もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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スパイの話になった。


第43話

 高い城の女作戦、そしてコチェットコフとROがあの不審な手紙を受け取った翌日、彼はそれをコーシャに渡して話していた。

 

「で、これをどうしろって?」

 

 面倒くさそうな表情をして自分のデスクのオフィスのデスクの前に立つコチェットコフをコーシャは睨む。

 

「わからないんですが内容が内容ですから調べてもらえませんか?」

 

 彼は丁重にお願いする。

 なにせ内容はカーターが不審な動きを計画しているという告発文とも取れる内容だからだ。

 だが、それは外交問題となる可能性が非常に高い告発であり、そもそもあまりに抽象的でイタズラかもしれない代物だった。

 

「内容が内容なのはわかる。

 このアーノルドってのはおそらくベネディクト・アーノルドだろうな。

 独立戦争中にウェストポイント砦を英軍に引き渡そうとした独立戦争時のアメリカ最大の裏切り者。

 そう解釈してこの文を読むと『カーターは国連軍に対して裏切り行為を働こうとしている。未然に防げ』って意味になるんだろうが生憎俺たちは探偵でも刑事でもない、軍人だ。

 軍人が最もしてはいけない行為の一つは確固たる信頼に足る情報なく推測と主観的な観察に基づいて動くことだ。

 大尉ならわかるだろ?それにカーターが俺たちに裏切り行為をしたところで、どこに利益が?

 鉄血の前で我々を攻撃などすれば前線が崩壊だ、歴史的大敗北になるだけだ」

 

 コーシャはこの手紙を訝しんでいた。

 なにせ内容が内容というのもあるが純軍事的に考えた場合、カーターがもし作戦中に裏切れば、その瞬間前線が崩壊する、そうなれば敗北は必至だ。

 そんなことを考えながらG36の淹れた紅茶を飲み頭をかく。

 すると同じように頭をかいたコチェットコフが再度主張する。

 

「しかし、これは…」

 

「あーあー、言いたいことはわかる、俺もあのバカ共を信用してないし信頼に足る連中とすら思ってない。

 彼奴等が同じロシア軍人だということを認めることすら拒絶したいぐらいだ。

 あんなスヴォーロフを、クトゥーゾフを、バグラチオンを、トハチェフスキーを、ジューコフを忘れたような連中がその後継者だとは思いたくもない。

 だけどな、こいつは事によっては外交問題化するんだぞ。推論で動きたくないんだ」

 

 彼もまた正規軍を信用していない、だがだからと言って告発分を鵜呑みにする訳にはいかないのだ。

 分別をわきまえた人間ならば誰もがそうするだろう。

 

「推論推論って、中佐殿はこの手紙をどうお考えですか?」

 

「どうせイタズラか何かだろうな。

 カーターの足を引っ張りたい反国連軍派か何かが適当な文章をでっち上げたんだ、軍人として考えるなら」

 

 コーシャの“客観的な一軍人としての認識”はイタズラか何かだと思っていた。

 だがその結論の最後に一言濁した。

 それは同じ疑念を抱いているキーワードだ。

 

「では軍人としての直感は?」

 

「火のない所に煙は立たない。

 これが煙なら、放っていたらとんでもない山火事になる。」

 

 落ち着いた声で言い切った。

 可能性だけならばどうとでも言える、だがこの内容が真実なら、彼らは安全保障上極めて危険である。

 特に彼らの最大のウィークポイントとも言える「犠牲を出せない」という観点からは。

 

「ではどうするべきですか?」

 

「まずエゴールに渡すな、絶対に。話も流すな。

 この話は俺とお前と受け取った女の間だけの話だ。

 2つ目、協力者が必要だ。俺とお前の権限だけじゃ何もできない、違うか?」

 

 事の重大性を勘案し強く言う。

 この二人では殆ど無力なのだ、なにせただの中佐と大尉だからだ。

 

「ええ。ですが協力者って?」

 

「そこが問題だ、この手の話に明るく信頼に足る奴…親父にでも相談するか」

 

「大将閣下に?」

 

 自分の父親を巻き込もうとするコーシャに驚いて聞き返す。

 

「親父はなんだかんだで顔が利く。

 違うか?」

 

「あら、何面白そうな話ししてるの?あんた達ホモだっけ?

