某番組で言うところの調査パート
「過去を思い起こし得ない者は、それを繰り返す運命にある」
――ジョージ・サンタヤーナ(アメリカの哲学者)
「やっと来たか、待ってましたよNTSBの皆さん。
私は現場の責任者のコンスタンティン・アーチポフ中佐だ」
「どうもアーチポフ中佐、NTSBのビル・ホルムバーグだ。
早速だが現場の状況は?」
インターコンチネンタル・エア・カーゴ218便がクーリエ694便と衝突した翌日、滑走路01右と01左の間で燻る残骸の前でNTSB事故調査官ビル・ホルムバーグは現場の責任者だったロシア空軍中佐コンスタンティン・アーチポフ中佐に挨拶する。
彼の後ろには十数人のNTSBのスタッフがいた。
ビル・ホルムバーグはNTSBのベテラン事故調査官、過去に数件の重大事故を扱った経験があったが複数の機が絡む死亡事故は始めてだった。
またアーチポフの後ろの残骸の周りには空軍の兵士が救助隊員が残骸の中を歩き回っていた。
「アレが残骸、向こうに100メートルほど行ったところに右エンジン、その50メートル先に右主脚。
サイテーションと787の残骸はノベンバーの交差点からここまで続いてる。
両機とも四隅は発見されてる」
「ブラックボックスは?」
「787は回収済み、ただサイテーションは787の下だ。
787の残骸のせいでまだ回収できてない」
「787のブラックボックスの状態は?」
「専門家じゃないからわからないが状態はいいと思う。
一応12番格納庫が調査用に使われる予定で先に片付けられた残骸の一部とかはそこに保管してある」
「パイロットたちは?」
「病院だ、二人共重傷で入院中。
幸い命に別条はないらしい」
「分かった、これからは我々が現場を引き継ぐ」
「了解した、現時刻を持って現場の管理権限を渡す。
それと、サイテーションの機内からアタッシェケースが出たら保安部に渡して欲しい」
「なぜだ?」
「安全保障上の問題だ。
このことは他言無用だ、事によってはとてつもない量の血が流れることになる」
「…分かった。回収したら連絡する」
「頼むよ、このことは一切記録に残さないで欲しい」
「分かりました」
ビルはアーチポフ中佐から状況の説明と注意を受ける、そして彼から現場を引き継いだ。
彼が背中を向けて歩くのを見て彼はスタッフに指示を出した。
「さてと、仕事だ。
最初に記録だ、ショーティ頼むぞ」
「了解」
記録担当の戦術人形のスーパーショーティことショーティに記録を頼むと早速残骸を調査し始めた。
NTSBにはある焦りがあった、というのも国連軍関連では初の事故というだけでなく長く安全記録を持っていた787としては20年ぶりの死亡事故、滑走路進入の事故としては凡そ40年ぶりだった。
滑走路上で他の飛行機と衝突するという事故は昔から起きており最も有名な事故は1977年のテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故、テネリフェ島の空港で滑走路を走行していたパンアメリカン航空1736便にKLMオランダ航空4805便が衝突し両機の合計583名が死亡する民間航空史上最悪の事故である。
また1990年にはデトロイトで霧の中で道に迷ったノースウェスト航空のDC-9が誤って滑走路に侵入し離陸滑走中の同じくノースウェストの727が衝突しDC-9の8人が死亡。
その翌年にはロサンゼルス国際空港でUSエアー1493便ボーイング737が離陸待機中だったスカイウェスト航空5569便フェアチャイルド・メトロライナーと衝突し両機の34名が死亡。
2001年にはミラノのリナーテ空港でスカンジナビア航空のMD-80が道に迷ったセスナサイテーションと衝突し両機と地上の人を合わせて118名が死亡。
他にも1971年にはシドニーでCPエアのDC-8とトランス・オーストラリア航空の727が衝突、マドリードのバラハス空港では1983年にイベリア航空の727とアビアコ航空のDC-9が衝突両機の93名が死亡している。
このように多くの事故が発生しNTSBやFAAは各種の対策を講じていた。
例えば滑走路状態表示灯システムはこのような事故を防ぐために50年以上前の2000年代から2010年代にかけてアメリカ各地の空港に導入され今やほとんどの空港に設置されこの空港にも設置されていた。
また目視に頼らず地上の機体や車両の位置を確認できる地上レーダーなどもこのような事故を防ぐための装置のはずだ。
「地上レーダーと滑走路状態表示灯システムはどうなってたんだ?」
「確認します」
ビルは部下に地上レーダーと滑走路状態表示灯システムの確認に向かわせた。
その一方で現場では事故調査官達が現場をグリッド状に区切って残骸の回収作業を開始する。
