ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
その主人公、女につき
――人間、理解を超えることが起こると、実際に思考は停止する。
「えー……では、自己紹介をお願いします」
「はい」
カツ、と靴音を鳴らして教室の前に立つ少女はこちらに向き直った。後ろの黒板には綺麗な字でその名前が書かれている。一度、二度、三度……と見て、ついぞ変わらない文字に頭がくらっとした。おもに混乱で。
「えっと、今日から転入してきました。
礼儀正しく頭を下げながら、件の少女はそう名乗った。名乗り上げてしまった。余計に頭痛が酷くなる。ズキズキという痛みは果たして時たま襲う偏頭痛か、それとも自らの理性が否定を示している証左か。……考えるまでもなく、玄斗には後者にしか思えなかった。
「(……どういうことなんだ……?)」
壱ノ瀬白玖。その名前を彼は知っている。
「それじゃあ壱ノ瀬の席は……っと、ちょうど十坂の後ろが空いてるな」
「……十坂?」
「…………、」
びく、と肩を震わせながら、下げていた視線をゆっくりとあげる。――目が合った。肩まで伸びた白黒の髪と、女の子らしい華奢な体つき。制服はもちろんスカート。どこからどう見ても完璧な美少女と、彼の中の「壱ノ瀬白玖」のイメージが衝突する。
「――玄斗?」
「……あはは」
瞬間、粉々にイメージのほうが崩れ去った。ヴァンガードなら負けている。
「なんだ、知り合いか。おまえら」
じゃあちょうどいい、なんて教壇に立つ女性教諭が独りごちる。一方にとっては衝撃的な。もう一方にとってはもっと衝撃的な。そんな再会を、ふたりは果たしたのだった。
◇◆◇
――「アマキス☆ホワイトメモリアル」通称「アキホメ」というゲームがある。一世を風靡した恋愛シミュレーションゲームが廃れる寸前に放たれた歴史の残滓。よもや未来はないと言われたギャルゲー界隈に超新星のごとく現れたそれは、瞬く間に話題と人気をかっさらっていった。……主にそういった関連のコミュニティ内で。
「(……そう、ギャルゲー……のはずなんだけど)」
ベタベタで手垢のついた萌え要素。どこか懐かしい個性的なヒロイン。そしてシンプル且つ往年のそれらを彷彿とさせるようなルート分岐システム。その他諸々含まれるこの「アキホメ」の主人公こそが――
「……? えっと」
「…………、」
壱ノ瀬白玖、なのだ。舞台はとある地方都市。幼い頃に過ごした実家へ戻る形で、二年生となる一学期に主人公はココ――私立調色高等学校に転入してくる。そうしてあいにく今は高校二年の始業式が終わった直後。タイミングはばっちりだった。同姓同名でもある。……玄斗の脳内に乱立する疑問符は、一向に減ってくれなかった。
「……本当に、白玖なのか?」
「あ、うん。そうだよ。久しぶりだね。……十年ぶりぐらい?」
「ああ、そのぐらいかな……」
気付かないよねー、なんて隣の美少女が笑いながら言う。気付くもなにも、彼にはまったくさっぱりワケが分からない。たしかに十年前、彼は「壱ノ瀬白玖」と会っている。ひとり公園で寂しげにブランコを漕いでいた
「(……あれ……?)」
余計ワケが分からなくなった。そりゃあそうだ。なにせ彼が遊んだ「壱ノ瀬白玖」は完全完璧に〝少年〟だった。短めの髪の毛と、おおよそその年頃の女の子らしくはない服装。泥を被っても怪我をしても気にしない男の子だったはずだ。
「……あの、さ」
「うん?」
なに、と顔を寄せて聞き返してくる少女。微妙に距離が近いのは、転入初日という事情でふたりの机を並べて教科書を見せ合っているからである。隣に頼もうにも彼女だけ六列目なので力を借りるなら彼しかいない。……玄斗からして、色々と落ち着かない事情ではあった。
「白玖って……その、男……じゃなかったっけ……?」
「え? ……あ、そっか。ああー……でも、うーん……まあ、仕方ないのかなあ」
「?」
あはは、と力なく笑うギャルゲー主人公(♀)。その反応がなんとなく気がかりで、玄斗は彼女のほうをじっと見た。
「玄斗と遊んでた頃は、そういう格好してたし。髪も今より短かったし。仕方ないけどさあ……でもちょっと複雑かなあ」
「……そういう、格好」
「うん」
つまり、なんだ。勘違いしていたのは彼であって、というか前世のフィルターが凄まじく邪魔していたのであって、実際問題彼は彼女であって、というか彼女が彼女であって、そうなると自分は酷く〝イタい〟思い違いをしているのではないかと――
「(い、いやいやいや……)」
「?」
そんな馬鹿な、と玄斗は頭を振って否定する。この世界がゲームだと俺だけが知っている。なんて妄言を言うつもりもないが、それに最も近い形の現実であることを彼は理解している。実際にかの「アキホメ」攻略キャラであるヒロインたちとも出会った。会話もした。というかこの学内にそれはもうしっかりと存在しているし、なんならクラスの中に見えていたりもする。男女逆転、なんてものではない。つまり、なんていうか、彼にとってだけはありえない話ではあるけれど――
「白玖が……女……?」
「うん。さっきから、そう言ってるけど……」
「いや、まさか、え? だって……」
ギャルゲーの主人公、のはずなのに。
「……私が女子だとなにか問題?」
「い、いや、別に構わなく……も、ないけど。でも、ああ、うん。……ちょっと、整理させる時間が欲しい」
「……なんの整理?」
もちろん気持ちの問題だ。ガラガラと崩れ去っていく未来予想図と心の在処。この世界に生まれて彼と出会い、己の役割を知り、そしてどうにかこうにか頑張ろうと生きていた矢先。ゲーム内における
「……全部夢だったりしないかな」
「……それどういう意味ー」
ツンツンと隣の美少女がシャーペンでつついてくる。地味に痛い。だが彼の頭はもっと痛かった。本当に色んな意味で。
「……十坂、壱ノ瀬。仲が良いのは分かるが、授業中だぞ。話は程々にな」
「あ、はい、すいません」
「…………、」
「……おい、十坂」
「……玄斗?」
約一名返事のない男子を余所に、時間だけが過ぎていく。男子三日会わざれば……なんて言うが、十年の月日でこんなにも変わるとは思いもしない。というか男子ですらなかった。玄斗の頭の中でぐるぐると「白玖→女」という式が回り続けている。もはや変えようのない事実に笑いすらこみ上げてきた。彼は力なく笑いながら、ゆっくりと席を立ち上がる。
「――先生。ちょっと保健室に行ってきます」
「え」
「……お、おう。行ってこい」
妙に疲れた様子の生徒を見送る女性教諭。限界オーラがありありと溢れんばかりの男子は、よろよろと扉まで歩いていき教室を出た。授業中で誰もいない廊下にぽつんとひとり佇む。見上げた空は綺麗な青色。なんとも清々しい日だというのに、彼の心には暗雲がかかっていた。
「……はあ」
思わずため息。どうしようなんて感想すら出てくる。だって、そうだ。なんだってこんなことになると、愚痴を言っても仕方ないのに言いたくなる。――ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。その事実が、どこまでも重くのしかかる。
「……もう、一旦寝よう」
一先ず話はそれからでも間に合う。あいにくと、本日は始業式につき午前中授業だ。ここはひとつ体を休めるのも手だろうと、玄斗は疲弊した足取りで保健室まで向かった。
今回ばかりはゆっくり連載します。終わるのは半年ぐらい先ですかね……(白目)