米国での人形権利運動の一幕にして頂点となったイベント
もしも自分より英雄として相応しい行いをした人物の存在を抹消し自分を英雄として祭り上げ始めたらどうしますか?その相応しい行いをした場所がもしも、戦場という極限空間ならば
「メダル、星およびリボンを贈る目的は、功績のある者に誇りと喜びを与えることだ。」
――ウィンストン・チャーチル
「…ン!…ビン!…ケビン!」
聞き慣れた声が呼ぶ声がする。
キーンという耳鳴りが収まり始めぼやけた視界も少しずつ戻ってきた。
すると背中に燃えるような激痛が走りその痛みで意識がはっきりした。
「は!ティリー!大丈夫か!?」
「ああ、何とか。だけど右足が変な方向向いてる!」
隣りに座っていたはずの戦友を見ればめちゃくちゃな体勢で右足は明らかに違う方向を向いていた。
後二人いるはずの戦友はどこにいる、すると前からうめき声が聞こえた。
「ティリー!ケビン!どこにいるんだ!」
「ボー!」
「ケビン!どこだ!何も見えない!」
ドライバーのボーだ。
おちゃらけていつでもフザケたことを言う気のいいアラバマ出身の黒人だがその声は聞いたことないほど恐怖に震えていた。
「俺はここだ!お前の後ろだ!
チックは!?」
「チック!チック!あった!チックの手だ!」
「チック!ああ!チック!」
「包帯を!」
最後の一人、チックのいる方を見ると体中から血を流しぐったりとしていた。
外からは銃声が聞こえる、そうだパトロール中に爆発があって…
「とにかく早くここから出ないと!」
「出るって!?俺は右足が明らかにおかしいしチックはこの通り、ボーに至っては見えないんだぞ!」
そうだ、この場で動けるのは俺だけだ。
俺も辛うじて動けるだけでこの3人を連れて出るなんて到底…
「ケビン!ボー!チック!ティリー!助けに来たわよ!」
突如頭の上が明るくなる、見上げれば天井の銃座のハッチが開けられ見上げれば同じ部隊の彼女がいた。
――2045年5月29日、戦没者追悼記念日ワシントン・ポスト紙手記「消された英雄」より
アメリカ軍史上初の名誉勲章受勲人形は中国内戦中、負傷した戦友がヘリで救出されるまでの約12時間単独で戦闘を行い救出を支援したフォース・リーコン所属のM14であるが、これは受勲の対象となった戦闘の時期を基準とした場合最初の例ではない。
その場合最初の例となるのは2049年から遡ること5年前、マリにおける治安維持活動中に現地武装勢力の襲撃を受けた米陸軍第一歩兵師団の戦術人形UMP45だ。
彼女は先頭にいた装甲車がIEDに吹き飛ばされ横転、それを合図に四方八方から敵の猛烈な砲火を浴びる中同じ部隊のジョー・マイク・タウンゼント二等兵と共に安全な車内を飛び出し砲火の中を抜け、装甲車にたどり着き社内に入るとシートベルトに縛り付けられ重傷を負って動けなくなっていた4人の戦友に冷静に応急処置を行い二人がかりで4人を仲間の車両に運び入れたが4人目を運び入れた際に背後から襲いかかった敵兵の銃撃を受け機能停止状態となったのだ。
その勇気と行動は過去250年近いアメリカ陸軍の歴史の中でも燦然と輝く英雄的行為であり、実際一緒に救助したジョー・タウンゼント二等兵は名誉勲章の受勲が決定していた。
しかしUMP45にはなんの名誉も称賛の声も与えられなかった。
この仕打に最も激怒したのは他ならないこの時戦場にいた兵士たちだった。
名誉勲章に推薦した将校だけでなく他の部隊や第一歩兵師団長さえも激怒したのだ。
そしてこれが後にタウンゼント二等兵の前代未聞の名誉勲章の受勲拒否、そして負傷した4名の兵士のパープルハート受勲拒否、更にこの戦闘を理由とする一切の勲章の授与を拒否する事態となった。
後に「ビッグ・レッド・ワンの反乱」と呼ばれる米陸軍、そして米国史においては公民権運動以来となる大規模な権利運動の引き金となったのだ。
2044年10月3日、ジョー・タウンゼント二等兵の名誉勲章受勲が決定された翌日、突如第1歩兵師団の将兵の半分、即ち5469人の兵士・将校・戦術人形がその日一切の命令を拒否した。
