今回は一旦S地区の情勢そのものの再整理回。
「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。
民主制が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。
実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。
これまでに試みられてきた民主制以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」
――ウィンストン・チャーチル(1947年)
「民主制国家の基礎は自由である。」
――アリストテレス
「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです。
言いかえますと、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム、またそれよりはるかに小者ながらヨブ・トリューニヒトなどを政権につけたのは、たしかに人民自身の責任です。
他人を責めようがありません。
まさに肝腎なのはその点であって、専制政治の罪とは、人民が政治の害悪を他人のせいにできるという点につきるのです。その罪の大きさにくらべれば、一〇〇人の名君の善政の功も小さなものです」
――ヤン・ウェンリー(銀河英雄伝説)
民主主義、この四文字熟語は多くの場合好意的な意味で使用される。
チャーチルの有名な言葉の通り「民主主義は最悪の政治体制」である、ただそれはそれまで試みられた全ての政治体制を除けば、最悪ではあるが最もマシな政治体制だ。
実際欠点を論えばキリがない、複雑な手続き、迅速さとは程遠い決定システム、面倒で形式的とも言える諸種の事務や会議、無知な大衆による衆愚政治、議会を複数の少数政党が支配する体制、それとは逆に無能で少数の複数の野党と相対的に有能に見える強い与党、そして時としてその国民自らが民主主義にとどめを刺す、これらの欠点はその一つ一つが時として歴史において致命的な弱点として民主主義国家を滅ぼし又は大打撃を与え続けてきた。
暴力とメディアと恐怖を煽り政権を奪ったナチスは当時最も民主的な国を史上最悪の独裁体制の一つに改造、また戦前日本はその責任者なき民主主義が戦略なき拡大政策に繋がり国を焼いた、イタリアは無能な政府に呆れファシストを選んだ、そして戦後は毎年のように政権が変わり汚職が蔓延した。
世界最強の民主主義国家アメリカでさえ選挙に不正は付きものであり1960年の大統領選では裏でマフィアが暗躍してケネディを大統領にした。
これだけ書けば民主主義など最悪であると思う。
だが一方で民主主義以外の政治体制は?
その悪さは民主主義以上だ。
絶対王政は時としてルイ14世のように自らの栄華のために国民に重税を強い百年後の王朝の崩壊を齎した王もいれば散財に走り国の財政を壊滅的に悪化させ帝国を衰退させた皇帝、統治機構を権力を集めるために官僚層を破壊し国を弱体化させた成り上がり者、カリスマ性の無さから支持を得られず領土の大半を失った王、オオカミが来たを繰り返し本当にオオカミが来た時誰も来なかった王、学問の殿堂を快楽の場に変えた王、狩猟に耽った皇帝などなど、無能な皇帝・王を数えればキリがない。
共産主義は?最悪だ。
ソ連にはあらゆる自由が存在せずいくつも民族を滅ぼした、中国は自らの数千年の歴史と文化を破壊して2000万人を殺した。
カンボジアに至っては人類が思いつく限り最悪の蛮行が行われた。
イスラム?昔は良かったかもしれないがどちみちボロが出るのは必然だ。
ナチス?論外だ、彼奴等が何をしたか知らない人はいないだろ?
ファシズム?相対的に20世紀のイタリア史で一番マトモな政治体制に見えるのはなぜだ、どちみち民主主義と比較すれば最悪なのだが。
アナーキズム?何かのコメディじゃないか?
その他独裁体制?開発独裁は少しぐらいいいかもしれないが20世紀だけで一体何カ国やらかした。
と、まあ民主主義は最悪ではあるが最良なのだ。
そして国連軍はこの民主主義体制、正確に言うならば米国政府の統治システムへの組み込み作業言わば民政移管作業を検討する段階に来たのだ。
2062年12月、国連軍は米国内務省やカリフォルニア州政府、ソ連政府の代表者との最初のS地区の民政移管に関する検討会議が開催されたのだが…
「教育体制やその他諸々を考えても民政移管は時期尚早すぎる!」
「ソ連への返還が筋だろ!」
「カリフォルニア州はこんなお荷物抱えたくない!
