もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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第39話

「ほう、では私の経歴も?」

 

「勿論。

 レナード・グッドイナフ、2005年12月4日ミネソタ州インターナショナル・フォールズ出身。

 マカレスタ―大学卒業後海兵隊に入隊、フォース・リーコンなどに所属し中国内戦にも従軍しシルバースターを受勲。

 45で大佐、48で少将、53で中将となり55で大将となり特殊作戦軍司令官に就任。

 素晴らしい経歴ですな」

 

 カーターがグッドイナフの経歴を言いあげる。

 その内容は彼についてよく調べ上げられて、感嘆に値した。

 

「その経歴をご存知なら私がどのような人間だという事もご存知でしょう。

 私は相手の腹を探り合う政治家タイプではありません、なので単刀直入に聞きましょう、要件は?」

 

 面倒な腹の探り合いをする前に一方的に切り出した。

 カーターの返事は短い文であった。

 

「鉄血の殲滅に協力したい」

 

「成程、では理由は?モーセのように神から天啓を受けたわけではないでしょう?

 ハヤブサがハトを理由もなく襲うとでも?ハトは理由もなく空を飛ぶとでも?」

 

 カーターに聞き返す。

 彼らの意思はある程度知っていた、だから理由が知りたいのだ。

 

「エリザをご存知ですかな?」

 

「鉄血の中枢システムと聞いているが我々はたいして興味を持っていない」

 

 エリザ、鉄血の中枢システムの話を出す。

 エリザの正体については既に国連軍は相当な情報を得ていた、というのも初期に回収した鉄血のファイルの中にエリザに関する情報があったのだ。

 

「そのシステムは元々オガスというシステムでして、鉄血にその研究開発を依頼していたのですがそれが暴走しましてそれを取り戻したいのです」

 

「オガス?」

 

「ええ。詳細は軍事機密故話せませんが兵器に関するシステムと理解していただければ」

 

 グッドイナフはわざと知らないふりをするが彼らは既にエリザとオガスが同じものだと知っていた。

 というのも回収した情報をロシア側が分析したところ、かつてソ連時代に開発した兵器システム“オガス”と殆ど同一のものだったのだ。

 このシステムは旧ソ連末期に経済的理由から実戦テストのみで開発中止となりミンスクの遺跡に封印、その後崩壊後の混乱で情報が散逸、再発見されたのは2030年代前半の遺跡管理見直しの際にベラルーシ政府から問い合わせを受けた時であった。

 その後ロシア政府とベラルーシ政府の合同調査と散逸した各種資料の再収集を行いまとめた後解体、全部スクラップとして溶かされたシステムだ。

 そのシステムの情報は2050年代に改めてこれをたたき台に新たなシステム開発をロシア政府が行おうとしたが蝶事件で開発担当だった鉄血が破産しそれどころか鉄血に預けていた資料が流出したためロシアは諦め世界中に公開していた。

 

 つまるところ、国連軍は正体どころかどのようなシステムかというところまで知っていた。

 だから彼らは何の興味も持たなかった、だって全部知っているのだから。

 

「つまり預け主を殺した飼い犬を取り返したいのですな」

 

「そうです、そう理解していただければ話は早い。

 エリザ捕獲に協力していただけますかな?」

 

「確かに、魅力的な提案です」

 

「でしょう、そちらも鉄血問題を早期に解決したいのは同じでしょう」

 

「ですが、それに関する我々の利益は?

 預け主の不注意か元の飼い主の不始末か躾のせいで暴れた狂犬をリスク覚悟で捕獲するメリットは?

 狂犬病の犬は見つけ次第殺処分が常識ですよ」

 

 だから、カーターのエリザ捕獲という提案は何の魅力も感じなかった。

 彼らとしては下手にリスクのある作戦を行い死体を積み上げれば、世論は絶対に許さない。

 民主主義体制下の軍事作戦とはいつの時代、どの国もどうしても国民感情と世論が関与する。

 歴史上こういった物のせいで軍事作戦に悪影響が出た結果敗北した例は枚挙にいとまがない、ベトナム戦争や朝鮮戦争等々だ。

 だからグッドイナフは拒絶した。

 

「捕獲はしないと?」

 

「ええ。破壊します。エリザなどに我々は興味はないのですよ。

 我々の興味はただ鉄血を殲滅し地域情勢を安定化し、崩壊液を除染することだけです。」

 

 カーターの顔色は一転不安に覆われる、そこにグッドイナフは最後の止めを刺す。

 

「それに、この間のアイアンフィスト演習の事をお忘れですかな?

 貴軍の能力不足、訓練不足を盛大に曝け出したあの演習をです。

 あの演習以来、国連軍内部だけでなく米国政府内においても貴軍の能力を疑う声が出ています。

 そのような連中にあれこれ指図される筋合いはないのですよ」

 

 既にアイアンフィスト演習で国連軍内部だけでなく各国上層部にさえ正規軍の能力を疑う声が出ていた。

 「我々に比べ能力で劣る連中にあれこれ言われたくない」という主張は政府や軍の主流でありこと鉄血作戦に関しては国連軍が主導的立場でなければならないというのは暗黙の了解であった。

 自らがこの場で不利な立場だと理解したカーターは苦し紛れにある点を突く。

 

「あなた達はこの世界ではただの部外者だとお忘れですかな?」

 

 ソ連政府がもし国連軍を侵略者として攻撃すれば、彼らは撤退する以外に選択肢はない、そこを突いた。

 だがそれもまたグッドイナフは織り込み済みだった。

 

「忘れてはおりません、ですが、貴方には何の権限があって言っているのですか?

