カーターにつくか政府につくか、ある種究極の選択を迫られる国連軍。
国連軍として平和のために貢献するか、彼らの世界の権利を代表するものとして反乱を煽動し利権を掠め取るか…
章の名前のルビコンとはイタリアにあるルビコン川のことで古事成語の「ルビコン川を渡る」の由来になった川で後戻りできない場所という意味
第37話
「したがって戦争とは、我々の意思の実現へ向けて敵を阻止するための暴力の行使である。」
――カール・フォン・クラウゼヴィッツ(戦争論第一章より)
「それで、アイアンフィストの結果は?」
「そうですね、それなりに歯ごたえはありましたが好みの味付けではなかったと」
2062年7月8日、独立記念日の4日後。
国連軍司令部で独立記念日ついでに久しぶりの長期休暇を終え司令部に戻ってきたグッドイナフは参謀長のヴェンクと話し合っていた。
議題は数日前、ワシントン州のヤキマ演習場で行われた国連軍と正規軍の初の合同軍事演習「アイアンフィスト62」のレポートだった。
「ふむ、防御力や単純な火力に関しては我々と同等かそれ以上の能力を有するが電子作戦能力が脆弱、また機動力に関しても不整地突破能力は極めて高いが全体的に最高速や加速性、旋回性能に劣る。
人形に関しても戦闘特化であり高度な情報共有システムを有さず汎用性に欠ける、か。
君の言う通り、我々の好みの味付けではないな」
「帰ってきた時の連中の顔は見ものでしたよ。
ああ、久しぶりに大笑いしましたよ」
「休暇でなければさぞ楽しかっただろうな」
その内容は散々なものだった。
例えば彼らが自慢げに胸を張りながら持ち込んだ戦術人形のサイクロプスやアイギスは悉く演習で対戦車ミサイルや無反動砲、酷いと対物ライフルに滅多打ちにされその上機動性も低すぎたせいで戦闘能力を失うレベルまでには至らなくとも機関銃やらアサルトライフルやらで滅多打ちにされていた。
他にも地雷を仕掛けるダクティルは逆に「いや、目の前で地雷仕掛けても一回止まってから処理するし地雷処理システムって最近は携帯式もあるんですよね」、ケリュニティスは「ニーマムのバージョン違い」、ハイドラは「雑魚」、テュポーンに至っては「何このクソデカくて重くて生残性に問題あるしとにかくクソデカくて的じゃないですか。装甲と火力はそこそこっぽいけどさ」とばかりに5キロ先から戦車に一撃爆散され喜色満面の笑みでやってきた正規軍士官兵士一同は帰る頃には全員顔面蒼白、生気を失っていた。
さらに言えばこの連中は彼らの世界では最も優遇された部隊だったのだが、この世界では予備役部隊や一般部隊と大して待遇は変わらずそれどころか彼らの世界では特権階級しか無理な数々の代物や食事がこの世界では毎日のように食べられるという状況に相当なカルチャーショックも受けたようで食事の時間になれば自軍の用意した配給には目もくれずその隣で社交辞令も兼ねて多めに持って来た米軍や自衛隊やカナダ軍などのキッチンカーに殺到する事態になった。
他にも民間用人形を改造しただけのIOP製が普通に使われ男所帯でむさくるしい兵士達が人形だという事も気にせず尻を追いかけるわ酒保の物品を毎日大量に買いまくり演習期間中だけ急遽アルバイトの店員と西海岸中の倉庫から集めた商品を積み上げていた。
それどころか基地からヤキマまで持っていくだけでも相当な大騒動になり、テュポーンはサイズが大きすぎて飛行機はおろか貨物列車の規格にすら合わず結局全車分解して運ばれ、その他の装備は空輸だったがこれもまた規格外の貨物な上に重いわ連中の持ち込んだマニュアルがロシア語でさっぱり読めず向こうのロードマスターに代わりにさせたら離陸直後に固定のストラップが切れて緊急着陸する騒動を起こしていた。
「これで連中、我々を攻撃するなんて言う連中が減ってくれればいいんですがね。
最近は第二ゲートが出来て輸送量と運用部隊数に余裕も出ましたし、対立は百害あって一利なしですよ。」
この2か月、彼らはこのS地区を中心に色々としていた。
民政面では大規模な投資と物資の投入により徐々に生活環境や治安が向上、特に食料に関しては元々大量に余っていたため在庫一掃セールとばかりに大量投入しそれがS地区外にも流れていた。
他にもエドワーズ空軍基地のゲートが手狭になったとして新たに6月にエドワーズ基地の北西20キロにあるモハーベ航空宇宙港の一部を借り上げもう一つのゲートを建設。
二回目という事で僅か一か月で開通に成功、こちらは開いた先が飛行場ではなかったが地盤調査などから飛行場の建設も可能と判断されており空港建設までの間は主にトラックによる物資輸送と部隊展開が開始され第一陣に空軍部隊しか送れなかった中欧東欧北欧軍を中心とする第二陣が展開し始めていた。
