自由競争やったら人口が無茶苦茶になる産業
「かの世界の人形にとって最大の悲劇とは、ハマーシュマルクを殺した事だ」
――アラン・デュボア(トリノ大学人形哲学教授。コリエレ・デラ・セラ紙の社説より)
「中身が機械であること以外全てが人間と同じ機械と中身が人間であること以外殆ど機械となった人間、どちらがより人間らしいのか?
どちらが人間と言えるのか?この問題が議論され解決されなければ人類が生み出すのは友人ではなく奴隷だ。」
――フリッツ・フォン・ハマーシュマルク
「人であって人でない者たちの為に」
――国際人形連合の標語
人形産業という産業がある。
これは文字通り人形関連のあらゆる産業を指しその規模は2062年には全世界で60兆ドル、雇用者は1億人になると推計される程の巨大な産業だ。
この巨大な世界規模の産業を管理統括するのが国際人形連合、IDUだ。
IDUは2037年設立で今年で25周年を迎える国連の専門機関、本部はベルギーのブリュッセルに存在し現在の事務局長は元IOP社長のレイモンド・ハーヴェル、組織の構造や運営は世界最古の国際機関の国際電気通信連合を参考に世界各国200の国と地域が加盟し300の企業がセクターメンバーとして参加している。
この連合の目的は世界的な人形工業の規格統一と規制の確立、権利問題の解決というものだ。
人形は友人であって奴隷ではない、だが機械である、この矛盾は事実上奴隷状態の人形を生み出し社会問題を作り出すことになった。
この社会問題解決と規格統一がこの組織の使命だ。
この国際機関の存在に参加者でありながら当惑する者がいた、それは新たにセクターメンバーとなったIOPの副社長ハーヴェルだ。
「うむ…」
「お困りですかな?ミスターハーヴェル」
ブリュッセルの本部のラウンジで一人悩んでる彼に後ろから声がかけられた。
振り返ればそこには自分と瓜二つな、だが腰は曲がらず杖もつかず自分よりもやや若く見える老人がいた。
「いえいえ、事務総長自ら声をかけていただくとは光栄です」
「我々の新たなメンバー、それも異世界からですから。歓迎したいのですよ。」
声をかけたのは事務総長のレイモンド・ハーヴェルだった。
自分と瓜二つの姿に内心驚いてはいるが冷静に振る舞う。
「それはありがたいですな」
「何か困り事が有れば何でも尋ねて結構ですよ」
「では、この世界では人形の生産はIOPだけではないのですか?」
「ええ。現在世界には大手人形製造会社が6社あります。
私の出身企業のIOPとその傘下にあるIOP・ユナイテッド、ドイツと中欧東欧北欧諸国の出資で設立されたヨーロッピアン・ドールズ・テクノロジーと資本提携しているイタリア・イギリス・スイス・オーストリア・セルビア・スペイン・ポルトガル出資のミッド・ドールズ・インダストリー、中国の北方精密工業公司傘下の東北人形工業公司と北方精密工業公司を買収して実質傘下に置いたOA・ドールズ・エレクトロニクス・インターナショナルの6社3連合体制です」
ハーヴェルの世界と違い人形業界はこの時点で6社世界に存在した。
まず自律人形開発の始まりであるIOP、この会社はブリュッセルを本社とする会社で初期はアメリカ、ドイツ、ベルギー、オランダ、フランスなどが出資していたが途中でアメリカが自前の製造企業を設立するため離脱、更にドイツも別企業立ち上げのため離脱しその後は新たにブラジルと南アフリカが出資、結果としてラインナップはベルギー・フランス・ブラジル・南アフリカなどの銃が中心となっている。
次にIOPへの出資から離脱したアメリカが自国内の小規模ベンチャーなどを纏めて作ったのがデトロイトに本社があったユナイテッド・ドールズ(UD)。
この会社はアメリカ政府の他アメリカの自動車会社BIG4やコルト、ウィンチェスターなどの出資を受けてアメリカ製の銃を中心としたラインナップで設立された2040年以降販売構成を強めたが、2050年代の不景気で元々小規模メーカーの寄り合い所帯だったUDは財務体質が弱くまた同時期にIOPのアメリカ子会社IOP・USAが販売攻勢を強めたため2056年にチャプター11を申請、最終的にベルギー政府とアメリカ政府が合意し翌年IOP・USAとUDは合併、IOPユナイテッドが誕生した。
