「弱いものは赦すことができません。赦しとは強いものの性質なのです。」
――マハトマ・ガンジー
「動くな、武器を捨てろ、両手を上げろ」
「誰?助けに来た白馬の王子様じゃないのはわかるわよ?
どこの組?もうあんた達クズ共に振り回されるのは御免よ。
さっさと撃ってこのゴミみたいな人形人生終わらせて頂戴」
女にライトを向けながらスタンはゆっくりと近づく。
女は遠目からでもわかるほどグラマラスな体型だったがどこか達観したような口調で喋る。
口調は流暢なアナウンサーが喋るような英語で彼の警戒心を益々強くした。
「DEAだ。武器を捨てて両手を上げろ」
「前にそう言って来た奴がいたわよ。そいつにここに攫われたのよ。
もう二度とそんな手には乗らないわよ!」
スタンの手が彼女の肩に触れようとしたその時、彼女は彼の手を払うとスタンの腹に鋭いストレートを打ち込んだ。
スタンは怯み倒れかけるがお返しに頭突きを彼女に見舞った。
だが彼女は怯むことはなかった。むしろスタンのほうが鼻の骨が折れたような音がし鼻血を流す。
「何だこの石頭!」
「人形舐めないで!放しなさい!」
スタンは鼻血を流しながら逃げようとする女を必死で捕まえていた。
するとそこへ騒ぎに気がついた仲間がやって来た。
「スタン!そっちはどう!」
「このバカを拘束しろ!」
「了解!」
やって来たRFBが加勢して女を二人がかりで無理矢理組み伏せた。
RFBが女の両手を手錠で拘束してスタンはその間に少し離れて左手で鼻血を拭いながら拳銃を向ける。
「ふう、あんまり暴れるとDOT食らうよ~」
「一体何様のつもりよ!」
手錠をされてもなお暴れる彼女に二人が呆れていると窓の方から大きな音がした。
拳銃を向けると大きな人影が現れ、更に外からは罵声も聞こえた。
「逃げるな!観念しろ!」
「誰がお前らなんかに捕まるか!」
外で銃撃のマズルブラッシュが見えた。
そして窓が開けられそこにいたのはDEAが追っていたボスだった。
「動くな!DEAだ!」
スタンは咄嗟に銃を向ける。
ボスは一瞬驚くが床に女が両手を手錠で繋がれて組み伏せられているのを見ると表情が変わった。
「俺の人形に手を出しやがって!」
容赦なく撃ち始めた。
スタンはすぐにハンドサインでRFBに女を任せて撤退させ撃ちながら後退りする。
そして物陰に隠れた。
「クソ、なんであのサノバビッチがあの女見たら怒り狂ってるんだ」
「そりゃあ、あのイ○ポ野郎は私にお熱なのよ」
「言葉使い考えないとBANされるよ?」
物陰の中でスタンが愚痴ると女も愚痴った。
その間にもボスは持っていた拳銃を撃ちまくり弾けた破片が散乱していた。
「あんた達、本当にDEA?」
「そうだ!今更なんだよ!」
突然女が聞いたのでスタンも苛立つ。
「ならあのクソ野郎は任せて」
「任せられるか!RFB!こいつを見張ってろ!」
「あら、私意外と強いのよ?」
そう言うと彼女はいつの間にか引き千切った手錠をRFBに渡した。
RFBもスタンも驚いた。
「Wow!」
「あんた一体何者だ?」
「何者?私はイサカ、戦術人形よ。
元の所有者殺されてあのデブの女にさせられてたのよ。
ようやく、自由になれるのね」
「こんな状況で名乗るとか脳味噌ヤクで逝ってるんじゃないか?」
「だよね、スタン。私もそう思う」
RFBとスタンはイサカの名乗りに互いに顔を見合わせてキチガイなんじゃないかという。
二人共仕事柄ヤクで頭のイカれた奴らは毎日飽きるほど見ている。
それなんじゃないかと思っているとイサカはスタンに近づくと持っていた拳銃に手をかけた。
「私はイカれてなんか無いわよ。
拳銃借りるわよ」
「お、おい待て!」
イサカはスタンの手からサッと拳銃を抜いた。
あまりの手際の良さにスタンも呆然とするとそのまま物陰から出てボスの前に立ちはだかった。
「はーい、ハニー」
「おお、イサカ無事だ…」
次の瞬間銃声が響いた。
「悪魔とシャブでもやってなさい、ホモ野郎」
イサカは眉間をぶち抜かれた男の死体を見下ろした。
静かになったのでスタンがそっと顔を出した。
