基本原作の世界観に対するアンチテーゼ
マカダミアナッツを食べると指揮官が話し始めた。
「じゃあ、まず白蘭島事件からだ。
これは起きたがちょっと内容が違う。
中学生の一団が侵入したが偶々警備中だった兵士に発見、そのままお縄になった事件だ。
まあこれだけだったら特に問題はなかったのだが発見されたのが一番内側の警備線で中国政府は上から下まで大騒ぎになり更にこの情報が誰かがリークしたらしく事件が起きた一週間後にモンゴルの新聞社がトップニュースですっぱ抜いた。
それで国際社会から疑惑の目を向けられただけじゃなく各国の遺跡管理そのものが世論から疑惑の目を向けられるようになった。
そこでイギリスの物理学者、スティーブン・スティザムが各国の崩壊液関連遺跡と研究施設からの崩壊液拡散をシミュレーションしたシミュレーション結果、通称スティザム・シミュレーションを発表。
するともし白蘭島の遺跡から崩壊液が拡散すると最悪の場合人類の半分が死亡、太平洋一帯全域が汚染という最悪すぎる結果が弾き出された。
この結果世界的に崩壊液を国家管理から国際管理に移行する動きが始まり人類滅亡の引き金を引きかけた中国が特にその動きを推進、その年のうちに『崩壊液の研究開発に関する国際的枠組み条約』通称上海条約が締結。
翌年には国連国際崩壊液管理委員会、略称I3Cが設立、これ以降崩壊液関連技術の研究開発は全て国連管理になった。」
崩壊液の拡散が紙一重の所で回避されたこの世界では崩壊液そのものが国際管理となったのだ。
これは核戦争を始めなくてもただ事故なので流出させるだけで全人類が滅亡するという恐怖に全ての国家が同調、迅速な国際的組織設立に動いた結果だった。
一旦話を切るとテーブルの上のカップのコーヒーを飲み続ける。
「で、同じ年、ドイツの哲学者のハマーシュマルクが『人間とは何か』って哲学本を出したんだ。
その中で当時加速化していたAIやロボット研究を念頭に置いて『もし中身が機械であること以外全てが人間と全く同じ機械が現れたらそれは機械と呼べるのか?機会として扱えるのか?』って書いたんだ。
これが哲学者の間でハマーシュマルクの問題として呼ばれるようになった。
これが人形の権利に関する最初の提言の始まりだよ。」
人形の権利に関する話では同じ年にドイツの哲学者が人形を予測するような提言をした事から始まっていた。
これも歴史が変わった結果生まれた変化だった。
「翌年の31年にロシアと中国の合弁で鉄血が誕生した。
その二年後の33年にI3Cは世界初の崩壊液中和剤の開発に成功、改良され今は確かタイプ8って中和剤が主流だ。
で、更に2年後の35年には日本が経済破綻、極東経済危機と呼ばれる金融危機が発生、追い打ちをかけるように地震も起きて日本は大混乱。
デフォルト、ハイパーインフレ起こした末挙国一致内閣が成立、すごいもので10年もしたらすっかり立ち直ったよ。」
歴史が変わったところでは崩壊液の完全な無力化の成功、日本が経済破綻していた。
どちらも事件が起きなかった結果生まれた事であり、前者は不可能とされ、後者は国家そのものが消滅寸前だった。
「翌年、アメリカで初の無宗教の大統領としてコーネリアス・ライアンが就任。
それから20年間民主党が両院の過半数を維持し大統領が5期連続当選した。
また37年には世界初の自律人形が誕生、その8年後には改良され各種機能が追加された第二世代自律人形と第二世代戦術人形が生まれた。
で、この自律人形を最初に見たライアン大統領がハマーシュマルクの問題を引用してな、それから人形を道具として扱っていいのか?って問題が生まれたんだ。
同じ年にはアメリカ・ベルギー・ドイツ合弁の会社としてIoPも誕生、38年から本格的な生産が開始されたんだ。
39年、予備選中のライアン大統領が暗殺未遂に遭遇、一命はとりとめたが回復不能の障害を負って次の大統領には副大統領だったフォアステルが当選した。」
事件が起きなかった結果として技術的な後退要因がなくなりそれどころか加速していた。
自律人形や第二世代戦術人形の誕生自体が10年も早くなっていたのだ。