一方同じくIOPへの出資から離脱したドイツはポーランド、チェコ、スウェーデン、フィンランド、ハンガリーなど中央北欧東欧諸国政府と手を組みワルシャワを本社に設立されたのがヨーロッピアン・ドールズ・テクノロジー(EDT)社。
ドイツ・チェコ・ハンガリー・フィンランドなどの銃が主力のラインナップでIOPに匹敵する財務力とドイツを中心とした高品質のイメージ作り、天才的な人形デザイナーによる名作人形の数々の成果で世界第2位の人形メーカーの地位を確固たる物にした会社だ。
これらの動きに危機感を持ち気がつけば乗り遅れた国があった、イタリアだ。
特に元々仲の悪いドイツだけでなくフランスがIOPに出資しているため相対的にイタリアは不利な立場にあった。
そして同じような危機感を抱いていたのがイギリスとスペインだった。
イギリスは元々独自路線を取りたく様子見をしていたら、スペインはカタルーニャ独立問題とバスク問題の再燃でその対処に躍起になっていたら乗り遅れた形になっていた。
そこでイタリアはこの2カ国を誘い更に乗り遅れたクロアチアやセルビア、トルコやポルトガルも誘い、更にEDTの出資を巡ってドイツと対立したスイスとオーストリアも参加して地中海地域中心の人形メーカーミッド・ドールズ・インダストリー(MDI)を立ち上げた。ちなみに本社は揉めたようで最終的に妥協案でスイスのバーゼルとなった。
メインはイタリア銃だがその他各国銃もある国際色豊かなラインナップとなったのだが、これが仇となり元々余り物同士の寄り合いという側面が強かったせいで慢性的な赤字垂れ流し体質と高コスト体質で設立から数年で最初の経営危機を起こしその後も断続的に破産寸前まで行ったりギリギリ回避するを繰り返す問題企業であった。
最終的に2057年に経営破綻、業界再編の一環でEDTが買収し現在EDT傘下の企業として再建に取り組んでいる。
一方アジアではIOPタイプの人形を製造する会社として北方精密工業公司という国営企業傘下に新たに東北人形製造公司が設立された。本社は中国東北部の瀋陽、内戦後は天津。
国営企業らしく中国銃のみのラインナップで中国の武器輸出に乗っかり世界各地に輸出していたが内戦で真っ先にロシアに占領された東北部を地盤とする企業だったため内戦中は経営面で大打撃を受け内戦後本拠地を北京周辺に移し親会社の北方精密工業公司共々民営化されたのだが急激な民営化が行われた多くの企業と同じように、いや元々内戦後という景気最悪の時期ということもあり紐なしバンジーのような勢いで経営は悪化、翌年には親会社共々破産した。
この東北人形製造公司と時を同じくして日本・韓国・インド・オーストラリア・台湾などの連合で設立されたのがOA(オセアニア・アジア)・ドールズ・エレクトロニクス・インターナショナル(OADEI)だ。本社は東京だ。
この会社はアジアの西側人形メーカーという立ち位置で日本や韓国、台湾、オーストラリアなどの銃を中心とするラインナップと日本的な手厚いバックアップ体制、インドの大量生産能力、台湾の経営力、韓国の営業力という各国の長所を上手く活かした経営戦略で成長、中国内戦で多少の打撃を受けるもすぐに克服。
戦後は業界再編の先駆けとなる破産した北方精密工業公司の再建スポンサーになり最終的に2055年北方精密工業公司を買収して東北人形製造公司を傘下に収めた。
これが大手人形製造会社、通称BIG7だ。
最後の7番目というのが最下位だった鉄血なのだが鉄血は昨年破産倒産して現在会社清算作業中だ。
「はぁ、それより疑問と言いますか承服できない規定もありまして」
「何ですかな?」
「月間及び年間の生産数制限です。我々に潰れろと?」
「人形製造は人口問題や労働問題も絡む複雑な物、社会情勢や需給の問題を調整するため全ての企業は一定の製造枠内で人形製造をしているのですよ。」
この世界では人形は生産数にも規制があった。
正確には生産数ではなく生産販売枠という枠でこれは販売が許されている全ての国が製造メーカーに割り当てている一か月間での自国内での生産販売が可能な最大数を決めた枠のことだ。
また先進国の多くでは他国や他地域から人形を輸入する際国によって差はあるが平均で700から1000%の関税を課せられる事も多い。
なので先進国の多くでは各国に人形製造工場を置いている場合もある。
