もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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第48話

 翌日、空港には2機の残骸が未だ燻り雨も降り続いていた。

 

「酷いな…これが787とサイテーションだったとは思えないな…」

 

 コーシャはハンカチを鼻に当て呟いた。

 目の前には機首の数メートルと尾部と両翼の先端を除いて完全に焼け落ちた787とその下でプレス機にかけられてさらに超高温で炙られ溶けて捻じ曲がったサイテーションの残骸があった。

 現場にはジェット燃料の化学薬品臭、焦げた煙の匂い、そして微かに人が焼けたような匂いも漂っていた。

 

「中佐殿、状況は?」

 

「エゴールか、見ての通りだ。

 とにかく今はブラックボックスと遺体の捜索回収と現場保全が最優先って感じだ。」

 

 やってきたエゴールは顔色一つ変えず現場を眺めながら聞いていた。

 こんな悲惨な光景は幾ら軍人といえど普通は尻込みするぐらいの状態だった。

 

「燃え残ったサイテーションの残骸はどうするつもりですか?」

 

「NTSBが回収して調査後スクラップだろうな。

 こんなんじゃ全部完全には残ってないゴミだよ」

 

 ぺちゃんこになったサイテーションの残骸のことを聞いたがコーシャに答えられるのは然るべき調査の後全部こちらで処分になるだろうということだけだ。

 だがエゴールにはそれが不満であった。

 

「なぜそんなことを?事故原因調査など後回しにしてこの残骸を片付けるのが先では。

 悪いのは787に決まっているのですから」

 

 残骸を見ながら吐き捨てた。

 だがそれはコーシャの逆鱗に触れた。

 

「エゴール大尉、それはこの160年かけて人類が幾多の犠牲を積み上げて築いた航空機の安全に対する冒涜かね?

 民間機も軍用機もマニュアルは血によって書かれてる、事故が起きて血が流れる度にその血でマニュアルは書き加えられる。

 一度事故が起これば原因を調査して再発防止につなげる、そんなことも理解できないのかね?

 君等の軍ではバカでも大尉になれるのか?」

 

 事故調査を軽視し民間人さえも軽んじる発言は見逃せなかった。

 一歩間違えば、もしもこの787が貨物機ではなく満席の旅客機や輸送機ならば?100人以上の死傷者が出かねなかったのは言うまでもない。

 

「もしも、サイテーションが悪いなら君らの軍に責任があることになるからな」

 

「…分かりました、そのように伝えます」

 

 コーシャが警告するとエゴールは引き下がりターミナルへ戻っていった。

 そして彼と入れ替わりで黄色い4文字のアルファベットが書かれたジャンパーとベースボールキャップを被った一団がやってきた。

 その集団の正体はすぐにわかる。この場にいて当然の集団だ。

 

「やっと来たか、待ってましたよNTSBの皆さん。

 私は現場の責任者のコンスタンティン・アーチポフ中佐だ」

 

 彼らの正体はアメリカ国家運輸安全委員会、NTSBだ。

 運輸省傘下の一機関であり航空安全の世界的権威でもある世界最高の航空機事故調査機関だ。

 コーシャはその責任者の髭を生やした中年の小太りの男性と握手する。

 

「どうもアーチポフ中佐、NTSBのビル・ホルムバーグだ。

 早速だが現場の状況は?」

 

 男の名はNTSBの事故調査官ビル・ホルムバーグだった。

 ビルにコーシャは現場を説明する。

 

「アレが残骸、向こうに100メートルほど行ったところに右エンジン、その50メートル先に右主脚。

 サイテーションと787の残骸はノベンバーの交差点からここまで続いてる。

 両機とも四隅は発見されてる」

 

 破片は衝突したらしい交差点から事故現場までの1000メートル近い距離に散乱していた。

 手前には翼からもぎ取られた右エンジンや右主脚も落ちていた。

 さらに翼の両端や胴体の先端と尾部も回収されこれが意味するところは唯一つ、交差点で衝突するまで機体は完全であったことだ。

 だがそれ以上にビルには気になる事があった。

 

「ブラックボックスは?」

 

「787は回収済み、ただサイテーションは787の下だ。

 787の残骸のせいでまだ回収できてない」

 