 これはあくまで非公式の会談、私は現場の実務者レベルの話し合いだと理解している。

 正式な話し合いは今、ロサンゼルスで行われている貴国の外務大臣と我が国の国務長官との会談です。

 ここで何かを決めるというわけではなく、ただの互いの目的や理由や考えを交換する場だと考えている。

 あくまで決定をサポートする情報を互いに交換し、決定後の相互理解を円滑にするためだけの場ですよ。」

 

 グッドイナフに正規軍との正式な協力による軍事作戦を行う決定権はなかった。

 彼は現場の実務者であり上層部の決裁者ではないのだ。

 そこをそもそもカーターは見誤っていた、そしてもう一つ彼は大きなミスを犯した。

 彼らは民主主義体制国家の軍人なのだ。

 

「あなたはあの能無し共に任せるつもりですか?」

 

「能無しとは酷いですな。彼らは民衆の意思によって選ばれた存在ですよ?

 我々は貴国と違って本物の民主主義体制下の軍人です。

 あくまで我々は大統領の命令のみに従い動くだけの存在です、政府という頭脳の指示以外では動かない手足です」

 

 皮肉を込めて返す。

 大抵共産主義体制では民主主義はお飾りのシステムだ、それを彼らはよく理解している。

 そして共産主義とその親戚たちは地球上で最もロクでもない結果しか齎さなかった政治体制だという事も。

 

「あんな民主主義のどこがいい、所詮は衆愚政治じゃないか」

 

「衆愚でも最良の独裁者よりはずっといい。

 何故なら、その衆愚を生み出した責任は国民自身にあるのだから。

 民主主義は最悪の政治体制だ、それ以外を除いてとはチャーチルの言葉だ。まさか忘れた訳じゃないだろう?

 古代ギリシャの哲学者の言葉じゃない、これ以上言うつもりならそれは我が国への冒涜とみなすが、よろしいかね?」

 

 グッドイナフの言葉にカーターは押し黙った。もはやこの会談の主導権は彼にあった。

 

「将軍、こんなことに時間を費やすよりもっと建設的でアグレッシブな話がしたい。それはあなたも同じでしょう?」

 

「ええ…」

 

「ところで正規軍はエリザ、ひいては鉄血の最上層部に関してどこまで情報を?」

 

 カーターに正規軍の持つ情報を訊ねる。

 細かい情報は得られないだろうがどの程度知っているか探りたかった。

 

「司令部とエリザの中枢システムの位置を特定しました。

 そちらは?」

 

「確定ではないですがある程度絞り込んではいます。」

 

 そう言うとテーブルの上に置かれていたリモコンを操作する。

 すると部屋が暗くなり天井から液晶画面が降りてきた。

 画面には鉄血支配地域の地図が映し出された。

 

「グリフィンから提供してもらった鉄血支配地域の電力システム網、各種交通網、戦前の鉄血の所有不動産の地図です。

 それを合わせた上でシギントを行ったところ、この工場周辺が妙に通信量が多かった、よって我々はこの周辺3キロ圏内と推定している。」

 

「我々と見解は一緒だな。」

 

 地図上に電力システムや交通網、鉄血の各種施設等が重ね合わされ、更にそこに国連軍の電子偵察部隊が受信した通信量のデータを合わせる、すると一部、ただの工場らしき一ヶ所だけ異常なほど通信量が多かった。

 

「場所としては我々の戦線の左翼側、最も近いのは南に59キロ付近で展開するルーマニア軍第238歩兵連隊、それに第34戦車大隊だ。

 地形的に急峻な山岳地帯の谷間に位置し攻め難く守り易いいやらしい地形だ。

 その上高低差も大きく航空部隊の支援も限定的とならざるを得ない。

 交通の便はそれなりにいいので補給等に関しては困らないだろうが、地形的に大部隊の展開が制限される。

 さらに複雑で敵がどこに戦力を隠避しているか把握するのが難しい。」

 

 地形を分析し述べる。

 急峻な山岳地帯で高低差が激しく複雑な地形、その上部隊を展開する広さもない、まさに守り易く攻め難い地形であった。

 古来戦争において地形というのは最も重要な要素だ、平野では大部隊同士がぶつかり合い純粋な彼我の戦力差能力差で勝敗が決するが山岳地帯となればその要素は相殺される。

 

「入口になる谷間に一度に投入できるのは広さとしては一個大隊程度が限度だろう」

 

「それは同意見だ。

 この地形を考えれば下手に力押しすれば大損害を被る。

 彼我の戦力差を殆ど相殺できるいやらしい地形だよ」

 

「ではどのように?」

 

「電力網を完全に寸断し孤立させ、戦線を押し上げ包囲する。

 後はゆっくりと締め上げるだけだ。

 時間はかかるが、確実だ。相手は降伏などしないだろうから最後に破れかぶれの突破を図ったところで叩き潰すもよし、徹底的に消耗させたところに空から襲い掛かるもよし、相手の考えられないところを突いて山岳部隊に山を越えさせるもよし、調理法は自由だ。」

 

「ねちっこいいやらしい作戦だ。

 私ならそんな作戦を迎え撃つなど御免願いたいね」

 

 グッドイナフの策にカーターは内心震えあがる。

 鉄血の相対する相手は力押ししか能のない彼の部下とは違う、剛柔併せ持つ柔軟な作戦を行う男だという事に。

 




この世界にもオガスあるけどまあ、かなり酷い扱い。
予算不足で実戦テストで終了、その後行方不明になってしかも資料も散逸、40年後にベラルーシがロシアに問い合わせて発見されるとそのまま調査後バラされた。

国連軍最大の弱点は実は死体を積み上げられたら非常に困る事。
良くも悪くも政治に隷属し、政治は国民の意思によって動くという事情。

インターナショナル・フォールズって本当にある町(ミネソタの北の端のど田舎だけど)
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