「リークは成功したな」
「ええ。協力ありがとう」
「いえ、伯爵の人脈とネットワークは我々の武器ですから」
世界中がリークで大騒ぎになっていた頃、その震源ではこの案件の主任捜査官のマイケル・イングリッシュとキャラウェイは情報の分析に勤しんでいた。
「しかし、これだけの情報。
まさに宝箱ですね」
「全くだ。あの異端達はどうやら宗教団体を傘に着ているからこのような自体になるとは思っても見なかったのだろうね。
全く愚かなことだよ」
二人の前には押収したパソコンから解析された情報が並べられていた。
その情報はパラデウスが密かに崩壊液を買い漁りどこかに送っている情報や崩壊液除染作業の妨害を指示する命令書らしきもの、スモレンスクの一件に関する物、麻薬や銃器に関する物等等まさに宝箱だった。
「2月2日、我々を妨害する国連軍に打撃を与えよ。
2月13日、スモレンスクで同志たちが成功した、これを狼煙としさらなる打撃を与えよう。
2月28日、新たな一撃のため情報を集めよ、次はさらなる打撃を与え血を流させる。
言い訳出来ないほど確実な証拠ですな」
「これを送ったのが恐らく一連のテロの首謀者だ。
このWという人物が重要だ」
メッセージは全て国連軍に対する攻撃を示唆するものばかり。
パラデウスがこれらの攻撃を実行した証拠だ。
そしてその首謀者というのはWというイニシャルの人物だ。
「しかし、これだけでは情報がなさすぎるぞ」
「確かに。奴らは崩壊液を神聖視しているカルトだから攻撃する動機はある。
だがこれは…」
キャラウェイは別に分けられていた資料に目を落とす。
その資料こそ最も衝撃的な資料だった。
「崩壊液の人体実験、難民を集めて崩壊液を浴びせて…
無茶苦茶だな」
「ああ。こんな事を考えるのはサイコパスだ。
正気じゃない」
資料の中には彼らが行っていた"人体実験"に関する資料が幾つかあった。
その大半は断片的なもので最も有益と考えられたのは"被験者の集め方"と題された書類であった。
その内容は特定の地域に難民を集めそこで崩壊液を浴びせてELID化させるという正気を疑う資料だった。
当たり前だがこんな実験、キャラウェイやイングリッシュの常識ではありえない事だ。
彼らの世界でも人体実験はあったがその大半は100年以上前のソ連やナチスによる物かあくまでマウスなどで安全性が確認され細心の注意を払って同意した人に対してのみである。
しかし、この記述には少し気になる点があった、それをイングリッシュは指摘した。
「しかし気になるのはこの実験を行っている場所だ。
難民を集めるならそれなりの土地が必要じゃないか?」
一年もこちらの世界にいるとある程度社会情勢や安全保障情勢が分かるがその中でもELID対策は安全保障の喫緊の課題でどの国も最大限注意を払っている。
その状況下で軍や政府に感知されずそのような実験が行える場所が必要だ。
その上崩壊液のレベルが上昇しても対して気にも留めない場所でだ、そのような場所は限られる。
「そうだ、核はそこだ。一体どこにその土地があるかだ。
難民を集められるだけ広くて、周りに人がいない土地だ。
一方でこういった活動が可能レベルにまで崩壊液のレベルが低い土地。
空軍に崩壊液のレベルが比較的低い地域をくまなく偵察させよう」
二人はその場所を探し出すことこそ首謀者の特定の鍵だと考える。
恐らく一連の陰謀の策源地はその実験場だ。
「お願いします。できればソ連政府にも」
「分かってる。上に進言しよう。
FBIよりかはこちらのほうが通りがいい。
それにソ連政府には私にもツテがある。」
キャラウェイにイングリッシュは丁重にお願いした。
それを彼は了承した。
数日後、キャラウェイはある人物と会談していた。
その人物はスキンヘッドで髭を生やした中年の男、壮年の英国紳士を体現したような空気を醸し出すキャラウェイとは対極のような男である。
「ミスターゼリンスキー、我々は連中が貴国又は貴国の勢力圏のどこかに潜んでいると考えている。
また、パラデウスがこのような国家の安全を揺るがす行為を行っていた事どこまで把握していたのかね?