これは航空機事故調査では日常的に行われている回収法で効率的かつシステマチックに行え記録も取りやすいというメリットがあった。
「これは大変だぞ。
先に滑走路の衝突地点を見たい。ショーティ、来い」
区切ったとはいえ時間がかかりそうな回収作業より先にビルは滑走路上の衝突地点へと向かった。
両機が衝突した滑走路のN1誘導路との交差点付近に来ていた。
そこにはまだサイテーションの尾翼や天井の部品と787の機首底部と前脚の部品が散乱していた。
「ここが衝突地点だな。」
「そうみたいだね。ほら、あれ」
ショーティは滑走路上に落ちていた大きな残骸を指差した。
それは白色で半円状の分厚い金属の構造物で後ろ半分にはグレーの塗料がついていた。
「サイテーションの垂直尾翼上部だ。」
「このグレーの塗料は787かな?」
「多分な。」
その塗料の付着から二人は2機の衝突時の様子を推察する。
それは787がサイテーションを押し潰したという事になる。
「て、事は787がサイテーションを押し潰した?」
「そういう事になる。
だが、なぜ滑走路にいた、どっちが使用許可を得てた?」
この事実はどちらが滑走路の使用許可を得ていたか、という疑問に繋がった。
その頃、管制塔ではNTSB調査官のロン・ファイスと戦術人形のBARが管制官たちに事情聴取していた。
BARが尋ねる。
「では事故当夜の状況を教えてくれませんか?」
「はい、昨日は酷い大雨でサイテーションはロシア空軍のIl-106の後ろに従かせてエプロンからオスカー、フォックストロット、ノベンバーを経由して滑走路01左手前で待機させてそこに218便を着陸、その後進入させて転回、隣の01右からIl-106を離陸させてから離陸させる予定でした。
ですがどういう訳かIl-106の直後に続いて進入して転回してホールドしたようです」
管制官は管制塔の地図を指し示して状況を説明する。
だがファイスは疑問に思った。
「地上レーダーや滑走路状態表示灯システムは機能していたんですか?」
「地上レーダーは今日まで整備のため休止中です。
表示灯システムは地上レーダーと連動してるんで止まってると使えないんです」
二人は驚いた。
よりにもよってこういった事故を防ぐための装置が点検のため止められていた日に事故が起きたのだ。
「ところで大雨ということですが視程はどのぐらいあったんです?」
「報告によればえーっと、800メートル」
管制官はBARの質問にテーブルの上にあった昨日の気象通報を確認する。
天気というのはあらゆる事故において何かしらの影響を与えるものだ。なので天気について調べるのは調査官なら最初に確認することの一つである。
「管制塔からノベンバーと01左の誘導路の距離はどのぐらい?」
「凡そ790です、なのでここからは当日ギリギリ見える程度です」
管制塔から衝突地点までは約790メートル、事故時の天候では非常に見にくかった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
二人が礼を言い管制官が去っていった。
続いてファイスとBARが向かったのは病院だった。
重傷を負いながらも脱出した乗員二人は病院で手当を受けていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ご心配どうも」
「私達も一体何が何やら」
二人共ショックを受けていた。
航空機事故に遭遇するというのは滅多にないことでありショックが大きい出来事だ。
なので多くの場合パイロットは生き残っても詳細を正確に覚えていることは少ない。
ちゃんとした証言を得ようとBARは優しく問いかけた。
「無理しなくてもいいんですよ?ちゃんと思い出してくださいね」
「はい、確か01左に着陸して数秒してからです。
突然目の前に何かが現れて回避しようとスロットルを押し込んで機首を上げたらぶつかって、そこからはなされるがままでした」
「何かそれ以外に異常は?」
「何もありませんでした。
滑走路上に他の機がいた以外は」
「ご協力ありがとうございました」
二人の証言は少なかったがこれである程度衝突時の状況は理解できた。
そんな時、BARの電話が鳴った。
「はい、BARです。」
「?」
「え?サイテーションのレコーダーが見つかった!?分かりました」
「見つかったのか?」
「はい、すぐにワシントンに送ったそうですけど」
それは重大な発見だった。
2機のレコーダーが見つかった、特に生存者のいないサイテーションの場合は重要な発見だ。
こういった滑走路誤進入による事故の調査では調査官がよく行う調査方法がある。
それは管制塔の録音と衝突機のボイスレコーダーの音声をシンクロさせて時系列ごとに各機の動きを空港の地図上の飛行機のおもちゃを動かして再現するという方法だ。
