ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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ガーデン・オブ・エデン

 

 静かな部屋で、ふたり分の咀嚼音だけが響いている。翌日の昼休み。本日はお日柄も良く――なんて晴天のもと、屋上に出ることもなく玄斗は美術室へ足を運んでいた。せっかくの休み時間に、広々とした空間。職員室に寄れば鍵だって借りられる。なのに、ここで食事を摂ろうとする生徒はすくない。理由は言わずもがな。

 

「……なんへふ?」

「飲み込んでからね」

「……っ……なんです?」

「なんでもない」

 

 このとおり、美術室の主ともいえる彼女が居るからである。三奈本黄泉、十六歳。気弱……でもなかったこっちの彼女はともかく、彼の知る黄泉は気はちいさいが器はでっかい少女だった。画力はもちろん美術部らしくピカイチ。どことなく人の心を掴むような絵を描く。そんな彼女は、玄斗の優しげな微笑みに「はふぅ……」とため息をつきながら弁当をつつきだした。憧れで大好きな先輩からの笑顔。プライスレス。

 

「あ、じゃあ、あの、わたし、から……」

「うん。なに?」

「……良いん、ですか? わたしと、あの、お昼……」

 

 一緒にしちゃって、と申し訳なさそうに黄泉は言う。向こうでもそうだった。白玖と付き合いだしてからというもの、露骨……を通り越してもう拒絶の勢いで距離をとっていた彼女である。言うに、「不貞は絶対ダメ」だとか「浮気移り気綺麗じゃない……!」とのことで、当然先日のおでこへのちゅーも玄斗はすごい怒られた。目尻に涙を浮かべながら「きっ、きいて、きいてますかっ!? も、もうだめ、ですから! めっ! めーっ……!」と言っていた姿は控えめに言っても可憐にすぎた。なので、

 

「黄泉ちゃんだから良いんだ」

「――――――、」

 

 あっさりと、玄斗はそう答える。正直に言う。彼女が良いのだ。彼女だから良いのだ。それは間違いない。なにせ玄斗からすれば間違いないオアシス。心に映した安らぎの場所だ。安息の地だ。ただ穏やかに、肩肘張らず、なにも気にせず、なにも悩まず居られる場所。それはきっと、あのときからひとつも変わっていないこの少女の前だからこそだった。

 

「――だ、だめだめだめ、です! せんぱいには、い、壱ノ瀬、せんぱいが、いますから……!」

「うーん……それとはまた、別枠なんだけど」

「あ、愛人ですか!? それはちょっと嫌です! ノーです!」

「ああうん。いまのは誤解を招く言い方だった。申し訳ない」

 

 言うと、黄泉はほっと胸をなで下ろしたようだった。いい。実にいい。いまの玄斗にはそんな動作すら天使の所作に見える。なにせそんなコトを言ってしまえば「ちっ」とか舌打ちする誰かさん(十坂真墨)だったり、「ええーやだなーあたしのものになりなよー」なんてからかうように舌を出しながら身を寄せてくる誰かさん(五加原碧)だったり、「それも一理ありますね」なんて眼鏡をキラーンとさせながら言ってくる誰かさん(紫水六花)だったりばかりなのだ。三奈本黄泉は天使だった。繰り返す。三奈本黄泉は、天使だった。

 

「……黄泉ちゃん」

「は、はい……?」

「いまのままの君が好きだ。そのままでいてね」

「へっ!?」

 

 素っ頓狂な声を出して、黄泉が飛び上がる。やはり良い。実に良い。「それは本気と受け取っても?」なんて詰め寄ってくる誰かさんとか、「じゃ、する?」なんてそっと顔を近付けてくる誰かさんとか、「言質は取りました」なんてボイスレコーダーを構える誰かさんとかとはぜんぜん違う。安息の地だ。オアシスだ。楽園だ。ああ、これなるは平穏なり。玄斗は魔法瓶からお茶を注いで飲み干した。

 

「ば、ばかばか! せんぱいのおばか! こ、ここ、恋人がいるのにっ、そんな、軽々しく、しゅ、しゅき、とか……」

「噛んじゃったね」

「す! すすす、すき! とか! 言っちゃダメです!!」

「でも好きだし」

「あぁああぁあぁ! あぁあぁああああぁあぁあ!!!!」

 

 ぶおんぶおんと黄泉が頭を振る。どうやら照れ隠しの一種……というよりは自分の秘めたる感情をおさえ込む対策みたいなものだった。彼女は必死で玄斗への恋心といまの言葉に喜んでしまった自分の感情を放り捨てている。文字通り頭を振って。

 

「とっ、とにかく、めっ! です! 次言ったら、その、き、キス! またしてもらいますよ!?」

「僕はいいけど」

「ッ!!??」

「冗談。流石にそこまで節操なしだと、本当に白玖に殺されちゃいそうだ」

 

