もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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暴動と反人形運動回。
冒頭は本編の背景になった事件から。


題名は兵法書の名作「愚者の渡しの防衛」から


第65話:愚者の権利の防衛(上)

「人種差別は人間にとって最も深刻な脅威である。最小の理由による最大の憎悪だ。」

  ――アブラハム・ヨシュア・ヘッシェル(ポーランドの哲学者)

 

 

 

「争いは憎しみから生まれ、憎しみは差別から生まれ、差別は無知と愛の欠如から生まれる。

 差別を無くすことは争いを無くすこと、差別を無くすとは隣人を愛することである。」

  ――インノケンティウス14世(2058年11月11日、ヴェルダンでの第一次世界大戦戦没者追悼記念ミサにおける最後の説教にて)

 

 

 

 

 

 反人形運動、これはいつの時代にも存在する「新しい技術や存在への拒否反応」だ。

 古くは産業革命時のラダイト運動、19世紀半ばからの黄禍論なども背景にある中国系移民の増大を考えればその亜種に属すると言ってもいい。

 新たなテクノロジーが生まれた時、多くの場合このような激しい反発がある。

 それは人形も例外ではなかった。

 

 

 

 2058年11月11日、第一次世界大戦最大の激戦地にしてその犠牲の象徴と言える場所、フランス、ヴェルダン。

 4年に渡って続いた人類最初の世界大戦の最大の激戦地でこの場所だけで70万を超える人が死傷した。

 この日、その世界大戦が終わって140年という節目の年、ローマ教皇インノケンティウス14世は居並ぶフランスやベルギーの高官、そしてフランス各都市の司教や宗教家達と共に平和の祈りを捧げていた。

 演台で十字を切り祈りの言葉を述べようとした時、雷のような音が響いた。

 

「銃声だ!」

 

「伏せろ!」

 

 警護隊員達が叫び参列者に伏せるよう命じる、だが遅かった。教皇を見ると、血を流して倒れていた。

 

「猊下!ああ!」

 

 駆け寄ろうとしたパリ大司教が撃たれ倒れる。

 銃声は止まず警備のスイス傭兵隊とジャンダルムリが撃ち合っていた。

 

「大臣!こちらです!」

 

「わかった!」

 

 銃撃戦の中取り残された人を助けようとスーツ姿の身辺警護隊員がフランスの外務大臣を連れて脱出させようとする、だがその大臣は逃げようと体を上げた瞬間、頭に流れ弾を受け倒れる。

 

「大臣!メルド!」

 

「おお!神よ!この惨劇を終わらせ給え!終わらせ給え!」

 

 もはや会場はパニック、端では数人の聖職者が必死で神に祈り数人は撃たれ動けなくなり、教皇は血塗れで動いていなかった。

 2058年11月11日、反人形運動家の中でも過激な勢力は人形融和派のトップとも言える人物であったローマ教皇インノケンティウス14世を襲撃した。

 だが教皇はまだ生きていた、凶弾に倒れ血を流していたがまだ息はあった。

 襲撃者が皆倒されるのに時間は要らなかった、5分後には全員が射殺された。

 

「猊下!猊下!」

 

「猊下!衛生兵!衛生兵を!」

 

 スイス傭兵と傭兵隊の戦術人形K31が駆け寄る。

 教皇は朦朧とした意識の中呼びかけに応じる。

 

「…私は…大丈夫だ…それよりも他の人を…アンリ司教は…」

 

「猊下…早く猊下を!」

 

「猊下!今助けます!」

 

 スイス傭兵達は血塗れの教皇の傷口を押さえながら他の人を早くと言う教皇を担架に乗せて運ぼうと担架を探す。

 すると生き残った聖職者が駆け寄ってきた。

 

「早く猊下を!」

 

「おお!猊下!」

 

「リール大司教!」

 

「ロシュラン…司教…」

 

 それはリール大司教だった。

 皆パニック状態だった次の瞬間、一瞬キラリと光ると叫び声が響いた。

 

「ゴガッ!ガハッ!」

 

「神の怒りだ!」

 

「な!」

 

 リール大司教が瀕死の教皇の胸にナイフを突き刺す姿があった。

 もはや誰もが一瞬目の前の光景を疑った、教皇からの信望も篤いリール大司教が教皇を刺しているのだ。

 K31は咄嗟に大司教を押し倒した。

 