率直に伺いたい、一応言っておくが返答次第によっては貴国をテロ支援国家と認定する事を理解してほしい。
所詮我々は同じ職業だ、仕える相手が違うだけで、私は我らが国王陛下とユニオンジャックに、君が書記長殿と赤旗にね」
「その点は同意します、伯爵」
その相手とはソ連の国家保安局局長のゼリンスキーだった。
彼の伝手とはインテリジェンス組織同士の繋がりだ。
「同意していただけるのは結構ですな。」
「伯爵、ミスターゼリンスキー、紅茶です」
「ありがとう」
「では」
そこへキャラウェイが個人保有している人形のEM-2が紅茶を持ってきて二人の間にカップを置くと立ち去った。
キャラウェイはその紅茶を飲む。
「うーむ、やはり紅茶は高い物に限る。
中国茶はラプサンスーチョンが限られるがキームンは比較的手に入りやすい。
一口如何ですかな?貴方方の世界では絶滅した味ですよ?
我々の世界では高くなってもそれなりに手に入りますがね」
「では頂きましょう」
「ところでだ、なぜ貴国はパラデウスの危険性を我々に伝えなかった?」
ゼリンスキーが口をつけようとした瞬間、キャラウェイが問いかけた。
これ程の事を行う集団の事を一切知らなかったわけがない、キャラウェイたちが掴んでいなかったカーター達の企みを伝えるぐらいだ、知らない方がおかしい。
「伝える義務はなかったはずだが」
「そうだ、義務はない。
だが、なぜカーターの時は伝えてパラデウスは伝えなかった?
それ以前にも我々は少なくとも去年の7月と9月、それに今年の1月にも崩壊液の密輸を行っていた組織に関する情報を要求していたがそれに関する返答は…」
話を逸らそうとするゼリンスキーにさらに強く問い詰める。
キャラウェイは彼らが何かを掴んでいる事を態度から見抜いた。
「それについては調査中であり安全保障にかかわる」
「本当かね?我々は独自調査で半年で掴んだ。
独力でだ、貴国が何も知らないとはこれっぽっちも思っていない。
我々を舐めないで貰えるかね?」
「それは…」
「大英帝国の末裔を舐めないで貰おう。
今でこそ落日の帝国だ、だが、貴様ら共産主義者如きには負けない自信があるよ。
さあ、答え給え、何処まで掴んでる?一体何を掴んだ?何者だ?」
キャラウェイが冷酷な目で見つめる。
するとゼリンスキーは右手を動かそうとする。
「ああ、君。その胸の中に仕込んでる銃の事はとっくの昔に見抜いているよ。
それと、もしも少しでもおかしな動きをすれば射殺するよう部下の人形に命じてる。
嘘だと思うなら、彼のティーカップを撃ちぬいてくれ」
キャラウェイが言った直後、窓ガラスの一枚に小さな穴が開きテーブルの上にあったゼリンスキーのティーカップが割れた。
そのように彼は平然と紅茶を飲んでいた。
「パーフェクトだ、リー。」
「伯爵、戻ったら上に報告します」
「知らぬな、私は。」
ゼリンスキーは苦虫を潰したような顔でキャラウェイを睨む。
彼はそれに素知らぬ顔だ。
彼はしばらく考えると語り始めた。
「伯爵、いいでしょう。
これは内密にお願いします。
カーターの件は覚えているな?」
「ああ勿論。」
「その背後か不明だが少なくともカーターの反乱にパラデウスは関わっている可能性がある」
「なんだと?」
カーターの一件にパラデウスの関与している疑いがあったという事実にキャラウェイは驚く。
あのクーデター未遂に関与しているという情報は寝耳に水だ、そのような情報を彼らは入手していなかった。
「このパラデウスを率いているのはウィリアムという科学者で彼は崩壊液に関する研究を行っていた、だが、彼は所謂倫理観の欠片もない、それどころか国家にさえ害を成しかねないマッドサイエンティスト、それで学会から放逐、その後は独自で研究を行っていた。
その研究の一つが、崩壊液に耐性を持つ人類の研究だ」
ゼリンスキーの情報はパラデウスがなぜ崩壊液を集めているかという答えだった。
マッドサイエンティストという連中はいつの時代も世間に大きな影響を与える。
だが、このような間違った研究を進めるマッドサイエンティストはただのサイコパスだ。
「崩壊液に耐性を持つ人類?
