もしも白蘭島事件が起きなかったら   作:ロンメルマムート

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第88話

 ベオグラード、8月初旬の夜中。

 ベオグラード旧市街の高級住宅街の一室で裸の男と女がキングサイズのベッドで寝ていた。

 どうやら男女の仲の様だ。片方はソ連軍の高級将校、もう片方は所謂娼婦なのかもしれない。

 

「全く、あの国連軍とかいう連中本当に嫌だわ。

 なんであんなみすぼらしい連中ばっかり助けるの」

 

「全くだよサーニャ。俺達の事もここでのことも何一つ分かってないお坊ちゃんばっかりだから分かってないんだよ。」

 

「あら、あなたみたいな?」

 

「俺はお坊ちゃんじゃないぜ、ハハハ!」

 

 二人しっぽりしているとドアがノックされた音がした。

 

「なんだ?」

 

「はーい!」

 

「司令部からです!ここにフィリトフ大佐がいると聞きました!」

 

 ドアの向こうから流暢なロシア語、それも兵隊らしい声で返事が聞こえた。

 女はすぐに隣の男に言う。

 

「ほら、あなたの部下よ。」

 

「はぁ、急に何だよ。

 分かった!準備するから少し待て!」

 

「分かりました!」

 

 兵士が返事をすると男は立ち上がり急いで軍服に着替える。

 数分後に着替え終わるとドアを開けた。

 

「すまない、待ったか?」

 

「ええ。下に車を待たせてます。

 急いでください」

 

 ドアの向こうにいた兵士が敬礼するとそう言って追い立てる。

 二人は慌ててアパートの廊下と会談を駆け降りる。

 その途上フィリトフが聞いた。

 

「緊急呼集か?」

 

「まあ、そんなところです」

 

「そうか。」

 

 二人がアパートの玄関を出た瞬間、玄関前に止まっていたSUVのドアが開き同時に玄関両脇に隠れていた人影がフィリトフの両腕を掴んだ。

 

「なっ!なにをっ…!!んご!」

 

 声を出す前に口に綿を詰められたフィリトフはそのまま車ドアの空いた車に押し込まれた。

 

 

 

 

 翌朝、ベオグラード市内のどこかにある建物の地下、無機質なコンクリートの床と天井と壁を飾る金属のパイプ群と配線、その隙間から見える煉瓦造りの壁という部屋で下着姿の男が椅子に縛り上げられていた。

 

「ん――――!!!ん――――!!!」

 

「ええ。少し縛り上げたら全部吐きましたよ。

 それでは、予定通りに」

 

 暴れる縛り上げられたフィリトフを横目に男はどこかに電話する。

 電話を切ると手を首に当てるジェスチャーをした。

 するとフィリトフの首に縄がかけられた。

 

「んぐっ!?」

 

「ごめんなさいね」

 

 後ろから来た青い髪のツァスタバM21はそう言って縄を引っ張り首を絞める。

 乱暴な絞殺に暴れて抵抗したフィリトフだったが少しすると気を失い両手が力なく落ちた。

 

 

 

 

 

 

 数日後ベオグラードの隣町、パンチェボで死体がドナウ川引き上げられた。

 パンチェボにやってきたウスチノフが死体を確認した顔見知りのソ連軍士官が警察署の安置室から出てきたところで声をかけた。

 

「それで、どうだ?」

 

「フィリトフ大佐だ。間違いない」

 

 彼は言葉数少なく答えた。

 驚きと怒りのこもった声だった。

 

「それは、心中お察しいたします。

 それで死因は?」

 

「分からないが恐らく殺人だ。

 全く、一体全体どうしてだ」

 

「ああ。彼はいい奴だったからな。

 私も悲しいよ」

 

 何も知らないウスチノフは悲しんでいる士官の肩を叩く。

 

 

 

 一方その頃、ベオグラードの某所で反国連軍・ソ連政府側の将校たちが密談をしていた。

 

「フィリトフが殺された。」

 

「なんだと?本当か?数日前から行方不明だが」

 

 将校の言葉に別の将校が驚く。

 

「本当だ。今朝パンチェボで上がったそうだ。」

 

「一体誰が?」

 

 更に別の中佐が尋ねる。

 

「大佐を誘拐した手口、アレはギャングなんかじゃないな。」

 

「ああ。秘密警察か?」

 