「貴方一体何をしてるの!」

 

「ハハハ!何を!?貴様らのような悪魔から教会を守るためだ!ハーハハハ!!」

 

 大司教は狂ったように笑った。

 この日、ローマ教皇インノケンティウス14世は殺害された、パリ大司教アンリ、フランスの外務大臣ロベール・マルコットらも殺害された。

 カトリック教会史上最悪の悲劇となったこの事件は反人形運動の最高潮であり、同時に崩壊の始まりだった。

 この日を境に誰も反人形運動を真っ当な政治運動の一つと見なくなった、この日から彼らは「テロリスト」となった。

 

 

 

 

 

 

 だから、今目の前にいる元々は街の大物だったらしい男の意見に彼、スペインのグアルディア・シビルから派遣されS-02地区というS-09地区近郊のある街を任されたホセ・アントニオ・テヘーロ中佐とその上官で派遣スペイン軍司令官のサンティアゴ・アルマーダ・イ・コミン大佐、テヘーロの部下のフェリペ・デル・ボッシュ少佐は呆れていた。

 

「と、言うわけで人形は我々の仕事を奪いあらゆる物を奪う略奪者なんです、だから我々は人形から守って…」

 

¿Por qué no te callas?(黙ったらどうかね?)

 

 あまりにも呆れた主張にテヘーロは50年近く前に流行った流行語を言う。

 その主張は大まかにいえば「人形は仕事奪う悪人だから今すぐ減らして街から追い出すのに協力しろ、代わりに俺たちを雇え」だった。

 まあ、まともな教育を受けている人が代わりに入ればいいのだが問題はこいつらは大半が良くて文字が読めて計算ができる程度、典型的な無学な貧困層だ。恐らくこの目の前のバカに焚きつけられて参加してるだけのバカだ。

 

「我々の返事はとうの昔に決まっています」

 

「ほう、では…」

 

 イ・コミンは男に期待させるような言い方をする。

 男は一瞬期待するが彼は立ち上がると男達を指差して怒鳴った。

 

「このバカ共を今すぐ外に叩き出せ!」

 

「な!」

 

 男達は鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。

 そんなバカ達を待機していたスペイン兵と戦術人形は両腕を掴んで無理矢理立たせた。

 

「テロリストに協力すると思ったら大間違いだクソッタレが!」

 

「次ここに来る時は逮捕された時だと思え!」

 

「見てるだけで腹が立つ!叩き出せ!」

 

 イ・コミン、テヘーロ、デル・ボッシュがそれぞれ罵倒すると彼らは外に無理矢理連れて行かれた。

 

「離せ!」

 

「人形の横暴だ!人形が俺達を襲ってる!」

 

「人形如きが触るな!」

 

 男たちは大声で叫んで喚くが体格のしっかりとした現役の兵士や見た目以上の体力のある人形たちの前では無力であった。

 

「覚えてろ!お前ら全員殺してやる!」

 

「そいつらを外に叩き出したら外に塩撒いとけ!」

 

 捨て台詞を吐きながら元大物は連行されて行った。

 集団は引きずられるように暴れながら元ホテルの司令部のエントラスの階段を引きずり降ろされる。

 

「離せ!離せ!」

 

「俺達が何をした!」

 

「ぶち殺してやる!」

 

 大声で喚き散らしながらロビーのスペイン兵と人形たちから白い目で見られながら引きずられホテル玄関から全員外に放り出された。

 

「わ!」

 

「うわ!」

 

「ブフ!」

 

「…この!」

 

 男たちはゴミのように外に放り出された。

 

「Gilipollas!」

 

「Marica!」

 

 放り出したスペイン兵と人形が最後にスペイン語で罵倒しツバを吐いた。

 どれほど彼らの主張が彼らの怒りを買ったかよくわかった。

 

 

 

 

 

 数日後、街の中心部にある司令部前の広場に人が多数集まっていた。

 プレートを持ったり横断幕を持ったり何故かピッツフォークや鋤、鍬まで持った人までいた。

 

「正義を!」

 

「「示せ!!」」

 

「正義を!」

 

「「示せ!!」」

 

「人形を!」

 

「「追い出せ!!」」

 

