「~♪今日が終われば俺の仕事も終わりだ。あばよアメリカンスキー」
9月10日夕刻、国連軍への連絡将校のセルゲイ・バクーニン大佐はオフィスで鼻歌を歌いながら荷物を纏めていた。
明日から始まる五賢帝作戦が終わればこの仕事も終わり、そう考えていた。
すると突然ドアがノックされた。
「誰だ?開いてるぞ」
どうせ飲みに誘ってくる同僚の各国軍士官だと思い気にしない。
だがドアが開くとそれが間違いだと分かった。
なにせ入ってきたのはスーツ姿で戦術人形や屈強な軍人やFBI職員を引き連れたFBIだったからだ。
「セルゲイ・バクーニンだな?貴様をスパイとテロの計画の容疑で逮捕する」
礼状を見せつけてFBI捜査官ジェームズ・カールストロムはバクーニンの手に手錠をかけ職員に連れられて連行された。
「私だ、ネズミは捕まえた」
カールストロムはバクーニンの背中を見ながら電話した。
「バクーニンの捕縛成功、フェーズ1完了です。」
「閣下」
「グッドイナフ大将」
同時刻、司令部ではフールズ・メイト作戦が開始された。
カールストロムからの連絡を受け将校たちが慌ただしく動いていた。
フェーズ1の完了の連絡を受けアーチポフとヴェンクは再度作戦室の真ん中に座るグッドイナフを見る。
グッドイナフは手を組んだまま指示を出した。
「フェーズ2に以降、各部隊に作戦符丁送信」
グッドイナフの指示に全員が息を呑む。
それはもう後戻りのできない指示だからだ。
この時点でもまだ内心では正規軍との戦闘を行うことを忌避する気持ちは皆にあった。
これは今までの受動的な戦闘ではなく初の先制的自衛権の行使だからだ。
「了解、作戦符丁“パン屋の12”送信」
一瞬の静寂の後、我に返った通信将校が暗号コードを送信した。
もう後戻りはできない。
「これが我々のルビコン川だ」
アーチポフが呟いた。
もう後戻りはできない、かつてローマ内戦で元老院に反旗を翻したカエサルがルビコン川を渡ったように彼らは決定的な一歩を踏み出したのだ。
暗号符丁は即座に展開していた全国連軍部隊に送られた。
戦術上は正規軍部隊に属している任務部隊“ブルンス”の司令部にも通信は送られていた。
「大佐、パン屋の12です」
「本気でやるつもりか…」
通信参謀に伝えられた暗号符丁にブルンス大佐はため息をついた。
「大変なことになるな。
参謀長、今日の2300より全部隊を予定通りに展開しろ」
「了解」
参謀長のファン・タイン中佐に伝える。
司令部の緊張感が高まり将校たちはブルンスを見る。
「紳士淑女諸君、聞いての通りだ。
正規軍と戦だ!!」
ブルンスが音頭を取り叫んだ。
彼の叫びに司令部は俄に活気だった。
「全員予定通りだ。
第一中隊はここの物資集積所を、第二中隊はこの交差点を戦車一個小隊とともに押さえろ。
第四中隊は司令部防御、残りはここの拠点の部隊を武装解除しルーマニア軍部隊と合流して転回、司令部に西から圧力をかけろ。」
「第一中隊と第二中隊は制圧後コールサーとの連絡を確保し北側との連絡回廊を確保する。
アルゼンチン・チリ・ブラジル軍部隊は南側に展開しているので第五中隊が連絡回廊受け入れを準備。」
ブルンスとファン・タインがそれぞれ指示を出す。
そして喝を入れた。
「我々が決壊すればルーマニア軍側に連中は雪崩込むだけでなくコールサーが孤立する。
そうなれば大変なことになる、分かったな」
「「は!」」
将校たちが答える。
EUとNATOの代表として派遣された彼らには正規軍とは互角に戦える、その自負があった。
それは決して思い上がりなどではなく訓練と技量に裏打ちされた自信だ。
「各員死力を尽くせ、我々の働き次第で歴史が決まる。
歴史を動かせるまたとない機会だ、男として燃えるだろ?」
「そうだ、俺たち軍人は槍働きで歴史を動かしてきた今も昔もな」
ブルンスにファン・タインが答えた。
二人共長く祖国に仕えた職業軍人だ。
「何?バクーニンが逮捕された?」
「はい、先程FBIが逮捕したようです」
「罪状は?どうなってるんだ?」
「なんとも言えませんが計画通りに作戦開始を行う暗号符丁も予定通り来てますので決行では?」
一方正規軍司令部ではカーターが部下の連絡将校が何故か逮捕された事に混乱していた。
だがエゴールの言う通り彼らに「五賢帝作戦の最終決行決定暗号符丁」とされた「パン屋の12」が来ていたので国連軍は予定通りに行うものと思っていた。
「そうだと思いたいな。一応全部隊に警戒態勢を上げさせろ。
なんだか嫌な予感がする」
「私もです」
長年の軍人としての勘が彼に警告を与えていた。
なんだかよくわからないが嫌な予感がする。だがなんだ?