そんな研究、90年代には終わった研究だ。」
「90年代に終わった?」
「ああ、その手の生物学的に崩壊液に対処する考えは90年代に化学的な方向で対処しようとしたソ連の研究が西側に流れたことで完全に終わった。
今では科学的対処が基本だよ。で、その気の狂ったような研究がどうしたと?」
「その研究の中で彼はパラデウスを起こした。
そして宗教の名の下に人を集め、崩壊液を集め…というわけだ。
しかも一部の人はサイボーグにされて兵器にされているという話さえある」
「本当かね?」
「ああ。かなり確度の高い情報だ。」
あまりにも信じられない情報に彼は驚愕した。
ここまで気の狂った集団だったとは、想定外だった。
もはや早急に叩き潰さなくては国連軍だけでなくソ連にさえ害をなしかねない。
「奴らの策源地は?」
「…恐らく、エストニア」
「エストニア?」
「そうだ、明確な情報はない。
だが、エストニア方面に妙に崩壊液濃度が増減する地帯がある。
その周辺部なのは確かだ。それに…」
エストニアと伝えると突然言を濁した。
何か伝えるか迷っているようだ。
「それに?」
「エストニアにはパルディスキがある。」
「パルディスキ?タリンの西40キロにあるかつてのソ連海軍の潜水艦基地のあった街だな。
それがどうしたのかね?」
パルディスキはエストニアの首都、タリンの西40キロ付近にある港町でかつてはソ連海軍の潜水艦基地のあった軍港だった街だ。
彼らの世界ではとうの昔になくなり今ではタリンに次ぐエストニアの貿易港、貿易額ならばバルト海沿岸地域でも下から数えた方が早いぐらいには小さな街だ。
「パルディスキにはカマスの中枢がある。
カマスは制御装置だけ外された状態であそこに有るんだ。」
「成程な」
カマス、かつてソ連が開発したが金がかかりすぎてソ連崩壊とともに打ち捨てられ今ではミンスクの博物館の目玉展示品とかしてるあの兵器がこの世界ではエストニアに配置されているのだ。
しかも制御装置だったオガスだけが外されて。
この情報でキャラウェイの脳内でカーターとパラデウス、ウィリアム、そして国連軍への攻撃が繋がった。
するとゼリンスキーが尋ねた。
「それで、この情報をどうするつもりだ?」
「どうする?決まってるだろう。
策源地さえわかればいい。後は、エストニア中を虱潰しに捜して、最後に叩き潰す。
テロリストにはそれ相応の報いを、これが我々だ。
だが、そのためにはそちらからその情報をちゃんとした書類で欲しい。」
キャラウェイは堂々と言い切り、最後に一つお願いした。
「我々に益はあるのか?」
「我々が尋問で得たカーター派閥の情報を提供するのは?
インテリジェンスはディールだろ?」
「なら、契約成立だな」
二人は握手した。
・マイケル・イングリッシュ
FBI捜査官
カタール空軍機撃墜の担当捜査官
・EM-2
キャラウェイが個人保有している人形の一体
・リー・エンフィールド
キャラウェイが個人保有している人形の一体