そしてこの事故でもその調査方法が行われていた。
「それじゃあ始めてくれ」
『ズヴェズダ909、誘導路ノベンバー1滑走路手前についたら報告』
ビルが言うとファイスが管制塔から回収した当日の録音を流す。
その録音に合わせてビルは地図上で模型の飛行機を動かす。
『ズヴェズダ909、ノベンバー1滑走路手前についたら報告します』
『クーリエ694、ズヴェズダツポレフTu-106の後ろに続いてノベンバー1に向かえ』
『クーリエ694、了解』
「よし、ここまではいい。
クーリエ694は前方のズヴェズダ909に続いて誘導路ノベンバー1を走行して滑走路手前に到着した。
じゃあクーリエのボイスレコーダーの方を」
次にサイテーションの録音を流すようBARに言う。
『クーリエ694、了解。』
管制塔と交信していたのは副操縦士のルステム・メドベージェフ大尉32歳、ソ連空軍のパイロットで飛行経験は2000時間以上あった。
『それでどこだって?』(ロシア語)
機長はロディオン・アラベ―デー少佐45歳。同じくソ連空軍のパイロットで飛行時間は5000時間以上あり教官も務めていたベテランだった。
だが二人ともサイテーションの乗務は短くどちらも500時間未満だった。
『前の機に続いて滑走路まで向かえだそうです』(ロシア語)
「おい、何言ってるんだ?ロシア語か?」
「ロシア語っぽいですね。
最初に機長がそれどこだって?、って聞いて、副操縦士が前の機に続いて滑走路まで向かえ、って答えてます」
ロシア語ができるBARが翻訳するにどうも機長は英語ができないようでかなり怪しい物だった。
「二人の英語能力が気になるな。
続けて」
『了解。あのデカブツに続け、ね』
『ええ。離陸前のチェックはやります?』
聞いているとパイロットたちは離陸前のチェックリストを開始していた。
それによれば機長が計器類を操作し副操縦士が読み上げていた。
『ああ。最初はなんだっけ?』
『パーキングブレーキです。』
『インターコンチネンタル218、方位009に右旋回、降下してILSを受信せよ』
『えーっと、セット』
『インターコンチネンタル218了解、右旋回009、降下してILSを受信』
『スロットル』
『イェーガー21、着陸許可滑走路01右』
『アイドル、管制が煩いな』
『着陸許可01右、イェーガー21』
『エレベータートリム』
『離陸にセット、これでいいか?』
『多分、フラップ』
『えっと、15』
『こちらズヴェズダ909、ノベンバー1滑走路01右手前に到着』
『スポイラー』
『格納状態だな、うん』
『飛行計器、エンジン計器』
『ズヴェズダ909、スタンバイ追って指示する。』
『チェック、チェック。
もう着いたのか。』
どうやら機長はチェックリストの読み上げに忙しい副操縦士より先に指示された地点まで到着した事に気がついたようだった。
『クーリエ694、ズヴェズダ909の後ろ滑走路01右手前で待機中。
離陸前データ確認』
『スタンバイ、ズヴェズダ909は待機、イェーガー21が到着後滑走路を横断し01左末端で転回して待機、指示を待て』
『えーっと、重量は?』
『ズヴェズダ909、了解。』
『えっと、確かさっき計算してそこに…アレ?』
『はぁ、やり直しか。』
『すいません』
『えっと、重量が…』
「止めろ、一体何をやってるんだ。
V1の計算はずっと前にやっているはずだ」
ビルはこのクルーが何故か滑走路の前でチェックリストをやりながらV1、VR、V2の設定のための重量計算をやっている事に驚き呆れていた。
この計算は本来こんな時ではなくずっと前にやっているべき事であり、全くありえないことだった。
「続けろ」
『クーリエ694はズヴェズダ909横断後停止線まで進み待機。
インターコンチネンタル機が到着後進入し転回してホールド。』
『クーリエ694了解。
それで、燃料が2.534トン、人数が二人。積荷がえっと…』
『523キロだ』
『ってことは2534+160+523で…電卓は?』
『今やる。3217。最大離陸重量は?』
『3967だったから問題なし。』
『V1はえっと…120、VRが140でV2が170』
『了解、セット。
ナビゲーション』
『オスカー、アルファ、タンゴ、デルタ、セット。
おい、前の奴が行っちまったぞ。指示はなんだって?』
『えーっと確か、滑走路に進入して転回、ホールドだったはず』
『そうか、それじゃあ進んでいいんだな』
『そのはずです』
「止めろ。」
ビルが止める。
それは恐ろしい内容だった。
サイテーションのパイロットは計算という作業に没頭している時に流れてきた重要な無線を聞きそびれていたのだ。