予め対抗策を講じていれば何かがあっても対応できるはずだ、思考がそう動くのは当然だった。
「エゴール、君は中隊を率いてこの補給デポを押さえてくれ。
この補給デポは南北方向の連絡路を兼ねてる」
「了解しました」
カーターが直属の部下たるエゴールに指示した地点、それはブルンスが制圧しようとしていた補給デポだった。
カーターはついでにエゴールにきつく言いつけた。
「各部隊はそれぞれ鉄血と国連軍部隊の行動に気をつけろ。
一体何をしでかすか分からない、ただしこちらからの攻撃はなしだ。絶対にな」
「もしも攻撃を受けた場合は?」
エゴールが尋ねる。最悪の場合、即ち軍事衝突の場合はどうするべきか?
「その時はその時だ。反撃しろ。
鉄血と同じやり方で構わない」
「は」
カーターは鉄血と同じように戦えばいいと言うが別の意味でも解釈できる余地のある言い方だとは気が付かなかった。
日が落ちると国連軍の全ての飛行場では戦闘機・攻撃機・爆撃機、更には戦闘ヘリに輸送ヘリなどなどが全力出撃のため大騒ぎになっていた。
「早く1000ポンド持って来い!」
「12-4405の給油完了、次は12-4406に入れろ!」
ハンガーやエプロンでは並べられた戦闘機に兵装士官と兵装担当要員が急いで爆弾を搭載し給油担当たちは翼の燃料タンクに燃料を入れる。
側では出撃を待つパイロットたちがやきもきしながら待っている。
一方隣では出撃準備が完了した巨大な4発ジェット輸送機がトーイングカーに押されてバックを開始していた。
輸送機の左側面には見た目にそぐわない物騒な代物が突き出し翼の下には緑色の円筒形の物体即ち爆弾が吊るされていた。
『グラウンドよりグリフィンドール、プッシュバックを許可。
オスカー、フォックストロット、ロメオ経由で01左に向かえ』
「こちらグリフィンドール、了解。
オスカー、フォックストロット、ロメオ経由で01左に向かいます」
副操縦士の戦術人形のグリズリーが無線に答える。
隣を見ると機長のフランク・ホーガン大佐はティラーを操作しながらゆっくりとバックさせる。
「了解。
そんなに緊張するな、やることは訓練と何も変わらんさ。
訓練通りにやりゃあいい」
「いや、分かってますけど…」
初の事態で鉄血相手に実戦経験があるとは言え緊張するグリズリーにベテランのホーガンは安心させるように言う。
「離陸準備はしっかりやっとけよ?
5万ポンドの燃料と1万ポンドの爆弾抱えてるんだからな」
「分かってますよ、与圧設定、オート。
油圧、4系統オールグリーン。エンジンオイル温度正常」
二人は動きながら離陸準備をする。
この機は輸送機を改造したAC-130の後継機のガンシップAC-37ブギーマン、側面に105ミリ榴弾砲一門、30ミリのチェーンガンや25ミリのガトリング砲を数門左側に搭載し更には爆撃能力やミサイル運用能力を持たせた贅沢な対地攻撃機だ。
制空権をとっくの昔に奪い碌な対空兵器を持たない鉄血にとってはこのお化けは悪魔に相応しい機だ。
前後を進む戦闘機や攻撃機が小さく見える巨体はゆっくり動きながら滑走路にたどり着いた。
離陸準備が終わり管制官からの許可を得ると一瞬パイロットウォッチをホーガンは見る。
時刻は11時を少し過ぎた頃だった。
「さあ、出発だ。推力セット」
彼は力一杯スロットルレバーを押し込んだ。
巨大な攻撃機は夜の闇へと消えていった。
「なんでオーストリア軍が?」
「知りませんよ」
補給デポでは突如やってきたオーストリア軍と正規軍が言い争っていた。
状況が理解できないデポの司令官の補給部隊の少佐は頭をかく。
補給部隊まで優秀な人物が揃う国連軍と違い正規軍は最優秀の部隊でも後方は疎かにされ多くの場合このような場所の責任者は能力が足りない物が多く彼もまた少佐という階級章の割にはつい数週間前に26になったばっかりの青二才でそこそこの学力があっただけで士官になれたというべき人物だ。
「軍曹、なんで俺たちここにいるんですか?」
「上からの命令だよ。よく分からないがこの補給デポに展開しろって」
