三日月の明かりに照らされた雲海の上、そこを赤と緑のライトがいくつものダイヤモンドやエシュロン隊形を組んで飛行していた。
甲高いジェットエンジンの音は静かな夜に似つかわしくなかった。
ジェットエンジンに続いてもう一つ、静寂を切り裂いた。
『ゴールドリーダーより各隊、攻撃用意!』
ベラルーシ上空の戦爆連合隊の無線から隊長の指示が聞こえた。
英語の指示に隊のパイロット達は返事をする。
『プライヴェティア、ラジャー』
『バッカニア、ラジャー』
『パイレーツ、ラジャー』
『バーバリー、ラジャー』
『ゼーゴイセン、ラジャー』
彼らは指示を受けると操縦桿についたスイッチを操作し、胴体下面のウェポンベイを開き、細長い鉛筆のようなものを次々と投下した。
一瞬落下したそれは火がついて真っ直ぐ戦闘機よりも速い速度で飛び去った。
それは巡航ミサイルであった。
『プライヴェティア、全弾発射完了。』
『バッカニア、これで最後だ』
この隊から発射された巡航ミサイルだけでも多数に上るが、左右を見渡せば遠く離れたところからも闇夜だからこそ似たような光景が繰り広げられているのが見えた。
司令部では敵地上空を飛ぶUAVの映像などと合わせて作戦推移状況が映し出されて作戦指揮が実行されていた。
「第一波、巡航ミサイル発射完了。」
「次だ、ソ連軍戦略ロケット軍は」
ヴェンクがいないのでヴェンクの代役として参謀次長のバート・キッティンジャー・ジュニアオーストラリア陸軍少将が作戦指揮を執る。
ヴェンクは作戦指揮の時は椅子に座って落ち着いて指揮を執るが彼は異なりオーバーなジェスチャーを交えて立ったり動いたり座ったりまた立ったりとせわしなく動き回る。
「全弾道ミサイル発射準備完了、34分後に開始です」
「分かった、予定通りだ。ヴェンク中将とアーチポフ大将に連絡はしておけ」
「了解」
参謀将校が電話を取った。
劇場のVIP用の部屋ではコーシャ達の後ろに立っていたエゴールとアンジェリカが二人に耳打ちした。
「閣下、始まりました」
「分かった」
「始まったか?」
「はい、5分ほど前だそうです」
コーシャがエゴールに聞いて答える。
返事をするとアーチポフは実の息子の方を見ていた。
「予定通りだな、コーシャ。
上演終了次第向かう、車止めに車の準備を」
「了解、車と護衛を車止めに。」
アンジェリカは少し下がって出入り口付近で車の用意を下の護衛に指示する。
すると彼女は拳銃を取り出した。
エゴールも見れば銃の用意をしていた。
「物騒だな」
「ええ、奴らの残党が暴発するやもしれませんので」
「成程な、コーシャ。銃は?」
コーシャに聞くと彼は無言で燕尾服のジャケットの下から拳銃を取り出した。
それを受け取ると弾と銃を手慣れた様子で確認した。
「持つべきは有能な息子だな」
「兄の方が優れてるのに?」
「ワーニャなら此処でセルジュコフを持ってくるさ。
どこぞアメリカ製の安物じゃない」
彼の手の中にあったのはスタームルガーLC9、一方コーシャの手にはいつものマカロフがあった。
ソ連領内、人里離れた森林地帯では十台ほどの特長的な長い車両がロケットを立てて動いていた。
その車両を指揮する指揮車内では要員たちがヘッドフォンとマイクをつけてコンソールを操作する。
「INS、コースプロット完了」
「安全要員以外の退避はどうした」
「は、既に6号機までは安全確認発射準備が完了し退避完了、現在7号機以降も退避中です」
「INS最終コース確認、最高到達高度120キロ、方位285、飛距離1298キロ」
「チェック、チェック、チェック、1から3号機問題なし」
発射指揮官の指示にルートや設定の最終確認を繰り返す。
「全機問題なし」
「全車退避完了、発射準備完了」
準備が完了すると指揮官が腕時計を確認した。
「少々早いな。
まあいい」
予定よりも少し早く発射準備が完了した事を確認する。
そして予定された時刻に腕時計の秒針が近づいてくると左手をあげる。
「発射」
短く呟いた。数秒後爆音が聞こえ夜空を次々とロケットロードを残して消えて行った。
通常、巡航ミサイルの終末誘導に使用されるのは地形照査方式である、誘導装置内にある地形データを映像と照合して目標に接近、破壊する方式である。
この誘導装置の精度は2060年代には3メートルにまで高まっていた。
だが、この世界では使えなかった。