 一緒に見て来た砲兵少佐が同調する。

 そして見て来た参謀大佐が秘密警察ではないと考える。

 

「奴らならやるかもしれないが…」

 

「が?」

 

「冷静になって考えろ、大佐を消して誰が一番得するのかって。

 大佐は国連軍を嫌って彼奴らと手を組もうとしていた」

 

「国連軍は嫌っていたな」

 

「ああ。それでどうする?」

 

「大佐の為にも一矢報いるべきだ」

 

「奴らを追い出すんだ」

 

「そうだな、大佐の進めていたことを続けよう」

 

 皮肉なことにフィリトフの抹殺は更なる団結を齎してしまった。

 

 

 

 

 

「我々と組むと?」

 

「そうだ。我々は国連軍に反逆する。

 君らもそうしたいのだろ?」

 

「その通りだ」

 

「だから手を組みたい。悪い話じゃない」

 

 反国連軍将校の筆頭だった参謀大佐は数日後、市内某所である集団と密会していた。

 相手の無機質で無表情な黒い服に身を包んだ女は大佐の話を聞いていた。

 

「分かった、いいだろう。

 ただし我々の目的が優先だ」

 

「いいだろう。こちらも手に入れた摘発情報を流そう」

 

 交渉は成立、最悪の関係が結ばれてしまった。

 

 

 

 

 

 それから二週間後の8月半ばの8月17日、S地区は厳戒態勢に入っていた。

 

『こちら管制塔、異常なし』

 

『こちらAターミナル屋上、異常なし』

 

「了解、厳戒態勢を厳となせ。

 少しでもミスれば俺達全員明日からどうなるか」

 

 エドワーズ空軍基地と繋がる飛行場、そこでは一機の青と白で塗られた旅客機がゲートを抜けて入ってきた。

 そしてその機体に国連軍幹部たちは総出で出迎えて敬礼を向けていた。

 機体が指定の駐機場に止まるとタラップが横付けされる。

 そして中から誰もが知っている顔が出てきた。

 

「大統領に敬礼!」

 

 グッドイナフの号令と共に出迎えの士官たちが一斉に敬礼する。

 やってきたのは大統領カークマンだ。

 彼はタラップの上で返礼すると駆け降りるようにタラップを降りてグッドイナフ達に駆け寄る。

 

「いつも異世界で平和維持活動をしてくれてどうもありがとう。

 君たちの事は心から感謝している。」

 

「はっ、ありがとうございます。

 その言葉を聞けば我々の将兵の士気も上がります」

 

「君たちの手腕に期待しているよ。

 それにまだ出迎えは沢山必要だよ?」

 

「ええ。分かってますとも」

 

 二人の親しげな会話が終わるとグッドイナフは居並ぶ軍人たち一人一人に声をかけて敬礼しながら厳戒態勢のこじんまりとしたターミナルの傍で待機していた緑色のマリーンワンに乗り込んだ。

 輸送機からヘリの方を向いてグッドイナフ達は敬礼するとヘリは飛び立った。

 

「ふう、大統領が来たな。

 次は誰だ?」

 

 グッドイナフが副官に尋ねた。

 

「次は、イギリスのウィリアム・ジェームズ・ホーキンス外務大臣です。

 それから日本の室賀外相とカナダのエッフィンガム外相とロシアのココツェフ提督とゴレムイキン外相です」

 

「全く大忙しだ。」

 

「そうですね」

 

 グッドイナフに副官も同調した。

 政府高官たちが来るルートはこれだけではなかった。

 司令部のある街のゲートからも半分が来訪する予定だ。

 その中にはドイツ外相もいた。

 

 

 

 

「素晴らしいですな」(スロバキア語)

 

「ドイツ連邦軍総司令部にも劣らない素晴らしい司令部ですね」

 

「ありがとうございます。

 この司令部を中心に現在、国連軍合計75万が活動しております。

 その中には代表の祖国、スロバキア軍の姿やドイツ軍もありますよ」

 

 その頃、司令部ではEU特別代表のイオン・トゥラネク氏とルシニア外相が訪問し、アーチポフ中将とコーシャやイシザキなどのPMC関係者などと見学と会談を行っていた。

 

「そう聞き及んでおります。去年のカーター事件では活躍したとも」(スロバキア語)

 

「ええ。彼らの働きは素晴らしい物でした。

 司令部を強襲されながらも優勢な装甲部隊相手に一歩も退かず抵抗した、勇敢なる兵士達です」

 