「ただ、あれは止めたほうがよろしいのでは?」
一方のオーストリア軍の方もジークとAUG、そして軍曹が状況をどうすればいいのかさっぱり理解できていなかった。
「だから!こっちは上からの命令なの!理解しろ!」
「そんなこと言ったってこっちは何も知らねえんだ!さっさと帰りやがれドイツ人!」
「俺達はオーストリア人だ!オーストリアとドイツの違いも分からねえのかスラブ人!」
彼らの目線の先ではロシア人とオーストリア人が言い争っていた。
そんな時、補給デポのゲートが開いてトラックの一団が入ってきた。
それに気がついた一人の正規軍士官が先頭のトラックに近づいた。
「誰だ!」
「補給車列2345Mですよ!グリフィン部隊も!」
「分かった!だが今取り込み中だ!とりあえずあっちの駐車場に行ってくれ!」
「分かった!」
士官はグリフィンと補給トラックの車列を近くの駐車場に回す。
トラックの中には水色の髪や色とりどりの髪が特徴的なグリフィンの人形の姿も見えた。
そして10数台のトラックの車列が入りゲートを閉めようとした兵士は車列の後ろから別の車列が近づいてくるのが見えた。
「ん?まだ続きがいるのか?
少尉!まだありました?」
「いや聞いてないぞ、何だろ?」
訝しみながら見ているとそれは正規軍部隊の隊列だった。
流石に走行速度の遅いハイドラやその他重装甲の装備はないがトラックと装甲者の隊列だ。
隊列は先頭の車両が近づくと窓を開けた。
「エゴールだ、将軍からの命令でこちらに展開するようにと」
「分かった!少佐に連絡する!」
エゴールに敬礼すると少尉はデポの司令官に連絡する。
その横で隊列はデポに入った。
時刻は午後の11時30分、上空からはジェット機特有の甲高い音が聞こえつつあった。
その20数分後の11時52分、国連軍司令部は緊急の記者会見を開いた。
記者の大半が明日に備えて早めに寝ようとした時のことであり大慌てで記者会見室に集まっていた。
そして国連軍の報道官はある声明を読み上げた。
「本日、国連軍は正規軍の連絡将校一名を反スパイ法違反の容疑で逮捕しました。
その調査の過程で正規軍一部の国連軍に対する軍事行動の情報を入手しました。
これにより国連軍は当時刻を以て正規軍に対して先制的自衛権を行使し、断固とした措置を講じます」
その言葉に記者たちはざわめき一人の記者が手を上げた。
「それって…正規軍に対して軍事行動を開始すると?」
「そうです、ですがまずは対話です。
軍事行動を行いますがまずは冷静に秩序ある武装解除を求めます」
報道官が答えた。
この少し前、国連軍司令部から正規軍司令部に対して一通の命令が送付されていた。
「『よって、貴官らの行動は明確な反逆行為であり、同時に平和に対する罪である。
しかしながらこれを理由に無益な血が流れるのは互いにとって好ましいことではない。
互いの良識と名誉のためにも良い結果を齎す事は決してない。
よって、国連軍監視のもと武装解除することを切に希望する。
拒否された場合、悲しいことであるが多数の血が流れるだろう。
血が流れる前に止めることが理想であり互いの益となるだろう。』
ふざけるな!」
カーターが吼える。
国連軍から送られた文章は実質降伏勧告だ。
戦わずして剣を折るなど軍人としてのプライドが許さない、許すわけない。
一発も、一滴の血も流れる前に軍門に下る訳にはいかない。
「しかし、国連軍は圧倒的です。
勝機なんてアリが象に勝つレベルですよ」
将校が助言する。
彼の意見も最もだ、制空権も何もかもが国連軍の手中にあり後ろにも中にも両隣も国連軍だ。
勝てるかどうかで言えば万に一つの可能性もないと言ってもいいレベルだ。
「それで、どうします?」
「
「え?」
「
全部隊に下令!全ての国連軍と交戦し徹底抗戦せよ!
誰が降伏などするか!容赦するな!」
カーターが命令を出した。
折しも国連軍が記者会見を発表していた頃だった。
カッコいい軍人さんは嫌いですか?(なお本来敵)