 うぉっと」

 

 突然ドアの方からアンジェリカの声が聞こえドアの方を見ればいつの間にか彼女がドアの縁にもたれかかっていた。

 コーシャは咄嗟に手元にあった分厚い英語の辞書を力一杯投げる。

 アンジェリカはギリギリのところでそれを躱す。

 コーシャは苦虫を潰したような表情だった。

 

「帰れ、お前が来ると碌な事にならない。」

 

「あら、一応私国連軍司令部の保安部所属よ?

 外部軍事支援局にいるのは情報保全のため、一応出向扱い。

 で、どうする?」

 

 さらに渋面になるコーシャ。

 

「クソ、この手紙のコピーを渡す。

 元本はコチェットコフが管理しろ、コピーを二枚刷って一枚は俺から親父に上げる。」

 

 半分ヤケクソになりながら彼は立ち上がりその紙を部屋の隅にあるコピー機で印刷した。

 

「ほらよ、これで満足か?」

 

「大満足よ、それじゃあね~コーシャ、今度奢るわよ、いい店見つけたから」

 

「そう言ってモスクワで一番辛いインド料理屋で3日寝込む羽目になったカレー食わされた件は忘れてねえぞ」

 

「ハハ、懐かしい話するわね~、じゃあね」

 

 そう言って彼女は笑いながらコピーを持って出ていった。

 コチェットコフは昔二人の間に何があったか気になって聞いてみた。

 

「中佐、彼女と昔何が?」

 

「ウォッカを大量に飲まされた後にインド料理屋に連れて行かれてブート・ジョロキアとかキャロライン・リーパーとかドラゴンズ・ブレスとかペッパーXが20本ぐらい入って真っ赤になったカレーを食わされて3日寝込んだ、というかそれから半月ぐらい体調崩した」

 

「ええ…」

 

 世界一辛い唐辛子が大量に入ったカレーを騙されて食わされたと聞いてドン引きするしかなかった。

 

 

 

 

 

「彼奴らは?」

 

 同じ基地内、その中でも最もセキュリティレベルが高くつい先週完成した本格的な司令部施設の入った棟の中に保安部は入っていた。

 名称こそ保安部という防諜部門的名称だが実際はこの名称はカモフラージュでありこの地で活動する各国諜報機関を統括する組織でありそのトップの名を取り「キャラウェイ機関」と呼ばれていた。

 そのトップこそがスコットランド訛りの英語を話すイギリス人でスコットランド貴族のサー・レイモンド・キャラウェイ大佐だった。

 

「おそらく気がついてないね。

 アジトも特定済み、後はどうする?私が動いてもいいけどもっといい方法もあるよ?」

 

「DBIを動かすのも悪くはない、普通の警察活動に偽装できる。」

 

 キャラウェイに二人のドイツ人が報告する、片方はドイツ憲法擁護庁職員のフォン・デム・エーベルバッハ、もう片方はドイツ連邦情報局のMP7だった。

 3人はテーブルの上に置かれたある不審人物たちの写真や資料を見ながら話していた。

 それはあの昨日、ROたちに接触した女性たちだった。

 

「だが彼奴等の狙いが分からなければ、彼奴らはプロだ。

 少なくともシギントに引っかかってないからな。

 それと、そろそろ帰って来る時間じゃないかな?」

 

 キャラウェイがそう言うとドアが開けられアンジェリカが入ってきた。

 

「キャラウェイ、手に入れたわよ。例の物」

 

「そうか」

 

 アンジェリカはキャラウェイにその手紙を渡した。

 彼は鼻の下の方にかけた老眼鏡を通し手紙を観察する。

 

「こいつは原本か?」

 

「残念だけどコピーよ」

 

「原本ならこの20倍は情報がある。」

 

「強奪しようか?キャラウェイ」

 

「構わん、これでも十分な情報があるさ」

 

 MP7の提案を却下して手紙を観察する。

 そして葉巻をくわえて火を付ける。

 

「ふむ、これが本当なら正規軍の連中の一部が何かやらかそうとしているってことだな」

 

「何かって?」

 

 MP7が聞いた。

 