スタローン知事もそう主張してるじゃないか!連邦政府が責任を持つべきだ!」
「民生移管プロセスを何でもいいから始めないと国連軍は叩かれるんだ!」
検討会議は会議という名の口論となっていた。
何せ国連軍は何でもいいからポーズでもいいから移管プロセスを始めないとメディアから叩かれ、実際一部左派系新聞が叩き始めてるからプロセスを始めたい、一方連邦政府は真逆で治安も教育体制もインフラもまだ修復や再建がされているのはごく一部でこの状態で移管なんて出来ないと主張、隣接地域で場合によっては丸ごと連邦政府が投げようとしたカリフォルニア州はお荷物を抱えるなど断固反対連邦政府が責任を持て面倒見ろと言い張り、ソ連政府に至っては国連軍の手柄丸ごと奪う気満々で返還要求という無茶苦茶であった。
まさに八方塞がりであり実際に移管が可能な時期に関する予想でも連邦政府とソ連政府は対立
「連邦政府は最低でも5年後、正直に言うなら10年から15年は今の体制を維持しないと内戦に逆戻りすると予想している」
「できる限り早期の、可能ならば即時の返還。治安やインフラの再建に関しては我々にそれをどうにかする余力はないので国連軍やアメリカに任せたい」
と、まあグチャグチャである。
ソ連は完全に上手い所だけ食おうとする気マンマンで一方連邦政府の見立ては国連軍がアフガン以上の長期間になると言ってるような物。
この中で一番マトモな意見は連邦政府の物であり次にカリフォルニア州、一番論外がソ連だった。
実際ソ連に関してはその後の会議ではほぼ出ているだけという状態になるのだが。
と、まあこのように民政移管の話し合いの初回は決裂に終わったのだった。
さて、ここで改めてこの地区の経済・治安・インフラの状況に関して一通り説明しよう。
会議の翌月即ち2063年1月現在のS地区は全体としては安定していた。
それも国連軍による大規模な浄化作戦が連続して、特に鉄血殲滅後の10月以降はほぼ2、3ヶ月連続で犯罪組織の回復力を超えた摘発を行うことで大打撃を与え組織犯罪の件数は急激に低下していた。
が、一方でそれとは関係のない犯罪、個人レベルの窃盗や強盗や殺人や麻薬売買や詐欺などなどは減ってはいるものの犯罪率は現状全米最悪。
2062年全米大都市犯罪率ランキング10年連続堂々ワースト1位であるカリフォルニア州サクラメントの10倍の犯罪率でわずか8ヶ月で逮捕された人が合計1万を超える有様。多すぎて拘置所と刑務所などが足りず適当な建物を急遽借り上げて臨時の拘置所にしたり本土の施設に移送するほどだった。
この犯罪率はかなりムラがあり国連軍の多い都市部は比較的低いのだがその外は高く特にグリフィンの基地と基地の間の空白地帯は酷かった。
一方治安がいいのは主に司令部のある街、次にモハーベゲートのある街、そしてその周辺部とガーデンという感じであった。
ちなみに現状逮捕者の割合は59%が人形に対する暴行・殺人・強盗・窃盗などで残りが人間に対する犯罪だった。
一方インフラや物資の状況はと言うと実はそんなによろしくない。
軍の物資優先という事情もあるがそれ以上に問題だったのがゲートの向こう側の体制だった。
現状ゲートは二つ、モハーベとエドワーズなのだが実はこの二つの先にある空港はどちらも「大量の物資輸送に対応できる施設が無い」のである。
そもそもエドワーズは空軍やNASAの実験用基地の趣が強い基地でそもそもの施設が無く臨時で航空貨物取扱所を突貫工事で作り上げた12月に使用が開始された始末。
モハーベも民間空港で数は少ないが定期便はあるしいくつか民間航空会社が設備を置いている、のだが元々モハーベ空港というのは民間宇宙開発企業のベースと
