元は同じはずの人形が全く違う進化を遂げていた話です。
「家人が急病で倒れた時に番犬を買い増しする人はいない」
――アンドレイ・シーゾフ(ロシア連邦財務大臣)
「どんなに素晴らしい代物でも欲しい人が手の届く値段で必要な数必要な場所になければそれはガラクタに過ぎない」
――グスタフ・フェルケルザム(鉄血工造CEO、後にIOP系ロシア企業ロスドール会長)
AN-94という戦術人形が存在する。
銀髪で165センチほどの背丈、スレンダーな体型だが人形らしく屈強な軍人でさえ投げ飛ばせるほどの力を持つ。
だがそれでも実は彼女は最も優秀というわけではない。
彼女は電子作戦能力がオミットされた言わば廉価モデル、ハイローのうちのローに相当するモデルでハイには姉妹モデルであるAK-12が存在する。
そんな彼女たちは2062年現在ロシア連邦陸軍の数的主力戦術人形だった。
確かにローに相当するなら数的主力なのは当然だが実はそれは当のロシア軍の望んだ形ではなかった。
本来ロシア軍はAN-94という戦術人形はあくまで電子作戦能力を必要としない又は制限されても問題無い後方部隊や空軍警備部隊、憲兵部隊用、そして大本命のAK-12に使用する各種技術の叩き台としてロシアの人形メーカーロスドールが開発した人形だった。
そもそもAN-94とAK-12という人形の開発プロジェクトが発足したのは実に12年前の2050年に遡る。
この年、中国内戦の戦訓などからロシア軍は統一新型戦術人形開発計画を始動させた。
計画名は「ストレリツィ」、ロシア語で射手を意味するだけでなく自動車化狙撃兵の兵科名でもある名称だ。
この計画を始動させた理由は当時のロシア軍の人形事情にあった。
当時ロシア軍が人形の主力としたのはAK-47、SVD、SV-98、PKP、PKの5種、さらに国内軍やFSBなどではOts-14、Ots-12、As-Val、9A-91、A-91、ヴィーフリ、PP-19、PP-90などが使用されていた。
対テロや国内の治安維持目的の国内軍・警察は現状の運用体制に満足していたが陸軍は中国で大きな問題に直面していた。
それは歩兵の小火器と弾薬共通化できて歩兵と直協できる人形がいないという問題だった。
当時歩兵部隊、特に分隊クラスに配備されていた人形はAK-47かSVD、部隊によってはSV-98やPKPとPKがという状況だったのだがこの内一般歩兵が使用する5.45×39ミリ弾を使用するのは存在せず全て7.62×54R弾か7.62×39ミリ弾であった。
平時や戦前ロシア軍が想定していた紛争地域への派遣ならば問題ない編成だったのだが問題は派遣されたのが主力火器の弾薬がロシア軍ともNATOとも全く違う中国だった事だった。
想定では現地での弾薬の調達も考慮に入れたものだったがいざ実戦になるとAK-47は弾薬不足に陥り急遽ロシア政府がアメリカから弾を大量輸入する事態になった。また他の人形も人形で中長距離戦なら問題はなかったのだが市街地や交戦距離が200以下になるとSVDは取り回しが悪く扱い辛い、PKやPKPは重く嵩張るため市街地戦向きではなかった。
結果として前線では人形の近接支援無しでリスク覚悟で戦闘を行うか取り回しの悪さを妥協してPKやSVDを投入するかのどちらかになった。
そのため前線からは5.45ミリを使用する新型人形が切望された。
また既存人形自体もそれ以外の各種問題が発生したためこれらの改修・改良・新型素体への変更も行う必要が出たのでこれらの要望と合わせて策定されたのがストレリツィ計画だった。
そしてもう一つこの計画に影響を与えたのが10年前の2040年に開始されたパーンツィリ計画という計画だった。
この計画は「各層部隊の電子作戦能力の付与強化によって戦闘能力の強化・効率化を狙う」という計画であり10年以上前に始まり少なくとも中国内戦の開始時には進捗率が4割程度で一部部隊が完全更新が完了した時期だった。
だがパーンツィリ計画は少なくともこの時点で半分破綻していた。
実はパーンツィリ計画自体電子作戦要員の教育訓練を半ば無視していた計画で増強自体も計画内に入っていたがそれはあくまで補助的なものでメインは「新型電子作戦システムは素人の前線歩兵も訓練すれば十分使用可能な装備」であるとして歩兵の訓練で賄うつもりだった。
だが実際はここでも軍の縦割り行政を発揮して歩兵の訓練は一切行われず装備と部隊数だけが肥大化、その上要員不足で折角配備された新型システムは2/3のみが使用され残りは倉庫に死蔵されていた。
また同時期に全軍で10年単位の装備更新計画キンジャールが予算を食ったため予算不足もあり遅々として進まなかった。
2050年になると内戦は一段落し軍事予算やその他部署にも余裕ができ始めた、またキンジャール計画が内戦で予定では2050年に終了するはずだったが予定より2年早く全部隊の装備更新が完了したためキンジャール計画の影響を受けていた計画が戦訓を取り入れて再始動し始めた。
このパーンツィリ計画の影響を受けたストレリツィ計画は二本立ての計画だった。
片方がストレリツィM計画、こちらは既存人形の改修・改良・新型コンポーネントへの移行計画。
もう一つが新型コンポーネントと新たな設計概念に基づいた新型人形開発計画、ストレリツィN計画だった。
このストレリツィN計画の中で開発されたのがAK-12とAN-94だった。
ロシア軍は本命のAK-12に各種新技術をそのまま入れるのではなくその前にAN-94をテストベッドとして開発、これを実際に運用した上で改良点をフィードバックさせAK-12を完成させる計画だった。