「と、まあここまでは平和だったんだがこの頃から極東、特に広州と台湾がキナ臭くなってきた。
端的に言うとこの頃から香港と台湾で独立運動が激化、国連も介入して2045年の2月に独立投票が行われたんだがこれでマカオが一国二制度維持だが香港台湾が正式な独立を選択したんだ。
それに中国政府は香港・マカオを占領、国連の選挙監視委員会のメンバーも全員拘束したんだがそのメンバーってのがライアン元大統領とかロシアの元首相のような各国の元政府高官揃いでな、親中的だったロシアでさえ怒り狂いアメリカと手を結んで米露相互安全保障条約、通称アンカレッジ条約を締結、中国を牽制。
一方の中国は明確な反欧米路線を取り米露との交渉だけでなく国連やスイス、フランス、イギリスの仲介さえ拒否。
事態はまさに第三次世界大戦前夜のような状況になり各国政府は中国からの自国民退避を開始、その途中で上海沖でロシアの民間人退避の為傭船されてた客船と護衛のロシア海軍の駆逐艦を中国の駆逐艦が攻撃、ロシア艦1隻が撃沈、もう一隻が大破、一方中国は一隻が中破拿捕、もう一隻が大破、撤退した。
これが切欠となりロシアが満州地方にモンゴルと共同で侵攻、中国政府を恫喝した。
直後、中国政府内で政変が勃発、欧米強硬派の書記長以下が解任され穏健派の外務大臣が臨時書記長に就任、米露の要求を受諾した。
これで一件落着と思いきや直後、中国軍と地方政府が中央に反旗を翻して反乱が発生。
解任された強硬派を首班とする中華人民共和国臨時政府を南昌で設立を宣言、内戦をおっぱじめた。
一方の北京政府は何とか長江以北の地方政権を掌握するが軍部隊は空軍の半分、海軍の大半、そして陸軍の3割、武警の半分しか掌握できず事実上反乱の撃退は不可能で国連に支援を要請、それで各国から国連軍が派遣、南昌政権と戦い始めた。
これが中国内戦と呼ばれる戦争だ」
この世界で第三次世界大戦と全く同じ時期に起きたのが中国内戦、香港・台湾・マカオの独立を巡る国連の動きに強硬化した政権が変わった直後に強硬派の軍や地方政府が団結して中央に反旗を翻した結果長江を境に南北で分裂、内戦が始まったのだ。
国連が即座に介入するが巨大な国でしかも民衆の大半は反欧米派であり事態は泥沼化した。
「ただあまりにも中国は巨大でいくら軍を投入しても兵が足りずPMCも所かまわず雇われ投入、南政府もPMCを雇って投入、更には自律人形を武装化した戦術人形が初めて大々的に投入され、南の連中は中国政府の核弾頭を使って核実験したりニューヨークめがけて核ミサイルを発射までした。
ただ国際社会の支援を得られなかった南政府は時間が経つにつれて不利になり51年に両政府は停戦に合意、長江を境に国連のPKO部隊が展開、台湾海峡沿岸と広州、長江沿岸一帯が非武装地域化、新疆ウイグル、内モンゴル、チベット、満州を放棄し満州はロシアに、内モンゴルはモンゴルに編入、チベット、ウイグルは独立。
また南政府について韓国とロシアを攻撃した北朝鮮は反撃で壊滅、北朝鮮は韓国に編入された。
これで戦争は終わったんだが時を同じくして南米中米で麻薬戦争が激化、メキシコとコロンビアが無政府状態に陥り米州機構と国連に援助を求めラテンアメリカの自由作戦が開始、麻薬戦争に本格的に介入し始めた」
中国の内戦が激化していた一方で中南米では麻薬戦争が激化していた。
アメリカを筆頭に多くの国がそのリソースや軍を中国に送った結果であった。
麻薬組織の監視や摘発が緩くなりそこを突いて強大化、更には内戦が終わるとそこで使われた兵器が大量に流入、結果として激化に繋がった。
「だいたい同じ頃の40年代後半、ここで人形権利問題が一応の解決を見た。
合衆国憲法修正第30条が48年に制定、施行。
翌年人形の権利に関する国際条約、通称名古屋条約が締結、これで問題は事実上解決。
50年には人形の登録と管理に関する法律としてオコンネル法が制定、これに基づきロボット省とDBI、人形犯罪捜査局が設置された。
宗教関連だと50年代に第二次バチカン公会議が開催されて人形の改宗をカトリック教会が認めたけどイスラムはあくまで認めない立ち位置らしい。」