「おい、殺すなよ?」
「もう遅いわよ。あの世に行っちゃったわ」
「…」
「スタン…やったね24時間ゲームし放題だよ」
イサカの返事にスタンは呆然とする。
被疑者に銃を奪われてそのまま犯罪者とはいえ別の男を殺したのだから普通なら即日クビだ。
DEAから放逐されるという恐ろしい可能性に茫然自失となった。
数日後、DEAロサンゼルス支局の一室にスタンは呼ばれた。
数日前の件でスタンは即日謹慎処分として勤務を外されていた。
そしてスタンは数日家に籠もっていたがこの日、上司に呼ばれたのだ。
スタンが連れてこられたのはDEAのロサンゼルス市局長室でありオフィスの後ろはガラス張りで前のテーブルにはいろいろなメモやら書類やらが置かれデジタル化とは一体何だったのかレベルでグチャグチャだった。
「相変わらずゴミ箱みたいな部屋だな」
無精髭を生やして寝癖がついたままのスタンは部屋の中を見回してボソリとつぶやく。
なお彼の部屋もこのような「ゴミ箱のような部屋」だと申し添えておく。
するとそのゴミ箱のような部屋のガラス張りのドアが開く音がして振り返った。
「スタン、待たせたな」
「ジョー、お手やらわかに頼むよ」
入ってきたのは中年の男、支局長ジョー・トムソンだった。
彼は何やら書類を抱えて慌ただしく入ってくるとその書類を別の書類の山の上に叩きつけるとオフィスのテーブルの向こうのゲーミングチェアに座った。
「さてと、待ったかな?」
「そうでもないさ。相変わらずゴミ箱みたいな部屋だと思ってた」
スタンが返す。するとタイミングよくさっき書類を叩きつけた山が崩れた。
「後一週間は頭を冷やす時間が必要だな」
「それだけありゃこの部屋を掃除できる」
「お前の部屋も似たような感じじゃないか」
二人共軽口を言い合う。
上司と部下という関係だが関係は良好だった。
「さてと、本題に入ろう。
数日前の摘発で我々はエチェベリファミリーを摘発したがボスのルイス・エチェベリの逮捕には失敗、それどころか被疑者に銃を奪われてその銃で殺された、何か申し開きは?」
「特に無い。首にするならさっさとしてくれ。
13時から散髪なんだ」
処分される原因となった不祥事について読み上げる。
形式的な物でありさっさと終わらせようとするが彼が続けた言葉は全く違った。
「そうだな、ならさっさと済ませよう。
DEA捜査官ゲイリー・スタンフィールド、君を本日から2ヶ月の謹慎処分とする。
以上」
「は?おいおい、冗談か?首じゃないのか?」
処分は「二ヶ月の謹慎」。明らかに軽すぎるのだ。
驚き目を見開いてトムソンを見る。
「首が良かったのか?珍しいな。」
「違う違う、一体どういう風の吹き回しだ。普通首じゃないのか?」
詳しい事情を尋ねるとトムソンが上の意向を語る。
「普通なら首だ。だがお前は別だ、スタン。
お前はロサンゼルス支局内だけじゃなく全米でも指折りの優秀な捜査官だ。
IQテストの点数知ってるか?」
「123だろ?所詮はただの数字じゃないか」
「まあそうだが上はお前を飼い殺しにしたいんだよ。
お前は社会不適合者だが同時に最も優秀な奴だ。
優秀な猛犬は野に放つより番犬として飼いならすほうがいい」
スタンという問題児だが有能な捜査官を野に放ちDEAの内部情報を不用意に他の犯罪組織に渡るような事になりかねない状態にするよりも上層部は増えつつある麻薬関連犯罪に対処するためにもスタンをDEAに閉じ込めようとしたのだ。
国家の安全に置いては時に規程や法が無視される好例ともいえることだ。
そんな事情に知ったこっちゃないとスタンは悪態をつく。
「俺はその猛犬か?」
「ああ。それで上はこれでお前の首にリードを付けた。
次はリードを握りコントロールできる奴が必要だ」
「お前がその飼い主だろ?」
「俺は男のケツを見る趣味はないさ。
お前だって男とSMプレイをしたいのか?そういう奴だったのか?」
トムソンは笑った。
スタンという有能な問題児を直接管理できる奴が必要だがトムソンはゴメンだ。
「違うな。それで、その飼い主とやらは決まったのか?