「それを調べるのが我々の仕事だ。

 まずはこの手紙を渡した人物を押さえろ。

 エーベルバッハ」

 

「なんでしょうか?」

 

 口から葉巻の煙を吐き出しながらエーベルバッハを呼ぶ。

 

「アジトは抑えてるな?」

 

「ええ」

 

「今夜中にこの二人の身柄を拘束しろ、密入国でDBIにしょっぴかせろ。

 スパイかどうかは…」

 

「分かってます、スパイなら吐かせます」

 

 キャラウェイの指示を彼は心得ていた。

 それに満足するとMP7にも指示を出す。

 

「よろしい、MP7はこのLSZH19901114を404と一緒に押さえろ」

 

「LSZH19901114って誰かわかるの?」

 

 MP7が聞く、キャラウェイはそれに自信げに答える。

 

「ああ、LSZHはIATAの空港コードでチューリッヒ国際空港だ。

 そして19901114は1990年11月14日、アリタリア航空のDC-9がチューリッヒ国際空港に進入中に墜落した日だ。

 その便名が404だ。」

 

 アルファベットと数字が表していたのはチューリッヒ国際空港1990年11月14日、乗員乗客全員が死亡したアリタリア航空404便墜落事故が起きた日だ。

 

「それって…成程ね。

 こっちの404を404と一緒に押さえる。面白いじゃない」

 

「そうだ、分かったね?」

 

 キャラウェイが確認する、二人が頷くと満足そうに葉巻を吸った。

 

「老いた狐といえど若い狼には負けないよ」

 

 

 

 

 

「動くな!DBIよ!」

 

「貴様らを入管法違反で逮捕する!立て!」

 

 数時間後、近くの町のある建物の一室でスタンとイサカが二人の女性に銃を向けイサカが床に押さえつけている銀髪の女性、戦術人形のAK-12とその側でイサカを倒そうとしてスタンに壁に押さえつけられた銀髪の女性、AN-94はどちらも不意打ちでまともに戦うことなく制圧された。

 

「く…」

 

「AK-12…」

 

「さあ立て!」

 

 二人は手錠をさせた二人を乱暴に立たせて建物の前に置かれたワンボックスカーに放り込んだ。

 

「これでいいのか?」

 

「ああ、十分だ」

 

「言っておくが俺は何も知らない、ただ密入国者を摘発しただけだぞ」

 

「それでいい」

 

 助手席に座ったドイツ人と会話すると車は発進した。

 

 




・サー・レイモンド・キャラウェイ
イギリス人、国連軍の諜報活動統括機関「キャラウェイ機関」責任者にしてトップ。56歳。老眼が進み老眼鏡が手放せないお年頃
スコットランド、ハイランド地方のマクドナルド氏族の血を引くキャラウェイ伯爵家の当主。
専門は情報分析、磨き上げられた観察眼と膨大な知識量は他を圧倒する。
デスクワーク中心の人間だが決して格闘戦能力が貧弱ではない。
コードネームはシュペーア

・ハンス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ
ドイツ人、予備役のドイツ海軍大尉でドイツ憲法擁護庁の職員。
防諜の専門家で長くドイツ国内とEU域内で活動する各国スパイやテロリスト、反政府活動家、共産主義者、ネオナチなどと暗闘を繰り広げたベテラン中のベテラン。
一方で共産主義とナチズム研究でボン大学の博士号を持つインテリ。
博士論文の「東西冷戦下における西ドイツ国内のネオナチズムと東西ドイツ諜報機関」は絶賛されドイツの政治学・現代史学において高い評価を受けている。
なお本人は根っからの反共主義者。
国連軍の防諜部門のトップでコードネームはハイドリヒ
名前はエロイカより愛をこめてのエーベルバッハ少佐

・MP7
ブルクハーゲンの部下の人形。ドイツ陸軍所属でBND(連邦情報局)職員。
専門はヒューミントで割と手段を選ばないタイプだがハニートラップだけは絶対にしない、したくない。妙に純情。
ハニートラップをしたくないのでハニートラップを命じられたら即日亡命するつもり。シンプルに抱かれたくないだけで一緒に酒を飲むぐらいなら普通にできる。
飴好きだが30秒だけしか美味しくないものすごく酸っぱい飴が好き。



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