠牲を出したと思う?」

 

 コーシャが問いかける。

 ユノは少しうなって考える。

 

「うーん、10万とか?」

 

「違う、2700万だ。

 当時のソ連の20代の男性の95%が戦死、人口の14%が死んだ。

 それがどれだけの数か分かるか?」

 

「さぁ…」

 

「ほとんどのロシア人の家は必ずだれか一人を失ったんだ。

 父だったり母だったり兄弟姉妹、祖父母、子供、孫、従兄弟、叔父叔母、甥姪、必ずだれか一人は戦争に行って帰ってこられなかった。

 我が家もそうだ。」

 

 第二次世界大戦でソ連が失った人名はおよそ2700万かそれ以上。

 家族の誰か一人は必ず死んだのがこの戦争なのだ、その傷は終わってから120年近く経ってもロシア人の文化や心に残っていた。

 

「もはやあの戦争を生きた全員が死んだ今、我々子孫はただ父祖たちの功績をこうやって祝い、語り、忘れない事でしか大祖国戦争を残せない。

 だから祝い、語っているんだ。

 君らは知らないと思うがね」

 

 ユノに言う。

 それほどあの戦争はロシア人たちにとって重要なのだ。

 もはや戦争を知る者がいなくなった今、更に重要性は増していた。

 話が一段落するとコーシャはウォッカをあおり笑顔で言う。

 

「だから、盛大に祝わせてもらうよ。

 ユノ指揮官、君は歌は好きかね?」

 

「歌?」

 

 コーシャが訊ねる。

 ロシア人というのは歌が大好きだ、その例に漏れずコーシャも歌うのは大好きな人間だ。

 

「そうだ、歌だ。

 いつの時代もロシア人は歌うのが大好きだ、だろ?」

 

「ああ、鼻歌だろうが街中で大声で国歌を歌う酔っ払いの歌も好きさ」

 

「海の上では歌とご飯と寝ること以外に何が楽しみがあると思ってるんですか」

 

 SVDとSV-98が当然の如く言う。

 この二人も、特にSV-98は元ロシア海軍の駆逐艦(正確にはフリゲートのポドヴィージュヌイ)に乗っていた彼女にとって歌とは航海中の数少ない楽しみなのだ。

 キャビンのギターで流行りの歌からクラシックから懐かしいソビエト時代の歌まで弾ける曲をすべて奏でながら酷暑の南太平洋から極寒の風が吹きすさび数十メートルの大波に巨大な軍艦でさえ小舟のように揺れるベーリング海まで任務を遂行したのだ。

 

「うーん、あんまり好きじゃないですね。」

 

「そのな、ユノには特殊な事情があってな、人が苦手なのじゃ。

 人形なら大丈夫なのじゃが」

 

 ユノの特殊事情、例の目のせいで昔は人形の方が人間に見え、人間が人形に見えるという事情があった、勿論そんな事彼らは知らない。

 そのせいで音楽という文化、いや恐らくだが映画や絵画、文学などおおよそ彼らが子供の内に経験したり見て人格形成に大きな影響を与える文化と言う物自体に触れずに育ったのだ。

 勿論そんな事情を知る訳がない、色々特殊と聞いていても彼らからすればどうせ年齢の事だろうと考えていた。

 

「俺は大好きだ。クラシックも何でもね。

 グリンカの『栄光あれ』とか、アレはいい。

 『皇帝に捧し命』は一番好きなオペラだ。

 ロシア音楽という歴史を切り開いたグリンカの作った純ロシア産の最初のオペラだ」

 

 そんな事を考えず、というより酔っ払って思考力がロシア人らしく落ちているコーシャは全く気にせず自分の好きな音楽の話をする。

 彼の出したオペラの話にユノは付いて行けない、この世界、オペラはあるようだが上流階級の文化になっているようだ。

 ロシアでは少なくともオペラは一般教養なのだが。何せあの国はなんだかんだでクラシック音楽がかなり強い。特に古都ピーチェルの連中はモスクワの連中にマウントを取るためにオペラの知識を貯めこんでるとか。

 

「栄光あれ?」

 

「知らないのか?

 Славься,(栄光あれ、)Славься,(栄光あれ、)ты Русь моя!(我がルーシよ!)

 Славься,(栄光あれ、)ты русская наша земля!(我がロシアの大地よ!)

 聞いたことぐらいあるだろ?この詩を書いたのはあのジュコーフスキーだぞ」

 

 栄光あれの最も有名なフレーズを出す。

 栄光あれはグリンカのオペラ「皇帝に捧し命」のラストに合唱で歌われる曲でありその歌詞は有名な詩人で翻訳家のヴァシリー・ジュコーフスキーが書いている。

 だが結局のところ知らないので苦笑いするしかできない。

 

「君はもう少し勉強した方がいいぞ?