 ブラックボックス、全ての大型機とビジネスジェットの多くに搭載が義務化されているフライトデータレコーダー(FDR)とコックピットボイスレコーダー(CVR)のことだ。

 そのうち787の下のサイテーションは未だ回収できていなかったが787はとっくの昔に回収されていた。

 

「787のブラックボックスの状態は?」

 

「専門家じゃないからわからないが状態はいいと思う。

 一応12番格納庫が調査用に使われる予定で先に片付けられた残骸の一部とかはそこに保管してある」

 

「パイロットたちは?」

 

「病院だ、二人共重傷で入院中。

 幸い命に別条はないらしい」

 

 パイロットの状態も聞いた。

 パイロットは二人共重傷で入院中であった。

 幸い命に別状はないため聞き取り調査は可能だった。

 

「分かった、これからは我々が現場を引き継ぐ」

 

「了解した、現時刻を持って現場の管理権限を渡す。

 それと、サイテーションの機内からアタッシェケースが出たら保安部に渡して欲しい」

 

 現場を引き渡す前にコーシャは一つ、条件をつけた。

 その条件にビルは首をかしげる。

 

「なぜだ?」

 

「安全保障上の問題だ。

 このことは他言無用だ、事によってはとてつもない量の血が流れることになる」

 

 周囲を確認してから言った言葉に何かしらの重大な事案があることを示唆した。

 安全保障上のことだ。

 

「…分かった。回収したら連絡する」

 

「頼むよ、このことは一切記録に残さないで欲しい」

 

「分かりました」

 

 最後に一言念押しする。

 

 

 

 

 

 数日後、保安部にまっ黒焦げになったアタッシェケースが運び込まれた。

 

「これが?」

 

「状態は悪そうだが…」

 

「中身があれば無問題でしょ?」

 

 キャラウェイ、エーベルバッハ、MP7は眺めながら言う。

 状態は真っ黒でNTSBの専門家が言うには1200度以上の高温に最低2時間は炙られたらしい。

 だが彼らにとって重要なのはNTSBと同じく中身だ、中にあるというエゴールが盗んだ国連軍の情報やカーターの狙いだ。

 

「そうだな、それじゃあ早速開けるか」

 

 アンジェリカが言う。

 この丸焦げのアタッシェケースがこの先、国連軍の作戦行動を決める事になると誰もが分かっていた。

 

 

 

 

 

 メリーランド州キャトクティン山岳公園にアメリカ海軍サーモント支援施設が存在する。

 なぜメリーランドの山の中に海軍の基地が?と思う人も多いだろう。

 だがサーモント支援施設は別の名前で呼ばれることが大半だ。

 その名前とはCamp David(キャンプ・デービッド)。大統領の別荘だ。

 ある夏の日曜日の午後、大統領は世間やワシントンDCの喧騒を忘れ愛娘のような存在のLWMMGと共に余暇を過ごしていた。

 そこへ人影が現れた。

 

Mr. President(大統領閣下)

 

「レインハート、どうした?」

 

 深刻そうな表情のレインハート安全保障問題担当大統領補佐官になにか重大なことが起きたと察した。

 先程までの休みの日に年頃の娘と遊んでいた父親の顔から打って変わって冷静な世界最強最高の国のトップの顔へと変わった。

 

「国連軍からの情報です。

 ソ連政府軍の一部がクーデターを計画、その計画の一部で我が国と国連軍へ攻撃を行うつもりのようです」

 

「なんだと?」

 

「レインハートさん、それって…」

 

「我が国への挑戦です、閣下。」

 

 レインハートは声を絞り出す。

 どうやら反乱の詳細を掴んでいるようであった。

 

「そうか、直ちに安全保障閣僚会議を。」

 

「は」

 

 ことの重大性を理解した大統領は即座に行動を起こす。

 その様子にLWMMGは不安を感じる。

 

「パパ…」

 

「大丈夫だよ、リンダ。

 何があっても私が守る」

 

 不安そうな表情のLWMMGを強く抱きしめる。

 

「分かってるよ、パパ。大統領だもん」

 

「晩御飯までには終わらせるよう頑張るよ、じゃあ」

 

 彼女の額にキスをすると会議室へと向かった。

 




・ビル・ホルムバーグ
NTSB事故調査官
専門はヒューマンファクター
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