「我が祖国の兵士を褒められるとは誇らしい事です。

 コールサー大佐も素晴らしい指揮官であり我が国は小国と言えど決して他国に劣ることはないと確信を持てました、と大統領も申していました。

 しかし、その能力を十全に発揮できたのはこの素晴らしい司令部とスタッフあっての物だと実感しました。

 これからもEUはこの活動を全面的にバックアップするでしょう、そしてその後ろ盾で平和と繁栄を与えることが出来ると確信した」

 

「それは我がドイツも同じです。

 ドイツ政府も最大限バックアップするでしょうし、何よりこちらのドイツ国民の為にも」

 

「心強いお言葉です。

 我々も平和と繁栄の為、全力を尽くします。」

 

 二人のお世辞と賛辞に塗れた言葉にアーチポフが謙遜する。

 一種のパフォーマンスともいえるかもしれないが外交や政治ではこのような公の場での言質は重要だ。

 これで国連軍の活動はEUとドイツの後ろ盾があるというアピールになる。

 これは大きな収穫だ。

 何せ異世界と言えど後ろには同じ言葉を話す民族がいるというのは現地民、特に未だ影響力の無い中欧・西欧方面には重要だ。

 

「では次は駐屯部隊を紹介しましょう」

 

 アーチポフはお偉方を連れて司令室を後にした。

 

 

 

 

 一方ベオグラードでは

 

「不審な動きはまだ?」

 

「ええ。フィリトフを消してもなかなか減りません。むしろ過激化している節が」

 

 ベオグラード市街の国連軍諜報部のスパイたちはベオグラード駐屯部隊の反国連軍側勢力について注意を払っていた。

 だが現実は非情であった。

 折角のフィリトフ暗殺もあまり効果はなかった。

 

「ここ最近パラデウスの摘発率が低下しています。

 さらに危険なのが一部幹部がパラデウスと接触している可能性が」

 

「それは不味いな。」

 

「上も察知しています。

 ですが目標を図りあぐねているかと」

 

「それで警備部隊増強か」

 

 情報を分析し、何か起こす可能性があると判断していたがそれが皆目見当がついていない。

 今更会談を中止にすることもできないので国連軍はベオグラード駐屯部隊の増強とドナウ川部隊の増強で対処していた。

 

 

 

 

 

「パンチェボにアメリカ海兵隊とロシア海軍歩兵、アメリカ海軍特殊作戦コマンド。

 Mk7特殊任務艇6艇にSOC-Rが1コマンド、更に新型のCB-90Mも4隻配備。」

 

「その上アメリカ海軍の補助巡洋艦を3隻追加だ。」

 

 ベオグラードの司令部でソ連軍の指揮官とウスチノフが現状のベオグラード周辺部の駐屯部隊を見る。

 ベオグラード周辺は元々のウスチノフの部隊の二倍近い部隊が追加配備されていた。

 まずベオグラードの隣町パンチェボにアメリカ海軍の河川用舟艇が多数配備、その中には最新鋭の河川襲撃艇CB-90Mがあった。

 スウェーデン製のCB-90を抜本的に改良発展させたCB-90Mはかなり図体のデカい船なのだがわざわざ国連軍は陸揚げして列車に積載してドナウ川まで持ち込んだのだ。

 

「更に海兵隊と海軍歩兵はAAV10とBMP-5装備だからな。

 何かあれば川を渡ってくる。

 これで東の守りは万全だし予備兵力になる」

 

 ウスチノフが地図に手を置いて示す。

 

「そして南の守りか」

 

「ベオグラードを攻めるなら川を超えるか南から攻めるしかない。

 南にはイスラエル軍とインド軍、セルビア軍にドイツ連邦軍、アンザック戦闘団だ。」

 

「ドイツ軍は戦車部隊だったな。」

 

「何かあれば防壁外で機動防御を実施する腹積もりだよ。」

 

「西の守りはロシア軍とカナダ軍とイギリス軍?」

 

「ああ。飛行場が最重要拠点だ。

 ここを取られたら全滅だよ」

 

 防衛は南側に主力を置きロシア軍とカナダ軍とイギリス軍を西の空港防衛に配置するという物であった。

 するとソ連軍の指揮官が尋ねた。

 

「市街に部隊は置かないのか?」

 

「一応置くつもりだよ。

 予備兵力はフランス軍、ポーランド軍、自衛隊に北中国軍だ。」

 