 人の上に立つには教養ってのは大事だ。

 いざという時にシェイクスピアを引用しろとは言わないけどね。」

 

「はぁ」

 

「ご主人様の言う事は話半分で聞いてください」

 

「話半分とは酷いなぁ、ためになる話だよ?」

 

「酒の席でそのような事を申しても意味はありませんよ?」

 

 G36がユノに補足する。

 酒の席の発言など信用に足る場合の方が稀だ。

 

「ユノ指揮官」

 

「はい」

 

 すると今度はRoが声をかけた。

 

「仕事の話に戻りますが今日の監査で特に問題はありませんでしたので恐らくこのまま我々の指揮系統に置かれ後方における治安維持及び輸送路警備任務に回されると思われます。」

 

「それってつまり?」

 

「鉄血と正面切って殴り合う事が無くなる以外現状維持です。

 戦争は軍のお仕事ですから」

 

「まあ、後は貴方の部下の話を聞いて信用に足る人物かを調査する、のが仕事ですが…」

 

 Roは周りの人形たちの様子を見る。

 皆思い思いに楽しそうに食事を摂ったり話したり、リラックスしていた。

 

「どうやら十分信用に足る人物の様ですね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「礼は結構ですよ、仕事ですから」

 

 Roがカッコつけて言う。

 すると彼女の頭を乱雑にM16が撫でた。

 

「ハハ、何カッコつけてるんだ?」

 

「別にいいじゃないですか、って!酒臭いですよ!仕事中ですよ!?」

 

「ロシア人たちはとっくの昔に飲んでるんだからいいじゃないか、な?」

 

「そういう問題じゃありませんよ!

 なんでこんな不真面目な奴が陸軍レンジャーだったんですか…」

 

「フフ」

 

 ユノがクスリと笑う。

 隣にいたナガンは不思議に思う。

 

「何が面白いんじゃ?」

 

「おばあちゃん、変わらないね。人形も人も」

 

「そうじゃな、世界が変わって歴史が変わっても何も変わらないようじゃ」

 

 二人はしみじみと何かに気がついて集まってきた基地のロシア銃たちと大騒ぎするコーシャ達やその隣で白い目で見ながら他の人形と色々話す指揮官たちを眺めていた。

 彼女達の耳にはコーシャ達の歌も聞こえてきた。

 

「「День Победы,(勝利の日、)как он был от нас далёк(それは何と遠い存在だっただろうか)~♪

  Как в костре (燃え尽きた)потухшем таял уголёк(炭のようだった)~♪

  Были вёрсты, обгорелые, в пыли(焼き壊れ、埃にまみれた道のりに)~♪

  Этот день (この日を)мы приближали как могли(我々は出来る限り近づけたのだ!)~♪」」

 

 この歌はナガンもよく知っていた。

 

Этот День Победы (この勝利の日には)~♪

 Порохом пропах (火薬の匂いが染み込んでる)~♪

 Это праздник(それがこの祝日!)~♪

 С сединою на висках(こめかみに白髪を蓄えて)~♪

 Это радость(そしてこの喜び!)~♪

 Со слезами на глазах(瞳を濡らす涙と共に)~♪」

 

「「Это праздник!!(それがこの祝日!)」」

 

「知ってるの?おばあちゃん」

 

「うむ、有名な曲じゃよ。」

 

 続きの歌詞を寸分たがわず歌ったナガンにユノは驚く。

 この歌はこの時期になれば誰もが歌っていた曲、「День Победы(勝利の日)」。

 古い歌だが、その歌詞は、歌は色褪せていなかった。

 

「「День Победы!(勝利の日!)」」

 

「「День Победы!!(勝利の日!!)」」

 

「「День Победы!!!(勝利の日!!!)」」

 

 叫びにも近い大声と共にグラスが掲げられた。

 今日は祝うべき日、勝利の日だ。




Q、ピーチェルってどこ?
A、サンクトペテルブルク。ロシア語の口語だとピーチェル。
そもそもサンクトペテルブルクってロシア語じゃなくてドイツ語。


コーシャ、酔っ払って典型的なメンドクサイ酔っ払いと化す。

少なくとも勝利の日はロシアではかなりメジャーな(それでも相当古い季節の懐メロに近いけど)曲。
勝利を祝う喜びに満ちながらも戦火に斃れた者達も追悼するいい曲ですよ、ええ
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