「酷いな…」
翌朝、王少将はミンスク空港の北僅か5キロ付近に墜落して5メートルのクレーターとなった旅客機だったものを見て顔を真っ青にしながら呟いた。
この機には乗員乗客合わせて58人が乗っていた。
その中にはミンスクからS9に向かって現地でベラルーシ方面向けの穀物輸送を行うはずだったソ連の通商担当者や出張に向かうビジネスマン、帰国のためS9に向かっていた国連軍兵士や人形などがいた。
その全員が今や燃え尽きた炭と灰になり、遺体の断片すらまだ見つかっていなかった。
周囲はまだ煙と炎が残り、ジェット燃料と人が燃えた匂いで異様な雰囲気が漂っていた。
「58人、全員死亡です。
実行者は今回即座に特定して対処できたのは幸運でしたが」
王の後ろで小沢は燃え残った皮の財布を拾った。
その中には現金や身分証明書だけでなく家族写真も入っていた。
「恐らくご遺体は殆ど見つからないでしょうね。
人形は設計段階で5000Gと1200度の炎に耐えれる設計ですから残骸を漁れば見つかると思います」
「そう願うしかない。
それで、あのバンからは何か見つかったか?」
小沢に聞いた。
あのバンで殺された連中が実行犯で調べれば何かしらの情報を得られるはずだと彼らは確信していた。
「現在FBIが捜査中です」
「犯人の遺体は?」
現在、ミンスク大学の司法解剖室で司法解剖中の犯人の遺体を聞く。
彼は例の遺体の事を伝える。
「今、司法解剖中ですが一体だけ妙な遺体が」
「妙な?」
「簡単に言えばサイボーグです。」
その遺体とは例の機関砲を振り回していた人影であった。
破壊後、遺体を回収した国連軍だったがその異様な風体と装備にサイボーグと結論を出していた。
だが、この世界でもサイボーグは未だSFの存在だ。
「サイボーグ?SFか?」
「いえ、現実です。午前中にでも司法解剖の結果は上がってくると思います。」
「そうか、徹底的に調べておけ」
「分かってます」
王は命じるとミンスク市街地の司令部に戻った。
ビデオ通話越しに白衣を着て髭も髪もボサボサで黒縁メガネを妙に鼻の下の方に掛けた斜視の不潔な中年の学者がキツイアラスカ訛りの英語で特徴的な口調で早口で喋る。
「ミスター、コイツァどエライシロモノ持ってきましたなぁ。
こいつ一個で一本論文書けますぜ」
『死体の見過ぎでとうとう脳味噌逝かれたかドク』
「いやぁ、脳味噌がイカれてるのは10年前からですぜミスター。」
マッドサイエンティスト感漂うこの男はFBIの法医学者ケント・“ドク”・ブラウン、壊滅的に人格が破綻しているのだが法医人類学においては全米で最も優れた学者なのだ。
問題は壊滅的に人格が破綻しエキセントリックな口調といわゆるサヴァン症候群患者からかなのか人一倍拘りが強いのだ。治療でコミュニケーション能力自体は一応あるのだが相当酷い。
ただ天才肌なのか妙に周りの人から慕われる部分があるようだ。
そんな彼はFBI捜査官のイングリッシュとビデオ通話で司法解剖の結果を伝えていた。
『で、どういう奴なんだ?仏さんは』
イングリッシュはドクが死体の件を訊ねるといつもの酷いアラスカ訛りで捲し立てる。
「端的に言ってサイボーグだ。
両手両足は機械にされて脳にも色々埋め込まれていたようだ。
解剖すると体内から爆薬が見つかっておそらく自爆処理するための準備だろう。
脳に埋め込まれていたマイクロチップから蝶ウイルスが検出された。
また、色々と異常な部分もあった。
まず体内の崩壊液濃度が高かった、活性状態で13マイクロシーベルト検出された。
次に胃の内容物がなかった。何も食べてない、いや食べた形跡すら認められなかった。
また排泄物も見つからず異常極まりない。
最後に、というかこれだけでおそらく論分が書けるんだが、染色体に異常が見つかった。
しかも今まで発見されたことの無い異常、つまりだこいつは未知の遺伝子疾患を持っているか、新たな人間かだ。」
凄まじい早口で、しかも専門用語で喋るのでイングリッシュには半分程度しか理解できなかった。
『わかるように説明してくれ』
「バカのためにわかりやすく説明するとだな身元の調査のため遺伝子をゲノム解析に回したんだがこいつの遺伝子のうち99.999%は正常で我々と何一つ変わりなかった。
だが最後の0.0001%に違いがあった。配列が違う。
通常、A、T、A、C、C、G、Gの配列の部位がG、T、G、A、A、T、Tになっている。
コイツァ通常全く有り得ない配列だ。こんな異常は報告もされてない」
『つまりなんだ?ブラウン症候群の名前がもらえるからって喜んでるのか?』
「そんなチンケなぁ話じゃねえですよ。
ヒトゲノム研究が今どこまでいってるかご存知?
