「とにかく敗残兵でも何でもいいから集めるんだ!」
「は」
もはや絶望感漂う正規軍司令部で唯一人戦意が衰えていなかったのはカーターだった。
参謀たちも通信兵も警備の兵士も皆確実に負けることだけは理解していた。
全員今すぐ武器を捨てれば生き残れると理解していた。
「エゴール大尉が到着しました」
「おお、エゴール!」
兵士がエゴールが着いた事を伝えるとカーターの表情は明るくなった。
そしてエゴールが作戦室に入ると意気揚々と指示を伝えた。
「エゴール、早速だが君の中隊を率いてこことここを奪還して主力部隊の撤退を支援してもらいたい。」
「閣下、私の中隊はもうありません」
エゴールはカーターに絞り出すように伝えた。
その言葉にカーターの顔は一瞬で絶望したような表情に変わった。
「何?」
「向かう途中でポーランド軍に遭遇し私だけが脱出しました。
今頃降伏したか壊滅しているでしょう」
正直に中隊はポーランド軍に包囲、殲滅されたと伝える。
部屋は静まりかえっていた。
「それじゃあ今の戦力は?」
「私だけです。この司令部の銃を持てる人員を集めても精々1個中隊。
南から来てるカナダ軍も北のポーランド軍も全て大隊かそれ以上です、この司令部も一時間以内に包囲されるでしょう。」
エゴールは冷静に状況を見ていた。
もはや手持ちの戦力は一個中隊しかないと、東西南北全方向から国連軍が迫り包囲は時間の問題だと。
改めて現状を伝えると彼は絶望的な返事をする。
「分かってる。今兵士を集めてる」
「兵士を集めてどうするんです?逃げるんですか?」
「違う、ここで死ぬ。一人でも多くの敵を道連れにしてやる」
「閣下、そんな事をしても誰も従いません」
カーターは玉砕するつもりであり兵士は誰もそんな事を望んでもいないし士気はどん底だと理解していた。
そんな事を実際に言えば、恐らくこの将軍は部下に吊るされるだろう。
その事実に激昂する。
「貴様も言うのか!」
「この戦いは我々の負けです。
今すぐ武器を捨てましょう。彼らは戦時国際法に基づき作戦行動をしています、法的責任は問われるでしょうが殺される可能性は少ないです!」
「そんなことは分かってる!分かってる…」
エゴールの反論にカーターは力なく椅子に崩れ落ちた。
その姿は死にかけの老人のようであった。
絶望に浸り、希望は一切ない、そしてもうどうしようもないと。
そして掠れた声で尋ねた。
「教えてくれ、エゴール。私は一体どこで何を間違えた?
これは祖国のため、だよな?」
「…さぁ、私には分かりません」
エゴールは敬愛していた上官の見るも無残な姿に目を逸らす。
そこにいたのは叩き上げの軍人ではなく夢破れ死を目前にした老人だ。
「そうか…なら命令だ。
好きにしろ、降伏するなり戦うなり好きにしろ。私は好きにした」
「分かりました」
カーターは最後の命令を出した。
その言葉を聞いて参謀たちは慌てて外に出て掌握している全ての部隊に指示を出す。
作戦室にはエゴールとカーターの二人が残った。
カーターは聞いた。
「なぜ行かない」
「閣下はどうするおつもりですか?」
聞き返した。カーターは返事に笑い始めた。
「ふ、フハハハ!どうするつもり、か!