もちろんこんな小手先の対処すぐにパンクしているし当の送った先もそもそも二つとも寂れた空軍基地か何かを無理矢理改修して使ってる状態なのでそもそもの設備があまり良く無いし広さもそんなに無い為処理できる物資には限りがあった。
そこで現在アメリカ政府は新たなゲートの建設を検討していた。
建設先はエドワーズから東に80キロほど離れたカリフォルニア州バーストー、元々海兵隊の兵站基地のある街なのだがここはアメリカの物流の大動脈大陸横断鉄道の一つが通り操車場もあるのだ。
アメリカではほぼ航空機とバスに旅客の輸送を奪われた鉄道だが未だ地上の貨物輸送では大活躍している、何せ鉄道というのは輸送効率だけで言えば他の公共交通機関を圧倒している。通勤電車一本で数千人を運べるのは世界中の大都市の朝の日常、高速鉄道ならば時速500キロで一回3000人は運べてしまう。
飛行機がどんなに頑張ってもせいぜい800人が限度、というかそれ以上乗せると安全性に問題がある。
貨物でも同じでありそれを考えればどこかで大きな鉄道路線と接続するゲートが必要だった。
その白羽の矢が立ったのがエドワーズやモハーベの近く(アメリカ基準)にあるバーストーの鉄道操車場。2回もゲートを作れば慣れた物で地質調査や安全性確保が確認されると早速建設工事が開始されていた。
またその補助のためモハーベの南、丁度地図ではガーデンの郊外に対応する場所にあるカリフォルニア州パームデールとモハーベの西北西にあるベーカーズフィールド、エドワーズの南東60キロ付近のビクタービルにも新たなゲート建設が持ち上がっておりこちらは鉄道ではなくパームスプリングス空港とベーカーズフィールド市内、ビクタービルのサザンカリフォルニアロジスティクス空港に接続する計画だ。
パームデールはカリフォルニア州の中でも比較的大都市で人口18万を抱えモハーベ砂漠地域最大の都市、各種の施設も整っているしインフラに関してもカリフォルニア高速鉄道やロサンゼルスの通勤路線と接続しているし高速道路も整備済み、そこでパームデールスゲートを人の移動用ゲートにし、モハーベを民間航空貨物専門にして効率化を目指す、と計画していた。
少なくとも鉄道がなければど田舎のバーストーや試験用施設とボロ飛行機の解体設備しかなかったエドワーズやモハーベよりはずっといい、というか国連軍の方がモハーベの航空宇宙事業者からクレームをつけられてる状態なので一部機能を移転させたい事情があった。
またベーカーズフィールドはモハーベの西北西約90キロにある街で人口は凡そ35万、カリフォルニア州でも特に農業生産が盛んで穀物不景気の影響を脆に受けた地域でもあった。
ベーカーズフィールドゲートは元々医療施設が集中していた街でもありロサンゼルス近辺から移ってきた工場や小規模な精油所もある場所、特に農業に関しては常に食料品が不足している向こうの世界に対してこちらは常に供給過多の状態であるため直送できるのは都合が良かった。
ビクタービルの方もそもそもビクタービルの空港自体が南カリフォルニア物流センターに隣接、元々南カリフォルニアの航空物流のハブとして運用されている空港なので物資輸送や取り扱いに関しては支障も少ない、モハーベの航空物流の一部をこちらに回してモハーベの負担軽減を狙っていた。
と、まあゲート数を無理矢理増やして物流状況の改善を目指しているのだがこのような計画を建てたもう一つの理由がこちら側のインフラ事情だった。
というのも失業者やら難民やらを大量に雇って道路整備などのインフラ再建に回しているのだが足りない、全然足りない。
工兵隊も総動員しているのだが全然足りない。