下手な奴を合わせるならそいつごとお前の息子を噛みちぎるぞ」
「大丈夫さ、新入りのいいヤツを見つけた。
入ってきてくれ」
トムソンが呼ぶとスーツ姿の一人の女性が入ってきた。
その顔や体型には見覚えがあった。
「ハーイ、久しぶりね。」
「紹介しよう、この度DEAロサンゼルス支局に配属された戦術人形のイサカM37捜査官だ。
これからは君と一緒に行動してもらう。」
「…ジョー、なんで俺が5日前に逮捕した女がいるんだ?」
それは数日前に彼が逮捕したはずの人物、イサカM37だった。
普通なら逮捕した人間をDEAに入れるなどありえないことだ、一体全体何が起きたかトムソンに聞いた。
「その件だが、彼女は麻薬組織に関する極めて重大な情報を多数持っていた。
そのため口封じのため襲われる可能性があった。
だが知ってるだろ?まだ証人保護プログラムは人形には適応されない。
適応されるのはあと2つの州の議会が修正案を可決するまでだ」
戦術人形の彼女には証人保護プログラムは
証人保護プログラムは重大な組織犯罪などで証言を行う者が報復を受けないように政府によって保護されるシステムである、適応されるには現在連邦議会での採決が終わり、各州で採決が行われている憲法修正第30条の可決が全ての州の3/4が可決しないと効力持たずまだそれだけの州が可決していなかった。
そのためまだ彼女には適応できないのだ、だが一方で彼女は各種の麻薬組織やマフィアの犯罪に関する多数の情報を有しておりDEAやFBIなど関連犯罪を捜査している捜査機関にとってはその情報は喉から手が出るほど欲しいのだ。
「それで、証人保護プログラムを使えないならいっそのことDEAの備品にしてしまえってことか?」
「そういうことだ。
君の任務はそのレディを奴ら全員をムショにぶち込むまで守ることだ、いいね?」
「分かったよ、それじゃあ2ヶ月どうするんだ?」
「君のアパートで匿ってくれ」
「は?」
トムソンの言葉に聞き返すが彼は一切を無視して返事を待たずに続けた。
「君は同じ年の捜査官よりも給料をもらってるだろ?
女一人ぐらい居候しても問題ないだろ?
それに君のそのゴミ箱みたいな部屋をどうにかするチャンスじゃないか。
話は以上だ、さあ帰ってくれ」
反論する隙きを与えずトムソンはオフィスから二人を追い出した。
「あのクソ上司」
「あら、いい上司じゃない。
そんなに嫌なの?」
「ああ嫌だとも、ましてやこんなクソみたいなヤクの売人の元締めの女と何かとな!」
DEA支局から追い出されるようにスタンとイサカはロスの市内を歩きながらスタンは愚痴を言いまくっていた。
「そんな口調じゃ女の子にモテないわよ?」
「はん、ビッチなんかにモテても嬉しくないね。
どうせこの先付き合いが長くなるんだ、先に言っておくが俺はお前みたいなヤクの売人とヤクをやってる連中は全員嫌いだ!」
スタンが大声で叫んだ。
周りの人間はカップルの痴話喧嘩だと思い誰も気にしないか遠巻きに見るだけだ。
「一体何があったのよ?」
「何があった?俺は3歳の時に実の両親は離婚した。
実の親父は俺が5歳の時にヤク中で死んだ、俺はおふくろに引き取られて義理の父と6歳の時に出会った、その義理の父は国立公園警察の職員だった。
だけどな、17の時、買い物に行った時、二人はヤク中の男が乱射した銃に撃たれて死んだ。
俺はその時、撃った男の50フィート後ろにいた。
それだけで言いたいことは分かるだろ?」
半分キレ気味にスタンは自分の過去、なぜDEAで勤務して麻薬を憎んでいるかを簡潔明瞭に語った。
幼い頃に実の両親は離婚、実の父親は薬物中毒で死亡、その後再婚した母も義父ともどもヤク中の男に殺された、DEAに入って薬物犯罪者を憎んで当然だ。
その言葉を聞いてイサカはどこか安心した。
「そ、あなたも大変な目にあったのね。
私も似たようなものよ?4年前に製造されて、最初のオーナーはヤクの売人でヤクをパクったから上に消されてそれを目撃した私は捕まって拷問されて強姦されて、あのマカロニ野郎に気に入られて愛人にさせられて、私の目の前で何人も殺して一体何人にドラッグを売っていたか。
逃げようとするたびに捕らえられて、犯されて、真っ暗な部屋に一週間閉じ込められたこともあったわ。
でも残念ながら人形だから普通の人なら発狂する状態になっても正気を保ってしまったのよ。
お互い被害者なのは一緒よね?」
彼女も彼女で常人ならとっくの昔に発狂するような出来事に遭遇していた。
そのすさまじい体験にスタンは閉口した。
「そうなるわね。私はどっちが酷い目にあったかなんて不毛な事で張り合うつもりは無いわよ。」
「…そうだな。さっきはすまなかった」
「別にいいわよ、これから仲良くやりましょ?」
「そうだな、否が応でも付き合いは長くなる。」
仲直りすると二人はまた歩き始めた。
この先、十年来の付き合いになるとはまだ誰も予想はしてなかった。
・ジョー・トムソン
麻薬取締局(DEA)ロサンゼル支局長(2048年)
部屋が汚い
イサカの過去が中々のガチで過酷な奴
偶々制度上のギャップの隙間に落ちてしまったのでDEA所属というアレ