この計画は大方想定通り進み2052年にAN-94が、3年後の2055年にAK-12が完成、試験の後正式採用された。
それぞれ価格はAN-94が一体2万3000ドル、AK-12が5万6000ドルだった。
AK-12の量産体制が整うとAN-94は軍向け生産を中止し民間向け生産に切り替える予定であった。
ロシア軍はこの二種を2060年までに合計3万体から5万体する…筈だった。
想定から外れたのが2055年に発生した穀物の供給過多に始まる農業不景気、そしてそれが引き金となり発生したロシアの金融危機だった。
そのためロシア政府は急遽この導入計画を延期又は縮小し浮いた予算を金融機関の再建と大規模金融緩和、市場への資金注入に投じた。
この結果ロシア軍内部でこの計画の一時凍結論が浮上し導入計画が大きく狂ったのだ。
次に問題となったのが運用側からの悲鳴だった。
簡単に言うと「俺達はただパンが欲しかったのにピザを持ってきた」というべき状態だった。
確かに運用上の問題は全て解決できた、だが最前線の歩兵レベルでは電子作戦能力は必要なかった。
彼らからすれば逆にこの電子作戦能力が手入れは面倒だしかと言っていつ使うのかさっぱりわからない、ついでに専門的な知識もない、そんな状態だった。
要はAK-12は色々盛ってしまった結果誰も必要としない人形となってしまった。
更に財務側からもAK-12の高価さが問題視され始めた。
こうなるとロシア軍はAK-12の導入縮小を決断せざる負えなかった。
改めて現場から出された要求というのはシンプルで「電子作戦能力のないAK-12」だった。
しかしAK-12のシステムや構造は電子作戦能力ありきという設計でオミットするとなると大幅な再設計が必要だった。
そうなれば導入時期はおよそ2年延びると試算された、この2年というのもあくまで順調に開発が進んだ場合でありこの頃から人形自体が複雑化しどこの国でも開発遅延が常態化していた。
そんなロシア軍の前に生産側からある提案がなされたのはこの頃だった。
「AN-94の電子作戦能力をオミットしたモデルを生産すればいいのでは?」
AN-94の電子作戦能力はそもそもが限定的なものとして生産されAK-12の量産開始後は軍用は段階的に生産を削減し最終的には電子作戦能力やその他軍用システムをオミットした民生用モデルに切り替え予定だった。
なので初めからオミットしたモデルを生産可能で元々改良の余地も多い設計でより要求に特化した改良にメーカーの想定では早ければ10ヶ月、遅くとも一年半後には可能とのことだった。
かくして2056年3月、ロシア軍はAK-12の導入を縮小、代わりにAN-94の改良モデルAN-94(M)の導入拡大を決定した。
AN-94(M)はカタログ価格一体3万2000ドル、AK-12よりもずっと安かった。
その後金融危機からの回復で軍事予算にも余裕ができ始めたがその頃には導入された人形の2/3がAN-94だった。
一方、こちらの世界ではAN-94とAK-12に関する情勢は全く違っていた。
AK-12のコンセプトの失敗作がAN-94、その程度だった。
アーニャはふと自分が生まれることになった複雑怪奇で官僚的で下らない開発経緯を思い出しながらなんで自分は妙に異世界の自分と絡む機会が多いんだろうかなどと考える。
「神様が気まぐれなのか?」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
少なくとも自分と全く同じ姿をしているのにどこの極東の島国のロボットアニメなのか?少なくともそういったものを見すぎじゃないか?そう思えるような装備――なにせ腕が変形して銃をぶっ放す――を見ながら内心ものすごい疲れを感じていた。
今彼女の目の前にいるのはS-09地区P基地所属のAN-94、通称アナというらしいのだが一体どこのマッドサイエンティストが狂ったかエゲツない魔改造が施され半分恐怖を感じていた。
「ところで、アーニャは改造とかされていないのか?」
「してないし、少なくともその改造を施した天才にはかかりたくない。」
アナに答える。
彼女からすれば得体のしれないレベルの大改造など受けたくないし考えたくもない、第一軍にいる以上改造するには許可がいる。
彼女は紅茶に口をつけながら今日の仕事を思い返す、今日は同期の中佐の使いでP基地近くの街でグリフィンの担当者と話し合いをした後P基地と国連軍の協力体制の確認を兼ねてカフェでサンドイッチと紅茶を注文していると自分と瓜二つの人形が話しかけてきた、そんなんだったはずだ。
「見た目よりは悪くないと思うんだが」
「見た目とかそういうレベルの問題じゃない」
なんだかどっと疲れが出てきた。
紅茶を飲んで気を紛らわせようかとカップを見れば中身は空だ。
「はぁ、そろそろ行くか」
「もう行くのか?」
アーニャが荷物を纏めて立ち上がるとアナが聞いた。
「十分休憩したからな、君もパトロールに戻ったらどうだ?」
「そうだな、じゃあ」
「ああ」
二人は挨拶するとアナは立ち上がって雑踏の中へ消えていった。
アーニャは伝票をレジで店員に渡す。
「えっと、合計10ドル20セントです。」
「はい」
「どうもありがとうございましたー」
現金を渡し店の外に出る。
すると肌寒い風が吹いてきた。
「うう、もうすぐ冬か。」
気がつけば10月も末、冬と年末が見え始める頃だった。
アーニャとアナが少しだけ絡む話という
平時の軍最大の敵は平和の配当を理由に何かにつけて予算を削ろうとする財務官僚