この傘下工場も含めてその国での一定期間でも生産販売数を決めているのだ。
このような規制がかけられているのは人形がただの機械ではなく直接的にその国の人口を増大させる要素を孕んでいて下手に大量生産による価格競争が始まると競争の舞台となった国の人口バランスが崩壊しかねない、実際2050年代には日本で人形を大量生産市場に大量に出回った結果人口バランスが激変し急激な出生数の増加が発生している、同じように労働人口のバランスも崩壊して結果産業自体を窮地に追いやる可能性がある、それは絶対に避けなければならずその一方で需要が常に増大している状況ではある程度は常に生産しておきたいという事情もあった、そこで国家が国際的に強制的に販売可能数を規制するという策を取っている。
だがこれらの行動は一般には資本主義の基本理念の自由競争の原理に反し後発企業の進出を阻害するとしか思えない、ハーヴェルはその点を尋ねた。
「だがこれでは自由競争の原理に反するのでは」
「ええ、反しますよ。
ですがこのような強力な規制がないと大変な事になるのです、それをご理解願いたい。
そも人形売買は一種の人身売買です、人身売買が違法なのは誰だって知ってます」
「人形は人ではないが?」
「この世界では人形は人なのですよ。
このIDUの標語は人であって人でない者のため、人形の権利保護と社会問題の解決は産業振興と同じぐらい重要です。
ご理解いただけますかな?」
事務総長の言うとおりだ、その産業から生まれる問題はその産業が解決する努力をするべきというのは企業の社会的責任だ。
かの世界ではとっくに潰えたコンプライアンスなどの概念はこの世界ではまだまだ生きていた。
それに納得した。
「分かりましたよ」
「それはありがたいですな。
ところで、貴社の人形は来ていないのですか?」
「なぜ連れてくる必要が?」
「IDUは定期的に世界中で国際展示会を開催しているのですが来年1月に日本の大阪で開催される大阪国際人形展示会に是非ブースを出展していただきたいのですよ。
できれば貴社の技術者や人形も連れて。」
事務総長はハーヴェルに展示会への参加を提案した。
彼は腕を組みじっくり考える。
「ふむ…展示会への出展は悪くはないが…
許可が出るかどうか」
「許可ならご安心を、IDUが全面的にバックアップすると保証しましょう」
事務総長自らの後押しにハーヴェルは決断した。
「ならば、いいだろう。参加しよう。
技術者は連れてこれるが人形に関してはどうなるか…」
副社長の独断専行だがこの世界の人形産業のトップ自らが後押ししてしかも便宜まで図ってくれるのだ、断れば不利になるのは確実だ。
ハーヴェルの返事に彼は笑顔になった。
「構いませんよ。
いやぁ、ブースを先にこちらで押さえていたので当日空きスペースにならなくてよかった。
詳細は後で担当者が説明しますのでご確認を、では」
「では」
事務総長は別れの挨拶をすると椅子から立ち上がり去っていった。
一人になったハーヴェルはそこからラウンジを観察する。
よく見れば人に混じって人形たちもいるだけじゃない、議論や会話に参加し仕事も共同でこなしている。
「人形と人との共生、か」
ふとそんな事を呟いた。
・レイモンド・ハーヴェル
異世界のIOP副社長ハーヴェル。カナダ出身
違うのはこっちは経営畑出身で元は畑違いの航空会社の財務担当だったがEDTやUD設立で財務状況が悪化したIOP再建にその手腕を買われてヘッドハンティングされた。
経営者としての腕は本物でUD保護のためIOPのアメリカ進出は絶望的と思われていたのにウルトラCな技を使ってIOPのアメリカ子会社を設立したり鉄血がその政治力を最大限使ってIOP系企業の進出を阻んでいたロシア市場に鉄血と対立していたロステックと組んで進出、当時制限されていた民間向け人形生産を第二世代登場と同時に前年比+229%の生産数を世界的に認めさせて2044年から45年にかけて生産数を20倍にし、同時に価格自体を下落させて普及を後押ししたなど優秀な経営者。
2057年からはIOP会長兼IDU副事務局長、61年に会長を退任してIDU事務総長に就任。
健康状態もよく腰は曲がってないし見た目も若々しい。
人形業界自体のお話
企業間の競争や業界再編を経て7社が拮抗してのだが蝶事件で鉄血が潰れて脱落した。