 ベオグラード防衛部隊は非常に多数の部隊が派遣されていた。

 何故なら各国の代表を確実に守りたい各国はそれぞれの国の軍隊をベオグラードに配するようアメリカに圧力をかけたのだ。

 アメリカもS地区の情勢が安定し今まで治安維持を担っていた部隊が段階的に警察や州軍に代替されて行っているのでヨーロッパや中南米、アジア諸国軍は余っていた。

 そこで彼らを送り込んだのだ。

 幸い、輸送機などの輸送事情は改善しソ連政府も多数の河川用船舶を提供、列車なども都合をつけたので何とか送り込める用意がついたのだ。

 その結果、余っていたイギリス軍のウォリック任務部隊、フランス外人部隊、カナダ軍にアンザック、ポーランド軍のポドハレ連隊等々が集まっていた。

 そしてこれらを市街からその外に至るまで緻密に配していた。

 しかしここで指揮系統の問題が生まれていた。

 

「しかし、指揮系統は大丈夫なんだろうか」

 

 これらの派遣部隊はウスチノフ傘下にねじ込む形で派遣された。

 結果指揮能力がパンクしかけるという事態が発生、急いで指揮設備の増強と指揮系統の再編を要請、後者は彼らが新たな司令部とした作戦指揮艦カトマイが派遣され、指揮系統も新たに西部ベオグラード防衛部隊、南部ベオグラード防衛部隊、東部ベオグラード防衛部隊、ベオグラード市街防衛部隊の4つに再編しそれぞれに独自の作戦指揮を命じ彼の司令部が統括するという乱暴な方法で何とかしていた。

 そのため編成は

・南部ベオグラード防衛部隊

 ・イスラエル軍第432歩兵大隊"ツァバル"

 ・ドイツ連邦軍第11装甲旅団

 ・インド軍第3歩兵連隊

 ・セルビア軍ネレトヴァ戦闘団

 ・アンザック戦闘団

・西部ベオグラード防衛部隊

 ・ロシア軍第465自動車化狙撃兵連隊

 ・カナダ統合軍第31連隊

 ・イギリス軍ウォリック任務部隊

・東部ベオグラード防衛部隊

 ・アメリカ海兵隊第1海兵師団第7海兵連隊

 ・ロシア海軍第39海兵連隊

 ・アメリカ海軍特殊作戦コマンド

 という立派なものになっていた。

 さらにここにベオグラード防衛のソ連軍部隊約一個師団も付随するのである。

 これだけあればパラデウスも手出しはしない、手出ししても即座に撃破か大統領や外相が逃げ出す時間を稼ぐことが出来る、そう確信できるほどだった。

 

「戦争に絶対はないからな、大丈夫であることを祈るしかない」

 

 ウスチノフの言う通り、この付け焼刃の編成、司令部から遠く離れた孤立した場所という条件、与えられた条件を考えるならば何事もなく会議が終わり、何事もなく全員が帰路に就く事を祈るのが最善だった。




・ウィリアム・ジェームズ・ホーキンス
イギリス外務大臣
現ジャーヴィス政権外務大臣、保守党
名前はホーキンス級重巡ホーキンスから

・レニー・エッフィンガム
カナダ外務大臣
現フロビッシャー政権外務大臣
名前はホーキンス級重巡エッフィンガムから

・イオン・トゥラネク
EU特別代表、EU議会議員
スロバキア人
名前はスロバキア軍快速師団師団長ヨーゼフ・トゥラネク中佐から

・ニコライ・ゴレムイキン
ロシア外務大臣
名前のモデルはロシア帝国大臣会議議長イワン・ゴレムイキンから

(各国内閣と与党とベクトル)
アメリカ:カークマン政権(共和党・中道右派)
カナダ:フロビッシャー政権(自由党・中道左派)
ロシア:ケレンスキー政権(ロシア自由社会党・左派)
イギリス:ジャーヴィス政権(保守党・右派)
フランス:ド・ヴィリア政権(フランス社会民主連合党・中道左派)
ドイツ:オッペルン=ブロニコフスキー政権(SPD・中道左派)
日本:安室内閣(民主労働党・中道左派)
中国(北):金政権(社会党・左派)
オーストラリア:キャヴェンディッシュ政権(オーストラリア自由党・中道右派)
イタリア:マリア・マッテオッティ政権(イタリア前進!・右派)

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