 数日前叩き出された大物がアジって大声で叫んでいる。

 その様子をスペイン兵と人形は遠巻きに問題を起こさないならと監視したり野次馬を追いやる程度だった。

 だが突然の事であるに変わりはなくデル・ボッシュは玄関でデモの様子を呆然と見ていた。

 

「奴らは一体何を」

 

「分かりかねます、少佐」

 

 ボッシュに部下のグアルディア・シビルの兵士は答える。

 彼は一応準備の段階から見ていたのだがとにかく意味不明だった。

 ボッシュは不味い事態だと直感した。

 深くグアルディア・シビルの三角帽を被り直しながら指示を出す。

 

「私はテヘ―ロ中佐とイ・コミン大佐のところに行く。

 お前達は奴らを監視しておけ、なにか問題を起こしそうになったら全力で止めろ。

 ただし武力行使は何があっても禁止だ」

 

「了解です」

 

 現場を部下に任せ彼は増援の兵士とすれ違いながら回転扉を通って司令室に走る。

 階段を駆け上がり二階の司令室のドアを叩く。

 

「デル・ボッシュです」

 

 返事を待たずに入るとイ・コミン大佐とテヘ―ロ中佐は広場の見える窓枠に腰掛けていた。

 

「ボッシュか」

 

「報告はわかってる。」

 

 テヘ―ロとイ・コミンがつまらなさそうに言う。

 ボッシュは指示を仰ごうとする。

 

「では…」

 

「どうしようもない、俺達にできるのは静観と警備だけだ。

 デモをする権利は万人に認められた権利だからな」

 

 テヘ―ロがタバコを吸いながら言う。

 彼の言う通り一応アメリカである以上憲法修正第1条の「連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。」の通り集会を強制的に解散させる権利はないのだ。

 

「わかりました。

 警備と静観に徹するよう部下に周知徹底させます」

 

「頼むよ、明日のニューヨーク・タイムズの表紙を飾りたくない」

 

「わかってます大佐」

 

 デル・ボッシュは敬礼して出ていく。

 誰だって暴動騒ぎになって新聞の一面を飾りたくない。

 さらにイ・コミンはテーブルの上の電話を取り部下に連絡した。

 

「私だ。直ちに総員配置。

 対暴動鎮圧用装備を準備して集結、非番の奴は今すぐ呼び戻せ。

 グリフィンも警察も総動員だ、テヘ―ロ、司令部に連絡」

 

「は」

 

 事態の進展に備え先に総動員体制をとらせる。

 更に司令部にも連絡させる。

 窓の外を見るとデモ隊は少しずつだが増えているようだった。

 

「不味いな、増えてるぞ」

 

「ですね。」

 

 二人は一抹の不安を覚える。

 この先何も起きないように心のなかで祈るしかなかった。




・インノケンティウス14世
第269代ローマ教皇
イタリア人で前職はトリノ大司教
人形融和派で2053年には公会議を100年ぶりに開催し人形の改宗を認める勅令を発した。
だがそれに反発するカトリック保守強硬派の一部が反人形勢力と結託、2058年11月11日、ヴェルダンで行われた第一次世界大戦戦没者追悼記念式典で襲撃を受け殺害された。
死後異例のスピードで福者となり2062年現在聖人認定の審査中。

・パリ大司教アンリ
パリ大司教区を管轄する大司教
インノケンティウス14世と親しい人物で保守派ではあるが人形に対しては融和的な人物だった。

・リール大司教ロシュラン
リール大司教区を管轄する大司教
カトリック保守強硬派でこの事件の首謀者の一人。
事件後教皇やパリ大司教、外務大臣殺害の罪により教会から追放処分、裁判で終身刑を宣告され服役中

・K31
スイス傭兵隊所属の人形
敬虔なカトリック

・サンティアゴ・アルマーダ・イ・コミン
派遣スペイン軍総司令官で所属は陸軍
名門軍人一家出身。
名前のモデルは23-Fの首謀者の一人陸軍副参謀総長アルフォンソ・アルマーダ・イ・コミン中将

・ホセ・アントニオ・テヘーロ
派遣グアルディア・シビル隊長
名前のモデルは23-F首謀者の一人で実行者のグアルディア・シビルのアントニオ・テヘーロ中佐

・フェリペ・デル・ボッシュ
テヘーロの部下のグアルディア・シビル隊員
名前のモデルは23-F首謀者の一人第3軍管区長ハイメ・ミランデス・デル・ボッシュ陸軍中将
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