しかもその聞きそびれた無線の指示の一部だけ覚えてそれを伝えたのだ。
「こいつら一体何をやってるんだ。
滑走路に入っていいかどうかの指示をあやふやな理解で勝手に入るなんて」
「なんて恥知らずなパイロットだ」
「こんな奴らが操縦室で操縦桿を握ってるなんて信じられない」
「ここまで酷いパイロットがいるなんて…」
そのあまりにも酷い会話の内容にビルもファイスもショーティもBARも呆れていた。
「続けて」
『これで離陸位置に着いたな。
チェックリストの続きは?』
『えーっと、着陸灯』
『えーっと、オン。』
『インターコンチネンタル!ゴーアラウンド!』
『ストロボ灯…』
副操縦士が次の確認項目、ストロボ灯の確認を読み上げた直後マイクから聞こえたのは衝突音と金属が潰れる音。
そして録音は終わった。
一連の音声を聞いて調査官たちの表情は暗かった。
誰だってそうだ、人が死んでいく様の音声を聞けば幾ら仕事と言えど辛く悲しいものなのだ。
「ふぅ、パイロット達の人事ファイルがいる。
なぜ彼らはこんな単純なミスをしたんだ、それも沢山」
この事故の原因がサイテーションの乗員にあるのは明らかだった。
数日後、調査員達にソ連から送られた乗務員の人事記録が届いた。
「どんな感じだ?ロン、BAR」
「機長のファイルだが中々酷いぞ」
「こっちも相当ねぇ…」
読んでいたファイスはその内容の酷さにファイルをビルとショーティに渡した。
そして内容を読んで驚いた。
「機長は英語の試験に2度も落ちてるのか。」
「ああ。3回目でやっと合格だがそれでも赤点ギリギリだ。
まだある、計器飛行訓練に1度失敗、習熟度テスト、不合格、技量試験、不合格、定期試験、不合格。
コメントによれば機長はチェックリストの正確な使用と管制官とのコミュニケーションに対する意識が欠けると」
「一体どれだけ落ちてるんだ。めちゃくちゃじゃないか」
機長の人事ファイルによればその経歴は酷いものであった。
英語の試験に2回目落ちただけでなく計器飛行訓練、習熟度テスト、技量試験、定期試験の落ちた経験があるというのだ。
つまりこの機長の経歴は長いだけで誇れるものではなかったのだ。
「ああ。どうしてこんなパイロットが操縦桿を握れたのかが謎だ。」
あまりの酷さにビルはもはやなぜソ連空軍がこんな人材を放逐しなかったのか謎に思い始めるぐらいだった。
「副操縦士の方はどうなの?」
「英語の試験に一応合格はしてるけどこちらもギリギリって感じですね。
最初の技量試験に落ちてる他幾つかの試験に落ちてます。
コメントによるとチェックリスト遂行時に周囲の状況確認が疎かになるところがある、って」
ショーティがBARが読んでいる副操縦士の方を聞けばこちらも相当酷い経歴だった。
こちらも幾つかの試験に落ちていた上にチェックリスト実行時には周囲確認が疎かになりがちという癖があったらしいのだ。
これが事故の全てだった。
たまたま地上レーダーや滑走路状態表示灯システムなどの安全装置が使えない視程がギリギリの悪天候の日に、英語が不得意で操縦技能が並以下のパイロットが操縦する機体が幾つかのチェックリストを飛ばし、その上実行中に重要な管制塔からの無線に適当に返事した結果指示を誤解して滑走路に進入して着陸してきた787と衝突したのだ。
事故というのはこのような偶然に偶然が重なった連鎖的な出来事の結果として起きるものなのだ。
翌2063年1月、数ヶ月に渡る調査の末NTSBは事故原因を「サイテーションの乗員が管制官の指示を誤解して無許可で滑走路に進入したこと」として結論を出した。
報告書内ではソ連空軍のパイロットの質の問題や英語能力の問題を指摘し訓練の抜本的改革と強化を要請、又FAAには地上レーダー停止時の地上レーダー連動型滑走路状態表示灯システムをマニュアル操作が可能なタイプへの改修を要請した。
こうして空の安全は又一歩進化したのである。
あらゆる航空規則というのは血で書かれている、それは航空機の歴史即ち航空機事故の歴史の中で多くの人達が犠牲となって流れた血を糧に残された者達が書き足してきたからだ。
だからこれからもきっと悲しい事に事故が起こる度、誰かが再発を防ぐための何かを書き足していくだろう。
だから我々は犠牲を忘れてはいけない、忘れた時次の犠牲となるのは我々だからだ。
・ロン・ファイス
NTSBの事故調査官
実は航空心理学者
名前のモデルは実在のNTSB調査官のロン・シュリードとグレッグ・ファイス
・スーパーショーティ
NTSB所属の戦術人形
一応事故調査官で主に記録担当。機体構造の専門家
・BAR
NTSB所属の人形
事故調査官。人的要因に関する専門家。
温和で優しいので聴取担当
某番組風にやって某番組風に締める。
最後の文は本音で個人的なメッセージです。