どうするつもりもないさ」
そう言うと徐に腕時計を外しエゴールの前に置いた。
「これを娘に。妻に愛していたと伝えてくれ」
それだけで察した。
エゴールは受け取ると敬礼し去っていった。
一人作戦室に残されたカーターは立ち上がると部屋の隅に置かれたサモワールに手を伸ばした。
一方、最も司令部に接近していたカナダ軍は司令部の将兵の集団投降を受け入れていた。
「こっちだ!」
突然の集団投降に兵士たちは大混乱に陥り武器を捨てさせ、一人ひとり並べて名前と所属と階級を聞く作業を行うのだがカナダ軍の兵士の内ロシア語ができるのは極わずかなのに捕虜はどんどんどんどん増えていく一方、司令部の将兵だけだったのが段々近隣部隊の兵士なども投降し始め身動きが取れなくなり始めた。
「名前と階級は?」
「セルゲイ・ボトカチョフ、上級中尉」
「階級だよ階級!リフテナントとかカーネルとか!」
ロシア語ができないカナダ兵と殆ど英語ができないのが多い正規軍兵士のコミュニケーションに四苦八苦する。
もはや前進どこではない。
「司令部、こちらオンタリオ、捕虜の対処で手一杯だ。
助けてくれ」
『オンタリオ了解。だがどこも同じような感じだ。』
「おい、嘘だろ…」
指揮官が司令部に問い合わせればどこも集団投降の対処で手一杯とのことだった。
それに彼は頭を抱えため息を付く。
「はぁ、タック」
「なんですか?」
「ちょっと手伝ってやれ」
「分かりました」
TAC-50に支援に向かわせる。
すると入れ替わりで別の兵士が報告しに来た。
「大尉!」
「何だ、ベン」
「カーターが司令部で一人でいるようです」
「何?」
カーターの所在の情報だった。
「カーターの所在が分かりました!」
「どこだ!」
1分後にはカーターの所在の情報は最高司令部に伝わっていた。
その情報にグッドイナフ以下は大騒ぎとなっていた。
「司令部です!ここ!グリッドE32です!」
「今すぐ部隊を送るか?」
ヴェンクが尋ねるがアーチポフは首を降る。
「陸路は兵士の投降で難しい。どの部隊も動けない。
即応特殊部隊を空路で送るのが最善だ」
「同感だ、出動を許可する。
ただし絶対に生きて捕らえろ」
特殊部隊を空路から投入する決断を下した。
即座に国連軍司令部直卒部隊であるロシアから派遣されていたOMONが出発した。
数十分後、OMONを乗せたヘリは司令部近くのヘリポートに着陸した。
捕虜からの情報で残っているのはカーター唯一人であると聞いていた。
「クリア」
「クリア」
ヘリからOMON所属の戦術人形のグローザと9A-91が最初に降りて周囲を警戒する。
そして残りに合図すると二人を先頭に完全武装の特殊部隊員達が降りて司令部へと向かい各入り口に取り付く。
「用意」
グローザは持っていたスタングレネードを用意するとピンを抜き突入する。
それは他の入り口と同様だった。
「動くな!国連軍よ!武器を捨てなさい!」
叫びながら進むが人っ子一人いなかった。
ただ作戦室のドアが閉められていた。
作戦室の前で合流した各班はこの中にカーターがいると確信した。
「この中ね」
「どうしますか?」
「合図したら突入よ」
「了解」
グローザの指示で改めて準備し息を潜める。
そして合図した。
「今よ!」
屈強な特殊部隊員がドアを蹴飛ばし突入する。
すると中からは音楽が聞こえていた。
『That's life, that's what all the people say~♪』
「You're ridin' high in April, shot down in May~♪
But I know I'm gonna change that tune~♪
やっと来たかね」
「カーター将軍、貴方を逮捕します」
『When I'm back on top, back on top in June~♪』
カーターは古いフランク・シナトラのレコードを掛けながらひざ掛け椅子に腰掛けていた。
ご丁寧にもテーブルの上には紅茶が置かれていた。
「そうか」
『I said that's life, and as funny as it may seem~♪』
「ご同行いただけないなら手荒な行動をとってもよろしいのですよ」
シナトラの「That's life」が流れる中カーターは妙に落ち着き払っていた。
余裕ぶった態度の彼にグローザは苛立つ。
『Some people get their kicks stompin' on a dream~♪』
「分かってるよ。」
『But I don't let it, let it get me down~♪』
「その前に紅茶を一杯頂いても?」
「ええ構いませんよ」
そう言うとカーターはテーブルの上の紅茶に口をつけた。
一気に飲み干し、立ち上がると、そのまま大きな音を立てて床に倒れた。
「な!クソ!衛生兵!」
「フフ…」
慌てた兵士たちは急いでどうにかしようとする。
そんな彼らを見て毒が回って意識が朦朧とする中不気味に笑っていた。
「一体なんてことをしてくれたの!」
「ハハ、I've been a puppet, a pauper, a pirate, a poet, a pawn and a king…
That's Life、これが人生…お前らの好きにさせるものか、俺も…この国も…世界も…」
口から泡を吐きながらカーターはグローザに捨て台詞を吐く。
「クソ!」
「覚えておけ…全てがお前達の…思う通り行くと…思うな…」
そう言うと動かなくなった。
・グローザ
OMON所属の人形
一応指揮官
・9A-91
グローザの部下の人形、信頼できる副官
カーターは悪役