今や配列のどこのどれをどう改変すればどのような影響が出るかって研究がかなり進んでましてね、その中でこの配列の部位はある重要な役割があるんですよ。
人体の対放射線体質ですよ。
つまり、この遺伝子配列を持つ此奴は崩壊液に耐性を持つ可能性の高い遺伝子を持っているんですよ」
ドクの言を理解するならばこの人体は崩壊液に耐性を持つ人体を持っている可能性が高いのだ。
それは驚くべきことだ。
『何?』
「後遺伝子情報を調べたら面白い情報が手に入りましてねぇ、この遺伝子の系図を探ってみたところどういうわけか日本人の遺伝子が入ってるんですよ。
しかも恐らく直系で。」
『日本人?』
「ベラルーシで日本人ですぜ、興味深いでしょ?」
遺伝子情報を更に解析すれば日本人系の遺伝子が含まれている。
ここはベラルーシである、日本人など数える程しかいないはずだ。
『分かった、それ以外には?』
「今、回収したマイクロチップの解析を行っている。
何か情報が出ればそっちから連絡が行くはずだ」
『ありがとうドク。』
「じゃあなイングリッシュ」
ドクは通話を切った。
すると、コーヒーカップを持ったピンク髪の人影がパソコンの画面に反射した。
「ここに」
「はい」
ドクが個人保有している戦術人形のM82A1だった。
彼女はテーブルの上にコーヒーカップを置いた。
「全くこの世界は狂ってる」
「どうか、しましたか?」
M82を見てドクは呟いた。
「人形なんかを神だという連中がいれば、崩壊液を神と崇める連中もいる。
神など、必要な時に必ずいない無能じゃないか」
「ドクは、神を信じないのですか?」
無神論的な事を言うドクに首をかしげる。
彼の返事は実にシンプルだった。
「人間死ねば全員同じ俺にバラされて墓穴に放り込まれる。
死後の世界など信じる気にもなれん。
神を散々利用した連中の神など」
「それを私に言うのですか?」
なぜ彼女に言うか、彼女は実のところドクたちの世界で製造された人形ではない。
元々はこちらの世界の人形だ、そしてかつてはどういうわけかあるカルトで神格化されていたとのことだ。
そのカルトは勝手に空中分解したようだが。
「神の話は神にした方が早い。
死人も神も普通は返事をしないがな。残りのホトケさんはどうなってる」
「準備は出来ております」
「そ」
次の解剖の準備をしながら彼はコーヒーを飲んだ。
死体を見る前にコーヒーを飲むのは彼の日課だ。
「G36、この仕事今年度いっぱいでやめようかな…」
「ご主人様、弱音を吐かないでください。」
「俺は奴隷じゃないんだぞ。
胃潰瘍で入院してるときにこんな大事持ってきやがって」
本来国連軍とソ連軍、グリフィンとの折半を担当するコーシャは入院していた。
理由は簡単だ、パラデウス対策でソ連軍・グリフィンとの仕事が激増した結果ストレスで胃潰瘍を発症した。
そんな状況でのトランスアエロ機撃墜のニュースはまさに最悪だった。
「はぁ、部下を少しは信頼したらどうですか?」
「信頼ならしてる。
だが、責任者出せと言われた時に入院中です、はなぁ。」
責任感のある彼はこのまさに安全保障上の重大事案に直面しているときに入院していては体面が悪いと考えていた。
責任者が有事の時に病院にいては問題だという彼の主張にG36は内心呆れていた。
「お医者様からは来週には退院予定と言っているのですからそれまで我慢してください。
いいですね?」
「分かってるよ」
釘を指せばすんなりと従う。
伊達に夫婦ではないのだ。
G36は着替えをベッドの横の箪笥に仕舞い、洗濯物を纏めて袋に入れる。
「それとベッドの下とタンスの中にウォッカを隠していたようですので回収しておきます」
「なっ」
「蓋は開けてないようですので退院まで代わりに楽しんでおきます。
では」
珍しくにっこりと笑うと彼女は荷物を持って病室を出て行った。
・ケント・“ドク”・ブラウン博士
FBIの法医学者。
アラスカ出身で法医学の権威でもある人物。
サヴァン症候群患者で全体的にはエキセントリックな変人。
ただその能力は本物の天才
無神論者。
・M82A1
ドクがその過去に興味を持って保有している人形
過去が色々と面倒くさい
ネイトの血筋が天才法医学者によってバラされる