難民キャンプを潰して代わりに米本土から大量のトレーラーハウスやプレハブの仮設住宅を難民用に持ってきたのでこれの整備もあるし水道管の交換から電線電話線の再敷設にガス管新設交換、道路工事と並行して鉄道路線の復旧、空港の拡張整備、周辺施設の拡充、そして軍駐屯地に学校に発電所に変電所に水道施設の建設も、とにかく作らなきゃいけないものは大量にあるのだが重機が足りない重機を扱う人も足りない物資も足りない専門職が足りないで大変な状態だった。
なのでたとえ空港に持ち込んでもそこからどうやって運ぶかが問題だった。
道路事情はさほど良くないしトラックもそもそも足りない、結果貨物機を使ってたった30キロとか50キロの距離を直送する始末。
控えめに言って効率が最悪だった。
輸送能力そのものを増強・効率化することでインフラに投じれる物資と人員を増やしインフラの整備を効率化して再建することが可能になる。
実際これらのゲートは63年の3月までには周辺インフラ含めて建設が完了しインフラへの投資額と物資を増やし63年中にはS地区の交通インフラの85%、医療インフラの60%、水道電気ガスインフラの90%、教育インフラの50%を施設だけならば再建できると推計していた。
そうなると問題は特殊技能者だが電気技術者やガス技術者などの一部は難民の教化で賄えるがそれでも不足しているのには変わりなく国連軍はアメリカなどで専門技術者や技能者をかき集めてどうにかしようとしていた。それでも不足すると考えられたため奥の手として戦術人形に特殊技能チップを組み込んだ特殊技能職型戦術人形の大量発注又は雇用を検討し始めていた。
ここまで輸送・インフラ・物資の状態と中期的な見通しを論じたが問題は経済だ。
まずアメリカ側、というか南カリフォルニアの経済状況だが一種の特需状態だ。
世界中から数十万の人が集まってるので彼らへのサービスや後方支援だけで毎日凄まじい額がこの一帯、特に今まで大した経済的恩恵を受けてこなかったサンガブリエル山脈の向こう側、アンテロープ・バレー一帯に多大な経済的恩恵を与えていた。
ゲートの増設工事が始まればさらなる経済的な利益が出るのは確実でありアンテロープ・バレー一帯の主要都市の政治家や南カリフォルニア選出の政治家達はさらなる利益を求めてロビー運動に勤しむ程だ。
次にS地区側、こちらも同じく好景気に沸いていた。
何せ国連軍の掃討作戦で治安状態は急激に改善し安定したため投資額が増大、物資も増えたし何よりドルという物があった。
現状ドルはあの世界では最強の通貨であっという間に現地の通貨を駆逐してしまった、何せ悪貨より良貨の供給量が多いのだ。
一時はハイパーインフレが発生したもののすぐに収まり今ではドルを通貨とする体制で物価はカリフォルニア州と比べて9/16ほど、良性インフレが発生し平均賃金もカリフォルニア州の3/4程度、一応ソ連のクレジットとドルは固定相場制なのだが実際のところはクレジットの信用は皆無でほぼ全ての店がドル建て決済しか認めなくなっていた。
また今まで超富裕層と貧困層しか無かった社会に国連軍の政策の関係で中間層が誕生しつつあり今まで道具だった人形もまた消費者になることで需要そのものも増大、銀行も主に出てきたのが南カリフォルニアの地方銀行などで既存の信用のない銀行を駆逐して顧客を取り込み投資、市場へのドル供給を支える存在となった。
流石にバブルにならないように慎重に投資はしているのだがやはり全体としては空前の好景気だった。
経済状況としてまさにどちらも好景気。
特に互いの利益が一致していた食料品関連は絶好調、毎年米国民全員を養えるほどの穀物を筆頭に生産能力が向上しすぎて値崩れを起こしかけて米政府が大量に買い上げる必要のあった食料品の輸出先を見つけたということで格安で大量に持ち込んで売りまくって大儲けという状態であった。
激動の2062年はこのように終えようとしていた。
感想くれ