 むしろ今の段階でも殺されそうだけど――という言葉は言わないでおいた。なんとなく、マイスイートハニーの記憶が蘇ったらやばそうである。なんでかは分からないが。なんでかは分からないが。大事なことなので二回言った。

 

「……あ、ストップ」

「な、なんです……?」

「動かないでね」

「え――」

 

 と、不意に玄斗は黄泉の頬へ触れた。柔らかな、日の光を知らない肌を手のひらで撫でる。とんでもなく綺麗だ。女子らしく手入れを怠っていないのか、自然でいてこうなのか。絵を描くのに夢中な彼女は手が荒れていて、服に汚れも多い。それでも綺麗なのだから、きっと後者なのだと思った。そんな艶やかな頬を、そっと拭う。

 

「んっ……?」

「ご飯粒ついてる。意外とあわてんぼうだね」

 

 言いながら、玄斗はぱくりと黄泉の頬からすくったそれを食べた。無意識である。さらっとやりやがった。当然、黄泉の顔が真っ赤に燃え上がる。

 

「ふぇえぇぇえええぇあぁぁあぁああぁあぁああああッ!!??」

「うわっ……え? なに?」

「うわあぁああ……! やだぁ……! もうやだぁ……! せんぱいやだぁ……!!」

「えっ……ごめん。なんか。いや本当ごめん……素直にごめん……」

「やだあ……! もうしゅきぃ……!」

「ああ、うん……ああうん……ごめんね……ごめんね黄泉ちゃん……」

「優じい゛……!」

 

 会話が一切噛み合っていなかった。所詮人間同士の関わり合いなんて相互誤解で回るモノ。そういうときもある。そういうときしかないかも分からない。妄想白玖が「この女を殺せ。構わん。発砲を許可する」と渋い顔で言っていた。おそらく妄想ではない。予想だ。だいぶ様変わりした幼馴染みだった。

 

「み ぃ つ け た ぁ ♡」

「!」

 

 ――なんて。幸せな時間を壊したのは、聞き慣れた声だった。ガラーン! と勢いよく美術室の扉が開く。凄まじい音をたてて、ドアがスライドすると同時に向こう側の景色が映り込む。そこに、ふたりの少女がいた。

 

「お兄。ここが年貢の納め時だね」

「あーもう……こんな派手にさあ……」

「センパイ、約束ちゃんと守ってくださいね?」

「分かってるって。林間学校で激写した寝顔、一枚ね」

「さんくす♪ あたしからはちゃーんと実家での寝顔を送っておきますんで」

「りょーかい。いやあ……まあ? 良い買い物ってトコロ……かな?」

 

 なにやら不穏な会話を交わしながら少女たちは美術室へ足を踏み入れた。ひとりは彼の血を分けた妹。十坂真墨。絶賛兄の童貞を狙っている肉食系女子。もうひとりは彼の正体を知っている女子。五加原碧。絶賛玄斗の隣を狙っている肉食系女子。対するこちらはまあ普段の態度を見るとわりと草食系に分類されそうな男子と、想い人がいればしっかり身を引く健気な女子がひとり。選択肢は、ひとつしかなかった。

 

「――黄泉ちゃん」

「え、あ、は、はいっ……?」

「逃げるよ」

「へっ? わ、あ、うひゃあ!?」

 

 咄嗟に黄泉を姫抱きにして、玄斗はすかさず駆けていく。後ろからは諦めの悪い少女たちの声。まったくもってお昼ぐらいはゆっくりのんびりと摂らせてほしい。せめてこの色々と〝良い〟後輩と穏やかな昼下がりの空気を楽しませてもらいたいものだった。別に向こうが嫌いなわけではないのだが、気分的にいまは黄泉しかありえない。そんな彼のワガママに、黄泉はなにを感じ取ったのか。

 

「(せんぱいの抱っこ、せんぱいの抱っこ、せんぱいの抱っこ……!)」

「(どうしよう。これ、どこまで逃げ切ればいいんだ……?)」

 

 彼が逃走の限界を感じるまで五分。状況だけを見た六花と七美が参加するまで十分。ふたりが落ち着くにはまだまだ、長い時間が必要なようだった。






オアシス後輩ちゃんを推していこうの会発足。やっぱこれでこそヒロインって感じがするんだ……しない?



・再開時と変わらない様子で安心感を与えてくれる
・ずっと同じ態度でがっつきもしない
・しかも白玖との仲を素直に祝福してくれてる

こんな三拍子揃った後輩をかわいがらないワケがないんだよなあ……


そんなこんなで十章完結。ようし十一章です。頑張ろう。主人公がいじめられないので飢郷某を全力で苛めるね♡

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