「ポーランド軍やルーマニア軍、ブルガリア軍にハンガリー軍は大隊から連隊規模部隊を、ノルウェー軍やデンマーク軍も中隊程度ながら派遣、フィンランド軍は一個大隊、スウェーデン軍は予備役部隊だが一個連隊とは張り切ってるな。」
「かなり張り切ってますよ。まあ予備役部隊ですから後方警備や補助程度ですがそういった任務に強力なポーランド軍やハンガリー軍、ルーマニア軍を回さなくていいのはいいですね」
「何事も人手が多い方がいい」
「除染もかなり効率が上がってこの調子ならば1年以内に欧州域は終わる予定ですよ」
また除染に関してもソ連政府に崩壊液中和剤のサンプル提供や乗員訓練、中古ながら中和剤そのものも提供し空中給油機から散布し効果を挙げていた。
そしてこの結果として、ソ連政府は対ELID部隊や予算を減らしその余力を鉄血や安定しない国内情勢に回せるようにもなっていた。
「除染もいいが、少しは初めからの敵に目を向ける必要があるな。
大統領からのお達しだ」
グッドイナフの口調が変わる。
休暇帰りの暢気な口調から軍人らしい冷徹且つ真面目な仕事人の話し方に変わる。
「米国は腰を上げると?」
「レインハート大統領補佐官が。
遅くともクリスマスまでに」
それは鉄血との紛争を終結させる作戦の話だった。
既に国連軍は作戦計画自体は有している、だがそれを実行するには国連の許可だけでなく関係各国の協力や事前準備、何より兵力が必要だった。
そして、アメリカは遂にクリスマスまでに終わらせるという意思を見せたのだ。
その内示にヴェンクは色めきだつ。
「ロシアは?」
「感触はいいらしい。プーシキナ首相も乗り気だそうだ。
来週、ロサンゼルスでソ連代表団と国連代表による国際会議が行われる、それに出席する際に各国代表と話を詰めるそうだ。」
「安保理はどうです?彼らが腰をあげなければ」
「ロシアとアメリカが賛成だ、イギリスとフランスのどちらかが賛成に回れば」
「賛成するならフランスでしょうね。
あの国は自国にため込んだ小麦を是が非でも放出したい」
「アフリカとアジアを食わしてもそれでも余るんだ、この世界の食糧市場が喉から手が出るほど欲しいのはどの農業国も同じだ。」
その他の安全保障理事会の常任理事国も乗り気だった。
特にロシアとフランスは農業産業が強い国だ、自国内には過剰生産でため込んだ大量の小麦があった。
過剰生産の穀物の放出先を求める彼らにはかの世界は非常に有望な市場だった。
戦争を終わらせれば現状米国が実質独占している農作物の取引に割り込めるのだ。
「それで向こうの様子は?」
「それがですね、妙な風の吹きまわしですよ」
「妙な?」
正規軍の様子を尋ねると、ヴェンクが妙な事になっていると言う。
「先月まであまり乗り気でなかった軍が最近になって協力を打診してきました。
まだ非公式ですが明後日、正規軍の士官が非公式の交渉の為に来ます」
「演習の結果か?」
「演習もありますが余力が出たのもあるのでしょうが…」
それは正規軍の面々が非公式ながら内密に鉄血掃討での協力を打診してきたのだ。
これまで散々鉄血はPMCと国連軍の仕事というスタンスを崩さなかった彼らが突然崩したことに驚きを隠せなかった。
更に妙な事も起きていた。
「どうした?」
「連中、どうも最精鋭の特殊部隊を送り込むつもりの様です」
「それは妙だな。正規軍の戦力ならば通常部隊でも十分だ。
特殊部隊は切り札として温存するのが普通だ」
なぜか送り込もうとしている部隊が精鋭の特殊部隊なのだ。
鉄血と正規軍の戦力差というのはまあ、比べるのも可哀想なレベルの絶望的な程の差だ。
実際参謀部の将校は比較した図を見た瞬間「ダヴィデとゴリアテというよりアリとゴリアテじゃないか」とつぶやいたという。
「だから妙なんです。」
「だが、この件は渡りに船だな」
「ええ。鬼が出るか蛇が出るか知りませんが軍のお墨付きを得れるならインヴィジブル・ハンドに弾みがつきます。
ファイブ・グッド・エンペラーもです」
この件は同時に非常に有望だった。
それは、彼らが内密に進める鉄血殲滅作戦「インヴィジブル・ハンド(見えざる手)」作戦と「ファイブ・グッド・エンペラー(五賢帝)」作戦のキーでもあるのだ。
もはや、鉄血との戦争は秒読みとなる、誰もがそう思っていた。
だが、国連軍の望む終わり方と、正規軍の望む終わり方が全く違うとは誰も思っていなかった。
共産主義の連中に見えざる手作戦とか当てつけ以外の何でもない(見えざる手は経済学の自由放任主義の用語)