中国内戦で人形が兵士達と協力し大成功を修めていたがこれが後押しとなり48年に登録された人形の権利を「選挙権・被選挙権・一部の社会保障を受ける権利を除く全ての市民と同等の権利を有する存在」とする修正第30条が制定、翌年にはそれを世界的な基本とする国際条約も締結されていた。
またこの社会構造そのものの変化に宗教界も動き公会議で改宗を認めたところもあればあくまで認めないという立ち位置もあった。
「で、同じ頃、I3Cが始めたのがシュワルツシルト計画とバルカン計画。
これは詳しい話は物理学者に聞いてほしいんだが何でも崩壊液が物質を崩壊させるときに発生させるエネルギー量を試算したところただ水をを一定量崩壊させるだけでその莫大なエネルギー量によって時空そのものを歪ませる程のエネルギーを発生させてたらしい。
それを使って実際にワームホールを作ったりワープ航法を成功させようってのがこの計画。
計画は12年以上の歳月をかけて見事成功、この通りさ。」
彼らがここにいるのもこの計画によるものだった。
崩壊液関連技術に関しては彼らの世界は彼女らの世界に対して圧倒的に優れていた。
核融合とは比べ物にならない程のエネルギーを発生させる崩壊液は放射能よりも危険であるが魅力的なエネルギー源として研究開発が進み、SFを実現させるまでに進化したのだ。
「それと、これはあんたらに関わることだがグリフィン&クルーガー社も中国内戦が始まった頃にロシアで生まれてる。
だけど2055年にロシアで大規模な経済危機が発生してその余波で破産、倒産した。
俺達G&Kセキュリティはその残骸からアメリカのファンドがアメリカ支社を買収して作った会社さ。
ちなみにだがクルーガーは倒産後に贈賄が発覚して今ムショだ。
へリアンだが倒産後にヘッドハンティングされて我が社の最高執行責任者、ペルシカはIoPの首席エンジニアだ。」
だが一方でグリフィン&クルーガー社は50年代半ばにロシアで発生した金融危機の余波で破産、倒産。
G&Kセキュリティはその残骸から米国ファンドが作った企業だった。
「で、56年の大統領選で政治経験ゼロのスタンフォード大学の政治学教授だったピーター・カークマンが当選。
最後に去年だがロシアの鉄血のシステムにハッカーが侵入、機密情報全部をインターネット上にばら撒いてさらには一部人形を暴走させた。
それが蝶事件、これで300人以上が死傷、鉄血はその一週間後に破産、倒産して今はロシアのコングロマリットに買収されて人形開発の一部門になったらしい」
56年の大統領選と両院選で民主党の天下は終わり変わって共和党が過半数を獲得するも20年の影響とカークマン大統領の政治方針から全体的には中道右派的スタンスの政治が続いていた。
また61年に蝶事件が発生、こちらは彼女らの世界と比べれば規模や被害は小さいが鉄血が破産し機密情報がネット上に撒かれ人形メーカーなどは大変な事態になっていた。
「まあこんなもんだ。
平和と繁栄を享受する神に祝福された素晴らしい世界だよ」
そう言うと指揮官はコーヒーを飲み乾いた喉を潤した。
すると突如電話の着信音が鳴った。
「わ!」
「お、すまん。
もしもし」
それは指揮官のだった。ポッケから大して見た目が変わっていない電話を取り立ち上がり部屋の端で話し始めた。
『ジェームズ、私だ』
「親父、なんの用だ?
そっちこそ今は忙しいんじゃねえのか?」
相手は彼の父親、下院議員のパトリック・イシザキ議員だった。
『まあな。だから簡単に用件を伝えておく。
さっき臨時の軍事委員会が開催されてな、そこでエドワーズ空軍基地で行われている軍事活動とそっちの情勢に関する公聴会が決議された。
それでお前とお前の部下と保護した人形が証人として召喚するそうだ。
こいつは記者にも流してない本物の特ダネだからな。
『パット!早く来い!あの店23時半がラストオーダーだぞ!』
ああ、今行く!じゃあ切るぞ』
「お、おい!親父!おい!聞いてるのか!」
慌ただしく電話を切られる。
不通の音が悲しく鳴り響いた。
現代の延長線上のドルフロ世界だから戦争なんてほとんどない平和
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