それはシンプルに地形データが無いからという物である。
ソ連政府の地形データ自体が古いものが多くその上データベースにアップするのにも時間がかかる。
そのため今回の作戦にはレーザー終末誘導方式を使用せざるを得なかった。
「こちら目標照準完了」
『了解、弾着まで5分だ。
間違ってもしくじるなよ』
レーザー誘導装置をつけた愛銃を構えてUMP45は無線で連絡した。
彼女が照準しているのは恐らく食糧庫らしき外郭にある倉庫だった。
同じように隣にいる9は近くの別の兵舎、G11はレーダーサイト、416はSAM陣地を狙っていた。
グリフィンの404、ARも別の場所で同じく蛸壺の中から倉庫や兵舎やSAM陣地やレーダーを狙って構えていた。
「なんだかすごくムカつく作戦ね」
「いいじゃん、これだけであとは全部勝手にやってくれるんだよ?」
416(グリフィン)の愚痴にG11が答える。
何せこの作戦ほぼ彼女らの仕事は偵察と終末誘導、その終末誘導も穴から見える建物だけ。
内部の建物は基本的に上空にいるUAVが照準するのだ。
「UAVの方も準備万端の様です。」
「一機の欠けも何もないようね。
行けるわね」
司令部設備を照準しているM4が言う。
人形のネットワークでは無線もだが何もしなくても情報が勝手に入ってくる。
M4の脳内には今上空を飛び交う20数機のステルスUAVの動き、そして接近するミサイルの様子が正確に映し出されていた。
これがM4達AR小隊の破格の能力であった。
通常の人形ではこんな芸当は不可能だ。
一応口に出すのは安全のためそうやって口に出すように訓練されてきたからだ。
そうこうしているうちにミサイルはどんどん近づいてきた。
『第一波、リンナハル通過、弾着10秒前!』
無線から連絡が来た。
リンナハルはタリン港にあったコンサートホールだ。
昔はアクション映画にも使われて有名となったホールだがここでは目安として使われていた。
彼女達の人間よりも優れた耳が最初に捕らえたのは微かな空気を切る音、その音は360度色々な方向から近づき、どんどんと大きく、そして不快になっていった。
そしてM4(グリフィン)が上を見上げた時、黒いミサイルの影が突っ切った。
そのミサイルは外郭施設の倉庫を吹き飛ばした。その音と光に彼女達は怯えてはいなかった。日常だからだ。
それを皮切りに彼女達の真上を次々とミサイルが通って行く。日常になったので大して興味はなかった。
ミサイルは海からも、大陸からも来て次々と建物を破壊していった。その光景に彼女達はどこか美しさを感じていた。
命中しては爆発して、火災を起こし、建物が歪み、崩れてゆく、そしてその前にもう一発ミサイルが当たり爆発する。えげつないがこれが連合軍だともう慣れていた。
月と星の光だけだった敵基地はもはや月も星も見えず見えるのは爆発と炎の地獄の猛火、あらゆる罪人を焼くが如き地獄の炎、そしてこの基地にいる連中は全て罪人だ。容赦はいらない。
また一発、また一発とミサイルは建物を破壊する。
そこに更に弾道ミサイルも襲い掛かる。
横からだけでなく真上からも襲い掛かるミサイルにミサイル数発程度では破壊しつくせない巨大な構造物も次々と燃えて行った。
そんな中、一瞬小さな爆発が起きた、それはミサイルとは違うタイプの爆発だ。
小さな煙、色が変わった煙、が上がった。
炎と闇で見えにくいが人形たちは人間とは違う、その煙を見逃さなかった。
「不味い!」
M4は即座にそれが何か理解した。
火薬だ。
「伏せて!」
叫ぶ、次に起きることなど容易に想像できた。
その声は不思議と爆音と叫び声で五月蠅い戦場で透き通って聞こえた。
AR小隊が伏せる、その数秒後一瞬視界の端に光が見えると体が揺さぶられた。
地面も揺さぶられた、そして猛烈な風が頭の上を掠め、穴の中に大量の土をまき散らす。
そして最後に聴覚センサーを破壊するが如き爆音。
「ペッ!やりやがったわね!」
穴倉から慎重に頭を出した45が呟く。
彼女は頭の上から下まで土だらけ、銃も足元で半分土に埋まっている。
靴の中には土が一杯つまり隣の穴の9は1/3程生き埋めになっている、幸い人形は生き埋めになっても大丈夫なようにできている。孤独は別だが。
目の前には
・バート・キッティンジャーjr
オーストラリア陸軍少将
国連軍参謀次長
国連軍の中ではナンバー4の人物
オーストリア系オーストラリア人というややこしい出自