その中には師団長のライリー・マウス少将の姿もあった。
陸軍参謀本部とペンタゴンは即日マウス少将を解任し新たな師団長を着任させMPを動員して抗命した兵士たちを逮捕しようとするも副師団長、更には現地のMPのトップさえ拒否した。
そして同日、彼らはネット上にある声明文を発表した。
それは
「名誉勲章受勲者タウンゼント二等兵の英雄的行為の影にはある一人の戦術人形の勇敢なる行動があった、だがその行為を陸軍の上層部や議会は存在すら認めようとせず黙殺している。
彼女はあの戦闘で破壊されメンタルマップは復活し今も勤務している、しかし彼女に英雄として相応しい名誉を与えられない限り我々は一切の受勲と命令を拒否する。」
というものだった。
ネット上に上げられたこの声明文にメディアは大きく反応し陸軍は釈明に追われるが抗命騒動は第1歩兵師団に留まらず他の陸軍部隊にも広がり始めた。
韓国では在韓米軍部隊が抗命運動を開始、ウェストポイントの士官学校生と教官達も支持を明言、前陸軍長官や参謀総長達も陸軍やペンタゴンに苦言を呈し始めた。
運動は瞬く間に陸軍だけでなく他兵科の米軍や市民へと広がり始め、最終的に11月11日の退役軍人の日に退役軍人協会と人形権利協会、更にはその他退役軍人支援協会を主催とする大規模なデモがワシントンDC、ニューヨークなどで行われた。
そのデモはワシントン大行進以来とも言えるほどの人が集まりナショナル・モールを埋め尽くしリンカーン記念堂の前で演説した。
その演説の中でかつてのキング牧師の演説や公民権運動、ローザ・パークスを人形権利運動やUMP45に準えていた。
これほどまでに抗議の声が拡大した理由は陸軍の姿勢がかつての人種差別を行っていたような時代の黒人や黄色人種たちへの態度と瓜二つだったからだ。
「義務は果たせ、だが権利も称賛も名誉も話は別だ」そのような態度に右も左も完全に怒り狂った。
その声の一例は当時ハワイ州選出の下院議員だったジャクソン・ミネタ議員が議会で
「人形たちの多くは軍の使い捨てになることを望んでいます。それはそれだけだ彼女達にとってこの合衆国への忠誠と愛国心を示す唯一の方法だからです。
彼女らの愛国心や忠誠心はこの場にいる全ての議員たちの愛国心や合衆国への忠誠心とどこが違うのですか?
100年前、私達日系人は第二次世界大戦で収容所に入れられ祖国からこう言われた『お前は敵国民だ』と。それに対して我々は銃を執り戦場に赴いて血を流して祖国に我々の愛国心と忠誠心を示した。
黒人たちは人扱いされない状況にキング牧師を先頭に通りに出て叫んだ『我々も合衆国民だ!』と、それに祖国は暴力と警官隊で答えた。
もしも彼女達に対するあらゆる不正義や障害を取り除かなければ、我々は合衆国の恥となる。
自らをキング牧師が、我々日系人が、今まで流した血を踏みにじり自らを黒人たちのデモ隊に猛犬をけしかけた白人至上主義の警官たちに貶める」
という演説に現れていた。
アメリカは多民族国家でありそれを良しとしてきた国である。
そのため民族や出身国を超えて一つになる証の一つが自由と権利を守る軍であり軍人は常に敬意の対象だ。
彼らの名誉を軍自らが穢しているこの状況は軍人たちの怒りを買い、ベトナム戦争期以来とも思えるほど軍の支持は下がった。
もはや合衆国中を覆ったこの抗議に米陸軍、そしてペンタゴンは折れ2045年1月、新たな勲章制度及び軍内部の待遇制度を改善し人形と人の権利を同等とした。
だがその代償としてUMP45やタウンゼント、マウス少将らは陸軍を不名誉除隊処分とされた。
彼らの功績と名誉が回復されるには3年後の憲法改正、そして4年後のM14の名誉勲章受勲まで待たなければならなかった。
2062年現在ビッグ・レッド・ワンの反乱は人形権利運動におけるモントゴメリー・バス・ボイコット事件に相当する歴史的事件として記憶されている。
人形を差別した結果ペンタゴンが全国民から怒りを買った。